780話 場当たり的な対応がすべての男
マウリツィオの見解を聞いてみたくなった。
ギルト崩壊の引き金を知って損はないからな。
「なにか思い当たることでも?」
「このような
あの手この手でやってくる。
それは冒険者たちにも知られるでしょう。
だから冒険者には、少数ながら『ギルドに搾取されている』と考える者がいます。
揚げ句に『搾取は許せない! モノの価値は、労働によって決まる!』など、突飛な話をし出す者もね。
どこから仕入れた知識なのかわかりませんが……」
あ~。
冒険者に世界主義的考えが浸透するのを、ポンピドゥ一族が助長していたのか。
「それはある程度学がある人たちでしょう?
家庭教師に吹き込まれたのでは?」
マウリツィオは目を丸くした。
お世辞ではなく、本当に驚いたらしい。
「よくご存じですね。
さすがはラヴェンナ卿。
あらゆることを知っておられる。
よしんば吹き込まれたとしても……。
現実と辻褄が合わないと、芽は出ないものです。
それでも……ごく一部だったのですよ。
確信させる出来事は、滅多になかったのですから」
シルヴァーナも変なヤツだ、と思っていた程度だしな。
「冒険者たちの間でも、変な人程度の認識なのでしょうね」
「
冒険者など搾取の対象としか考えていませんよ。
家畜のほうが、まだ大事にされるでしょう。
『冒険者はすぐ不平不満ばかり漏らす。 家畜は文句を言わない』
など常に漏らしていましたからな」
これは変な主張に魅力を持たせる行為だなぁ……。
ギルドはどうでもいいが……。
冒険者に、世界主義的思想が蔓延するのはマズイ。
「首脳陣から失言があふれ出るでしょうね。
本人たちは隠そうとしますが、どこかで漏れると思います。
混乱期で余裕がないから尚更ですよ。
結果として、搾取の意図が白日の下に
これは冒険者がギルドに反発しそうですね。
ただ……。
ギルドマスターは、依頼料も手数料も下げないと言っていましたよ。
内心はともかく、すぐに搾取は出来ないと思います」
マウリツィオはフンと鼻を鳴らした。
「そんなのは、その場を取り繕うための言葉ですぞ。
元々ピエロには、なんの思想もありませんからな。
その場で受けそうなことを言いますが、あとになって変えるなんてザラです。
だからこそ、曖昧な表現ばかりするとも言えますな」
「ポンピドゥ殿の言動はある意味で合理的と」
マウリツィオは皮肉な笑みを浮かべる。
「そのような考え方もありますなぁ……。
それなら他人がどんなに曖昧だ、と指摘してもムダなわけですか。
本人の中では筋が通っているのですからなぁ」
「私が思うに……。
ポンピドゥ殿は意固地を極めた人ではありませんか?
より圧力の強い意見に従う。
その一点においては首尾一貫していると思いますよ」
「たしかに首尾一貫しております。
強い風が吹けば。そちらに流されますからなぁ。
風の強弱だけが問題なわけです」
「なんでも人の言葉を聞く。
これが極限に到達すると……。
誰の言葉も聞かない。
つまり逆転するわけですよ。
ポンピドゥ殿はその領域に到達しているのでは?
そんな達人に見受けられました」
マウリツィオは呆れた顔で苦笑する。
ピエロが人の話を聞かない。
予想だにしなかったのだろう。
「言われてみればそうですな。
誰の話も聞く。
それは逆のことを言われても聞くと。
これは聞いていないと同義ですなぁ……。
ですが……その達人芸は人の役に立たないでしょう。
ただ他人の時間を浪費するばかりかと。
お話してどうでしたか? 中身がなにもなかったでしょう」
キアラとプリュタニスが、虚無に辟易していたからなぁ。
思わず苦笑してしまう。
「あった……とは言い難いですね」
「そんな男でしてね。
さらにはこんなことがありました。
ピエロが部下と方針を相談したときのことですが……。
大枠の方針は決まったので、あとは適切な時期に実施する、としたようです。
あるとき部下がその時期ではと判断し、ピエロに開始の報告をしました。
それでなにも言われないとき……。
普通ならどう考えますか?」
絶対
「普通なら問題ないと思うでしょうね。
ダメなら改めて指示しないといけません」
「ところがですなぁ……。
実際にはじめると、周囲から大反発を食らったのですよ。
そうするとピエロが、なにを言ったと思いますか?
『そんなこと、私は聞いていない』
哀れにも部下は、ハシゴを外されてしまったわけです。
テーブル返しのピエロと我々は嘲笑しましたよ。
以後、ピエロの部下は明確な指示がないと、なにもしなくなりました。
自主的に考える芽を摘んだとも言えるでしょう。
かくして事務は停滞したのですよ。
ただ……外にする話ではありませんからな。
ギルドマスター選出の際には、この実態を知らない人が多かったのです」
俺が戒めていることをやっているのか。
「ラヴェンナでは絶対に不要な人材ですね……」
「大変結構な認識ですよ。
このように……。
場当たり的な対応がすべての男なのですよ。
旧ギルドは絶対に、大混乱に陥ります。
魔物の大量発生前なら組織が健在でした。
だから現場の努力でなんとかなったでしょうが……」
どう考えても詰みだな。
「今は危険と。
そうなるとわかりやすい敵を作って……。
団結するしかないでしょうねぇ」
「ところがピエロは、絶対に
仮に我々の新ギルドに敵対せよと、周囲からせっつかれてもです。
その点ではラヴェンナ卿の
内圧よりラヴェンナ卿の圧が遙かに強いですからな。
意味のない声明をだす程度ですよ。
まず対決したくない。
そして場当たり的な対応がすべてなので、対決姿勢を示してしまっては……」
その場面がすべてなら、手札を厳選などしない。
数が多くないと安心できないだろう。
質ではない。
数でなんとなく安心したい。
仮に前に進んだとしても……。
いつでも逃げられないとダメなのだろう。
「その場の選択肢が減ることを、本能的に嫌がるでしょうかね」
マウリツィオは破顔大笑して、自分の膝を叩いた。
「まさしくそうです。
長々と小生の愚痴を垂れ流しましたが……。
言いたいことは、たったのひとつです」
ポンピドゥ一族への愚痴を言い終えて満足したと。
「なんでしょうか?」
「関わらないことです。
勝手に自滅しますよ。
人類連合になんとしても参加したかったのは……。
必要性をアピールし、援助を引き出すためでしょう。
ギルドの理念など形骸化していますが、臆面もなくアピールしてくるかと」
だろうなぁ。
関われば、無視は出来なくなる。
それが狙いだろう。
「シケリア王国が独自に使うと言っていますがね。
信じてはいませんが」
マウリツィオは小さなため息をついた。
「入り口でしょうね。
とくに混乱したこの時期になると、どうしても実績がある組織にすがるでしょう。
つまり多くの者は、旧ギルドを頼りにするのです。
こればっかりは如何ともし難いですなぁ。
その印象は、最悪の人事で崩れるわけですがね」
人事? 気になる言葉だな。
「ギルドマスターの交代ですか」
マウリツィオは苦笑して手を振った。
「いえいえ。
このような大変な時期では、各部門長を変えてはいけないのが鉄則です。
人心一新と称し、マスターが変わっても、各部門長は続投させたものですよ。
大変な時期なので、文書も残す暇がない。
速度が重視されますからな。
そんなときに交代すれば、引き継ぎにかかる時間は増大します。
なにより現場は方針を堅持すべきか図りかねますよ。
指示を仰いでも、交代直後は
混乱を収束させようとしている各部門のトップを変えたのか?
どう考えても悪手だろう。
「その話では、ポンピドゥ殿は違ったと」
「人事をやりたくて仕方なかったのでしょう。
その点では誠に意固地ですな。
こんな時機でも、各部門長の刷新を行ったのですよ。
『適材適所の人事で、新しいギルドの船出である』と、口にしていましたがね。
ただの論功行賞ですよ。
新任の部門長に優れた資質などありませんから。
それに部門長ひとりが変わるわけではありません。
顧問団も総入れ替えです」
「普通にあり得ませんね。
現場の足を引っ張るだけでしょう」
「たしかに……こんなあり得ない新しさはありません。
わかりきっているダメなこと。
それをやる新しさですからなぁ。
そこだけは有言実行でした。
このありさまに絶望した職員たちが、こちらに移籍を打診しています」
さらに各部門のブレーンまで入れ替えたのか?
あんなガタガタの状態で。
正気の沙汰じゃない。
これほどにギルドの不滅神話は怖いものなのか。
「混乱期ですからねぇ。
引き継ぎを終えて、組織が動き出すには、どの程度かかるでしょうか?」
マウリツィオはアゴに手を当てて、
「通常でも1カ月はかかります。
ギルドは巨大な組織ですから。
今だと半年はかかるでしょうなぁ。
どのような指示をだしたか文章にする暇などありません。
それを聞き取って整理する必要に迫られます。
さらに情報の散逸や……。
途切れた連絡やらが状況を悪化させていますからな。
そして混乱は放置するほど悪化しますぞ」
「この現状で半年は……どうにもならないですね」
「現場で出来るのは、平時の規約で定まった方策だけでしょう。
テーブル返しのピエロがギルドマスターなのです。
独自の行動を、あとでひっくり返されたら……取り返しがつきません。
ところがですね。
既存の方法で対応できないから変事なのです。
普通なら現場に権限を委ねて、本部は暴走だけしないように注視するしかありません。
その権限委譲は部門長の判断でやっています。
部門長が変わったとなれば、その委譲自体が無効になりかねない。
現場は対処できなくなるのですよ。
だからこそ人事は、平時にやるのが先例となっています。
魔物が目の前にいるのに、装備を変えるようなものですからな。
しかも壊れていない装備をです。
見えないことに、人はここまで愚かになれるものなのですなぁ……」
マトモな職員が逃げてくるなら、新ギルドに取り込む好機だが……。
癌まで取り込んだから危険だろう。
だがマウリツィオが、目を光らせているなら大丈夫だろう。
「とても正気の沙汰とは思えないですね。
だからマトモな職員ほど絶望したわけですか」
「左様です。
ピエロという男は……。
権力欲だけは強い男なので、ギルドマスターになるのがゴールなのですよ。
やりたいことは、人事権の行使程度しか思いつかなかったのでしょうなぁ。
そして側近たちが、論功行賞を
ギルドは倒れない自信があると思います。
なにせ歴史はありますからな。
表層でのギルド運営はいつも通りかもしれません。
もしかしたら……ある日、突然倒れて周囲は
体を開いてみれば生きているのが不思議だったほどボロボロ。
そんな末路ではありませんかな」
そして割を食うのは現場で働く者か。
思わずため息が漏れる。
「最悪な時期に、平時の行動ですか」
「ピエロはバカではありません。
最悪の時期にマスターになった、とは思っているでしょう。
ただ想像力だけは、並にも劣るのです。
ないと断言してもいいほどですな。
これをしたら、どうなるか……。
それがわからない。
想像力が欠如しているから、その場しのぎに特化していると言えましょう。
まあ……帳簿をいじることだけは達者ですよ。
あれもその場の数値がすべてですからな」
想像力か。
人との関係は他人との関係だ。
だからこそ想像力が必要になるのだが……。
一族間で閉じていれば、それも育たないわけか。
むしろあの一族の中で、想像力を持つと生きずらいのかもしれない。
「想像力がないから決められない……とも考えられますね。
だからこそ、ムダな選択肢を維持するのに
ポンピドゥ殿は、それが賢明な判断だ、と信じているでしょうが」
「まさしくその通りですな。
ともかく新ギルドは、それを見越して可能な限りの手をうっています。
そうそう。
旧ギルドから受け入れるのは、真っ当な価値観を持っている者のみ。
なにせ誰がなにをしてきたか……。
小生の頭に、全部入っております。
どうかご安心を」
こんな怪物がギルドに埋もれていたのか。
世の中どこにどんな異才が埋もれているか……わからないな。
しかし話せば話すほど……。
前評判との
「元から疑っておりません。
ところでヴィガーノ殿。
たしか旧ギルドに在籍していたとき……。
徹底した先例と、規律の守護者だったのですよね?
まったく融通が利かないタイプと聞きました。
とてもそうは思えません」
マウリツィオは得意げに、ニヤリと笑った。
「当時はそのような役割をこなすのが最善だったからですぞ。
小生のモットーは、与えられた役割に最善を尽くす。
これだけですからな。
そもそも規律を守らせる側が、
最も大事な信を失いましょう。
元来法とは人情の正反対にいるものでしてな。
冷たい位不動なのが丁度いいのですよ。
それが我が家代々の教えです」
代々培ってきた知恵か。
本質は融通が利かない人ではないようだ。
それだけ完璧に役割をこなしたわけか。
これで過剰なお世辞と、グイグイ粘着してこなければなぁ。
老人にひたすらお世辞を言われると、居心地が悪いんだよ!
こっちが悪いことをしている気になる。
「人情は揺れ動きますからね。
その場でよかれと思っても……。
あとになってやり過ぎを後悔などザラです。
それを知ったヴィガーノ殿の祖先が
「そうですな。
だからこそ小生は父祖を尊敬しております。
そして受け継いできたものが、もうひとつあります」
「お伺いしても?」
「場が変われば求められる役割も変わることです
各自がそれぞれ最善を尽くせば、組織が回るでしょう。
だからこそ地位だけを求め、己の役割を知ろうとしない……
「なるほど。
旧ギルドは、とても貴重な人材を知らずに失ってしまったようですね」
マウリツィオは自嘲の笑みを浮かべた。
「いえいえ。
旧ギルドにいれば、規律と先例の固守だけを訴えていましたからな。
それが役割と信じておりましたから。
実際は役には立っていなかったでしょう。
あそこは……。
使徒さまにあわせ、融通
マウリツィオ本人にとって、ギルドの対応は失望したろうな。
このあと、簡単に今後の方針をすり合わせる。
まだ担当範囲が狭いので、今後どうやって広げていくかなどだな。
資金面についての話も出てきた。
必要ならば援助すべきだろう。
旧ギルドが崩壊した影響は、最低限に留めたい。
なにせこの世界では、冒険者ギルドは必要だからな。
社会構造もそうなっている。
打ち合わせが終わると、マウリツィオは帰っていった。
準備中の屋敷に戻るらしい。
新ギルドの代表用に、屋敷を準備してもらっていたが……。
到着が早すぎて、準備が追いつかなかったらしい。
早さも最善のうちなのだろうか?
本質はせっかちなのかもしれない。
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