第22章 愛と死の舞踏

745話 救いの糸

 執務に復帰してから大忙し。

 これでもミルが調整した結果だ。

 ミルは俺に申し訳なさそうにしている。

 俺は笑って手をふった。

 気にすることじゃないからな。


 そこにキアラが困惑顔でやって来た。


「ここまで一気に動くとは油断なりませんわ」


 使徒の死亡。

 統率された魔物。

 プルージュへの兵糧攻め。

 カールラの自死。

 

 カールラの自死について、詳細は知らされていない。

 俺の心中は複雑だ。

 自死に追い込んだ責任の一端はあるだろう。

 だが……どんな死に方をしたにせよ、俺が感想を口にするつもりもなかった。


 そしてニコデモ陛下から、人類連合への参加意向。

 俺を代表に起用する意向が伝えられた。


 厄介なのは、早期講和の締結を匂わせているだけ。

 こんな搦め手は、王族ならお手の物だろう。

 古典的手法だが……。

 普遍性があるから、古典的たり得る。

 

「さっさと講和を締結しろってことですね。

魔物の話も、かなり気になりますが……」


 キアラは小さく首をかしげた。


「この人類連合って、どんな形になるのでしょうか?」


「多分、各国と組織の代表による合議制でしょう。

これがまた揉めそうですよ……。

絶対嫌がらせに違いありません」


 ミルは俺の嘆きに苦笑する。


「でも……。

アル以外に適任はいないよね」


「他の人だったら『お兄さまをだせ』と言われるのが、目に見えていますもの。

優秀なのも困りものですわね。

安全上の理由から、国王が代表になれませんし……。

アラン王国は王不在のための対処でもあるでしょうけど」


「陛下が出席されるときは、すでに根回しが終わっている。

これが大前提になりますからね。

閣議でこの話をしないといけません」


 かくして閣議でこの話をしたが、周囲は驚かなかった。

 国の代表なら、俺が出て当然といった雰囲気だ。

 講和の条件もいろいろ出てきたが、なんとか集約できた。


 だがなぁ……。

 そう単純な話じゃない。

 シケリア王国の代表は、誰が出てくるやら。

 それといろいろ考えなければいけないことがあった。


 気がつくと、ミルたちがソワソワしている。

 なにかあったかな……。


 オリヴァーはその様子に苦笑する。


「アルフレードさま。

代表になられるとは、またラヴェンナを離れることになるでしょう。

各代表も単身での出席は有り得ないと思われます。

誰かお連れになりますか?」


 ああ……。

 それでソワソワしていたのか。


「キアラとプリュタニスは確定です。

それだけでいいかなとも思っていますけどね」


 誰か連れて行くにしても、理由が必要。

 政治的な駆け引きもあるが、ミルたちを連れて行く理由はない。

 オフェリーを連れて行くと、教会勢力と近くなりすぎて面倒が起こる。

 他者からは教会との距離が近いと思われるだろう。

 教会からは便宜を図ってもらえると思われる。


 結果的に、双方が不満をもつ。


 そう考えていると、クリームヒルトが挙手していた。


「私を連れて行ってください。

なにかのお役に立つと思います」


 ミルたちは俺にうなずく。

 根回しは済んでいたのか……。

 意図はわかる。

 だがそれに見合った成果が得られるとは限らない。

 ムダに傷つけられる可能性のほうが高いだろう。


「意図はわかりますが……。

その善意が報われる可能性は、限りなく低いと思いますよ」


 クリームヒルトは、小さく首をふった。


「人類と敵対したのは魔族だけです。

今回の魔物騒動で、魔族に疑惑の目が向くのは当然でしょう。

アルフレードさまの陰に隠れていれば、ラヴェンナでの魔族は安全です。

でもその敵意が広がると、将来への禍根を残します。

少なくとも人類側に立って協力した形が必要でしょう」

 

 クリームヒルトの決意は固いようだ。

 だが特殊技能が、さらにクリームヒルトを追い込む可能性がある。

 人の本質が見える。

 それが余計追い込みかねない。

 俺が助けるにしても行き過ぎると、魔族を優遇していると言われかねないだろう。


「クリームヒルトの意図はわかりました。

軽い気持ちで、口にしていないことも。

それでも気乗りしませんね……」


 オリヴァーが真剣な目で、身を乗り出した。


「私からもお願いします。

マリウスに辛い未来を残したくはありません。

老い先短いですから……こそです。

言われない中傷や非難の声は、決して消えないでしょう。

だからこそ、胸を張って反論できる根拠は残したいのです」


 マリウスは魔族族長だな。

 未成年なので、オリヴァーが後見している。

 その将来を案ずるのは当然か……。

 こう言われては返す言葉はない。

 これを否定しては、今までやって来たことと矛盾する。

 

「わかりました。

でもムリをしないでください。

私の方で猜疑心の種が、好き勝手に芽吹くのは抑えるようにしましょう」


 クリームヒルトは、笑顔で頭をさげた。


「ありがとうございます!

教育大臣は代役を用意しておきますね」


 先走らないように、俺の許可を取ってから動きだすつもりだったようだ。

 その手の既成事実を作って強引に押し切るのは、俺が嫌っているからな。


 なぜかアーデルヘイトまで挙手した。


「旦那様! 私も連れて行ってください!

医療関係の技術は、ラヴェンナが最も進んでいます。

これを広めるのは歓迎されるでしょう。

その手配が出来ます。

それでラヴェンナへの好感が高まれば、魔族の問題も多少は改善されますよ!

公衆衛生大臣の代理も考えますから!」


 観光じゃないのは知っているだろう。

 それにしても……理論武装していやがる。


「筋肉筋肉言わないことが条件です……」


 アーデルヘイトは露骨に残念そうな表情をする。


「はぁ~い」


 言わないと絶対に広める。

 この見た目とのギャップで、噂は広まってしまうだろうに。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日の執務室に、カルメンがやって来た。

 キアラとセットで、エテルニタを抱きかかえている。

 エテルニタが鳴いたので、カルメンが床に降ろす。

 キャットタワーにまっしぐらだった。

 お気に入りらしい。


「カルメンさん。

どうしました?

キアラまで連れて」


 カルメンは身を乗り出してきた。


「人類連合とか称する集まりに、代表で出席されるのですよね。

私も連れて行ってください。

情報を引き出すのは得意ですから。

それとアルフレードさまたちを、毒殺から守らないといけません。

なにが起こっても不思議ではありませんからね」


 キアラが苦笑して、肩をすくめる。


「カルメンにとって得意な人たちが集まりますからね。

あ……エテルニタは大丈夫ですわ。

オフェリーにお世話を任せますから」


 カルメンは明確に役に立つだろうが……。


「いろいろな事業に関わっていますよね。

それは大丈夫なのですか?」


 カルメンは自信満々に胸を張った。


「不在のときでも、仕事が出来るようにしておきます」


 カルメンの嫁ぎ先を探してくれ、と頼まれているのだが……。

 絶対に忘れているな。

 いいけどさ。


 キアラまで連れてきたとは、キアラの賛成も得ているのだろう。

 キアラは小さくうなずいた。


「お兄さま。

私からもお願いしますわ」


 これ以上増えないよな……。


「わかりました」


 突然、外交省の職員が執務室にやって来た。

 キアラに何事か報告している。


 カルメンはエテルニタを連れて帰ろうとしたが……。

 ハンモックで居眠りしていたので、オフェリーに目で合図して出て行った。

 一応、気を使っているのだろう。


 報告を聞いたキアラがうなずくと、職員が出て行った。

 キアラは、少し困惑顔だ。


「お兄さま。

山を越えてきたハンノ氏の件です。

帰国して国書を持ってくるから、そのときは国王に会わせてほしいと。

つまり帰国の許可と、物資の支援要請ですわ」


 俺に会わせろ、と五月蠅かったのに、急に心変わりをしたか。

 ハンノは有能だが、探検隊からは嫌われていたな。

 探検隊の面々は口にこそださない。

 だが……なんとなく見え隠れする。

 普通そんな感情を見せたりしない。


 山を越えて来た来訪者については、ニコデモ陛下に伝えてあるが……。

 

「帰国許可と援助は、問題ありません。

国書については取り次ぐとだけ伝えてください。

あと陛下にこの件の報告も」


 キアラは苦笑してうなずく。


「もしかしたら……。

突然倒れる病弱な領主だ、と思われた可能性がありますわ。

すぐではないでしょうけど……。

軍隊が通れるルートを考えるかも知れませんわね」


 別に病弱じゃないけどな。


「そうですね。

魔物との戦いの最中にこられても困ります。

メルキオルリ卿に対策を考えてもらいましょう」


 チャールズは不在だからな。

 ロベルトに任せるとしよう。


                   ◆◇◆◇◆


 最近は珍客だらけだ。

 科学技術大臣オニーシム・アレンスキーと助手のシヴィ・リトラが訪ねてきた。

 このふたりだと翻訳関係か。


 応接室で会うことになった。

 今回はミルがついてきた。


「シヴィは監視しないと、なにをしゃべりだすか……わからないからね!」


 シヴィは咄嗟に目をそらした。

 ミルがいても言っているだろう……。

 断る理由もないので、4人で応接室に向かう。


 いろいろと時間が惜しい。

 本題に入ろう。


「アレンスキー殿。

翻訳の件ですよね?」


 オニーシムは髭をいじり、苦笑した。


「そうだ。

かなり危険な内容なんでな……。

心して聞いてくれ」


 オニーシムの話を聞いて、頭を抱えそうになった。


「人間を魔物化する別の手段ですかぁ……」


 オニーシムは、渋い顔になって腕組みする。


「半魔では理性を失った獣だがな。

こいつを使えば、理性を保ったまま魔物化できる。

おまけに多数の魔物を制御下におけるからな。

人が使うには……危険すぎる玩具だぞ」


 危険どころか禁忌だろうな。

 そう簡単に出来ないのが、せめてもの救いだ。


「これでいろいろと、合点がいきますね。

とんでもない危険な話ですよ……」


「ムチャなことをするんだ。

ソイツの命は長くない。

もって2~3年なのが救いだな。

あまり慰めにもならないが」


 若者や青年でそれだからな。

 老人や中年だと、もっと早く死ぬ。


「2~3年あれば十分と考えたのか……。

何人交代要員がいるのか謎ですね」


「そう簡単に出来るものじゃないし、前々からスペアなど用意できないな。

そもそも人としての意識は残るから、本人が納得していないとムリだ」


 そこだけが救いだな。

 どちらにしても、兵站と士気も関係ない魔物を自由に使えるわけだ。

 しかも補充は容易ときている。


 魔物が生まれるロジックを突き詰めて対処できれば、一番いいのだが……。

 難しいだろうなぁ。


 突然、シヴィが目を輝かせる。


「なんかあの古文書はぶっ飛んでますね。

もうちょっと調べると面白いのが出てきそうなんですよ」


 ミルが大きなため息をつく。


「なんか危ない思いつきでもした顔よね?」


 シヴィは頰を膨らませる。


「失礼ね。

この古文書ってある部分が足りないと思ったのよ」


 オニーシムが笑いだす。


「シヴィの直感は馬鹿にならないぞ。

口の軽さに比例して、発想も自由だ」


 エルフにしては、おしゃべりで口が軽い。

 そんな性格だ。

 ラヴェンナに避難していなかったら、冒険者になっていたろう。


「それで面白いとは?」


 シヴィは待っていましたとばかりに、胸を張る。


「この古文書に、一部不自然な欠損があります」


 引っかかるな。

 

「欠損ですか?」


 シヴィが身を乗り出した。


「はい! この古文書に法則があるんですよ。

新技術の実現と無効化が基本セットなんです。

それで古代人の考えが見えてきたのですが……。

有効と無効がセットでないと完全、とは考えないのでしょうね。

不可逆の効果は、基本的に欠陥技術扱いです。

それで魔物化するのは、欠陥技術のジャンルでした。

ただ制御できるのは通常技術枠でした」


 つまり最大の問題への対処方法が存在するのか。


「それが抜け落ちていたと?」


 シヴィが胸を張る。


「そうです! それを実現したいので……。

予算と権限が欲しくてお伺いしました」


 救いの糸は可能性でしかない。

 しかも……か細いときたもんだ。

 それでもやるべきだろうな。

 決してムダにはならないだろう。

 

「わかりました。

当面必要な予算規模と権限を報告してください。

概算で結構です。

都度調整しましょう」


 わからない技術の研究だ。

 見積もりなどだせるはずもない。

 だが青天井はムリだ。

 皆の生活を守りつつの配分になるからな。

 そうなると他所への援助も限定的になるが……。

 そこは、俺がなんとかするしかないな。

 ここでこそ、溜め込んだ政治的なコストを使う場面だろう。


 シヴィは満面の笑みでうなずいた。


「ありがとうございます!

ラヴェンナの頭脳を結集して……やり遂げます!」

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