760話 宿痾であり原罪

 気乗りしないが、人類連合結成の会議に向かう。

 今回で決まるだろう。

 

 余計な問題が持ち込まれない限りな。


 再びモデストを伴って、会議場に向かう。

 馬車の中ではお互い無言だった。


 話すこともないからな。

 想定なら散々した。

 いざ本番の前に色々迷っていては、話にならない。


 あとはその場で考えるさ。


 会議場に到着すると、4人だけがいた。

 クレシダのメイドの視線が冷たいな。

 だが感情は読めない。


 敵意と警戒のようなものだろうか。

 

 俺が席に座ると、クレシダは軽くうなずいた。


「あらためまして……。

人類連合の大枠を決めたいと思います。

まずはこの機会を利用して、各国に攻め込むか、弱体化を目論まないこと。

この認識はよろしいでしょうか?

今は勝つことが大事ですからね」


 サロモン殿下は静かにうなずいた。


「アラン王国の代表として賛同します」


 クレシダと殿下の視線が、俺に集中する。

 別にもったいぶる話ではない。


「ランゴバルド王国の代表として、異議はありません」


 クレシダは満足気にうなずいた。


「大変結構ですわ。

では次に軍事的な取り決めになります。

アラン王国が攻撃を受けた場合、シケリア王国が救援の軍を派遣しましょう」


 距離的にはそれが妥当だからな。

 まず現実的な話から入ってきたか。


「ランゴバルド王国が救援に向かうには、アルカディアを通らなくてはいけませんからね。

人であれば、兵站線を脅かすなり貢献出来ますが……。

魔物相手には効果がないでしょう」


「ええ。

でも公平ではありませんよね。

そこでひとつ案があります」


 どんなことを言い出すのやら……。

 俺が黙っていると、クレシダがほほ笑む。


「資金や食料の問題です。

それをこの人類連合に集約して、必要に応じて分配するのです。

提供量は国力に比例するのが公平でしょう」


 その手で来たか。

 ランゴバルド王国を狙い撃ちしてきた。

 シケリア王国は、リカイオス卿の徴発などで余裕がないからだ。

 残ったアラン王国は話にならない。

 ロマン、トマ、使徒の連続攻撃で崩壊寸前なのだ。

 使徒貨幣の被害も、他国は大きいだろう。


 サロモン殿下は複雑な表情をしている。

 アラン王国にとっては得ばかりだ。

 なので表だって、賛成とは言いにくいのだろう。


 表向きは正しい意見だ。

 クレシダの真意を知っているだけに、破滅への手招きだが。


「一カ所に集約して配分ですか」


 クレシダは自信満々にほほ笑む。


「ええ。

それがより効率的だと思いませんか?」


「一体誰がどのように配分を決めるのですか?

大きすぎる権限ですよ」


 クレシダは笑顔だ。

 内心はウンザリしているだろうな。

 そう見て取れた。

 俺は細かすぎて面倒臭いのだ。


「合議でよろしいかと。

ひとりに集中しては、不信と疑念が巻き起こるでしょう。

合議なら時間が掛かりますけど……。

魔物の脅威がある以上、時間の制限はあります。

なにより公平感が大事かと思います」


 そう簡単にボロはださないな。


「この3名の合議なら、それもよいでしょう。

他にも加えるのであれば、また別の問題になりますが。

公平感とおっしゃったのです。

きっと他の者たちも加えるつもりでしょう?」


 サロモン殿下の表情は変わらない。

 誰を入れても、損をしないと踏んでいるからだな。

 

 クレシダは余裕の笑みを浮かべている。


「ええ。

でも核となるのは私たちですわ。

意見の重みは違ってきます」


「重みとは?

国の代表なので、ある程度は尊重されるでしょう。

それはある程度に留まるかと。

国に恐れ入る感情は薄いと思いますよ。

内乱で弱体化しているから尚更です」


 クレシダの表情は変わらない。

 後ろに控えているメイドが、わずかに身じろぎをした程度か。


「では私たちだけが、大きな権利をもつならば……どうでしょうか?」


「うかがいましょう」


「拒否権ですわ。

合議の内容が認められない場合、否決出来る権利です。

私たち全員が合意しないものは、決定とならない。

当然ですが……。

欠席は白紙委任状を提出したものと見なしますけど」


 これまた揉める話を持ちだしてきたな。

 こんな武器を持ちだしたら……。

 決まるものも決まらない。

 人類連合は機能不全に陥るだろう。

 そしてその責任を問う声は、注文をつけた俺に向かうわけだ。


 よく考えたものだよ。

 思わず笑いたくなるほどだ。


「それだと簡単に、会議を形骸化出来るでしょうね。

誰でも賛成出来る案とは、誰の得にもならない折衷案になるでしょう」


 クレシダは口元をかすかにほころばせる。


「ラヴェンナ卿のおっしゃることは、俗物なら正しいかと思います。

俗物なら自分の主張を通すためだけに乱発するでしょう。

私たちは違うと確信します。

高所から大局を判断出来るでしょう」


 奇策を止めて、正攻法で押してきたな。

 どうしたものかな。

 つい笑みがこぼれてしまう


 クレシダは俺の笑みに、怪訝な顔をする。


「ラヴェンナ卿。

私がなにか変なことを言いましたか?」


「これは失礼。

クレシダ嬢が性善説を説かれたのが面白かったのですよ」


 クレシダは平然としているが……。

 後ろのメイドの反応が面白い。

 一見すると、無感情に見える。

 実は違うとわかった。


 わずかだが、体の動きで感情が見て取れるのだ。

 これは苛立ちか。


 クレシダは大袈裟に驚いた顔をする。


「人類連合は信じることでのみ実現する。

そう思いませんか?」


「いえ。

それはキッパリ否定します」


 クレシダの表情が消えた。

 俺の出方を窺っているな。


「それは何故ですか?」


「性善説を信仰する人は、代表に選ばれるはずがないからですよ。

性善説が不要とまでは言いませんがね。

そもそも性善説を唱えるなら……。

これは不要でしょう」


 人が理想論を扱うと、大抵は矛盾を生じる。

 矛盾が生じない理想論者は、ごく希にしかいないのだから。

 クレシダは道具として理想論を使うが……。

 その道具がもつ怖さへの認識が薄いな。

 そもそも恐怖を感じるのだろうか。


 掲げた理想論が大きく、声が大きいほど……。

 それを選択的に用いた時、その人間の本性が明確に現れる。


 普遍的な理想論を選択的に用いる輩は、本性が普遍的に醜悪となる。

 だからダブルスタンダードは、普通に嫌われる。

 信用されなくなり、同類にしか声が届かない。


 普通の人は、常に良心を発揮出来ないものだ。

 選択せざるを得ない。

 だからこそ、ささやかな善行を出来る範囲でおこなう。

 決して、他人に押しつけたりはしない。

 

 それがマトモな人だろう。


 クレシダの唇の端が、かすかにつりあがる。

 心底楽しんでいるようだな。


「返す言葉がありませんわね。

でも建前がないと、人は従わない。

これは事実でしょう?

信じることは建前ですわ。

その建前を公然と無視することはされないでしょう?」


「建前で収まるなら……そうですね。

ただ信じるような紳士的な話は、閉じた世界でのみ通用しますよ。

私だったら、必要に応じて裏道を探しますね。

自国を犠牲にして、他国を救う気などありませんから。

他国を救うのは、自国を救うことにつながる場合のみです」


 やや危ない橋だと自覚している。

 無条件で他者を信じる約束はしないと公言した。

 暗黙の常識だが、公言すると白い目で見られる。

 だが……公言すべきだろう。

 理想論を突っぱねるには、現実を突きつけるのが手っ取り早い。 

 当然敵を作るが……。

 この程度で明確に敵対するなら、どうせ後になって敵に回る。


 そもそも俺の感傷で犠牲を払うなら、俺個人がツケを払うべき。

 他人に俺のツケを払わせるのは、出来ない性分だ。


 クレシダは小さく息を吐いた。


「それでは合議と拒否権には反対なのですか。

なにか代案はありますか?

ただ反対ではありませんよね」


「現状からの変更が、ただの改悪ならば……。

反対は正しいと思いますよ。

差し当たりは情報共有をして、それぞれが出来ることをするしかないのでは?」


 さてクレシダは、これにどう反論するか。


「つまりは協力体制の確認ですか?

随分悠長だと思いますよ。

ランゴバルド王国に魔物の襲撃があったのですよね。

それこそ国内から、ラヴェンナ卿が批判されるのではありませんか?」


 サロモン殿下は驚いた顔になる。

 クレシダはけしかけた張本人だけに知っているな。


「ええ。

だからこそ拙速で、取り決めをすると危険なのです。

それこそ大量の金と食料を提供する余裕がありません。

足りなくなったら……また提供するのでしょう?

そもそも兵糧を一カ所に集めるのも、現実的とは言えません。

兵糧を輸送するなら、馬も飼い葉を消費します。

輸送する人たちも食べなくてはいけません。

ムダ遣いですよ」


 クレシダは眉をひそめた。


「それなら資金を集めるだけでも、意味はありませんか?」


「集めるだけなら。

それをどう管理するのですか?

このようなことが出来る役人の数が不足しているでしょう。

成長を待つ時間があれば、話は変わりますけどね。

そんな余裕もないでしょう。

そればかりかその役人は、賄賂などの攻勢を浴びるでしょうね。

国の役人であれば、領主や王家への忠誠があるでしょう。

では……人類連合という曖昧なものに、どこまで清廉を保てるでしょうか?」


 クレシダは小さなため息をついた。


「小さな汚職をいちいち追及していては、大義を成せませんわ。

目に余る者を処罰すれば事足ります。

ラヴェンナ卿は些事さじこだわりすぎでは?

ここはラヴェンナではありませんよ」


 俺の示唆に気がついたか。

 資金の差配を、ラヴェンナが握れば問題ない。

 そう言ったのだ。

 そんなことをされては、クレシダの目的と合致しない。

 

 だが……クレシダのいうことは正しい。

 わずかな不正すら見逃さないのは、酷吏がのさばる原因になる。

 そんな透明すぎる川で魚は生きていけない。

 人はそんな透明な世界で生きられないのだ。


 正しいが、ひとつ前提が必要。


「既存の組織であれば、クレシダ嬢のおっしゃることは正しい。

だが新たに発足する組織は、目標が広くて曖昧ではありませんか。

不正の温床を放置してはおけないのですよ。

計算が出来る役人は貴重なのです。

彼らを汚職しやすい環境に追いやる。

処罰によって、貴重な役人たちをムダに減らすことになります。

だから賛同しかねますよ」


 今まで黙っていたサロモン殿下が、眉をひそめた。


「失礼ながら、汚職をすると決め付けられては遺憾です。

ラヴェンナ卿は、よその役人を信じていないようですが……。

その言葉は聞き流せません」


 まあ、不快に思うよな。

 説明が必要だなぁ……。

 

「殿下の役人を侮辱したわけではありません。

アラン王家に仕える役人たちは、誠実で有能でありましょう。

それはアラン王家に仕えてきた自負と誇りがあるからです。

その役人が他国で仕事をして、同じような規律を保てるでしょうか?」


 サロモン殿下は強く頭をふった。


「甘く見ないでいただきたい。

アラン王国を背負っているのです。

途端に堕落するなど有り得ない」


「その前提が崩れるとしたら?」


 サロモン殿下は驚いた顔をする。

 理解が追いつかないか。


「なんですと?」


 楽しそうな顔しているクレシダを一瞥する。

 俺の視線に気がついたクレシダは、小さなため息をついた。


「ラヴェンナ卿は予想しているのですか……。

本当に怖い人ですこと。

集めた役人たちには、『国のことは忘れて、人類連合に忠誠を尽くせ』と言い聞かせます。

国を引きずっていては、公平に支援は出来ないでしょうから」


 殿下は言葉に詰まったが、俺の言い分を認める気にはなれないか。

 もうひとつ、説明が必要だな。


「殿下……。

人は自分が出来る範囲でしか、良心的でいられません。

命を掛けてまで、それを貫き通せる人は、それ故に名前が残るのです。

アラン王国の混乱時に、それで命を落とした者が数名いたと聞きました。

ですが

多くの者は、節を曲げたのです。

生きるためか……。

欲に負けたはわかりませんがね。

それを責めることは出来ないでしょう。

そして有能かつ清廉な数少ない役人を、ご自身の手元から離せますか?」


 サロモン殿下は肩を落とした。

 国の代表として反論はしたが、すべての役人が清廉だと断言出来ない。

 優秀だとは言えてもだ。


 汚職はこの世界の役人にとって、宿痾しゅくあであり原罪なのだから。


 役人になることがまず困難。

 加えて……不当に処罰されるリスクが高いから、リターンを求めるわけだ。


「残念ながら……。

優秀なものを派遣するつもりですがね」


 信用出来る役人を派遣出来るほどの余裕はないだろう。

 それこそ、手元に置いておきたいはずだ。

 サロモン殿下の顔色は優れない。

 俺に言い負かされた形で、自分の無力感に忸怩たる思いだろうな。


 そんなサロモン殿下を見て、クレシダは苦笑している。


「優秀であれば問題ありませんわ。

ラヴェンナ卿はご不満なようですけど」

 

「人の運命に影響を与える者として、肝に銘じていることがあるのですよ。

道を踏み外しやすい環境に、人を追いやらないことです。

ここは比較的安全で、魔物の脅威は感じないでしょう。

安全な地で人の金を左右に流す。

それに軽く手を突っ込めば、自分の懐が暖まるのですからね。

誘惑はとても大きいと思いますよ。

そんな環境では一罰百戒など望むべくもない。

いくら刑罰を厳重にしても、不正は消えません。

それを取り締まろうとして、監視に膨大な労力を費やしますか?

今度はそれによって、事務が滞りますよ」


 サロモン殿下は沈黙。

 クレシダは苦笑したままだが……。

 俺のことを、果てしなく面倒臭いヤツだ、と思っているだろうな。

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