785話 クレシダ案件

 長ったらしい話のあと……。

 皆はあえてこの話題に触れたくないようで、普通の世間話だけをしている。

 ムリもないな。


 そこに耳目の職員が入ってきて、キアラになにか報告している。

 キアラが指示をだして、それにカルメンが補足をした。


 近くでなにか起こったようだな。

 キアラが、報告書をもって俺の隣にやってきた。


「お兄さま。

ストルキオ修道会は、パーティーのあと随分大人しかったですよね」


「接触すらしてきませんでしたしね。

サロモン殿下の取りなしがありましたけど……。

謝罪をするでもなし。

どうするつもりなのかと思っていましたよ」


 キアラが意地の悪い笑みを浮かべた。


「どうも内部で一悶着あったようですの。

なんか裁判のようなことをしていたみたいですわ」


「今回の失態についてですか?」


「一応関係していますわ。

サロモン殿下から、これからどうすべきかの報告を求められたようですの。

お兄さまに報告しないといけませんからね。

クレシダもそれには、異論を挟まなかったのですが……。

そこで内輪もめがはじまったらしいですわ」


 そこは予想通りだなぁ。


「ラ・サール殿を引きずり下ろす権力闘争ですか?」


「ラ・サールは、思想的な支柱だったようですの。

象徴ともいうべき存在なので不可侵らしいですわ。

側近たちの間で争いが起こったようです。

今回の責任を、どちらが取るかですわ」


 これもよくある話だな。

 わざわざ報告してきたなら違うのだろう。


「それなら平凡な話ですね」


「ええ。

ところがその争いの中で……。

『不純な者がいたせいで失敗した』とか意味不明な方向に話が飛んだらしいですの。

余りに超理論過ぎて……。

吹き出しそうになりましたわ」


 本人たちは大真面目だろうがな。


「まあ使徒教徒なら、さもありなん……ですよ」


「それだけなら笑い話だったのですが……。

ひとりがリンチを受けて殺されました。

そこから幹部同士の言い争いが激しくなって、収拾がつかないことになりましたの」


「リンチまでやるようなら……。

もう感情の奴隷ですね」


 キアラが突然吹き出した。


「ごめんなさい。

堪えきれなくなりました。

揚げ句に……。

これがクレシダ案件になりましたわ」


 持ち込まれたときのクレシダの顔が、容易に想像出来る。

 さぞ辟易したろう。


「つまりクレシダ嬢に、揉め事の裁定が持ち込まれたと。

まあ……そうなりますね」


 キアラが真面目腐った顔をする。


「幹部同士の争いになって……。

どちらがリンチを示唆したか。

本来ならそこの争いになるはずでした」


「内容がかわったと」


 キアラの意地の悪い笑みが深くなった。

 よほど楽しいらしい。


「ええ。

なんか話がまったくかみ合わなかったようですわ。

片方は『あいつが代表の座を狙っていた』と言えば……。

もう片方は『自分はこうやって修道会を大きくした』と。

無関係な話ばかりですもの。

不純な人間であることを証明したい側と……。

自分の功績から正当性を訴える側との争いになりましたの。

クレシダはさぞ、内心辟易したと思いますわ。

最後はサロモン殿下に、裁定を丸投げしました。

そればかりか……。

この話をまとめて公表するとしたようですの」


 公表か。

 ここが問題なのだろうな。


「さぞ辟易したでしょう。

さしずめ人情派と論理派の争いですか。

どちらも自分の分野からでてこないようですからね」


 キアラは真顔に戻った。


「もしかして……。

クレシダは公表することによって、使徒と教会の権威を失墜させる気なのですか?」


 そんなことをしても、大した効果はないだろう。

 使徒本人の失態でないかぎりはな。

 それにこの争いに、疑問をもたないだろう。

 俺が使徒教の定義を説明しなければ、皆もそうだったはずだ。

 世間はどうか。

 普通の使徒教徒なら人情派に同情するだろうな。

 そんな効果を狙ったわけではないだろう。


「いえ。

使徒教徒にこれは無意味だと言っても通じませんよ。

だから即効性は期待していないでしょう」


「後々で効いてくると?」


 辟易してもキッチリ利用するあたりはさすがだよ。


「サロモン殿下が裁定しようにも曖昧にするしかない。

公表したことで、どちらも後戻り出来なくなりますからね。

表面上は沈潜化しても、水面下で一触即発になるでしょう。

正式発足直前に、ひと刺激加えると楽しいですよ。

どちらがラ・サール殿の補佐として出席するか。

ここで割れます。

そこで折れて双方の出席を認めると?

出席資格の形骸化につながるでしょう。

そうすると旧ギルドに出席への道が開かれます」


 キアラが大きなため息をついた。


「張り切りはじめたサロモン殿下を利用するなんて……。

憎たらしいくらい抜け目がないですわね」


「それともうひとつ。

こちらのほうが将来の布石となるでしょう。

これの論争に疑問をもつ人はいると思います。

ただ共同体の規範から口には出来ない。

ところが……。

共同体の規範が揺らぐほど社会が混乱したときに、話がかわります。

これらを悪しき風習と断罪することが、説得力をもつでしょう。

なんなら共同体を飛びだして、新天地を求めるかもしれません。

このまま今の共同体にいても未来がないとね。

共同体の締め付けが弱まるから、新しく作るチャンスにもなりえるでしょう」


「そう簡単に共同体なんてつくれませんわよ」


「きっと誰かさんクレシダ嬢が手助けしますよ。

新しい共同体は、結構支持を得られるかもしれません。

なにせ使徒教徒には、基準がない。

極端から極端へと揺らぎやすいのです。

そのほうが支持を得やすいですからね」


 キアラは真顔でため息をついた。

 呆れるどころの話ではないと考えたのだろう。


「ひたすら使徒や教会を否定しますのね。

そのあとは、どうするのですか?」


「明確な基準を決めて、すべてを管理する。

そのあたりでしょうかね」


「それって世界主義と、どう違うのですか?」


 そう考えるよな。

 内実はかわらないのだから。


「強いて言えば、産地が違う林檎ですかね。

産地によって地域性はでるでしょうけど……。

類似するからこそ激しい争いになるでしょう。

使徒教徒ならではの……。正当性を競う論理なき争いですからね。

好き嫌いが判断基準になると思いますよ。

感情論がすべてを決する。

クレシダ嬢は世界主義を、破壊のために利用していますからね。

とばっちりで社会が荒れることは、間違いありません。

どちらに転んでも、クレシダ嬢にとって損はしない」


「打つ手はないのです?」


 今は忍耐力が試されるときだよ。

 その場だけ楽になりたいなら、蛮勇を奮って突進してもいいが……。


「今はね。

お手並み拝見といきましょう。

相手はとんでもない手練れなのです。

私がミスをしたら、確実に自分の得点にしますよ」


 キアラは期待を込めた眼差しでほほ笑んだ。


「それはお兄さまでも同じですよね」


 俺とクレシダの差か。

 現時点でクレシダが圧倒的に有利だ。

 壊すだけなら簡単なのだから。

 徹底的だと難しくなるが……。

 維持しながらよりはずっと楽だ。 


 それでも悲観はしていない。

 クレシダの部下と俺の部下ではどうか?

 差は歴然だからな。


 つまりは俺がしくじらないこと。

 これが一番大事だよ。


「だから今のところ、強い手を打ってきていない。

こちらの焦りを誘って失点してくれれば儲けもの……。

といったところですかね。

それでも本格的に手をうつ、と宣言したのです。

じきになにかしてきますよ。

どでかいのをね」


「チャンスってくるのでしょうか?」


 思わず苦笑してしまった。


「さあ?

どちらにしても……。

相手の失点を期待するようでは、勝つなど不可能ですよ。

なにか起これ、と期待して許されるのは、興業か素人までです。

私の戦いに、ドラマを期待しないでくださいよ。

1番楽な方法で勝つのが、私のポリシーですからね」


「玄人好みの戦いってやつですね。

だから皆さんは、お兄さまを苦手にしているのでしょうけど。

私は好きですわよ。

ちょっとジジ臭いですけど」


 余計なお世話だ。


                  ◆◇◆◇◆


 予想外の来客だ。

 しかも隠れた意図は重大だけに、粗略に扱えない。

 急いで会うことにした。

 しかも俺とだけ会いたいときたもんだ。

 突っぱねる場面ではないから聞き入れることにした。


「ソミーリ殿。

お久しぶりですね」


 ランフランコ・ソミーリ。

 アッビアーティ商会の使者だ。

 ニコデモ陛下と懇意で、内乱のときに接触してきた。

 今やアッビアーティ商会は、王家御用達商会として、絶大な権勢を誇っている。

 その使者となれば、ニコデモ陛下の使者なのだろう。

 しかも内密のな。


 小太りでハゲていたはずだが……。

 中太りになったようだ。

 頭髪に変化は当然ない。


 ランフランコは如才ない笑みを浮かべた


「私のような軽輩を憶えていただけたとは光栄です。

それであれば話は早い。

やんごとなきお方から、なにかお役に立てることがあれば……。

是非助力してほしいと」


 つまり人類連合で商会を使うときは、1枚かませろと。

 表向きの理由だな。

 俺に一任したが、ある程度情報を知っておきたいのだろう。


 それも宰相や警察大臣を飛び越えて。

 

 これをジャン=ポールが見落とすわけはない。

 ジャン=ポールへのメッセージも込められていそうだな。

 つまり王都でなにかあったのだろう。

 どのみち断れる筋の話ではない。


「それは望外の申し出です。

これから色々と必要なものもでてきますからね。

そのときには、是非お力をお貸しいただけると助かります。

そういえば、王都の様子はどうですか?」


 ランフランコは満足気にうなずいた。

 無言のサインが通じたことにだな。


「平穏無事と申せればいいのですがね。

表向きはそうなのですが……」


「なにか不穏な兆候でも?」


 ランフランコはわずかに眉をひそめた。

 眉はないけど。


「そこまで断言するのは難しいと申しましょうか……」


「なにか嫌な予感がすると」


「そうですね。

この人類連合が関係しているだけに、判断に困るのです」


 人類連合の、正式な活動はまだのはずだ。

 準備は各国ともにはじめているが……。


「まだ正式な調印に至っていません。

詳細を詰めている最中で、実質的な活動はまだだと思いますが?」


「そう伺っております。

彼らも隠していませんでしたから。

堂々と許可を求めていますし」


「彼らですか?」


報道機関メディアと名乗る集団ですよ。

活動に先駆けて、事前の準備をしたいと申しましてね。

人材を募っているようですなぁ。

それだけなら、ラヴェンナ卿からの知らせが届いていましたから、驚くに値しませんが……」


 報告は済ませてある。

 ランゴバルド王国にまでこうも早く、手を伸ばしたとなれば……。

 気になるのは当然か。


「その内容が、いささか気になると」


「左様です。

アルカディアから来た連中は、さほど問題ではありません。

白い目で見られている程度ですからね。

問題はもう片方です」


 世界主義もからむだろうなぁ。


「アラン王国のですか」


「その通りです。

警察大臣とも会談しており、どうも人脈が怪しげなのですよ」


 なるほど。

 だから直接、俺にコンタクトを取ってきたか。

 そしてジャン=ポールに、との警告を込めてだな。

 ジャン=ポールに人前で聞いても、言を左右にして、マトモに答えないだろう。

 問いただしもせず、いきなり俺に連絡を取ったとなれば……。

 ジャン=ポールは、かなりのプレッシャーを感じるだろうな。


「元教会の人脈といったところですか」


 ランフランコは意味深な笑みを浮かべる。


「ラヴェンナ卿は教会と因縁が、深いお方ですからね。

良くも悪くもですが。

ここでも教会の代表と一悶着あったとか」


 たしかにかなり縁が深くなってしまった。

 パーティーの悶着に関しては報告していない。

 サロモン殿下がその場を預かった以上、一応は成り行きを見守る必要がある。


「もうご存じですか」


「アラン王国の報道関係者が広めていましたからな。

ラヴェンナ卿に非礼を働いた話です。

だからこそ不可解なのですよ。

教会にとって不利になる話を、なぜ広めているかと。

教会を擁護するならわかります。

ところが、内容は です。

報道機関メディアたるものだから当然だ、とのたまっていましたが……。

それを信じるほど純粋な者は、内乱を生き延びておりません。

なにか意図があるだろうと。

広まる前に、先手を打ってとも考えられませんからね。

なので……考えあぐねている次第です」


 ストルキオ修道会と世界主義はつながっている。

 世界主義が利用する形として。

 それでも一見すると不可解だ。

 公正中立の看板として捨て石にするのは……。

 動機として弱いな。

 公正中立など、ただの看板でしかないのだ。

 得られるリターンが弱すぎる。


「そうですね……。

教会とて一枚岩ではない。

そんなところでしょうか」


 ランフランコの目が、わずかに鋭くなる。


「それは存じております。

それでも教会は、表向き一枚岩を演じておりましたからね。

今回の代表選出は不可解ですが……。

アラン王国の報道機関は、それを面白く思っていないと?

元教会の人間が、そこまで教会の権力争いに、首を突っ込むものでしょうかね」


 この程度で納得するようなら、ここまで来ないか。

 当然だな。

 だがなぁ……。

 俺にも答えはでない。

 聞いたばかりだし、判断材料が足りない。

 手持ちの材料を見せるしかないな。


「その代表とて一枚岩ではないようです。

どうもそのあたりが関係しているかと」


 ランフランコが気持ち身を乗り出す。

 フローラルな香水の匂いが、とてもアンマッチだ。


「それは初耳ですね。

是非詳細をお伺いしても?

やんごとなきお方も、興味をもたれるかと」


 俺はキアラから聞いた権力闘争の話を、簡単に説明した。

 詳細はあとでキアラから伝えてもらうこともだ。


「そんなわけで内部抗争の真っ最中ですよ」


「そうなると……。

これによって利益を受ける者たちへの援護となる。

その可能性を示唆しておりますな」


「あくまで推測ですけどね。

現時点では仮説でしかありません」


 ランフランコが満足気にうなずく。

 メッセンジャーという己の役割を熟知している。

 これなら、報告に値する内容と判断したのだろう。


「無論ですな。

他にも黒幕がいる可能性もあります。

心しておきましょう。

それともう一点。

こちらが本題と言えますが……」


 まだあるのか。


「本題ですか?」


「アルカディアの報道機関メディアですがね。

そこに加わった者たちが、魔物の脅威と人類連合の必要性を訴えはじめたのです。

ただのアピールなのか……。

それとも布石なのか。

気にされておりましてね。

ラヴェンナ卿のお知恵を拝借出来ればと。

これは私が忖度そんたくしただけですが……。

いかがでしょうか?」


 独り言のような形で示唆したのか。

 必要なら、俺の見解を便利なカードとして使うつもりなのだろう。

 間違っていたとしても、さして問題ではない。

 ジャン=ポールへのメッセージだな。

 完全な信頼を得ているわけではないぞ。

 こんなところか。


 しかも表だって俺に質問すれば、廷臣たちのメンツが潰れる。

 相変わらず食えない王だ。


「今はその認識で正しいかと。

つまりは……まだわからない。

結論にたどり着くには、まだ早すぎますよ。

俯瞰ふかん的に物事を眺めて、心の天秤を崩さなければ大丈夫でしょう。

視野の広いお方なのでしょうからね」


 ランフランコが楽しそうにほほ笑む。


「興味深い言葉ですね。

心の天秤とは?」


 偏りすぎないよう、イメージしやすい言葉を使ったが……。

 キザだったようだ。

 どうも似合わないな。


「誰しもがもっていますよ。

人は現実に直面したとき、願望や恐れを抱きます。

その平衡を保って生きているでしょう。

そこで願望や恐れに重しをのせては、バランスが崩れますよ」


 このバランスは誰にでも該当するが、使徒教徒は若干傾向が異なる。

 皆が辟易していたから、あの時点では切り上げたが……。

 どこかで触れる必要はある。


 ランフランコは妙に感心した顔でうなずいている。


「結果崩壊すると。

たしかに現実が重たいほど、願望や恐れは強くなりますね。

なるほど……。

失礼ながら……。

これは長老から諭されても、違和感がありません。

実にサマになっておりますよ」


 どいつもこいつも……。

 余計なお世話だ。

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