764話 嫌われている理由
屋敷に戻って一息ついた。
だが、のんびりする時間はない。
つまりだ。
キアラとプリュタニス以外は暇なので、暇人たちが会議の内容を教えてくれと言わんばかりに集まってくる。
忙しいはずのキアラまでいるが……。
「キアラは忙しいはずでしょう?」
キアラは天使のような笑顔になった。
「お兄さまのお話を聞くのが最優先ですもの」
さいでっか……。
アーデルヘイトが目を輝かせて、俺の腕を握った。
「旦那様。
どんな話があったのですか?」
あれがどうなったか、興味があるのだろう。
簡単なやりとりを教えることにした。
人類連合に関して、大まかな合意に達したことも含めてだ。
医療技術の支援を決定した話に、アーデルヘイトは嬉しそうだ。
「話をまとめてくれて有り難うございます。
一足先に暇から解放されますね!」
キアラは唇の端をつり上げた。
「甘いですわよ。
大筋合意したら、社交パーティーが、幕を開けますもの。
忙しいどころでは……済みませんわよ」
アーデルヘイトは首を傾げた。
「そんなものなのですか?
ミルヴァさまは、そんな大したことはない、と言っていましたが……」
「あれはスカラ家のパーティーですもの。
スカラ家は、パーティーを最低限しかやりませんわ。
まあ……。
遭遇すれば骨身に染みますわ」
アーデルヘイトは、悪い予感に額に手を当てる。
一方、カルメンはニヤリと笑った。
「ようやく出番ですね。
うまいこと男の人から、情報を引き出してきますよ」
そのために来たのだからな。
「変装のお披露目ですか」
カルメンは自信満々に、胸を張った。
「そうです。
あとは不埒なことを考えている連中がいないかも、しっかり調べてきますよ。
大船に乗った気で任せてください」
クリームヒルトは、少し微妙な表情だ。
同行すべく立候補したものの……。
不安なのだろう。
「私はアルフレードさまの隣にいればいいでしょうか?」
「そうしてください。
中傷とまでいきませんが、嫌味は飛んでくるでしょうからね。
私から離れると守ることが難しくなります」
クリームヒルトは、少し嬉しそうにうなずく。
アーデルヘイトは自分を指した。
「旦那さま。
私は?」
スカラ家のパーティーでも人気だったのだ。
超美人だからな。
クリームヒルトも美人だが、アーデルヘイトの方が対外的な評価は高い。
喋らなければだが。
そんな超美人に嫌味をいう男はそういない。
ご婦人はわからないがな。
それでも、あしらい方は心得ているだろう。
「多分引っ張りだこになります。
あまりに面倒臭くなったら、私の所に逃げてきてください」
さすがに、ここで筋肉筋肉言わないだろう。
なにせ外の殿方は軟弱だ、とこぼしているくらいだ。
アーデルヘイトは嬉しそうに笑った。
「はい!」
クリームヒルトが不思議と難しい顔をしているな。
俺と目が合って、小さく肩をすくめた。
「そういえば……。
アルフレードさまは、資金の供出に強く反対されていますよね。
無尽蔵に資金を出すのはムダだとわかります。
それでも……。
単にケチだから出したがらない、と邪推されませんか?」
疑問があったのか。
そんな悪評は、百も承知だ。
「多分そう思われていますね。
悪評が広まっても甘んじて受け入れますよ」
「それだけデメリットが大きいと考えているのですよね。
当然臨時の税徴収になると思いますけど……。
ラヴェンナの統治でも、増税ってすごく嫌がっていましたよね。
それが理由で反対していたのですか?」
何故反対しているのか不思議だったのかな。
経済に関わる問題だ。
それにとどまる話ではないが……。
「好き嫌いではありませんよ。
臨時ならば期限と回数を、明確にすべきです。
そうでないと民衆は、怖くてお金が使えないでしょう?」
クリームヒルトは小さくうなずいた。
元族長だから、部族民にムリをさせたことがあったのかな。
「そうですね。
それがラヴェンナ以外では守られない……と思ったのですか?」
「それもあります。
人が生活の水準を下げられないのと同じでしてね。
権力者は一度増えた収入を手放せないものです。
だから問題は、大臣や役人にもあるのですよ」
クリームヒルトは不思議そうに首を傾げる。
「領主や国王が、臨時徴税は終わったからとるなと言ってもですか?」
「普通の権力者は、そこまで注意しません。
税の多寡は、気にしますけどね。
そして大臣や役人への評価は、税収によって変わります。
臨時徴税が終わったあとは、人類連合に金を出さずに済む。
その程度の認識でしかありませんよ」
クリームヒルトは驚いた顔になる。
部族長であれば、そんな噓をつくと自分の身が危うくなる。
幸か不幸か、国王や領主はダイレクトに、民衆の反応を感じることはない。
「じゃあ……。
終わっても臨時徴税は止めないのですか?」
「やめない理由なんて、いくらでもひねり出せますからね」
クリームヒルトは呆れ顔でため息をついた。
「それがどんどん積み上がって、最後は崩壊すると」
「まあ……。
戦争時ならいざ知らず、ある意味今は平時ですよね。
その場合、重税を課すと問題がおこります」
キアラが突然立ち上がった。
「ちょっと待ってくださいね。
メモが切れてしまいましたわ。
届くまで待ってください。
私はこれでも人気作家ですから」
キアラはそのまま、使用人に紙を持ってくるように頼む。
人気作家なのは知っている。
作品のネタにされている俺にとっては大変不本意だ。
「私をネタにして売れるってのが……。
世の中おかしいと思いませんか?」
カルメンが笑いだした。
「いい加減認めた方がいいと思いますよ。
アルフレードさまは、好きでも嫌いでも、興味を引く存在です。
権力者関係の本で一番売れますよ。
国王の暴露本なら、もっと売れるかも知れませんけどね。
ランゴバルド王国の先王なら、腐るほどネタを持っていたでしょう」
勘弁してほしい。
使用人がやって来て、キアラに紙を差し出す。
キアラは受け取ってから、笑顔で席に座る。
「はい。
お待たせしました。
続きをどうぞ。
重税の問題ですわね」
「仕方ないですね……。
平時なら金持ちは、脱税を真っ先に考えます。
彼らにはそれが出来る頭脳と力がありますからね。
そうすると税収は落ち込むでしょう。
ではどうするか。
とりやすい民衆から、さらに税を取り立てます。
結果として民衆は痩せ細り、税収が減るでしょう。
それを補おうと、さらに増税ですよ」
金持ちが税金から逃げる歴史は長い。
戦時であれば逃げることは難しいがな。
平時では違う。
厳密には戦時だが、距離があるから脅威と感じない。
キアラは苦笑しながら、ペンを走らせる。
「それだと大問題どころか、自滅への道ですわね」
「国が滅ぶときは、ほぼほぼ金持ちの脱税や逃税によってです。
つまりは税収が減って、それを補うために先ほど言ったように重税を課してしまう。
最後は生きていけないほどのね。
それらが原因となって、反乱や国家分裂などが引き起こされるでしょう。
純粋な外的要因で滅ぶケースは希ですよ。
今までは使徒に睨まれたくないから、自制が利いていました。
民が教会に訴える手もありますからね。
それが無くなったのです。
頼れるのは自制力だけですよ」
クリームヒルトが納得したようにうなずいた。
「呼び水になると危惧したんですね……」
「ええ。
民が富んで、税収が自然と増えるより……。
重税を課して税収が増えたら、それが努力をしている、と映るのですよ。
まあ……。
反乱を起こさせない努力はしていると思いますがね」
「つまり増税には反対なのですね」
そう話は単純じゃない。
色々な条件次第で、従来の税法だと統治が賄えなくなる可能性だってある。
安易な増税は、頭の悪い解決法と言って差し支えないが……。
「絶対に悪とは言い切れません。
どうしても支出が増えるケースはありますからね。
それが予想できるなら……。
景気のいいときに、減税とセットでやるべきですね」
クリームヒルトが首を傾げた。
「それだとそこまで、収入が増えませんよね」
増税などに走る場合、心理的影響が無視できない。
少しでも軽減するために、なにがしかの減税は必要だろう。
「急に増やすこと自体が失策ですよ。
ないとは言いません。
でも問題を先送りし続けて逃げられなくなったから増税。
これは失策でしょう?」
だいたい増税に踏み切るのはこのケースだ。
将来のリスクを懸念して増税より……。
誰も反対できないほど、状況が悪化すれば増税しやすい。
だが……。
そんな増税は解決策ではない。
一時凌ぎだ。
それを繰り返せば、やがて国は滅ぶだろうな。
キアラはメモをとりながら苦笑する。
「普通の人は仕方ない、と思いますわね」
普通の人ならそうだ。
都合のいいときだけ普通の人になるのはアンフェアだろう。
俺の性分では出来ないよ。
「統治者は普通で済まされないのですよ。
大勢の運命に、影響を与えるのですから」
「相変わらず厳しいですわねぇ」
「だから真面目にやる統治者は、苦労ばかり多くて報われないのですよ。
その肩代わりをしてもらうために、ラヴェンナでは代表者にも統治を担ってもらっているわけです」
カルメンが納得顔で笑いだした。
そんな面白い話でもあったか?
「アルフレードさまの言葉は、原則論でもありますね。
これじゃあ普通の権力者から、思いっきり煙たがられるわけです。
すごく納得しました」
ああ……。
俺が嫌われている理由を、今一理解できていなかったのか。
「普通ではラヴェンナの創立までこぎ着けられませんよ。
だから特殊で、普通の人たちに口出ししない、と明言しているわけですけどね……。
これだけ色々なことに駆り出されると、それも難しいわけです。
はやくラヴェンナに引き籠もりたいですよ」
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