765話 いろいろな手紙
人類連合の正式な結成に向けて、ラヴェンナの役人を呼び寄せる。
本来なら、最初から連れてくるべきなのだが……。
ランゴバルド王国の代表に任命されて、時間がなかった。
そこで乱暴に数人引き抜くと、行政に支障を来しかねない。
ラヴェンナの行政組織は、世界の中でもかなり高度だろう。
密かな自慢だが、欠点もある。
それが時間だ。
出来て間もない組織。
どうしても、個々人のマンパワーに頼る部分も大きい。
その属人化から脱しようとしているのが現状。
つまり結構ギリギリで、まだ外に人を出す余裕がないのだ。
なので決まってから呼ぶことにした。
時間を稼げるからな。
これは本音。
表向きは『参加すると決めたわけではないので』と、脅しに使ったわけだが。
これが思いのほか効果絶大すぎて、最初は白い目で見られた。
俺の反対が本気かもしれない、と思わせる効果があったわけだ。
招集指示をラヴェンナにだして、あとは憂鬱な社交パーティーが待つだけだ。
裏で役人に折衝させて、表でお偉いさんがパーティーにいそしむ。
はっきり言って気に入らないが、形だけでも友好的なムードを演出する必要がある。
そしてパーティーを、イヤだとすっぽかせば、役人たちにしわ寄せがいくわけだ。
思わずため息をついたとき、微妙な顔のキアラがやって来た。
「どうしました?」
「お手紙ですわ。
まず最初は……。
アミルカレお兄さまからです」
つまり複数同時かよ。
手紙を読むと、ただの世間話だ。
表向きだがな。
「返事を書かないといけませんね」
「どんな返事にされますの?」
「兄上の独身期間は、予定通りまだ終わりませんか?
候補者の少なさは相変わらずでしょうから。
それでいいでしょう」
裏の意図は、人類連合がどんな形になるのか教えてくれだ。
会議は難航しているのか。
それと負担が気になるのは当然だ。
なので会議は順調と返す。
負担も大きくならない。
突拍子もない内容で結成されないので安心して欲しい。
これが俺のメッセージだ。
ただ漏らしていい話ではないので、示唆までしか出来ないが。
婚約相手はほぼ決まっていて、タイミングの問題と聞いているのだ。
わざと惚ければ理解できるだろう。
キアラは呆れ顔でため息をつく。
「相変わらず人が悪いですわね」
俺がなんで悪者になるのだ。
解せぬ。
「文頭に『もげろ』とある手紙ですよ。
その返事にしては穏当だと思いますね」
「どっちもどっちですわね。
では次に宰相殿からですわ。
私信の形をとっています」
「おや。
珍しく中を確認したのですか?」
公的な文章であれば、キアラが事前に目を通す。
だが私的なものは、決して見ない。
キアラが、手紙の封の部分を見せる。
普通は指輪の刻印なのだが……。
でかい。
それに……。
なんだこれは。
どこかで見たことがあるぞ。
「これは……。
猫の肉球?」
キアラは苦笑してうなずいた。
「間違いありませんわ。
エテルニタがインク壺に悪戯して、書類につけた……あの模様ですもの。
絶望しながら目に焼き付きましたわ。
お兄さま。
これが公的な手紙だと思いますか?」
「いいえ……」
これも世間話だな。
あとは必要なら、役人を支援として派遣するともあった。
表向きは俺に一任する形になっているから、公的な文章での言及を避けたのだろう。
ここから考えられるのは、ランゴバルド王国に魔物の襲撃があったからだな。
俺だけに一任すると、領主はどんな処遇になるか不安になったのだろう。
ニコデモ陛下が焦った領主たちからの突き上げを無視できなくなった。
それをティベリオに示唆したと思われる。
ティベリオが、私信の形で俺に打診をしてきたのがことの経緯だろうな。
俺から協力を要請すれば一任したメンツも守られる。
無下にすると面倒だな。
俺は読み終えた手紙を、キアラに渡す。
キアラは一読して、難しい顔をする。
「協力ですか?
主導権を王家に寄越せとも受けとれますわね」
意図した罠ではない。
俺が明言しないと、王家が主導権を取るだろう。
陛下ではなく、他の領主たちが取りたがるからだ。
それなら王家が主導権を奪うべき、と判断するな。
他家の意図が入ると、面倒なことになるからだ。
俺なら見過ごさない、と信じての文章だろうな。
突き上げをしている領主たちへのガス抜きだ。
可能なら王家が主導権を取るつもりだ、と匂わせてのな。
これには他家の不安が結構高まっている……との示唆も含まれている。
「助言をするなり……。
手伝いのような形であればお願いしたい。
そう返しましょうか」
主導権はラヴェンナが握っておきたい。
油断して、主導権をとられると危険だ。
ラヴェンナだけが義務と責任を押しつけられる。
隙を見せれば、敵味方問わずに刺される世界だ。
しかもラヴェンナは特殊だから、躊躇なく刺される。
他家は見て見ぬふりをするだろう。
王家ですらも、ラヴェンナの力が適度に衰えるなら、見て見ぬ振りをするさ。
隙を見せた方が悪いで終わる話だ。
スカラ家は手助けしてくれるだろうが、それにも限度はある。
他家が俺の抜擢に反対しなかった理由もこれだな。
隙あらば引きずり下ろせるからだ。
形ばかりの反対はしたろうが……。
このあたりの機微は、キアラも承知しているだろう。
キアラはうなずきながら、手紙を差し出してきた。
「では最後です。
アドルナート家から。
これも私信ですわ」
これも人類連合についての質問だろうな。
人質という名目で、ラヴェンナにいるヴェスパジアーノの件だ。
今は問題ないかという様子伺。
結構前にヴェスパジアーノが喧嘩をした。
学校に通わせているが、そこで喧嘩になって双方怪我をしたのだが……。
怪我と言ってもコブ程度で大騒ぎすることではない。
むしろヴェスパジアーノにとって、痛みを知ることは大きな財産になる。
痛みの経験を持たないと人は残酷になる。
想像力だけでも、自制はできるが……。
意図してそれを想像しない限り、持ちようがない。
無自覚な残酷さは、災いを招くだろう。
個人なら恨みを買って、その身が危うくなる。
領主など相応の位置につけば、民を過酷な状況に追い込む。
結果として、その身を危うくする。
正義を振るう以外で、人が最も残虐性を発揮するのは……。
その対象の存在を同じ人と認識しないときだ。
相手を同じ人だと思わなければ、歯止めが利かない。
領主などの権力者はその危険性が強いだろう。
漠然とした民という認識は、対象への想像を曖昧にさせる。
ラヴェンナの子供と喧嘩をしたことで、多少は民への具体的認識を持てるだろう。
感情があって、同じような痛みを感じる人として。
それならば、無茶なことをすれば彼らが怒ることも理解できる。
そして自分たちに危害を及ぼす可能性まで考えるだろう。
そうなれば自制が働く。
自滅につながる愚策は選ばないだろう。
民を過酷な状況に追い込んでも、運がよければ逃げ切れる。
だがなぁ……。
預かって教育を施す以上、ただ漫然と大事な少年期を浪費させる気にはならなかった。
アドルナート家から来ているヴェスパジアーノの使用人たちは、怒って喧嘩相手の処罰を求めたが……。
俺は即座に却下した。
学校に通う以上は身分の差は認めない。
その条件を母ロレッタが飲んだから通学している。
身分の差を理由に処罰など有り得ないだろう。
そもそもだ。
子供の喧嘩に、大人が口をだすな。
当のヴェスパジアーノに話を聞いたが、相手が手をだしてきたから殴り返したとの回答だ。
俺はそれを聞いて、ヴェスパジアーノを褒めた。
やられたならやり返していいと思う。
そのときのヴェスパジアーノは、ちょっと誇らしげだった。
貴族として、
だが、やり返さないのは情けない。
なにより今後もなめられるからだ。
やりたい放題では、歯止めが利かなくなる。
子供の間なら、そのくらい単純でもいいと思う。
やり返されることを恐れる子供はいる。
その場合、徒党を組んで、ひとりを攻撃する事態は起こるだろう。
それは、すでに子供の喧嘩の範疇を超える。
1対1までが、子供の喧嘩だ。
武器まで持ちだしたら、話は違うが……。
どちらにしても、子供の喧嘩の範疇を超えたら……。
大人が止めるのは当然だろう。
ラヴェンナでも子供同士のいじめは起こりえる。
そう教員を指導している。
隠蔽は教員失格だとも明言していた。
だが必ず起こるものではない。
だからいじめに関して、人事評価の基準にすべきではないとも付け加えている。
このあたりも試行錯誤だ。
教員は大変だと思うが、だからこそ給料は高いし、社会的に尊敬されるようにしていた。
このヴェスパジアーノの件については、俺の処置も含め、アドルナート家に知らせている。
隠す話ではないからだ。
その件で、ロレッタは異議を唱えなかった。
預けた以上、俺の判断に従うのがスタンスらしい。
その問題を蒸し返す気はないのだろう。
ただ最近のヴェスパジアーノに、問題はないかと聞いているのだ。
俺がラヴェンナを離れてからの質問だ。
真意は明白。
人類連合に対して、どのような負担が必要なのか、事前に知りたいから私信の形をとったのだろうな。
アドルナート家は、小貴族から中堅の有力な家にまで駆け上がっている。
だから急速に広まった領地に相応しい組織改編が必要になるだろう。
つまりは、急に重たい負担を課されると対応しきれない可能性がある。
本来聞くのはマナー違反だから、私信の形をとっている。
そう考えるべきだろう。
マナーはこうやって形骸化するものだ。
どこもやっている抜け道だな。
俺は読み終えた手紙を、キアラに渡す。
読み終えたキアラは苦笑する。
気がついたようだ。
「人類連合がどうなるか……。
皆さん気にされますわね」
「ヴェスパジアーノくんは、変わりなく過ごしています。
とくに大変な教育をする予定はありません。
させるつもりもありませんよ。
成長を阻害するだけですからね。
そうお返事をしましょう」
キアラは、わざとらしく眉をひそめた。
「そういえば……。
パリス家からは来ていませんわね」
理由は分かっているだろう。
相変わらず、演技は下手だなぁ……。
「アリーナさんが嫁いでいますからね。
そこを飛び越しては、アリーナさんの立場が悪くなります。
パリス家はスカラ家の外戚になったのですからね。
それが必要以上に、ラヴェンナへコンタクトをとっては問題でしょう。
スカラ家の役人たちは、他家ほどではありませんが、ラヴェンナを意識していますからね。
だからあくまでスカラ家を経由する。
アミルカレ兄上の手紙も、その一環だと思いますよ」
キアラはクスリと笑う。
「気遣いと示唆ばかりで……。
たまに面倒になりますわね。
ラヴェンナ平定の頃は単純でしたもの」
「私に情報が集中するから、仕方ありませんよ
政治の世界は、4頭馬車立ての戦車競走みたいなものですからね。
バランスを崩したら脱落ですよ。
どうしてもラヴェンナという走者は、特殊で目立ちますからね。
ライバルからすれば格好の的ですよ。
だからこそ関わる側も慎重になるのです」
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