751話 奇襲

 第5拠点跡。

 名前は決まっていない。

 見違えるように復興していた。

 表向きは。


 以前訪ねた宮殿は焼け落ちたまま。

 裏路地は荒廃している。

 ガワだけ立派ってヤツだ。

 素早い再建の代償だな。


 俺たちにあてがわれた屋敷は、それなりの大きさだった。

 外装も内装も立派。

 国の代表相手だからな。

 そうなるのは当然だろう。


 それより、やることがある。

 屋敷のチェックを指示した。

 任せたモデストとライサの仕事は早くて正確だ。

 仕掛けはないとのこと。

 とりあえず一安心だな。

 

 使いの者がやって来て、明日の予定を伝えてきた。

 会議用の屋敷に、代表だけが集まるらしい。

 護衛はひとりだけ可とのこと。


 こうなれば適任者はひとりだろう。


「シャロン卿。

明日の随行員をお願いしてもよろしいでしょうか?。

貴族に頼むのは非礼ですが……」


 モデストは手をあげて、俺の言葉を遮った。


「そのために来たのですからね。

出席者はラヴェンナ卿とクレシダ嬢、サロモン殿下ですか」


「そう聞いていますね」


 モデストはしばし考え込む。


「そうなると攻防の本番は明後日でしょうか?」


 モデストらしくない見識だな。

 違うか。

 モデストなら、そんな甘い見通しをしないだろう。


「明日からですよ」


 モデストは穏やかにほほ笑んだ。


「なるほど。

油断されていないようで結構です」


 やっぱり試していたのか。

 注意喚起してくれているのだ。

 大変有り難い。

 モデストはわりと遠回しだがな。


                  ◆◇◆◇◆


 面会の日になった。

 一緒に寝ていたアーデルヘイトは、既に起きて身だしなみを整えていた。

 俺が起きたことに気がついたようだが、鏡を見て髪をとかしている。


「旦那さま、おはよう御座います」


「おはよう、アーデルヘイト」


 アーデルヘイトの髪をとかす手が止まった。


「クレシダとの初顔合わせですよね。

あのラブレターに、旦那様と出会ったら殺すと、物騒なこと書いていましたけど……。

大丈夫でしょうか?」


 心配なのかな。

 クレシダなら自制するだろう。


「ええ。

書いていましたね」


 アーデルヘイトは俺に向き直って、ため息をつく。


「不安にならないのですか?

私だったら気になって仕方ないですよ」


 俺は欠伸をしながら伸びをする。


「ある意味で、クレシダ嬢を信用しています。

ここで私を殺したら、自分も殺される。

仮に生き延びて、どうするのですかね。

快楽主義者ですが、より大きな快楽のためには、自制できる人ですよ」


 アーデルヘイトはジト目になる。

 ミルの仕草が伝染しているよなぁ……。


「旦那様が、あまりに平然としているから複雑ですよ……」


 俺が慌ててもいいことがない。


「心配無用です。

今日は早く終わると思いますね」


 アーデルヘイトは、首をかしげた。


「初顔合わせだからですか?」


 他にもあるけどな。

 予測にすぎないが……。


「まあ……。

そんなところですね。

通常の交渉なら、役人同士で事前交渉をするものですが……。

速度重視でトップ会談が、今回の主眼ですから」


「じゃあなにがあったか……。

ちゃんと教えてくださいね」


 言われなくても教えるよ。

 帰ってきたら、強制的な取り調べを受ける羽目になるからな。


「どうせ皆に根掘り葉掘り聞かれます。

そういえば……。

ライサさんが、ふたりの部屋に防備の仕掛けをしましたよね?」


 アーデルヘイトは苦笑する。


「はい。

これで大丈夫と言っていました……。

なにが大丈夫なのかわかりませんけど」


「ここはプロに任せましょう」


 俺は先に部屋を出る。

 軽い朝食を摂するためだ。

 親衛隊の指揮官は、虎人族のアレ・アホカイネン。

 ジュールは、ラヴェンナでやることが溜まっている。

 それと政治的意図があって、人間以外を選びたかった。

 

「アレ殿。

屋敷の警護はお任せします」


 アレはビシっと敬礼する。


「はっ! 改めておっしゃるとは……。

変事が起こると?」


 ここは敵地だ。

 油断など出来ない。

 そして危険は、確実にやって来る。


「可能性ですよ。

皆さんのが最優先です。

余裕がある限りにおいて、穏便に済ませてください。

もし騒動になったとしたら、後始末は私がやります。

相手に配慮して、此方こちらが傷つく義理はありませんからね」


 過剰な殺傷はしないだろう。

 それならあとは信じるだけだ。

 アレは自信満々にうなずいた。


「承知しました! 皆さんには、指1本触れさせません」


 これでやるべきことは済んだな。

 ライサは昼夜逆転を変えるつもりはなく爆睡中だ。

 モデストとふたりで馬車に乗る。

 

 こんななにが起こるかわからないときに、モデストの同行は心強い。

 政治での対決に専念できるな。


 クレシダは統治経験が短い。

 上手くやっているのは、一定期間を凌げばいいからだ。


 その弱点を、クレシダは承知しているだろう。

 異なる武器での戦いになるな。


 町外れの会議場に到着した。

 案内された会議室に向かう。


 部屋に入ると……。

 予想された光景が広がっていた。


 まず、クレシダがいる。

 女性の代表はひとりだけだからな。

 外見は俺以上にパッとしない。

 この外見も、擬態として便利なのだろうな。

 容姿が優れていたら特別頭がいい、と思い込みやすい。

 逆の思い込みもあるがな。

 平凡だと思わない。


 逆に容姿が平凡だからこそ、中身も平凡だと思いたがる。

 容姿に自信がないから、我が儘を押し通す。

 ありきたりな認識だが、これが結構なバイアスになってしまう。

 俺も人のことは言えないがな。


 お付きはメイドのようだ。

 人形のような無表情。


 同じ無表情でも、オフェリーは強制されたものだ。

 だから視線の動きや行動に、感情が表れる。


 このメイドは違うな。

 そもそも感情の起伏が少ないようだ。


 そしてサロモン殿下。

 なかなか理知的な顔立ちだ。

 苦々しい顔をしているが……。

 俺に対してではないな。

 お付きは、神経質そうな学者気質の人がいる。

 この御仁も、不機嫌さを隠さない。


 本来は、これで終わり。

 だがそうはならない。


 サロモン殿下の不機嫌の原因だ。

 6名ほど……ニコニコした顔の連中がいる。

 アルカディアの難民たちだな。

 

 モデストの眉が、わずかに動いた。

 楽しい気分でないことは確かだ。


 俺が着席せずにいると、クレシダらしき女性がほほ笑む。

 わずかに頰が紅潮している。

 恋愛ではないな。

 殺しの衝動を抑えている紅潮だろう。


「ラヴェンナ卿。

お初にお目に掛かります。

シケリア王国代表のクレシダ・リカイオスですわ。

お座りになってください」


 その手には乗らない。

 仮に座ったら、ガッカリするだろうな。


「その前に確認させてください。

この会議は、3名の代表と随行員ひとり。

合計6名のはずですよね。

なぜ……それ以外の人がいるのですか?」


 難民の代表らしき男が一礼する。


の代表をしているレナルド・ラクロと申します。

後ろの者たちは、アルカディアの有力者たちです。

人数はお気になされないよう。

これでも厳選したのですよ」


 偉大ねぇ。

 難民という現状では滑稽なのだが……。

 客観性ゼロだ。

 しかも恩着せがましい。


「これではお話になりませんね。

最初から前提を有耶無耶うやむやにするようでは、この人類連合に参加することは出来ません」


 レナルドの頰が引きる。

 これで感謝するか、苦々しく思いつつ黙認するのを予想していたろう。

 それに付き合う義理はない。

 それに最初の約束を守らないと、それが前例になる。

 約束などないが如くになるだろう。

 それなら集まらないほうがマシだ。

 議論の時間こそムダになるだろう。


「それは話が飛躍しすぎではありませんか?

魔物の脅威が迫る中、小さな約束にこだわるとは……。

賢明で知られるラヴェンナ卿に、相応しくありません」


 本当に足を引っ張る存在だな。

 約束は守らせる。

 自分は守らないからな。

 そこまで価値観が違う相手と話など出来ない。

 迂闊に受け入れると、クレシダの思うつぼだな。


「脅威が迫るからこそ、信用が大事なのですよ。

条件が整ったら連絡してください。

3日だけ待ちます」


 俺が踵を返すと、クレシダが立ち上がる。


「折角いらしたのです。

ご不快なところもありましょうけど、席につかれては?」


 同じ価値観を持っているなら、俺の態度は極端だろうな。

 価値観があまりに違う相手には、譲歩は間違ったメッセージを送る。


「そうはいきません。

残念ですがね。

彼らの出席を認めたのはクレシダ嬢ですか?」


 クレシダは薄く笑った。


「はっきりと認めたわけではありませんわ。

サロモン殿下と同じで、まずは話をすべきとの判断です」


 俺の問いは想定していたろう。

 用意された回答なわけだ。

 だからこそ先に、サロモン殿下を呼んだのだろう。

 ひとつわかったことがある。

 クレシダは、彼らが異なる価値観を持っていると認識していない。

 自分以外は人としてみていないなら、それは仕方ないか。


「つまり彼らが、勝手に押しかけたと?」


 レナルドが気色を変えて立ち上がる。


「勝手とは心外ですね。

我々は使徒さまの意志を継ぐ

出席するがあるのです。

使徒さまの権威は、人類の正しさとして常識でありましょう」


 論点をすり替えはじめたか。

 ベタベタな詭弁きべんに乗っかるつもりはない。


「話になりませんね。

出席者を勝手に変更されては、この会議自体の信用性がなくなります。

クレシダ嬢は、そうお考えにならなかったのですか?」


 クレシダは眉をひそめる。

 若干戸惑っているようだな。

 俺が意固地な態度を取ると予想していなかったろう。

 もってスマートに誘導すると期待していたのはわかる。


「大事の前の小事と考えましたわ。

魔物と共存など出来ないでしょう。

そこで言葉が通じる同士……いがみ合っても仕方ないと思いませんか?

とくにサロモン殿下は、矢面に立たされているでしょう。

だからこそ異議を申し立てられなかったのですよね?」


 サロモン殿下が一瞬沈黙した。


「ラヴェンナ卿のおっしゃりたいことは、重々承知しています。

どうでしょうか。

ここは曲げて、席につかれては?」


 冷静だが、かすかに絞り出すような感情が交じっている。

 力と立場の弱さを突きつけられて……楽しい人間はいないからな。

 言葉は通じても話が通じない人間はいる。

 クレシダは知っているのだろうか。


「席についてもいいですが……。

当初の条件にすることが必要ですね。

つまりアルカディアの方々にはご退場願いたい」


 レナルドが皮肉な笑みを浮かべる。

 だが青筋が立っており、かなり怒っているのは明白だ。

 彼らにとって自分の信じる正しさが通らないと、凄いストレスだろう。


「ラヴェンナ卿は、温和で寛大だとの噂ですが違ったようですね。

ではランゴバルド王国が、世界から孤立しても構わないとおっしゃるのですか?

それこそ世界の信を失い、不道徳とのそしりを受けます。

ラヴェンナ卿を心配して言っているのですよ」


 声が、やたら大きい。

 比喩ではなく声量だ。

 アルカディアでの議論とやらは、声の大きさが大事な要素なのだろうな。

 理屈が軽視される世界だ。

 相手にする気はない。

 全面的に彼らの意見を受け入れるのが、彼らにとっての交渉や歩み寄り。


「サロモン殿下、クレシダ嬢。

約束を破って、彼らを出席させる理由の説明をできますか?

つまり彼らに、なにが出来るか。

この信義違反が、小事となるほどの説明を期待します。

使徒の意志を継ぐと自称する人たちに、魔物が恐れ入ると聞いたことがありませんからね」


 レナルドの顔が真っ赤になる。


「我々を無視するとは、人としての礼儀を知らないのですか!

それに自称とは聞き捨てならない!!

我々が手を差し伸べているのですぞ。

使徒さまに成敗されて、辛うじて生き残ったにすぎないことをお忘れか!

我々の誇りを踏みにじる行為は、断固として容認できない!!

謝罪を要求する!!!」


 どんどん早口になるのは滑稽だ。

 だが……。

 滑稽を通り越して、五月蠅いな。


「ここは実力をもつ者たちのみの会議です。

ご存じないのですか?

だからこそランゴバルド王国も、参加を決めたのです」


 レナルドは胸を張った。


「我々には使徒さまのご意向という力がある!

1000年以上の歴史の重みを背負っているのだ!!

ポッと出のラヴェンナとは、序列が違う!!!」


 まるで話にならないな。

 自分の聞きたい話題以外、耳に入らないらしい。

 俺が怒り出せば、非難合戦になる。

 どっちもどっちで決着させるつもりだな。

 アントニスからもらった書類には、そのような例が山のようにあった。


 結果として、曖昧なまま出席を余儀なくされるだろう。

 その手に乗る必要はない。


 普通の貴族なら、とっくに激怒している。

 残念ながら、俺は表情を変えていない。

 レナルドは困惑しているようだ。


「そのご意向とは……。

どれだけの兵力と財力があって、何人分の食糧の供給が出来るのですか?」


 レナルドは机をバンとたたく。

 困惑より怒りが先に来たか。


「なんて即物的で、大局を理解しない人なのだ!

道徳的な正しさを実利で測るとは、なんと矮小わいしょうなことか!!

本当に国の代表なのか、品位を疑う!!!」


 しかしまあ……。

 怖いもの知らずだな。

 ここまで歪むとか、根拠なき正しさとは麻薬のようだ。

 そう思っていると、モデストが一歩前に出る。


「ラヴェンナ卿。

少々よろしいですかな?」


 声と表情は穏やかだが苛立っていそうだ。


「ええ。

どうぞ」


 モデストはレナルドを、冷ややかに睨む。

 顔を赤くしていたレナルドが硬直した。


「君たちは身分を忘れてしまったようだね。

身分の平等は、アルカディアの中だけの話。

ここでは君たちの首を刎ねても、誰も文句は言わない。

むしろそうしないほうが異常なのだよ。

ラヴェンナ卿は忍耐力が強すぎて、私の忍耐力が先に尽きそうでね……」


 レナルドは先ほどの怒りはどこへやら……。

 急に青い顔になる。


「そんな野蛮な力で脅すなど……。

貴族としての誇りを忘れられたのか!」


 語尾まで弱々しい。

 モデストは淡々としているが、内心かなり軽侮しているだろうな。


「不作法を放置している者は、誇りなき者として軽侮される。

獅子に吠えたのなら……。

その覚悟はあるのだろうね?

自分たちは絶対に安全だと思うのは自由だが……。

我々はそれを尊重する義務などない」


 モデストの言葉は穏やかだが、素人にもわかる殺気を含んでいる。

 クレシダがやったように、むき出しの力にはもろいな。

 レナルドはヘナヘナと座り込む。

 そろそろいいだろう。


「そろそろ帰りたくなってきました。

クレシダ嬢。

彼らに好き勝手させているようですが……。

それは彼らの言動に対する

その認識でよろしいですか?」


 クレシダは小さなため息をつく。

 こんな相手の言動に、責任など持ちたくないだろう。

 あくまでクレシダにとって道具だ。

 それを同じレベルと思われるのも嫌だろうな。


「ラクロ。

下がりなさい」


 レナルドは媚びるような顔になった。


「ク、クレシダさま……」


 クレシダの目が細くなる。

 マンリオが見た慈愛に満ちた顔の一歩手前か。


「聞こえなかった?」


「し、失礼致します……」


 レナルドは転がるように退出していった。 

 残りのアルカディアの代表は、呆然と立ち尽くしている。

 クレシダは彼らにもほほ笑みかけた。


「貴方たちもよ」


 全員先を争うかのように、部屋を出た。

 思わず笑いそうになったよ。

 クレシダは俺にほほ笑みかけた。


「失礼しましたわ。

これで席に座っていただけます?」


「ええ。

その前に……。

ひとつだけよろしいでしょうか」


 俺はクレシダの前まで進んで、その手を取った。

 クレシダの顔が真っ赤になる。


「!?」

 

 予想通りだな。

 俺は若干顔を近づけて、クレシダの目をのぞき込む。


「お噂はかねがね。

是非一度、お目に掛かりたいと思っていました。

お会いできて大変光栄です」


 俺が手を離すと、クレシダは胸に手を当てる。

 息が荒くなっていた。

 クレシダはバッと席を立つ。


「ちょ……。

ちょっと気分が優れませんわ。

続きは明日……」


 クレシダは部屋を出て行った。

 メイドが殺意の籠もった目で、俺を睨みつけつつ退出する。

 彼女もアイオーンの子だな。

 モデストがいなければ、こんなことは出来ない。

 メイドの注意は、モデストに向けられていた。

 だからこそ、奇襲できたわけだ。


 挨拶としてはまずまずだろう。


 さて……。

 残った人に、挨拶をしようか。


「サロモン殿下。

お初目にお目に掛かります。

ランゴバルド王国の代表を拝命したアルフレード・ラヴェンナ・デッラ・スカラです」


 サロモン殿下は事態の急変に呆然としていたが、すぐ我に返った。


此方こちらこそ、お初にお目に掛かる。

アラン王国の代表となったサロモン・アランです。

不甲斐ないところをお見せしました」


「いえ。

殿下の立場では仕方ないでしょう。

ご心労お察ししますよ。

ところで他の王族の方々との連携は取れていますか?」


 アラン王国の情報を、サロモン殿下から聞けたが……。

 状況は深刻だな。


                  ◆◇◆◇◆


 俺たちは話し合いを終えて、帰りの馬車に揺られている。

 モデストは目を細めた。


「色々と興味深い出来事でしたね。

あのクレシダ嬢が、あそこまで取り乱すのは予想外でしたよ」


 クレシダはきっと、殺意を抑えるのに必死だったろう。

 そこに予想外の俺の言動だ。

 最後に俺自身という餌を、目の前にチラつかせた。


「ああ……。

一度限りの奇襲です。

内なる私と、外なる私の齟齬そごがある今しか使えませんからね」


 モデストはしばし考え込んだ。


「思い込んでいた人物像と実像の差ですね」


 あそこまで意固地な言動など予想していないだろう。

 過去にこんな態度を取ったことはないからな。

 そしてクレシダが、自分と俺以外を人として見ないことも、隙となった。


「ええ。

すぐにその差を埋めるのは明白ですからね」


「この奇襲の効果は、なにを狙っているのでしょうか?」


 少しだけスッキリしていい気分だったので、思わず笑みがこぼれる。


「まずアルカディア難民の言動についてです。

クレシダ嬢に責任があることになりました。

なにせクレシダ嬢が退出を命じて、渋々退出しましたからね。

無関係と言っても、もう通りません」


 モデストは声を立てずに笑った。


「あの連中が問題を起こせば、クレシダ嬢の行動を縛れると。

とんだやぶ蛇ですねぇ……」


「ええ。

クレシダ嬢がかき回すにしても……。

ある程度は動けないと、意味がないですからね。

それともうひとつあります」


 モデストの目が細くなった。


「ほう?」


 思い込みが強いだけに、行動を読むことは簡単だ。

 同じ価値観をもつ人間だ、と認識しては読めないだろうがな。


「ラクロ殿たちは不当に退出させられたと思っているでしょう。

そしてクレシダ嬢が、私に抗議するとね。

ところがクレシダ嬢は、すぐ退出してしまいました。

彼らは逆恨みして、行動が過激化します。

クレシダ嬢には逆らえない。

憤怒の行き先は私しかありません。

クレシダ嬢にとって制御が大変になりますよ」


「なるほど。

厄介者の制御をクレシダ嬢にさせると。

それでも暴走するのでは?」


 それは当然予想しているさ。


「だからアレ殿に念押ししたのですよ」


 モデストは感心した顔でうなずいた。


「クレシダ嬢の反応から、すべて予想していたのですか?」


 俺は予言者じゃない。

 ポイントを抑えただけさ。


「まさか。

アルカディア難民が同席していることは予想していました。

決裂するにしても退去するにしても、彼らは感情的に納得しない。

屋敷を包囲するなど、実力行使に訴えるでしょうね」


 モデストは珍しく苦笑した。


「なるほど。

親衛隊が追い払っても、彼らは大人しくならないと思いますよ」


 その場は退散するだろう。

 だがあの様子からして、彼らの正しさを脅かされては黙っていられない。

 それほどあの価値観は危ういものだ。


 現実にないものを絶対の価値としては……。

 それが虚構でも維持する労力は、膨大なものになる。

 何か行き詰まれば、外部に解決を押しつけるだろうな。

 別の副反応も予想されるが、それはまだ現れていない。


「シャロン卿の推測に同意ですよ。

次はそうですねぇ。

屋敷の周りで夜通し騒ぐでしょうかね。

あとは私の悪口を方々で言いまくる……といったところでしょうか」


 モデストは、肩をすくめる。


「それはどう対策を?」


 彼らがなにをするか、予想は出来る。

 だがアプローチする環境を把握できていない。

 キアラからの報告を待っての対処になるな。


「なってから考えますよ。

ここにどんな人たちがいるのか。

まったく把握できていませんからね」


 屋敷に戻ると、騒然とした雰囲気になっていた。

 塀が汚れており、なにが起こったかは明白。

 精神的に傷つく人がいなければいいが……。


 屋敷に入ると、興奮気味のアレが駆け寄ってきた。


「アレ殿。

やっぱり騒動が起こりましたか」


「はい。

此方こちらが剣を抜く前に、ライサ殿がブチ切れて、魔法をぶっ放しました。

奴らは蜘蛛の子を散らすように逃げてきいきましたよ。

絶対にライサ殿の寝ているときは、静かにしようと思いました……」


 思わず吹き出してしまった。


「安眠妨害ですからね……。

それは腹が立つでしょう」


「今度来たら切り捨ててやりますよ。

ご主君への罵詈ばり雑言など、決して許すわけにはいきません」


 そこの判断は任せるさ。


「それよりショックを受けている人たちはいませんか?」


「それは大丈夫です。

嬉しいと思う人はいませんがね。

そこまでヤワな人は、ここにはいません」


「それは何よりです。

私は別に言われても、気になりませんが……。

皆さんへの悪罵であれば見過ごすわけにはいきませんね」


 アレは大きなため息をつく。


「そのご配慮は、大変有り難いのですが……。

ご主君への侮辱は、我々にとって耐えがたいのです。

そこはご理解ください」


 モデストまで苦笑しやがった

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