782話 使徒教 ー組織論なき宗教ー
「それともうひとつ。
良しあしというか……。
機能絶対主義がもたらす、もうひとつの側面。
共同体意識が異常に強いことです」
クリームヒルトは眉をひそめる。
「共同体って……。
部族とかそんな感じでしょうか」
「ええ。
集団があまりに大きすぎると、厳密な組織運営が必要になります。
使徒教ではそのような組織論を嫌います。
彼らにとって自然な規模を目指すでしょう。
その最小単位が、共同体となります。
使徒の拠点なんかは、共同体的な意味合いですね」
「そういえば……。
歴代はそこまで、拠点を大きくしませんでしたね」
「大きすぎては仲間意識が薄れますから。
和を保つことも出来ません。
人が仲間と感じる、ちょうどいい大きさ。
それが部族や村などの単位でしょうね。
なんとなくそれが、集団の基準となりました。
ここまではいいですね?」
プリュタニスが首を傾げた。
「部族や村は、使徒教徒と無縁の話ですよね?」
「ええ。
前提を確認しただけです。
私も頭を整理しながら話していますから。
そこでもう一度、宗教に戻りましょう。
本来宗教とは、組織論と密接に関わるのです」
「組織ですか?
世俗は組織なしで回りませんが……。
宗教と組織が密接とは?」
使徒教の影響だなぁ……。
宗教に組織がないものと考えてしまう。
実際にあるけど、前面に出すと神秘性が薄れてしまうからな。
不純な宗教と敬遠されてしまうだろう。
「使徒教の影響で、宗教に組織論などを話すと、不純に思えるのでしょう。
でも実際はどうか。
宗教はただ信じるだけではダメです。
どんな序列があって、どのような構造にするか……。
とくに教会のような巨大組織なら、絶対に必要でしょう。
そうでなくては多くの人を
教会にはそれをするための組織論がありました。
人々の生活に密接するから、その組織論は実社会にも反映されます。
どちらが元は置いておいてね。
それが使徒教に侵食されてしまいました」
プリュタニスは納得顔でうなずいた。
理屈で考えると飲み込みやすかったのだろう。
「ああ。
部族程度なら不要ですけど……。
教会ほどになると必要ですね。
使徒教に侵食されてなくなったのですか?」
「なくなったというよりは、形骸化した感じですね。
使徒教は機能絶対主義なので、明確な組織は邪魔なのです。
不便だと思ったら……
機能しないことが悪なのですからね。
そして早く機能させることが大事なので、明確な廃止などしません。
組織を骨抜きにする形で、なにが侵食するか。
それが最小単位の共同体です。
どんなに大きな組織でも、実際は共同体の連合になっていませんか?
ぶどうの房的な組織がほとんどでしょう」
アーデルヘイトが驚いた顔で、口に手をあてる。
「たしかにそうですね。
ラヴェンナとは随分違いますね。
医療技術の伝達にしても色々大変ですよ。
そこには色々なひとたちがきていますけど……。
国の代表って意識がないですね。
同じ国なんだけど、なんか他人行儀なんですよ。
共同体の代表だと思えば納得です」
「使徒教に侵食される前は、上意下達の組織構造が主でした。
ピラミット型ですね。
ラヴェンナもそうでしょう」
「使徒教を意識したわけですか?」
「いいえ。
ラヴェンナは多民族ですからね。
誰がトップに立っても機能できる組織を目指しただけです。
このぶどうの房は、全員が同じ価値観を持たないと成立しません。
ぶどうの粒は、個々で微妙に形が違います。
でもぶどうであることには違いありません。
ラヴェンナは世界で、居場所がない人たちの集合体ですよ。
変わったぶどうもあれば、栗もあります。
だから個々の価値観を認めるしか、道がありませんでしたからね。
それには曖昧なぶどうの房では成立しないのです」
アーデルヘイトは妙に感心した顔でうなずいている。
「なるほど~。
ラヴェンナの基本制度って、かなり考えられていたのですね。
そこまで考えていたとは驚きです」
「皆さんが認められない制度を押しつけても無意味ですからね。
話を戻しますと、この共同体は結束がとても強い。
そうでなくては機能絶対主義が成立しませんからね。
つまりは疑似家族のようなものです。
強いが故に、悪い面も強烈に現れます。
ポンピドゥ一族にもね」
「それは?」
「身内にはとても親切ですが、それ以外は人と思わないことです。
彼らは退任者へのケアなど熱心でしょう。
一見するとアルカディア難民と似ていますがね。
使徒教の身内と、他人の境界線は固定です」
アーデルヘイトが眉をひそめる。
基本的に善良だから、ポンピドゥ一族の振るまいが理解できないのだろう。
「人と思わないですか?」
「ポンピドゥ一族は冒険者を、家畜未満と考えている。
これは身内ではないからです。
そしてギルド自体も身内ではない。
どうなっても、気にしないのです。
なにをしてもギルドが倒れないなら、共同体の利益を優先するでしょう?」
プリュタニスが腕組みをして、渋い顔になる。
今一納得し難いのだろう。
「それってポンピドゥだけの特徴ではありませんか?」
実は違う。
色々な人の行動に表れている。
「強く出ているだけですよ。
サボタージュの件がいい例でしょうか。
あんなことをすれば、当然依頼人に迷惑がかかります。
知らないほどバカではありません。
でも身内ではないので、勢いだけであんなことが出来る。
依頼人がどうなろうと知ったことではないのです。
信用を失うと、あとで困るから躊躇しただけです。
これは契約と責任の概念が明確であれば、本来起こりえないことですよ。
ところが責任は、共同体全員で分散されますからね。
個別に責を問うては、共同体の輪が乱れます。
だから責任も名誉も、共同体内で分配されるのが自然な形と言えましょう」
プリュタニスは、ため息をついて頭をかく。
「責任が分散して希薄ですか。
そういえば……。
ギルドマスターも、そんな感じの話をしていましたね。
個人の責任じゃないと。
言い逃れではなく、本心からそう思っている。
しかも使徒教では、それが正しい認識。
だからラヴェンナにそれを訴えれば通る、と思ったわけですか。
それにしても……。
ギルドはなぜ、使徒教の影響が強いのですか?」
「使徒の影響を、強く受けるからです。
使徒のご機嫌を取っていると、同じような考えになっていくでしょう。
しかもご機嫌取りは全力ですよ。
身内と思ってもらえるようにね。
価値観が同じでないと、身内にはなれないでしょう?
身内認定されれば恩恵は計り知れない。
使徒は拠点を作って、そこを繁栄させたわけですよね。
次の身内として冒険者ギルドがあるわけです。
結果、ギルドは繁栄できた。
それは使徒教に改宗することで実現できたわけです」
キアラが、突然立ち上がった。
「お兄さま! ストップ!!
ちょっと整理させてください……。
これ……難しすぎますわよ」
よく、ここまで持ったと思うよ。
そもそも難解な話をしているのだ。
「だから難しいと言ったじゃないですか」
キアラは力なく、肩を落とす。
「ものには限度がありますわよ……」
オーバーヒートしたらしいキアラを、カルメンが笑いながら扇子で扇いでいる。
プリュタニスは、しきりに頭をかいている。
なにか気になるのだろう。
俺と目があったので、聞く気になったようだ。
「少しばかり気になったのですが」
「なんでしょうか?」
「なぜ機能絶対主義と呼ぶのでしょうか?
それこそ結果至上主義でもいいわけです。
もしくは結果至上信仰ではダメなのですかね」
言葉の定義か。
一応、理由はある。
断言までは出来ないが……。
「ダメではありませんよ。
まずこれは、使徒教を外部から見た定義です。
そして使徒教の原理は、機能絶対であること。
宗教での原理を固守する人たち。
彼らを原理主義者と呼ぶでしょう。
なので主義と呼びました。
また結果至上主義とは、若干異なります。
完全に結果が出なくても、実はいいのです。
機能しているように見えることが第一ですからね」
プリュタニスが呆れ顔で、額に手をあてる。
「なんですか? そのいい加減な基準は……」
「働いていない人は動いていればよし。
そんな基準ですよ。
和を保つことも大事ですから。
全体としてある程度の結果が出れば、それでいいのです。
結果至上主義だと……動いている人は許されないでしょう。
よりよい結果を求めるわけですからね。
実はそうではない。
機能していることが大事。
最悪……和を乱さないようにただ動いていればいい。
全員が動いてはダメですけどね。
これは信仰とも違います。
信仰には純粋さが求められますけどね。
そこも融通
なにより信仰だとは思っていませんからね。
でもこの呼び方に異論がでるのは当然でしょう」
プリュタニスは納得顔でうなずいた。
「あくまで外部からの呼び名で、議論のきっかけで構わないと」
「そんなところですよ。
私なりの基準ですら、まだ明確に定まっていませんからね」
「その点で考えると……。
この状態をアルフレードさまが、口にするのは珍しいですね。
基本は結論が出ないと、口にしないでしょう」
いつもならそうだな。
今回は、そんな暇がなかった。
「考えが
これが絶対の正解とは思わないでください。
あくまで考えるネタですよ」
◆◇◆◇◆
オーバーヒートしていたキアラが、頭をかきむしる。
「考えるだけで混乱しますわ!」
思わず笑うと、冷たい目で睨まれる。
「お兄さま……。
とっても楽しそうですわね」
「いえいえ。
結論を早急に求めすぎですよ。
まずは情報を集めている段階です。
使徒教についての見解を出し切ったわけではありませんからね」
「でもポンピドゥが、なぜ中枢に食い込めたか……。
見えそうなのですもの」
キアラのイライラした顔に、思わず笑いだしてしまった。
「ええ。
わざとそうしていますから。
誰か引っかからないかなと思っていたら……。
キアラが引っかかってくれました。
でも大事な軸を話していないから、論理が飛躍してしまうでしょ?」
調子に乗りすぎたらしい。
キアラに、殺気混じりのジト目で睨まれる。
「お兄さま……。
夜道には気をつけてくださいませ」
この位にしておこう。
「気をつけるとしますよ。
では本題に入りましょう。
ポンピドゥ一族がなぜ食い込めたか。
これは組織論なしの機能絶対主義だからです」
プリュタニスが納得顔でうなずく。
「組織論がしっかりしていると、例外など認められないですね。
一族で処理をブラックボックス化するなんて不可能です。
そして機能しているからいいと」
「ええ。
最初は善意からはじまったと思いますよ。
自分たちだけでやったほうが、効率はいいとね。
そうやって一族だけで仕切れるように、仕事を独占していくと変質しますよ。
組織が一族で占められる。
これは共同体化する。
そして共同体である一族の規範が優先されるでしょう。
一族であるが故にそれ以外は他人と見なす。
大まかな経緯は、そんなところでしょうね」
規範についてもあとで触れる必要があるな。
社会の規範より、共同体の規範が優先することを。
プリュタニスは皮肉な笑みを浮かべている。
経緯はよく理解できたが、どう考えても非論理的だと思っているのだろう。
「そこでわざと伏せてある概念が必要になるわけですか。
変質の理由にあたるのですよね」
動機の説明を伏せていたからな。
「ええ。
自然の概念です。
自然とはいい言葉でしょう?」
「たしかに肯定的な意味で使いますね」
使徒教では肯定的。
不自然と言われるだけで、その存在を否定するほどだ。
「本来は自然のままだと、人は悪しきことをする。
だから契約を定めて、その通りに生きるべき。
これが教会の考えです。
法律も同義ですね。
ところが使徒教は違います。
自然は絶対善なのです。
ではこの自然となにか?」
プリュタニスは腕組みをして、難しい顔をする。
「とくに考えたことはないですね。
強いて言えば……ありのままでしょうか?」
「そう。
そしてそこに論理は不要なのです。
むしろ邪魔と言ってもいい。
自らの本心に従う行動が、自然となります。
これは契約社会では存在しない概念でしょう。
守るか否かで、本心など関係ない。
ところが使徒教では、この本心がとても大切になってきます。
それはあとに回しましょう。
では共同体にとっての本心は、どこにありますか?」
クリームヒルトは納得顔で苦笑する。
元族長だけあって、その手の心理には詳しいだろう。
「よそ者には入って欲しくないですね。
自分たちのことは、自分たちでやる。
よそ者は口を出すな……ですか」
「ええ。
まさにそれです。
かくしてポンピドゥ一族は、他者を排除する。
善意からはじめた、善なる本心に従ってね。
これがなぜ経理部門を独占するに至ったか。
この動機づけとなります。
善意と自然な行動の結果、現在の状態に至った。
ひとたび共同体化すれば……。
存在することが目的にすり替わります。
疑似家族ですからね」
カルメンはウンザリした顔で、ため息をつく。
「自分たちの環境をよくする努力は惜しまない。
それが搾取の構図ですか……。
今更止められないですね。
とち狂ったように見えますけど。
特殊なケースではない。
どこでも起こりえると」
当然気がつくだろうな。
経理という希少な技能を必要とするから容易だった面は強い。。
程度の差はあれ……どこにでも起こりえる。
「そうなりますね。
これは情緒的な思想です。
理論は不純とされますよ。
プリュタニスが煙たがられるのは、論理性が強い故ですよ。
これだけ説明して、なぜわからない。
そう思うだけムダなのです。
理屈をつけるのは野暮で純粋ではない。
不自然だとなるわけですよ。
この価値観を、皆が無意識に持っているからこそです」
プリュタニスは苦笑しつつ、お手上げのポーズを取った。
「すごく納得できましたよ。
絶望もセットですけど。
論理的な思考を推し進めると、不純な人間となるわけですね。
アルフレードさまが、ラヴェンナ以外で嫌われている理由もわかりました。
不思議だったのですよね。
嫉妬かと思いましたが、ちょっと違う気がしていたのです。
組織論は持っているし、論理的思考なので、不純極まりないのですね」
俺が嫌われる理由も、同じだからな。
しかもさらに、悪条件が積み重なっている。
「そんなところですよ。
しかも人類連合など、色々なところに顔を出している。
ラヴェンナに引き籠もって、彼らの目の前に出なければ、変人ですんだのですがね。
あろうことか……。
嫌われて平然としているから、余計に憎悪をかき立てるわけです」
アーデルヘイトは複雑な表情で、ため息をついた。
「それにしても組織論がないのは、改めて考えるとすごいですね。
それっぽい組織にするけど、共同体の連合でしかないとかもう……」
同一価値観があるから、空中分解せずにすんでいる。
本当に特殊な事例だよ。
奇跡と言ってもいい。
「それでもなんとかなっているからです。
しかも疑問など持たないでしょう。
使徒教が広まったあとの話で、面白い逸話があります。
ある王は暴君で、大貴族は忠誠心があつく人望もありました。
自分の地位を不安視した王は、大貴族に討伐軍を差し向けます」
カルメンは、つまらなさそうな顔でうなずいた。
「ありがちですねぇ」
ありがちなんだよな。
大規模な戦争は起こらないが、小競り合いなら適度に起こる。
「大貴族は息子に迎撃を指示するのですが、こう言い含めます。
『陛下の軍がきたら戦え。
もし陛下が先頭に立って剣を振るわれたら……。
恐れ多いから降伏せよ』
さて……。
これに違和感はありますか?」
キアラは眉をひそめて、アゴに指をあてる。
一緒に聞かされた話だからな。
「この話を聞いたときは、違和感なんてなかったですわ。
お兄さまは、スッキリしない顔をしていましたわよね」
覚えていたか。
そのときは、疑問を口にしなかった。
美談として語られていたからな。
「おかしいじゃないですか。
国王の軍と国王を勝手に分離しているのです。
組織論があれば、絶対にそうなりません。
しかも国王を幽閉して、強制的に退位させているのですからね。
でもそれをやった大貴族は、私心がなく国のためにやったと。
それでオシマイです」
「言われてみればそうですわね。
お兄さまが任命した大臣の指示を聞かない。
でもお兄さまには、忠実って矛盾していますわね」
「組織論がないと、こうなりますよ。
本来なら国王と臣下の間を、契約と組織が両者をつないでいます。
ところが使徒教では、それがない」
プリュタニスは、興味深そうな顔をする。
「なにもないのですか?」
なにかあるだろうと言っているな。
当然そうだ。
「ただ空気だけがありますね」
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