790話 由々しき問題

 半魔騒動は収まったが、クレシダが解決したと話題になっている。

 それよりガラスがすべて消滅して、あちこちで惨事になっていた。


 ワインボトルが割れて、中身がぶちまけられているなど……。

 掃除も大変だが、ガラスが届くまで暫くかかる。


 それは仕方ないが……。

 夜に寝るだけとなった、アーデルヘイトとクリームヒルトは大変不満そうだ。

 声が筒抜けで興奮する趣味はないからな。

 これは……反動が怖い。

 考えないことにしよう。


 そんな話をしていると、マウリツィオが駆け込んできた。

 早いって。


 応接室が掃除中なので、ホールに通してもらう。


 マウリツィオは俺の姿を見るなり、駆け寄って手を握ってきた。


「おお! ご無事でなりよりです!!

小生……。

ラヴェンナ卿のご無事な姿を拝見するまでは、生きた心地がしませんでした!」


 暑苦しい爺さんだ……。


「おかげさまでこの通り無事です。

ギルドのほうに、被害はありませんでしたか?」


「そこはおかげさまで。

ここと同じくガラス以外は無事ですぞ。

不思議とあの半魔が、こちらの屋敷に来ませんでしたからな。

職員が驚いて腰をぬかしましたよ。

やはり……この事件を明確に予測されていたのですか」


「可能性のひとつですよ。

本来ならこんな保険は、掛け捨てになったほうが喜ばしいのですけどね」


 ようやくマウリツィオは、手を離してくれた。


「ポンピドゥめらには逆立ちしても出来ない発想ですなぁ。

彼奴きゃつらめは……。

掛け捨てになったらムダと考えて、削りにかかりますから。

それで被害が増しても、責任はとらずにダンマリです。

まったく以て度し難い連中ですぞ」


 さもありなん。

 それ自体は、悪い考えではない。

 頻度と大きさを考えて判断すればこそだ。

 なんでもムダと考えるのは、実に愚かしい。

 頻度は少なくても、被害が壊滅的なら掛け捨ては必要だろう。

 頻度が多くても、被害が軽微なら予算と相談になる。


「まあ……。

あちらのことを、気にしている余裕はありません。

今回の件で、色々と問題が吹き出そうですからね」


 マウリツィオは皮肉な笑みを浮かべた。


「ラヴェンナ卿の警告を無視したヤツらが見物ですな。

一体どんな顔をするやら。

『徒に不安を広めるようなことはやめろ』と言ったものもおりました。

『もし何もなかったときは、どう責任をとるのか』など聞いたときは……。

小生怒りのあまり寿命が縮む思いでしたぞ」


 アンタは殺しても死なないだろう……。


「普通はダンマリでしょうか。

面の皮が厚ければ『なんで、もっと真剣に警告しなかったのだ』となります」


 マウリツィオの目が鋭くなった。


「それだけならどうとでもなりましょう。

問題は、自分たちの無為無策を責められたくないばかりに……。

ラヴェンナ卿の仕業にするものたちが現れないかです。

そうすれば、自分たちが責められる心配はなくなりますからな。

こんなことをしても、メリットはないのですがねぇ。

不安中毒になったバカ共は、安直に犯人を決め付けて叩きたがるものです」


 不安中毒か。

 不安な材料を、ひたすらかき集める行為だな。

 これも、天秤の均衡をとる行為だが……。

 現実からひたすら遠ざかる作業に他ならない。


「そのときは、やられっぱなしでいるつもりはありませんよ。

私が殴り返さない……と思い込むのは勝手ですがね」


 マウリツィオは破顔大笑する。


「いや、頼もしい限りです。

ただ小生も、気になっていることがありましてな」


「なんでしょうか」


「これは自然に発生するものではないでしょう。

原因があるはずです。

ところが先の天変地異から『病気のように、誰でもなる』といった噂がチラホラと」


 契約の山が吹き飛んでからか……。

 隣にいたキアラが驚いた顔になる。


「私は聞いていませんわ」


 マウリツィオに自慢した様子もない。


「広まっていませんからな。

冒険者内でもバカにされた話で、たまにでては消える程度です。

しかも相手の気を引きたくて、噓をつくヤツらが口にしますからな。

そんなものまで情報としてあげないでしょう?」


 それなら情報にしないだろうなぁ……。

 キアラは、小さくため息をついた。


「そうですわね。

そこは考えないといけませんわ」


 大丈夫だと思うが……。

 忠告しておくか。


「ただの与太話にまで振り回されてはいけないでしょう。

しっかり考えるといいですよ。

それにしても……。

この事件を眼の当たりにすれば、与太話ではなくなりますね」


 マウリツィオは、苦々しい顔で眉をひそめた。


「その通りです。

人の接触すら避けるようになるやもしれません。

どこかでまた発生したら、大パニック必至ですぞ」


 よく状況を見ているな。

 残念ながら……これっきりだとは思っていない。


「ないとは言えませんね」


 マウリツィオは驚いた顔をする。


「つまりは人為的に発生した、とおっしゃるのですか」


 マウリツィオも人為的だと疑っているだろう。

 だが決め付けるに至らないだけだ。

 驚いたのは、俺が断言したことだな。


「自然発生しないなら人為的以外にない。

そしてこれ一回では不十分でしょうね。

ただそれだけですよ」


「これはしたり。

小生もいささか動揺していたようです。

どう対処されるおつもりで?

可能ならギルドとも共有していただきたく。

冒険者たちも心配でしょう。

ギルドは冒険者を守るのが役目ですからな」


 対策方法を隠すつもりはない。

 ただ広めて、オシマイといかないのだよなぁ。


「半魔が寄りつかない方法は確立しています。

ある植物からとれるエキスを振りかければいいだけですから。

ただ……。

植物の絶対数が足りないのですよ。

これはニコデモ陛下にも、協力を仰ごうと思っています。

当然ギルドにも教えますが……」


「なにか懸念でも?」


 避けては通れない問題がある。

 人の欲だ。


「これで金儲けをするわけにはいきません。

だからとタダで助けていては、ラヴェンナが破綻します。

つまり最低限の金はかかるわけです」


「むむむ。

それがものと知れたら……。

詐欺を働く不届き者が現れるでしょうなぁ」


 命に関わるから、そんなことをするヤツはいない。

 など信じるほど、俺は純粋じゃない。

 命に関わるからこそ、金になると考えるヤツがでる。

 利益が莫大ばくだいなら、組織的かつ大々的にやってもおかしくない。


「それで捕まるのは、トカゲの尻尾かバカだけです。

黒幕はうまいこと逃げおおせるでしょうね。

逃がす気はありませんけど。

たとえ便所に隠れていても見つけだして……裁いてやります。

ただ……。

時間がかかるのですよ」


 マウリツィオは、渋い顔で腕組みをする。


「その間にも、本物と称した偽物が出回るでしょうなぁ。

本物への信頼が失墜しては、手の施しようがありません」


「そんなところです。

人は目先の利益に弱い生き物です。

表では善良な平民の顔をして、裏で詐欺に荷担するものは、それなりにいますよ。

全員とは言いませんがね」


 使徒教徒の共同体以外の人は、人としてみない。

 これがこの場合は癌となるだろう。

 社会通念上は悪いと思っていても、共同体内で詐欺をしなければいい。

 むしろ詐欺で儲けた金を使って共同体を助ければ……。

 いいことになる。


 もし得られる利益が莫大ばくだいなら、簡単に社会通念なんて吹き飛ぶ。

 それを抑止するのは領主の役目だが……。

 現在は大幅に弱体化している。

 つまり……やりたい放題だ。


 このような詐欺行為を非難されても、自分はやっていない顔で黙っているのが普通。

 もっと面の皮が厚ければ一緒になって詐欺行為を非難する。


「残念ながら否定出来ませんな。

そこまで面の皮が厚いと、手に負えません。

詐欺を正当化するようなバカばかりだと楽なのですがねぇ」


「そんな人たちばかりなら、世の中平和ですよ。

自分はバカですとアピールしているようなものです。

詐欺師が自己申告してくれるなんて、とっても楽でしょう?」


 マウリツィオは苦笑しながら相槌をうつ。


「たしかにそうですね」


「悪事と適度に距離感を保つ人ほど捕まえにくいですから」


「困った話です。

では商会を経由させますか?

それなら商会が、なんとかするでしょう」


 それが現実的な話ではある。

 だがなぁ……。


「それも考えたのですがね……」


 マウリツィオは怪訝な顔をする。


「なにかご懸念が?」


 そこまで流通が発達していないからなぁ。


「まず商会の流通網が狭いこと。

それをフォローするためには、多くの販路を確保する必要がありますよね」


「ふうむ。

手早くとなれば、その地域に根付いた商会を使いますなぁ」


 平時ならそれが合理的。

 それはたしかだ。

 だが倫理の枷が緩んだ今はどうだろうか。


「その場合、直接地域商会と取引が出来ればいいですよ。

でもそうはならない。

地方には顔役となる商会がいて、その下に地域の顔役がいる。

顔役を通すのが商習慣です」


「よくご存じで。

それが問題だと?」


「そこで仲介料という名の中抜きが発生します。

今まではそれが、常識的な範囲で抑制されていました。

領主の目が光っていますからね。

それに阿漕あこぎなことをすれば、将来使徒に潰されるかも、と抑制が利きましたけど……。

ところが今回はどうでしょうね」


 流通が未発達であれば、このシステムは悪くない仕組みだ。

 組織論のない使徒教徒が、うまく社会を回す手段とも言えるな。

 それぞれが土地にあったやり方をして、それを誰かが束ねる。

 またその誰かをもっと強い誰かが束ねる仕組みだ。


 これの利点は細かいことを考えなくても、流通が確保される。

 ただ卸していけばいいからだ。


 ところがこの流通網を維持する顔役は、かなりダメージを受けている。

 内乱と使徒貨幣が原因。

 保身もあるが……。

 求められる役割を果たすには、金が少しでも欲しい。


 それはある程度認めるべきだろう。

 だがなぁ。


 中抜き構造が習慣化している。

 このような構造は、余計なものが増えていく宿命だ。

 つまり不要な中抜きが非常に多い。

 ただものを右から左に流すだけで金が入る。

 これに群がるなというほうがムリだ。


 しかも関係が複雑怪奇だから全貌を把握出来ない。

 だからと黙認すれば、とんでもない中抜きが発生する。

 ケシカランと締め付ければ、マトモな顔役まで死んでしまう。


 目にあまる中拭きは摘発されるが……。

 皆でやられるとお手上げだ。


「今は領主や役人の力が弱いですからねぇ。

ものが足りなくて、商会の力が強いでしょう。

しかも使徒貨幣の混乱で、権力者は強くでられない」


 使徒貨幣の混乱で、マトモな対策を立てられなかった領主がほとんどだ。

 このツケは商会や顔役に回された。

 この融通無碍むげな構成だからこそ、即死は回避出来た側面が大きい。

 だが大きな貸しを作ったことになる。

 そこで規制など口にしようものなら……。

 首が飛びかねないな。


「そんなところです。

だから計画など立てようがありませんよ」


 融通無碍むげの悪しき部分だが……。

 使徒教徒のマインドでもあるから、改善が難しい。

 これが問題だとして改善に挑んだ真面目な国王はいたが……。

 結局面従腹背の骨抜きで終わってしまった。

 

 下ほど優秀で、上になるほどバカになる、とよく言われる。


 これは使徒教の社会構造から来るものだ。

 プラス面はバカな指示がおりてきても、骨抜きにして事なきを得る。

 マイナス面は言わずもがな。

 改善しようとしても骨抜きにされる。


 時間の止まった世界で、これ以上の最適解はない。

 今まではよかったんだがなぁ……。


 マウリツィオは、厳しい顔で腕組みをした。


「領主も目先の金が入るなら……。

黙認すらしかねないと。

かなり非効率になりそうですなぁ……」


 自分も中抜きに1枚かませるなら黙認する。

 でなければ認めないってヤツだな。


 それはマズイとニコデモ陛下は考えるだろう。

 余裕のない領主には、国が費用を援助することになるはずだ。

 そうでないと領地が荒廃する。

 結果的に国としても困る。

 それでもドサクサ紛れの中抜きをしかねないが……。

 まあニコデモ陛下が考える話さ。

 俺が一々関与していられない。


「領主が1000買えるだけの金額を、商会に渡すとします。

顔役を経由するごとに必要な額が増えて、実際は300程度しか手に入らない。

なんてことも起きるでしょうね。

そもそも流通を顔役が仕切っているのです。

馬車や御者、護衛の手配を、顔役がしていますからね。

しかも必需品と知れ渡ると、野盗にとって格好の餌です。

だから輸送に金がかかるでしょう。

まったく抜くなとも言えない。

問題は金額に明確な基準はないことですよ。

中抜きを厳密に規制したら、顔役が野盗に早変わりなんてありえますからね」


「ラヴェンナ卿は、このような顔役の存在はよろしくない……とお考えで?」


「いいえ。

理屈に合わないからと廃止してもムダですよ。

徒に混乱を招くだけです。

結果としてうまくいっていたのだから、昔のままでいいとなる。

ただムダな時間だけが過ぎたことになるでしょうね」


 マウリツィオが安堵あんどのため息をついた。

 俺が介入して廃止する意志がないと知って安心したのだろう。

 物流の混乱はギルドにも影響するからな。


「それなら安心しました。

顔役のお陰で、道の整備などが出来ている面もありますからなぁ。

世情が混乱していて、顔役も余裕がないでしょう。

とれるときにとっておきたいのは、仕方がないでしょうなぁ。

このような時期ではとくに頼られることが多いわけですから」


 さすが地方の支部を転々としただけに、世情に詳しいな。

 本部で帳簿しか見ないポンピドゥとは、ものが違いすぎる。


「顔役と関係ない行商人はいますけど……。

扱える量が少ないから見逃されているだけ。

もし大量に輸送させると、顔役が妨害してくるでしょう。

見逃しては顔役としての権威も信用も失いますからね」


「ギルドも冒険者が、直接依頼を受けることは禁じていますが……。

小さいものは見ないことにしていますなぁ……。

額が大きいと失敗したときの影響も大きい。

個人がなんとか出来る問題ではありませんしな」


 マウリツィオは苦笑しているが……。

 これも問題なのだよ。


 使徒教徒が決める法はとても厳しい。

 完全に守ることが困難なほどだ。

 基準が曖昧だから、なにか決めるときはガチガチにせざるを得ない。

 それでは機能しなくなる。

 だからそれを破っても黙認するのが、一般常識になっているからな。

 目にあまるときだけ罰せられる。

 

 この目にあまるが……。

 ジャン=クリストフの言っていた、『法外の法』ってヤツだ。

 だから恣意しい的な見せしめも横行するのだが……。

 ここでその話をしても、意味がない。


「平時で余裕があれば、利益を得ようとするな……と言えますがね。

今そんなことを言われたら反発しますよ。

この手の問題に対処出来る組織は使徒騎士団だけです。

それも弱体化していますがね」


 巡礼街道のシステムは、この問題の対処に適している。

 皮肉な話だがな。

 これは教会の力が強いなら可能。

 現時点で全国に広げるのは不可能なのだよなぁ。


「由々しき問題ですなぁ。

それを抑制することも難しい。

それなら生産量を増やして、コストを下げる……。

まあ難しいのでしょうね」


 それで済むなら悩む必要などないからな。


「そうです。

他の生産を削って回す必要がありますからね。

それで食糧が不足して高騰しては本末転倒でしょう」


「ううむ。

考えるほど八方塞がりですな。

どうしたものか……」


 完璧な対処は不可能だろうな。

 やれることをやるしかない。


「そこは私の力が及ぶ範囲で、なんとかします。

他は知りません。

私の権限が及ぶ範囲ではありませんからね。

それより元を絶たないとダメでしょう」


「つまりは今回の犯人を捜すと」


「そうなります」


 マウリツィオはいぶかしげな顔になる。


「でも死体も残っていないでしょう。

記憶を探り出すことも、ままなりません」


 そこは大丈夫さ。

 相談済みで実現可能とも聞いている。


「ウチにはプロがいますから。

なんとかしますよ。

それよりギルドにもお願いしたいことがあります」


 マウリツィオは破顔大笑した。


「おお! なんなりとお申し付けください。

お役に立って見せますぞ」

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