750話 階段

 憂鬱な人類連合の初会合に出席するため、馬車に揺られている。

 ミルがこっそり耳打ちしてくれたことを思い出す。


 誰もいなくなったあとで、プリュタニスがこっそり折居像のところに行ったらしい。

 屋敷の中で、ミルに隠し事は不可能だな。


 成果と言えば……。

 プリュタニスは複雑な表情で、甲板の上にいた。

 効果覿面だったらしい。


 なにかブツブツ言っていたが、そっとしておこう。


「こんなこと有り得ない……。

あってはならないんだ……」


 ひたすら繰り返していたな。


 そうやって、人は大人になるんだよ。

 折居の階段を上って、大人になるのはどうかと思うがな。

 まあ人それぞれだ。


 そんなプリュタニスは、俺との同乗を遠慮した。

 仕方ないな。

 

 上機嫌のアーデルヘイトとクリームヒルトに、両脇を固められ……。

 正面はキアラとカルメンだ。


 プリュタニスのほうは、モデストとライサ。

 ライサは当初メンバーに入っていなかった。

 ところが志願してきたのだ。


「占ったら、ちょっと怪しくてね。

奥さまたちが狙われるそうなんだよ。

脅す程度だけだろうけどね。

放置していい話じゃないさ。

だから私が同行すべきだろう。

連中の手口を知り尽くしているからね」


 有り難い申し出なので同行してもらうことにした。

 そのライサは、自分の出番は到着してからだと言わんばかりだ。

 つまり、席を丸々占領して寝ているらしい。


 俺は馬車の中で、女性陣たちと話し続けることになる。

 そんな道中も耳目から、色々と情報が届く。


 ラヴェンナ軍は無事に帰還したようだ。

 ヤンはゾエと結婚するが、俺が出席できないことにガッカリしたらしい。

 私人だったら優先して出席できるんだがなぁ。

 

 思えばアーデルヘイトたちと結婚式を挙げられない。

 結婚式は本妻とのみが慣例だ。

 区別することで、家中の安定を計るのが理由だな。

 

 そして新婚旅行もできていない。

 旅行なら別の名目でやっている前例が存在する。

 これでいいのかなぁ……。

 なにかしてあげたいところだが、ミルのことも考えなくてはいけない。

 気が重い。


 まずはクレシダの問題を片付けてからだな。

 それまで待ってもらおう。


 そんな道中、ある町に到着した。

 宿に入ろうとすると……。

 目の錯覚か?


 キアラが眉をひそめた。


「なぜマンリオがここに?」


 そう。

 マンリオが手揉みしながら待っていた。


「旦那。

お待ちしておりましたぜ。

いい商品情報を仕入れたんですよ。

買っていただけないでしょうか?

おっと! どうして通り道がわかったのかは、サービスでお教えしますよ。

目的地を聞いたので、馬車で大人数ならここしかないでしょう。

アタリをつけて待っていたんですぜ」


 たくましいなぁ。

 正直感心したよ。


「話だけでも聞きましょうか。

馬車の中で……」


 キアラが強く首をふった。

 すぐに鼻をハンカチで隠す。


「ダメですわ。

マンリオはよほど急いでいたのか……。

匂いますもの。

馬車に匂いが染みつくのは嫌です」


 たしかに、すごい匂いだな。


「仕方ありませんね。

風呂に入ってきてください。

その金は出します。

そのあと別室で、話を聞きますよ」


 親衛隊が宿の主と何事か話して、マンリオは宿の使用人に案内されていった。

 別の宿の風呂を借りるつもりだな。


 キアラは匂いを振り払うように、手で鼻の前をふる。


「今度はどんな話なのでしょうね」


「アンフィポリスに行ったと思いますね。

どんな話を持ってくるやら……」


 キアラはようやく手を降ろした。


「半信半疑ですの?」


「う~ん。

マンリオ的には重大な話と判断したのでしょうね」


 キアラは眉をひそめた。

 マンリオを胡散臭いと思っているからな。

 それに情報収集の面で、キアラの仕事と被る。

 色々な要素があって、好感を持っていない。


「つまり大した話ではないと?」


 決め付けるのは早計だろう。

 すくなくとも確実に成長している。


「それはわかりませんよ」


                  ◆◇◆◇◆


 宿の別室に、キアラと向かう。

 要人用の宿なので、密談ができる部屋なら存在する。

 そこで他愛もない世間話をしていると、マンリオがやって来た。

 小奇麗になったようだ。

 なぜか、香水まで振りかけたらしい。

 かぐわしい匂いがする。

 見た目と相まってシュールだよ。


「では話を聞きましょうか」


 マンリオは向かいに座って、下品な笑みを浮かべる。


「旦那の希望通り、アンフィポリスに行ってきましたぜ。

それにしてもクレシダさまでしたかねぇ。

民衆を喜ばせることに巧みでしたよ。

旦那の統治方法とは真逆でしたねぇ。

考えないように誘導している感じですかね。

これは価値がありますかね?」


 隙あらば、金をむしり取る根性。

 実は嫌いじゃない。

 奇麗事をいうが、自分はやらず他人に強いる連中などより……。

 ずっと上質だろう。


「前菜にしては物足りないですね」


 マンリオは頭をかく。


「やっぱり旦那は厳しいですなぁ……。

ではとっておきです。

アルカディアの難民たちの話ですよ」


 またこれか。

 キアラは露骨に辟易した顔だ。

 難民たちの行動について教えたからな。

 マンリオなら内部に潜り込めただろう。

 推測の補完にはなるかな。


「たしかクレシダ嬢が保護しているはずですね」


「それで連中のところに潜り込んだのですよ。

そこでいいネタを仕入れたんでさぁ」


 やはりか……。


「そんな情報が得られるほどに潜り込めたのですか?」


 マンリオはニンマリと笑う。


「ええ。

連中はやたら、プライドだけは高くてですねぇ。

言い分を全肯定したら、もう親友ですよ。

前にアルカディアに潜り込んだときは、プライドは高いけど……。

そこまで極端ではなかったですね。

えらい変わったモノだなぁと思いましたよ」


 恐らくプライドと現実の不整合を補うために、プライドにすがるようになったのだろう。

 自分は常に正しい原則を、絶対に変えられないからな。

 変えてしまっては、どう生きるべきかわからなくなる。


「やはり違和感がありましたか」


「なんと言いますか……。

プライドの高さと、現実の立ち位置がズレている感じでしょうねぇ。

それが集団なのは驚きですがね。

それで……本題ですぜ。

ラヴェンナが講和条件に受け取った巡礼街道があるじゃないですか」


 なかなか正確な認識だな。

 それにしても……。

 巡礼街道の話が、なぜでてくるのだ?


「ええ」


「それをアルカディアの難民に進呈するって話が、難民の間で広まっていますぜ。

旦那がそんなことすると思えません。

なにか企んでいるヤツがいるかもしれませんね」


 なんだそれは。

 キアラは、呆れ顔で硬直している。

 ムリもない。

 なにか、そう思い込む理由があるはずだな。


「その理由は、なにか言っていましたか?」


 マンリオは妙に、真面目腐った顔をする。


「アルカディアの民は、使徒の遺志を継いでいる。

それを難民の状態にしておけない。

人類連合の名誉ある一員として尊重するのが、各国の意向だと。

なんか連中は人類連合で指導的な地位を占めるとか、皆が話していましたねぇ。

正気かと思いましたけど……。

全員がそう言っていましたからねぇ」


 なるほど。

 余りに酷い話だから、与太話だと思われたくないわけか。

 キアラは大きなため息をつく。


「頭痛がしてきましたわ……。

現実はただの難民ですわ」


 マンリオは苦笑して、肩をすくめた。


おっしゃる通りですよ。

ですが、人類の普遍的正義を体現すると自信満々なんですよ。

そりゃ博打で破滅寸前のヤツが、自分に勝てると言い聞かせることはありますぜ。

知らないうちに追い詰められて……。

思い込んだ勝機にすがり付くのも見てきましたがねぇ。

それでも普通はどこか不安ですよ。それが余計意固地にさせるもんです。

連中も不安を感じていますが、漠然とした不安程度でしてねぇ……。

ちょっと違うと思いますよ。

見当がつきません」


 これは現実とのギャップから来ているのだろうな。

 自分は正しいのに、こんな状況になっているのはなぜか。

 他人が良からぬことをしているからだ。


 そんな不安だろう。

 だが推測にすぎない。


「不安ですか。

なにか態度から滲み出ていたので?」


 マンリオは微妙な顔をする。

 珍しいな。


「いえね。

連中はこの約束が果たされないなら、実力行使も辞さない、と怪気炎をあげているんですよ。

まるで周囲が、約束を反故にすると怯えている感じですね。

うまく言葉で表現できませんがねぇ。

一つ言えるのは、領地の譲渡を事実だ……と疑っていないことですかねぇ」


 マンリオも連中の思考を理解しかねているか。

 それにしてもこの妄想は引っかかるな。


「なるほど……。

なかなか面白い情報ですね。

その話は、いつ頃に広まったのですか?」


 マンリオは腕組みをして考え込んだ。

 記憶を探っているようだ。

 成長しているが、まだ甘いな。

 情報は時間の要素も大事だよ。


 マンリオは小さく首をふった。


「いいえ。

クレシダさまがいるときは、そんな話はでていませんでしたよ。

旦那と同じ会議に出席するため、アンフィポリスを出発されて暫くしてからですなぁ。

急にそんな話が湧きはじめましたよ」


 クレシダが広めたのか、別の誰かか……。

 現時点では判断できないな。


「随分広がりが早いですね」


 マンリオは苦笑した。


「連中は、思い込みが強すぎて扇動されやすいんですよ。

自分の都合のいい話なら、確実に飛びつきます。

逆に自分に都合の悪い話は、絶対に信じません」


 自分は絶対に正しい。

 これは感情の世界だからな。

 つまりは自分の感情が満たされる方向しか見ない。

 逆に……感情的に受け入れられない話は、徹底的に拒絶するだろう。

 

「だから全肯定すれば、親友扱いになるわけですね」


 マンリオはニヤリと笑った。

 俗物だが人の顔色を見る技術は高い。

 すぐに見抜いたのだろうな。


「ええ。

私には利害関係がないですからね。

肯定するだけならとっても楽なのですよ。

ところがシケリアの民は違います。

難民たちを心底嫌っていましてねぇ。

さっさと出て行ってくれと思っていますよ。

双方の思惑が一致して、噂の広がりが早いのでしょう。

ただ……。

なんの理由もなく、他国の領地がもらえるなんて、連中だって思いませんよ。

でも領地が貰えるのは、連中にとって都合がいい。

後付けで理由を考えて、いつの間にか事実になったんじゃないかと思いますね」


 面倒くさい話だな。


「彼らにとって心地よい理由に飛びついたわけですね。

そして誰も、疑問に思わないと」


 マンリオは真顔になった。


「その通りです。

それと親切心でいうのですが……。

あとで簡単に追い払える。

など甘く考えないほうがいいですぜ」


「つまり……。

勝手に移住されると面倒になるわけですか?」


 思い込みから実力行使で勝手に移住。

 シケリア王国民も……出て行ってくれるなら有り難い、と援助をするわけだ。

 マンリオは強くうなずいた。


「ええ。

私はシケリア国民とアルカディア難民の両方に、顔が利きましてね。

色々聞けたのですよ。

元々難民が来たときは、シケリア国民と同場所に住んでいたのですがね。

トラブルが絶えなくて、衝突寸前までいったんですよ。

まあ話半分としてもすごいモノでしてね……」


 マンリオが出した実例は、なかなかすごいモノだった。

 難民たちは要求ばかりしてくる。

 相手側が一方的に譲歩して、当然と思っているようだ。

 そして約束は基本的に守らない。

 守ったときは、相手に譲歩していると思い込むようだ。

 なぜか見返りがあって当然と……新たな要求をしてくる。

 さらに問題なのは……。

 相手が約束を違えると、猛烈に抗議する。


『約束を守らないのは不道徳だ!』


 そもそも難民自身が約束を守らない。

 この指摘をすると激高する。

 

『約束したときとは状況が違う。

感情的に受け入れられないから無効だ!』


 思わず吹き出しそうになってしまった。

 これでは問題を無限に生産してしまう。

 約束や法の概念を説明しても、話がかみ合わない。

 難民はこの説明にも激高する。


『道徳的な正しさを無視して、強い者が定めたことに卑屈に従う。

相手が弱ければ、傲慢ごうまんな態度で法や約束を押しつける。

不道徳すぎる!』


 これはクレシダでなくても一カ所に隔離するわ。


 しかし……。

 生の声を聞くのは大事だな。

 これで、彼らの思考はほぼ理解できた。

 やはり、根拠なき正しさは危険すぎるよ。

 ひとりで生きているならいいけどさ。


 もう一つの危険が潜んでいる。


 これを皆は呆れているけど……。

 集団でこんな価値観を持っているから目立つだけだ。

 個々人でなら、どこにでもいるだろう。

 自分は正しくて賛同しない相手は悪。

 悪相手にはなにをやっても構わない。

 そんな認識は誰でも持ちうる。


 幸い多数派でないだけだ。

 アルカディアに住んでいないから、自分は大丈夫と思うと危険だな。

 決して無縁だと思わないほうがいい。


「それだと大変ですね。

対策として一カ所に隔離したと。

力ずくで移動させたのですか?」


 マンリオはなぜか、身を乗り出してきた。


「まあ……そうなりますね。

クレシダさまが布告官を連れてやって来たのですよ。

それで布告官が、別の区画に全員移るように言ったら……。

難民のひとりが難癖をつけたのです。

『不当な要求に屈しては、亡くなった使徒さまに申し訳が立たない』

と興奮しながらまくし立てたのですよ」


 それは危険すぎるだろう。

 違うな。

 自分が絶対に正しい……なら考えもしないか。


「自分は絶対に安全だと思ったのでしょうねぇ……」


 マンリオは小さくため息をつく。


「その自信が、どこからくるかわかりませんけどね。

するとクレシダさまが、前にでてきたのですよ。

『それなら使徒のところに送ってあげる。

そこで謝罪してきなさい』

そう言って指を鳴らすと……。

突然ソイツが黒い炎に包まれたのです。

しかも身動きが取れないまま、棒立ちでですよ。

肉の焼ける嫌な匂いと、苦悶の叫びだけが周囲に響き渡りましてね……。

3分程度で火は消えたんですが、同時にソイツが消し炭になって倒れ込みましたよ」


 クレシダの魔法か。


「随分特殊な魔法みたいですね。

そんな特技があるとは知りませんでしたよ」


 マンリオはハッとした顔になる。

 衝撃的すぎて、それが特殊だと気がつかなかったか。


「そう言われれば……そうでした。

ともかくですよ。

クレシダさまは、呆然とする難民に悪戯っぽく笑ったのですよ。

最初は見た目がパッとしないお嬢さんだと思いましたが……。

背筋が寒くなりましたね。

『あら失敗。

これだとしゃべれそうにないわね……。

別の人に頼もうかしら?』

こんな言葉を、楽しそうに口にしたのですよ。

不覚にも漏らしそうになりましたぜ……」


 実力行使では、自分は正しいなんて吹き飛ぶな……。


「それで難民たちは平伏したのですか?」


「ええ。

一斉に土下座して、泣き叫んで許しを請いはじめましたよ。

それ以来、クレシダさまには一切逆らいません。

クレシダさま以外には変わりませんがね。

旦那は、そんないきなり殺すなんて手段は使わないでしょう。

だから領内に入れないほうが手っ取り早いですよ」


 たしかにそうだな。

 一度入られると、追い出し先にも責任が生じる。

 追い出そうにも引受先がない。

 本来ならアラン王国が引き受け先だけど……。

 受け入れる余裕がないからな。


「なるほど。

面倒な人たちですね……」


「それと難民は自分たち以外を見下しているのですよね。

だから旦那のような一見すると穏やかなタイプには、絶対に非礼を働きます。

釘を刺さないと、面倒なことになりますぜ」


 キアラが眉をひそめる。


「身分差をわきまえないの?」


 マンリオはため息をついた。


「その概念はあるようですが、自分たちが一段上と思い込んでいるようです。

それと『ラヴェンナを人類連合に参加させてやった』とまで言っていましたね。

『使徒さまに対して働いた非礼を謝罪させる』と、鼻息が荒かったですよ。

止めておけと言っても……。

聞く耳を持たなかったですから」


 キアラは額に手を当てる。


「なんだか気分が悪くなってきましたわ……」


「それともうひとつありましてね……。

連中は最初大人しかったんですよ。

ただ人数が増えて、自分たちが優位になった瞬間、態度が豹変したのですよ。

だから人類連合に、必要ないほど大勢で押しかけていますぜ。

人が減った村なんかに移住した連中もいたのです。

そいつらは、元の住人を追い出していい土地や場所を占拠する。

そんな騒ぎまであったそうですぜ」


 内乱の空白状態を利用されたわけだ。


「これは追い返さないといけませんね……」


 マンリオはニヤリと笑った。

 金になったと判断できたようだ。


「ここからの話は、特別料金になりますがね。

今までのお話は如何いかほどでしょうか?」


 勝手な移住を防止する必要は、金に値するな。


「金貨10枚ってところですね」


 マンリオはガックリと項垂うなだれた。


「旦那……。

結構命がけだったんですぜ。

とくにクレシダさまはヤバイ。

あんな人がいたのか、と思いましたよ」


 クレシダがヤバイのは知っている。

 だが目の前に立たなければ安全だろう。


「アルカディア難民の話なら、事前に知っていましたからね。

その情報の裏付け程度にしかなりません。

そんなに命の危険を感じたのですか?」


 マンリオは突然身震いした。


「ええ。

難民を殺したときですよ。

だいたい人を殺すときは、なにか感情が動くモノです。

凶暴性の発露や怒り。

楽しさや恐怖なんかもそうですね。

仕事で淡々と殺すヤツも見てきました。

それは抑える感情ってヤツが働くんですよ。

ユボーの旦那とつるんでいたときに、色々見てきました。

でもクレシダさまは違ったんですよ」


 誰も見たことのない態度だったわけか。


「そこに危険性を感じたと?」


 マンリオの額に、脂汗がにじむ。

 よほど怖かったのか。


「ええ。

動けないまま焼かれて苦しむ難民を見る目が、とても優しかったのですぜ……。

あんな混じりっ気のない慈愛の表情は、見たことがありません。

クレシダさまは危険だと確信しましたよ……。

そこで一瞬目が合ったんです。

もう死ぬかと思いましたよ……。

個として認識されたら危険すぎますぜ」


 さして驚かないな。

 死は救済のような考えだからな。

 だがそれは、一般的な考えではない。

 未知な感覚に恐怖するのはやむを得ないか。


「それが命の危険だったと?」


「旦那はその場にいないから暢気なんですよ。

ユートピアで感じた危険より遙かに上ですぜ」


 恐怖は主観だからなぁ。

 それでも情報を取ってきたことは加味してやってもいいか。

 ここでそれを悟らせては調子に乗るだろう。


「それより特別料金の話とは?」


 マンリオはガックリと、肩を落とした。


「仕方ありませんねぇ……。

ボドワン・バローを覚えておいでて?」


 ラヴェンナの公敵認定だからな。


「覚えていますよ。

まだ解決していない事案ですね」


 マンリオはニヤリと笑った。


「アンフィポリスで見かけました。

クレシダさまの屋敷に入るところまで確認しましたよ」


 世界主義ともつながるわけだ。

 世界主義はクレシダを利用するつもりだろうが……。

 クレシダにいいように利用されて終わりだろう。

 そして契約の山は、世界主義の資金源だ。

 それが消えた以上、行動はかなり制限されるはず。

 単体なら脅威ではない。

 だがクレシダに利用されると、話は変わる。


「つながっていると。

どうにもキナ臭いですねぇ」


 マンリオはさらに得意げな顔をする。


「それだけじゃありません。

ユートピアに出入りしていた聖職者モドキ。

覚えておいでで?」


 半魔の仕込みをした連中だな。

 クレシダの配下だろう。


「ええ」


 マンリオはさらに得意げな顔になった。


「姿格好は変えていますが、連中をアンフィポリスで見かけましたぜ。

連中もクレシダさまの屋敷に入ったところまで確認しましたよ。

あのユートピアの半魔騒動。

クレシダさまが関係していると思われますね」


 それは同意見だが、それを教える必要はない。

 俺がクレシダの情報を既に持っているとマンリオが悟れば、情報を勝手に取捨選択する。

 より刺激的な話題ばかりを探すようになるだろう。


 それではいけない。

 マンリオに情報を集めさせている意義が薄れる。

 別の視点が大事だからな。


「接触を持った時期によって、判断は変わってきますね」


 マンリオは苦笑した。

 俺の反応が薄いと思ったのだろう。


「そこは否定しません。

ただ可能性も否定できないかと。

それよりです。

その連中……。

アルカディアの難民に、戦闘訓練を施していますよ。

どうですか? 只事ではないと思いますがね」


 探る価値はあるな。


「追加で20枚出します。

それとアンフィポリスの内情は、高く買いますよ。

クレシダ嬢が不在なら怖くないでしょう?」


 金貨30枚。

 即金で出せるが……。

 手持ちが寂しくなる。

 金はどこで使うかわからないからな。


 マンリオには、書状を渡してウェネティアで受け取らせるようにした。

 大量の金貨を抱えて動くなんて危険すぎるからな。

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