748話 アルカディアへようこそ
シルヴァーナが大きなため息をつく。
「アタシもうお腹いっぱいよ。
帰っていいかな?」
聞こえないふりをしよう。
「それで彼らの言動の記録を見ると、もうひとつ特徴があります」
シルヴァーナの頰が引き
「ちょっと!」
俺だって、彼らの思考と格闘して地獄を見たんだ。
逃がすわけないだろう。
「シルヴァーナさん。
現実から逃げてはいけません。
結婚したら、彼らと関わる可能性だってありますからね。
では続きを」
ライサが吹き出す。
「ああ……。
この言動を追っかけてウンザリしたから、道連れにしようってんだね。
このモヤモヤを、他人にも分け与えたいと。
アルフレードさまが戒めている感情の共有ってヤツだね。
正直遠慮したいけど、人間らしいところが見られたんだ。
見世物料代わりに付き合うさ」
シルヴァーナが恨めしそうな顔をする。
「それでどんな特徴なのよ」
「彼らは自分たちの落ち度を指摘されると、相手の落ち度を指摘します。
その指摘は、根拠なんてありません。
カルメンがウンザリした顔をする。
「その理由も説明できるのですか?」
嫌なことも他人と共有すれば、気が楽になる。
一緒に、地獄に付き合ってもらう。
「彼らのコミュニケーションは、基本蔑視と侮辱ですね。
これも自分は正しくて、他人は間違っていることから由来します。
そして落ち度を指摘されるとは、その正当性を脅かされることに他なりません。
だから蔑視と侮辱にのっとって、他者の正当性を否定します。
自分は正しいから、言い掛かりでもなんでもいいのですよ。
その指摘は正しいことになりますから。
そして相手に反撃した時点で、自分の問題は解決します。
相手はこれだけ間違っているから、自分は正しいと。
理屈じゃないのです。
整合性や理屈を混ぜると、その前提が維持できませんからね。
自分は正しい。
このあるべき姿を守るのが、彼らにとっての常識で価値観なのですから」
カルメンは疲れた顔で髪をかき上げる。
「自分は正しいけど、根拠は不要って……。
ここまで理解不能な言動につながるのですね」
モデストは声を立てずに笑いだした。
「カルメンがここまで困惑するのははじめてだ」
カルメンは憮然とした表情になる。
「これを聞いて、平然としているほうがおかしいですよ。
しかもこの資料に『相手のことを思いやるべき』って、彼らがことあるごとに言ってた……とあるじゃないですか。
わけがわからないですよ」
「それは今までの話から簡単じゃないか。
自分は正しいのだから、『相手は、自分の事情を考えて思いやれ』とね。
こりゃ尊大な態度に見えるだろう。
ひとつ聞くけどさ。
どんなにヤツらが
それこそ各国に、自分たちを援助せよなんて言い出しかねない。
そんな義理はないだろ。
どうなるんだい?」
現実問題に切り込んできたか。
解放されたがっているな。
ムリもないけど。
「そうなったら……。
彼らは相手の言葉を、都合よく解釈するでしょう。
『援助は難しい』と言ったら、『前向きな反応を得られた』と。
そして既成事実作りをはじめると思いますよ。
『難しいと言ったはず』と否定すれば……。
『そんな事は聞いていない』となりますね。
彼らの望みを叶えないとは非常識になります。
そんな相手の評判を落としにかかるでしょう。
あちこちで悪口を広めると思います」
「ああ……。
自分は正しいことをしているから、思い込みや曲解でも正しいって発想か」
さすが年の功。
もう理解してきたな。
「ええ。
これでプランケット殿も彼らのことを理解できたと思いますよ。
アルカディアへようこそ」
「老い先短い婆に、こんなグロいもの見せて嬉しそうにするとか……。
ホント性格悪いねぇ。
それでどう対応するんだい?」
「彼らは言ったことの責任をとる概念がありませんからね。
責任は強制的にとらせる社会ですよ。
残念ながら無視するのは不可能。
だから相手をするときは、隙を見せないことですよ。
私がいつもやっている素っ気ない態度です。
あとは彼らの言葉を記しておけばいいでしょう」
シルヴァーナは疲れた顔で、ため息をつく。
「ホント面倒くさいわね……
記録して、なんになるの?」
「自分は絶対に正しい。
彼らの大前提なので、彼らの説得など無意味です。
ただ第三者を納得させることは出来るでしょう」
シルヴァーナは感心した顔でうなずく。
「そっか。
連中の力は弱いから、周囲を巻き込めないと何も出来ないのね。
でもさ……。
それなら連中だって、周りを味方にしようとしない?」
「その心配はありません。
似た属性の人か……。
彼らを利用する人は寄ってきますけどね」
シルヴァーナは腕組みをして考え込む。
「ああ……。
自分の都合しか押しつけないから、味方はいないってことかぁ……。
あとはソイツを盾に、ドサマギで自分の意見を押し通すヤツねぇ」
いい読みだな。
丁度いい機会だ。
別の問題についても注意喚起しておくか。
「彼らに限った話ではありませんが……。
彼らの論法を使う人は、こちらの世界にもいます。
相手が間違っているから、自分は正しい。
『そうあるべき』が、前提の人ですよ。
これはそんな思考をする人たちにしか、共感を得られません。
幸いそんな人たちは少数派です。
世界中を見渡せば、そこそこいるでしょうけどね。
情報が一瞬で世界に広まらないので、問題にはなりません」
ライサは苦笑して髪をかき上げる。
「なるほどね。
壊すことは出来ても、新しい物は作れないタイプか。
不平屋に多いねぇ。
あとは変な思想に染まったヤツだね。
そうか。
議論に耐えられる正しさを構築できないんだね。
だから否定ばかりして、自分を正しいと見せたがるわけだ。
偏見のない人も、自信満々で相手を攻撃していたら、ソイツが正しいと錯覚してしまうからね。
手段としてはそれなりに有効ってヤツだよ」
さすがに、多くの人を見てきた凄腕の占い師だ。
よく人を知っている。
「ええ。
怒ったり
感情的な罵り合いは彼らの独壇場ですからね。
あとは密室での交渉もダメでしょう。
第三者を介在させることが必須です。
淡々と事実を積み上げて、こちらの正しさを周囲に納得させるべきでしょう。
結果的に、彼らは誰からも相手にされなくなりますよ。
そのうち激しい内輪もめをして自滅します。
相手の欠点を攻撃することが第一な人たちは、他者に寄生しなければ生きていけませんからね」
シルヴァーナが苦笑して頭をかく。
「アルは涼しい顔をしているけど、内心かなりウンザリしているのね。
黒い餡子が漏れてきたわ。
それにしても、アルカディアの連中がそうするのはわかったけどさ。
普通の人にもいるんでしょ?
なんで相手の否定をして、自分の意見を通すかなぁ」
「お手軽ですから。
相手の欠点を指摘するだけなら、馬鹿でも出来ますよ。
それと自分に、都合のいい情報しか信じません。
学んだつもりにすぎませんけど、なにかやった気になるでしょ?
自尊心も簡単に満たせます。
ですがこの方法をとった場合、どんどんヒステリックで過激な方向にしか進めません。
そして受け入れられないと、より先鋭化していきます。
より相手の欠点を指摘する。
それしかやれることがないのですから。
おまけに決して議論しようとしません」
シルヴァーナは難しい顔で首をひねった。
「議論しないの? 逃げ回るってこと?」
「いえ。
議論にならないのが正しいですね。
反対意見に対して感情的に、レッテル貼りをします。
ソイツは○○だから言っていることが間違いだってね。
だから議論にはならないのです」
シルヴァーナは、突然、天を仰いだ。
「あ~。
冒険者にも会話にならないヤツがいたねぇ。
似たような連中で固まっていたけど、仲間割れして解散したって聞いたわ」
さもありなんだな。
シルヴァーナが時々頼りになるのは、経験のなせる技か。
ペルサキス卿と結婚したら、いいコンビになるかもしれない。
ゼウクシスの心労は、倍になるけどな。
俺の心労じゃないから問題なし。
「その手の人たちは、その場の言葉に反射的に反対しているだけです。
言動を追うと、矛盾だらけになりますからね。
だからこそ議論をせず、自分の主張を押し通そうとするわけです。
相手にすべきでないでしょう」
カルメンは妙に感心した顔でうなずいた。
「ああ……。
それでアルフレードさまは、皆に根拠を求めるように言ってきたのですね。
そんなことまで考えて、ラヴェンナを作っていたのですか。
なんというか……。
魔王ですね」
なんでそうなる。
「そんな人が出てくるのは避けられません。
異なる意見を排除していくのは、先鋭化と過激化で自滅への道ですから。
それこそ使徒のような圧倒的で現実的な力がない限りね。
だからと野放しは危険です。
ライサさんも言われたように、第三者にはなんとなく説得力があるように聞こえますから。
怒りながら主張していたら、なんとなく聞いてしまうでしょう?
私だったら子供に怒らせながら発言させますかね。
それで一定の支持は得られますし、子供を盾に自分の意見を押し通せます。
レッテル貼りも簡単ですからね。
だからこそ、そんな手合いから発言力を削ぐ必要はあるでしょう?」
カルメンはふっと息を吐いた。
「子供に働かせたり利用させないのはそんな意図もあったんですかぁ。
悪意に満ちた手法にも精通しているんですね。
どう見ても……。
魔王がその英知を、いい方向に使っているようにしか見えません」
俺はただの人間だよ。
「善意だけの人が人を不幸にしない統治なんて出来ませんよ。
人は善悪を兼ね備えているのですからね。
それを無視した社会なんて成り立ちませんよ」
カルメンは突然渋い顔になる。
「あの~。
これ絶対、キアラに根掘り葉掘り聞かれます。
細かくは覚えていないので、キアラに教えてあげてください。
一字一句正確じゃないとダメなんです。
じゃないと……。
キアラは、とっても不機嫌になって困ります」
説得力がありすぎる……。
おまけに俺以外は、無情にも爆笑しやがった。
◆◇◆◇◆
なんとなく憂鬱な人類連合の調整がはじまる。
まず、問題になるのは開催地だ。
アラン王国では危険なので、廃虚と化した第5拠点での開催となった。
復興作業は進んでおり、場所的に問題はない。
ひとつの象徴としてはどうか、とクレシダからの提案だ。
アラン王国側の代表のサロモン殿下は賛同。
俺も思うところがあったので反対しなかった。
1ヶ月後に出発となる。
今のところ魔物の襲撃はない。
どうせ……。
クレシダが、わざと抑えているのだろう。
会議がはじまったら攻撃させて、議論の暇を与えないのだろうな。
閣議で日程を告げる。
プリュタニスは浮かない顔だった。
「プリュタニス。
どうかしましたか?」
プリュタニスは珍しく天を仰ぐ。
「いえ……。
やっぱり船に乗るんですよね……」
ああ。
船酔いか。
しかもオフェリーは不在だからな。
そのオフェリーが、突然挙手した。
「折居さまにお祈りするといいです。
きっと船酔いが治まりますから」
プリュタニスは、白い目でオフェリーを見ている。
「オフェリーさま。
なにを言っているのですか。
あの珍妙な像に祈ったら酔わないなんて、誰も信じませんよ」
オフェリーは頰を膨らませる。
「珍妙ではありません。
折居さまです!」
オフェリーは折居に対して思い入れが強いからな。
そして俺はその力があることも知っている。
「まあ……。
祈って損をする話ではありません。
強制はしませんけどね」
プリュタニスは、渋い顔のままうなずいた。
「考えておきます」
この話はそれでいいだろう。
あとは親衛隊を60名ほど連れて行くことになる。
そしてラヴェンナ軍は帰還させると決めた。
まだ平気だが、いつ
それに兵士たちも終わったと思ったところに、別の場所に投入では士気が落ちる。
それだけじゃない。
人との戦いと魔物の戦いは違うのだ。
ラヴェンナ軍は人との戦いに特化している。
兵站の問題も深刻になるからな。
なにより世界のために、ラヴェンナだけが犠牲を払う必要はない。
ここは揉めるだろう。
だが突っぱねる。
人類連合など
戦争をしていない他家は、軍事力が整備できているはずだ。
封土されているのだから、軍事力の拠出は当然だろう。
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