757話 予想は外れるもの

 特にやることもないので、アーデルヘイトとクリームヒルト相手に世間話をしている。

 本当なら町を見て回りたいだろうが……。


 アルカディア難民が、なにをしでかすかわからない。

 相手が女性なら尚更だ。


 使徒ユウが、中途半端に自由や人権などの概念を伝えたお陰で……。

 アルカディアの価値観は、大きく歪んでいる。

 自由は自分が、好き勝手振る舞えること。

 人権は自分が、不快な思いをしないこと。

 差別は少数が多数を攻撃する口実として。

 

 そんな連中が、まだ町をうろついている。

 俺への誹謗ひぼう中傷は影を潜めたが、悪いことだと思っていない。

 だから俺以外への侮辱ならいいだろうと考えたようだ。

 

 つまり、アーデルヘイトやクリームヒルトへの誹謗ひぼう中傷。

 キアラは貴族の子女なので、対象にされない。


 人類は平等などと唱えつつ、血筋や家柄を気にするようだ。

 つまりは反撃されるかどうか。


 だからダークエルフだが、ライサへの誹謗ひぼう中傷は行わない。

 流石に不愉快極まりないので報復してやる。

 大義名分作りとして、クレシダには通告している。

 誹謗ひぼう中傷を止めないようなので、しかるべき措置をとると。


 クレシダからの返答は一言。


『ご随意にどうぞ』


 匙を投げつつも、俺が加減を間違ったら、足を引っ張るネタにするつもりだろう。


 アーデルヘイトとクリームヒルトから『やり過ぎないように』とたしなめられる始末だった。

 そんなよろしくない環境なので、屋敷に引き籠もっている形となる。


 そうなると暇を持て余すので、俺が話し相手になるくらいしかやることがない。

 アーデルヘイトは外にでられなくて、ちょっと残念そうだ。


「外にでてわかったんですけど……。

ラヴェンナって凄いんですね」


 クリームヒルトも真顔でうなずく。


「通り過ぎた町を見ても違いますね。

道路の差が凄いですよ。

くねくね曲がっているしボコボコだし……。

ラヴェンナのようにお風呂は、お湯を流しっぱなしじゃないんですよね。

お湯が汚れていてウワッってなりました……」


「それは仕方ないでしょうね。

道路や公衆衛生は、地味な仕事です。

価値が理解できないと後回し。

だから疫病が発生すると、被害は甚大になりますね」


 などと話をしていると、キアラが入室してきた。

 少々深刻な顔をしている。


 攻撃が始まったか。


「至急の知らせですよね。

当てて見せましょう」


 キアラは意外そうな顔をした。


「あら。

お手並み拝見といきますわ」


 報告ならひとつしかないだろう。


「魔物の攻撃が始まったのでしょう。

恐らくアラン王国ではなく……ランゴバルド王国。

どうでしょう?」


 アーデルヘイトとクリームヒルトの顔が強ばった。

 キアラは、今まで見たことのないニンマリとした笑みを浮かべた。


「残念。

ラヴェンナからの知らせです」


 ラヴェンナで急ぎの報告なんてあるのか?

 俺の予測も、大したことがないようだ。


「外しましたか……。

なんでそんなに嬉しそうなのですか」


 キアラは満面の笑みでスキップしかねないほど上機嫌だ。


「お兄さまの予言にいつも驚かされるのは、しゃくですもの。

私が鼻を明かしたわけではないですが……。

やった! って感じですわ」


 なんだ……その対抗心は。

 まあこの程度で喜ぶなら、可愛いモノだがな。


「ちょっと調子に乗っていたようです。

それでラヴェンナからの報告とは?」


 キアラは真顔に戻った。


「ラヴェンナで、アルカディア難民への嫌悪が急速に広まっていますわ」


 難民の話は、まだ伏せているはずだが……。

 仲間内に漏らす人はいない。


「え? どこから漏れたのですか?」


 キアラは苦笑する。


「実際に難民と接した、胡散臭い男がいたじゃないですか……」


「マンリオですか。

あ……。

そうか」


 迂闊だった。

 口止めしていなかったよ。


「ええ。

フロケ商会と出版契約しています。

ゴシップ集で、名前も『マンリオののぞき窓』ですわ。

あれでそれなりの誇張と、話の組み立て方で……。

うまいこと煽りましたの。

元々アルカディアへの好感も低いですから。

使徒の襲撃と、その後のロマンたちのやらかしを含めて下がり続けました。

乾いた草原に、火をつけたって感じです」


 ひとつ気になることがあるな。


「私が買った情報も、ネタにしたのですか?」


「いいえ。

お兄さまに伝えた情報は伏せています。

そこはちゃんと守っていますわ。

お兄さまは買わないけど、民衆受けがいい話だけです」


 そこはしっかり守るか。

 捨て置くには危険な話だな。


「これは面倒なことになりそうですね。

嫌悪は蔑視になって……行き過ぎた価値観まで一直線です。

それを放置すると、ラヴェンナ以外を見下す感情に育ちかねません。

面倒なことになりますね……。

これは異なる価値観への教育を急ぐ必要がでてきました」


 クリームヒルトはウンザリした顔で、ため息をつく。


「ですね……。

ラヴェンナに指示を出しておきます。

余計な仕事を増やされました……。

もっとゆっくり考えるつもりだったのに……」


 キアラはクスクスと笑いだす。


「公的に大事な用件はそれくらいですわ。

あとは私的な話が少々。

公的な報告のついでですわ」


 私的な連絡を優先すると、俺が不快になるからな。

 ついでならば目くじらを立てる必要はない。


「どんな話です?」


「ラペルトリさんとロンデックスさんの結婚式。

お兄さまが戻ってからやるそうです。

『ぜひ出席してください』とおふたりから、伝言が添えられていました。

一緒に住んではいますけどね」


 なんだ。

 式を挙げていなかったのか。

 そんなに義理立てなくてもいいのに。

 アーデルヘイトとクリームヒルトが、わずかに羨ましそうな顔をしているな。

 なにかしてやれることを考えるか……。


「わかりました。

本来なら勝手にやってくれと言いたいところですが……。

あれだけの大功を挙げてくれた人ですからね。

他には?」


「最近エテルニタが外にでたがるので、オフェリーからどうするべきか相談が。

カルメンと話して決めますわ。

もう秋です。

今年の夏は寒かったですし、冬もかなり寒くなりそうですもの。

流石に寒くなってからだと、外に出せませんけどね」


 窓の外を毎日眺めているが、外にでたくなったのか。

 俺が口を出す話ではないな。


「逃げ出すとは思いませんが、猫の行動は読めないですから」


 アーデルヘイトがクスクスと笑いだす。


「政治的な話と猫の話を、同じように聞くのって面白いですね」


 なんのかんので、皆の癒やしになっているからな。

 たかが猫と扱うわけにもいくまい。

 それにキアラたちは、責任を持って飼っている。


「まあ……。

エテルニタは家族の一員ですよ」


                   ◆◇◆◇◆


 次の会合日は未定。

 暇を持て余している。


 再びキアラがやって来た。

 報告があるようだ。


「どうしましたか?」


 予測はやめておこう。

 キアラはちょっと残念そうだ。


「ムキになって予測しないのはお兄さまらしいですわ。

お客さまです。

ベンジャミンさんですわ。

都合のいい日に面会したいとのことです」


 これまた予想外だ。


「どうせ暇です。

なんだったら、今すぐでもいいですよ」


 かくして3時間後にベンジャミンと会うことになった。

 中立か敵なら、即日面会などしない。

 ここで駆け引きは不要だろう。


 ベンジャミンが応接室で待っていると報告を受けた。

 キアラと一緒に会う。

 モデストは町の様子を探りに外出中だ。


 久しぶりに会ったベンジャミンは、少しやつれたようだ。


「ベンジャミン殿。

お久しぶりです。

色々と大変だったでしょう」


 ベンジャミンは一礼した。


おっしゃる通りです。

大変どころの騒ぎではありませんでした」


 聖地が吹き飛んだのだ。

 かなりの混乱が起こったろう。


「ここに来たとは、大事な用件なのでしょう。

まずそれをうかがいましょう」


「このたびの人類連合のお話。

石版の民として、ラヴェンナ卿に協力したいのです」


 申し出は有り難いが……。

 大丈夫なのか?


「歓迎したいところですが……。

幾つか確認させてください」


 ベンジャミンは生真面目な顔でうなずいた。


「なんなりと」


「契約の山が消滅して、あなたたちは大丈夫なのですか?」


 ベンジャミンの表情が、わずかに強ばった。


「その件でしたら、我らの中で合意ができております。

これも試練なのでしょう。

それに座していては、我らは血を残せませんから」


 合意か……。

 さらりと言い切ったが、そんな簡単にできたのだろうか。

 

「かなり激論が交わされたのでは?」


 ベンジャミンは苦笑して、目を細めた。


「我らの間で、激論以外の議論はありません。

なあなあで決まる妥協の産物に、身を委ねていては生き残れませんでしたから」


 ベンジャミンたちの置かれた環境故か。

 激論になっても、感情的なしこりは残さないのだろうな。

 なあなあで決める習慣があるところは、議論をすると感情的な対立を呼ぶ。

 それ以上を詮索するのは非礼だろう。


「それにしても……。

この時機にですか。

随分思い切りましたね。

人類連合が正式に、発足すらしていませんよ」


 ベンジャミンは穏やかにほほ笑んだ。


「時期尚早との話もありました。

それでも決まったのは、我らの中で言い伝えがあったからです。

最後はその教訓から、時機を待つべきではないとの結論に至った次第です」


「言い伝えですか?」


「収穫の時期に、洪水の兆候が見えました。

季節外れで洪水などないと思えましたが……。

兆候は積み上がります。

作物を放棄しても避難すべしといった声が持ち上がりました。

ですがリーダーは、作物が惜しくて『適切な時期に判断する』と答えたのです。

普段は温和で、人の話をよく聞く人でした。

平時のときであれば、大過なくその責務を果たせたでしょう。

ですが結果は予想通りです」


 皮肉な教訓だな。


「その人は、リーダーではなく世話人だったのでしょう。

そんな人が重大な決断を下せる、適切な時期は限られます。

つまり誰しもが反対できないか、圧力に屈したかでしょうね。

強い態度にはでられないでしょうから……。

バランスをとろうとした揚げ句、最悪な決定を選択を強いられると思いますよ」


 ベンジャミンは力強くうなずいた。


おっしゃる通りです。

洪水がハッキリ目に見える形になっても、すぐに避難を呼びかけませんでした。

実に曖昧な言葉と態度だったそうです。

結果的に被害は甚大で、6割の先祖が命を落としたと聞きました。

唯一救いだったのは……。

そうなってからも曖昧な行動だったので、リーダーも命を落としたことでしょうか。

ただひとりだけが救われた話ですよ」


「皮肉な救いですね。

普段は世話人で、危機のときはリーダーになれる人がベスト。

そんな人はまれでしょうけどね」


 ベンジャミンはなぜか苦笑した。


「目の前にいるではありませんか」


 そう見えるだけだよ。

 俺は、そこまで自惚れていない。


「いえ。

世話人として私は、情が足りません。

せいぜいギリギリ及第点程度の力しか持っていませんよ。

本当に平和で決断が不要になったら、ぼろがでると思います」


「相変わらず謙虚ですね。

逆に考えれば……。

決断とは決めて断つことです。

情と和が優先される世話人には、無縁な能力と言えましょう。

そしてリーダーには、利益を断つと決める能力が必要ではありませんか?」


 面白い観点だな。

 ベンジャミンはこのような話が好きなのだろう。

 

「そもそも論になりますがね。

リーダーに決断力を求めるのが間違いなのですよ」


 ベンジャミンは目を細めた。

 楽しそうだな。


「実に興味深い話ですね」


「リーダーとしての前提条件が決断力です。

ないと話になりませんから」


 ベンジャミンは目を丸くして大笑いした。


「それなら求めるのは、間違いですね。

それもラヴェンナ卿がおっしゃると、説得力が違います。

おっと……。

話がれましたね。

キアラさまの目が死にかかっていますよ」


 キアラが小さくため息をついた。


「気がついてくれて助かりますわ」


 本題に戻るか。

 石版の民は、人類連合の参加でなく、ラヴェンナへの助力を選択した。

 俺がつかんでいない情報を持っていそうだな。

 そうでないとこんな言い方はしないだろう。


「私は後見をやめるつもりはありませんよ。

なにかそれ以上の問題でも?」


 ベンジャミンは真顔でうなずいた。


「この人類連合の話は初出ではないのですよ」


 そんなことを言い出すとしたら……。

 先走るのはやめよう。


「それは誰から聞いたのですか?」


「世界主義です。

すべてをひとつにする前段階の戦略。

関わりのあった先祖が聞いたそうです」


 クレシダは世界主義を利用していたな。

 入れ知恵されたのか、クレシダが考えたのか……。

 現時点ではわからないな。


「これは目的が達成されたら解散すると思います。

それでも危険な兆候だと?」


「左様です。

一度の先例は次の先例を呼ぶでしょう。

別の理由でまた団結を促しますよ。

もし我らが座視していると危ういと考えます」


 ラヴェンナほどではないが特殊性を持っているからな。

 それで何もせずに解決を待っては白眼視されるか。

 もし世界主義が影響力を持ったら……。


「解散したあとも、共通の敵として迫害されうると。

世界主義なら統一の機運を煽りたいでしょうからね」


 ベンジャミンは満足気にうなずいた。


「はい。

ラヴェンナであれば抗う力はあるでしょう。

ですが我々は、むき出しの力には無力です。

いくら後見されていても……。

世界中から敵視されては、ラヴェンナ卿も動けないでしょう。

金だけだして、協力した顔をすれば……嘲笑されますよ。

自らの安全を他者から買うのは、愚かな行為です。

そんな者たちを血を流して助けますか?」


 ベンジャミンの懸念を、杞憂きゆうと片付けられない。

 それこそクレシダによって、人類連合はかなり脆弱な組織として作られるだろう。

 俺が押さえ込むにしても、限度がある。

 魔物と戦うときに、後ろから石版の民に刺される……など噂されては危険だな。

 そして石版の民が片付けば、次はラヴェンナだ。

 無視できる話ではないな。


「では……。

今まで通り情報面での協力となりますか」


 ベンジャミンは小さく首をふった。


「それだけでは周囲にわからないでしょう。

我らの中で戦える者をお使いいただきたいのです。

差し当たり3000名。

後々に4000名程度追加できます」


 なるほど……。

 決して楽観視はしていないわけだ。


「そこまでの協力とは……。

大きな見返りが、必要になりますね」


「この世界が、どうなるかわかりません。

理想は我らの国を持つことですが……。

状況次第でしょう。

最低限、我らへの迫害を止めていただきたいのです。

それとラヴェンナ卿への信用もあります。

一方的な得をする関係は、永続性がありませんからね。

ラヴェンナ卿はそれをよしとされないでしょう。

子孫への課題となりますから」


 率直だな。

 そして俺が、都合よく利用しないと確信しているか。

 俺個人の心情より、ラヴェンナとの関係まで視野に入れている。


「わかりました。

状況を見て、都度条件を詰めていきましょう」


 ベンジャミンは安堵あんどのため息をつく。


「感謝いたします。

世界主義は契約の山がなくなったことで、その資金と人員を大幅に失って弱体化したはずなのですが……。

活動が活発化しています。

決して油断されませんように」

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