768話 芸至上主義
役人たちが到着する前から、パーティーは始まる。
皆が楽しむ祭りは好きだが、パーティーは正直好きじゃない。
堅苦しくてかなわない。
とは言え、これも仕事だ。
浮かない顔の俺に対して、上機嫌のアーデルヘイトとクリームヒルト。
キアラとカルメンまで同乗している。
4人乗りなんだが……。
華奢な女性ばかりなので、なんとかなっていた。
そしてモデストは、ひとり悠々と馬車に乗っている。
俺もそっちにいきたい……。
ムリだけど。
しかし……。
「カルメンさんの変装はすごいと知っていましたが……。
まさに別人ですよ」
いつもの痩せすぎで、陰キャな雰囲気はない。
胸まで盛っており、服装は
どことなく妖艶な雰囲気を醸し出している。
これは、普通の男ならイチコロだわ。
カルメンは上品に笑った。
変装した時点から、もう中身から演じているわけだ。
「でしょう?
下心がある殿方は、これで簡単に引っかかります」
「それだけ色気があると……。
実際に関係を迫られたことがあるのでは?」
カルメンは悪戯っぽく笑った。
「ありますよ。
深窓の令嬢が、背伸びをして色気を出そうとしている。
そんな感じで演じていますからね。
隙をわざと見せています。
そこに食いつく人なら、たまにいますね」
一応念押しするか。
「大丈夫だと思いますが……」
「ああ。
平気ですよ。
危なくなったらモデストさんに、助けを求めますから。
アルフレードさまは、奥さんたちで手一杯でしょう?」
それは正論なのだがなぁ。
選択肢を放棄してほしくない。
「私はカルメンさんを預かっていますからね。
手一杯など言い訳にならないのですよ。
なので必要だと思ったら、私のところに逃げ込んできてください」
カルメンはクスクスと笑いだした。
「わかりました。
まあ……。
周囲から私は、アル・レディースの一員だと思われていますからね。
そうそう不埒なことを考える人はいないと思いますよ。
むしろアルフレードさまを探るため、接触してくる殿方が多いでしょうけど」
俺は、カルメンの嫁ぎ先を探してくれ、と頼まれているのだが?
それをお手つきにするのはダメだろう。
「それも問題ですけどね……」
キアラが、突然
「お兄さま。
今はこのパーティーで、どれだけ情報が収穫できるか。
それが大事ですわ」
キアラは、この話が危険だ、と感じたようだ。
たしかにやぶ蛇になりそうだな。
そこからは、他愛もない世間話で終始した。
そして馬車が会場に到着する。
俺たちが降りる前に、おひとりさまの贅沢を満喫したモデストが先に降りた。
周囲の確認だろう。
モデストがうなずいたので、俺たちも降りることにした。
帰りはそっちにいきたい。
皆を嫌ってじゃない。
男同士のほうが気楽なんだよ。
まあ……ムリだけどな。
かくしてパーティー会場に到着するが、なんとも豪華だな。
見慣れているキアラとカルメンは平然としている。
アーデルヘイトは目を輝かせ、クリームヒルトは目を丸くしていた。
バルダッサーレ兄さんの結婚式は、スカラ家基準では豪華。
それでもアミルカレ兄さんの結婚式を超えないように、控えめとなっていた。
つまり予算に上限があるわけだ。
嫡子と非嫡子で違う。
それでも豪華だった。
その豪華さが足元に及ばないほどだ。
これを何回やるんだか……。
お偉いさんが贅沢をすると、もの凄く金がかかる。
それで世間に金を回している、とうそぶいているが……。
上流階級と御用商人の間を回るにすぎない。
民衆にはわずかに
それ以上に、産業全体が上流階級向けに注力されてしまう。
今、それを考えるのは止めよう。
しっかし……俺たちは、ひときわ目立つよ。
ムリもない。
アーデルヘイトとクリームヒルトは亜人だからな。
キアラは取り次ぎという役目から、多くの人たちに挨拶されている。
とくに女性と話す機会が多い。
男に色目を使わないぶん、ライバル視されないのだろう。
そしてカルメンが、かなり注目されているな。
パーティーが始まると、アーデルヘイトとカルメンは、すぐ男たちに囲まれていた。
カルメンは普段の素っ気ない態度はどこへやら。
愛想がいいだけではない。
あどけなさまで醸し出している。
キアラとは大違いで、大した女優だよ。
これは、初心な男なら簡単に転がせそうだ。
カルメンは、あまりいい環境で育ってこなかったが……。
だからこそ人を観察する特技が育ったのだろうな。
結局は、悪い環境をバネに出来るか、環境のせいにして沈んでしまうか。
本人次第なのだろう。
本人の器量を超える、不幸な環境は例外的に存在するがな。
貴族の子弟でも、そうやって浮き沈みがあるのは人間模様だ。
そして沈んだ連中に、『親ガチャ』なんて言葉が流行っていたな。
『ガチャ』は使徒が言った言葉らしい。
それに親をくっつけて独自に広まったそうだ。
ガチャとして考えれば、俺は当たったのだろう。
……イカサマだけどな。
『親ガチャ』に興味はないが……。
かなり危険な言葉だと思っている。
便利な言い訳になるだろう。
遊びで使う程度ならいいが、言葉に依存したらその人は終わる。
それだけ危険な言葉だよ。
遊んで使っていると、徐々に浸食され、最後は依存することになるだろうな。
人生はままならないことだらけだ。
口癖のように『ガチャ』と言っていれば、つい使ってしまう
国ガチャ、上司ガチャ……。
なんでもありだ。
そのうち不都合が起これば、自分も『○○ガチャに外れた』と思うだろう。
だから自分は悪くないとなる。
結果、自分のエネルギーを恨むことに使うだろう。
恨むのは結構エネルギーがいる。
恨みに囚われつつ、健全な結果を出せる超人なんて、俺は見たことがない。
そして恨み続けて、さらに状況は悪化する。
それも『○○ガチャに外れた』というのだろうな。
ただひとつ言えるのは、そう言える人は、余裕があるってことだ。
本当の不幸であれば、飢えと同様に忌避するだろう。
『○○ガチャ』に外れ続けたら、最後はそんな言葉を口にする余裕すらなくなる。
そのときはもう手遅れだが。
そんなことを考えながら、パーティーを眺めている。
クリームヒルトも俺の隣で、好奇の視線に耐えていた。
ここで
それにしても……。
黙って見守るのは、結構難儀だな。
遠巻きで俺たちを見ていた人の中で、ひとりの老紳士が前に出てきた。
この足運びは……。
老紳士は、俺とクリームヒルトに一礼した。
「ラヴェンナ卿と奥さま。
お初にお目にかかる。
私はアイソーポス・セレウキア。
シケリア王国セレウキア領の領主を、代々務めております」
セレウキアか。
騎士として高名な家系。
通りで足運びが、騎士のそれだったわけだ。
立ち振る舞いも見事なので、パーティーによく呼ばれるらしい。
その表現をするとき、
セレウキア卿は超がつく堅物らしい。
現実の対処を重視する
実際に会ったこともあるのだろうな。
「これはご丁寧に。
高名なセレウキア卿に、お目にかかれるとは光栄です」
アイソーポスは大袈裟に驚いた顔をする。
「ラヴェンナ卿が当家のことを
ご存じとは。
家人に自慢が出来ますな」
知らないと言ったら、逆に面倒になるよ。
それに俺なら把握していると考えるはずだ。
そこから、他愛もない世間話が始まる。
さすがパーティーに呼ばれるほどの騎士だ。
クリームヒルトにもしっかり気遣いをして、話題を振っている。
話も盛り上がったところで、アイソーポスがやや生真面目な表情をした。
「
ラヴェンナと共に戦えるとなれば、心強い限りですな。
先ほどの戦いで負けてしまった側がいうのは、妙な話ですけどね」
「いえ。
勝敗は時の運、勝敗は兵家の常ですから」
アイソーポスが我が意を得たりと、強くうなずいた。
「そうですな。
なかなか戦場に出ないお方からは理解されませんがね。
我らとて捨てたものではありませんぞ」
「それは当然でしょう。
シケリア王国側の練度には目を見張る者があると、報告を受けていますから。
大いにあてにしていますよ」
アイソーポスの目が輝く。
言ってほしいことを言ってくれた。
そんな感じだな。
「おお。
先の戦は、とにかくラヴェンナの物量に圧倒されてしまいました。
万全な兵站と隙のない防御施設の数々など……。
そんな部分が強くてですなぁ。
『あれでは勝てない。
同じ物量があれば負けなかった』
そう若い者が言っていましてな」
これに異を唱えては、パーティーに出た意味がない。
ここは討論の場じゃないからな。
兵数はむしろリカイオス卿のほうが多かった。
だがアイソーポスは、堅物の騎士らしく……。
傭兵を数として計算していないのだろう。
騎士の数だけなら、こちらが圧倒していたからな。
その他愛もない世間話をして、上機嫌なアイソーポスは去っていった。
負けたが、下に見ないでほしい。
そんなところだろうか。
隣で相づちをうっていたクリームヒルトが、首をかしげた。
「急に上機嫌になりましたね」
「ああ。
私はただ事実を述べただけですけどね。
それがセレウキア卿の真意と合致したからですよ」
俺たちを遠巻きに見ていても、口の動きからなにを喋っているか知ろうとする連中は多い。
油断大敵。
この世界は、そんな技術が妙に発展している。
「なるほど~。
ペルサキス卿の話を出さなかったのも、その一環なのですね」
俺の曖昧な口調に、クリームヒルトも気がついたようだ。
いつもなら『どうして』など、色々聞かれる。
安直にシケリア王国の強さを褒めたければ、ペルサキスの名前を出せば事足りるのだ。
だが元騎士で影響力が強い人物に、それを言ってはマズい。
「ええ。
シケリア王国は、ペルサキス卿だけが目立つけど……それだけではない。
そう
下手に名前を出して称賛すると、地雷を踏む。
それだけなのか、と思われてしまうからな。
そのあと、どんなにフォローしてもムダ。
だから一切ペルサキスの話には触れなかった。
それを理解したアイソーポスは上機嫌だったわけだ。
実際、兵士個々の質なら、シケリア王国のほうが上だと思う。
ラヴェンナの兵士は、いかに勝ちやすきを勝つかを徹底している。
2対1で相手を仕留める戦い方もそうだ。
有利な地を占めて、装備も充実させる。
そして兵站を万全にした上で戦う。
個々の戦いでも、基本1対1では戦わない。
ここまで配慮して、はじめて『命がけて戦ってくれ』と言える。
俺個人の身上だがな。
俺だって、いい加減な状況をぶん投げられて『全力を出せ』と言われたら腹が立つ。
そこに『敢闘精神で乗り越えろ』とか『気合いが足りない』が加われば、もう逃げることを考える。
運よく生き残っても、上は次の準備をいい加減にするだろう。
そんなにいい加減にやりたければ、自分たちでやれと言いたい。
下に自分の怠慢を押しつけるな。
自分のケツは、自分で拭け。
クリームヒルトは、俺の皮肉な気分に気がついたようだ。
軽い調子でおどけて見せた。
「やっぱりそうなんですね。
シケリア王国の騎士たちは、山間部を馬で全力疾走できるとか……。
すごい芸に
たしかにすごい芸だ。
そんな騎士でも立ち入らない山間部に潜んで、ゲリラ活動をやり遂げたヤンはおかしい。
ヤン曰く自分も同じことが出来るらしい。
だからこそ、騎乗不可能な場所がわかると。
ヤンは子供の頃、親に冷遇されていた。
その結果グレて馬をちょろまかし、山に逃げ込んだ経験がある、と言っていたな。
ヤンも親がダメな部類だった。
それでも悪い環境をバネに、今をつかんでいる。
俺は邪魔しない場を提供しただけだ。
ヤンが頑張ったからこその今だろうな。
そんなすごい芸だが、ヤンはそれに固執しない。
使える状況なら使うだけと言っている。
それなら問題ない。
そのすごさ故に、普通は落とし穴にはまる。
芸至上主義という落とし穴に。
芸は限定された状況で、比類ない力を発揮するだろう。
それに目が眩むと、芸を極めれば無敵だ、と錯覚してしまう。
だからシケリア王国の騎士は、山間部を馬で全力疾走できて一人前と呼ばれる。
多くの労力を注ぎ込んだわけだ。
使徒によって戦争が禁じられている。
そんな限定された状況だからこそ有効。
山が多いシケリア王国だけで戦うからな。
状況が変われば、その努力がムダになることを無視している。
戦争では、様々な場所が戦場になるのに。
平坦で
違う場面では、芸の習得に費やした時間は、かなりの部分がムダになるだろう。
さらに問題がある。
そのような芸は、習得に時間がかかるだろう。
つまり簡単に代えが利かないのだ。
師匠と弟子のような形で、体にたたき込むしかない。
ギルドの徒弟制度のようなものだ。
それは多民族のラヴェンナにはそぐわない。
基本的に理不尽な徒弟教育は、同一民族でないとトラブルの種になる。
俺がこんな考えだから、ラヴェンナでの方針は標準化が主だ。
そこそこの品質のものを、安く早く大量に作れるように。
最初はそこからスタートする。
そこから品質を上げていけばいい。
職人芸には決して及ばないだろう。
それでいいと思っている。
俺にとって芸は相対化の対象であって、絶対化の対象ではない。
だが……。
ここで芸を否定してしまうと、さっきの気遣いがご破算になってしまう。
アイソーポスが立ち去ったあとだ。
だからこそ注視されている。
隙が生まれやすいタイミングだからな。
心にもない美辞麗句を口にしたあと、油断してボロを出した話なら、枚挙にいとまがない。
「そうですね。
まあ……。
私にすれば、馬を乗りこなせるだけすごいですよ」
クリームヒルトは露骨に白い目をした。
「アルフレードさまと比べたら……。
騎士たちが怒りますよ」
たとえが悪すぎたようだ。
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