743話 閑話 最後の約束

 アルカディアの首都プルージュは、魔物に包囲され続けていた。


 食糧の欠乏が目立ってきている。

 これにカールラは素早く対処する。


 商会などが隠していた食料すべてを没収。

 王宮に招いた民衆の代表者たちに備蓄食糧をすべて見せた。

 その上で、配給を行うと宣言した。

 王宮の人間と民の食事は同種同量と周知したのだ。


 それでも不満が持ち上がる。

 だがカールラ自身がほとんど食事をとらない。

 全員が不満を口に出来なくなった。


 かくして乏しい食糧を、皆で分ける日々が続く。


 それを魔物の大軍が見守るわけもない。


 グリフォンなどが腐肉を落とすのは、疫病を狙ってのこと。

 食糧が欠乏して、飢えが深刻化すると新鮮な肉を落としてきた。


 カールラは食べるなと、即座に布告をする。

 それでも口にしたものは、王都の一角に隔離される。


 王都は複数のブロックで形成されているので、その一角を隔離場にしたのだ。

 

 彼らはじきに半魔と化した。

 隔離していなければ、全員が半魔と化していただろう。


 半魔と化した人々を殺そうとするが、カールラに制止される。

 武器のムダ遣いを戒めたのだ。


 それでも、飢えの恐怖は浸食してくる。

 ついには隣人を殺して、その肉を食らう者まで現れた。

 その人物は殺されて、食糧になってしまったが……。


 痩せ衰えているので、さして肉の量は多くない。

 そこに遠慮なく謎の肉が落とされる。


 この拷問に耐えきれず、気が触れる者まで現れだす。

 そこに上空をハーピーが飛び交い、石などを落としていく。

 耐えきれずに矢や魔法などで落とすが……。


 その体は臭く、顔を背けたくなるものだ。

 悪臭を消すために燃やすと、不思議と美味そうな肉の匂いがする。


 空腹に耐えかねて、それを口にするものが続出した。

 だが魔物の肉を人は食べることが出来ない。


 腹を下してしまう。

 体力があるものはいい。


 体力のないものは、自ら排出することも出来ない。

 そこまで衰えた子供に、母親が手で便をかき出す光景も見られた。


 周囲は糞尿などによる悪臭が満ちあふれた。

 それに伴う疫病まで発生する。

 カールラは遺体の焼却を指示した。

 

 それを拒んだ人物が親の遺体を隠す。

 せめて埋葬したいと願ったからだ。


 それを嘲笑うかのように、親の遺体がゾンビと化す。

 近くにいた息子を食い殺してしまった。

 その騒ぎで少なからず被害が出る。


 その結果、住民たちの間の溝がさらに深まった。


 自死する者、気が触れて殺される者、病で命を落とす者が後を絶たない。

 かくしてプルージュの人口は、2000人を切るところまで減る。

 包囲前の人口は2万を超えていたのだ。

 全盛期は人口8万を超えた芸術と文化の都は、死と汚物の都に変わっていた。


 魔物が力攻めをすれば、容易に陥落する。

 それでもまだ、包囲を続けた。


 住民たちはカールラへの敵意を高めるが、取って代わりたい者はいない。

 その立場になったら恨まれることは明白なのだ。


 かくしてカールラは、表に出ない憎悪に囲まれる日々を送っている。

 皮肉なことに……。

 その憎悪は、住民たちの正気を保つ役に立っていた。

 普通なら精神を病みそうなものだが、カールラはなにも関心を示さない。


 プルージュの住民すべてが生きる希望を失いかけたとき、遠くに軍の姿が見える。

 アラン王家の生き残りサロモン王子が率いる軍だ。

 プルージュから、弱々しい歓声があがった。


 その報告を受けたカールラは薄く笑う。

 その心中は誰にも窺い知れなかった。


 軍隊が救援に来たのは、冒険者たちの働きがあったからだ。

 最初救援に駆けつけたが、数の多さに自力での救援は不可能と悟る。

 冒険者たちは300名いるかいないか。

 どう考えても不可能。


 そこで旧アラン王家に、救いを求めることにした。

 幸い道中で半魔との遭遇はない。

 奇麗に消えていたのだ。

 その情報を元にサロモンは救援を決断する。 


 到着したサロモンの軍隊は、魔物の群れに一撃を与えた。

 だがその日は様子見で終わる。


 次の日に、攻撃を仕掛けようとしたサロモン軍は拍子抜けした。

 魔物の軍隊がすべて消えていたのだ。

 幻でもなく、撤退したらしい。


 慎重に周囲を探り、撤退したと確認してから城内に入る。

 町の惨状に、かつての栄華を知るサロモンは嘆息する。


 断腸の思いで、プルージュを放棄せざる得ないと判断した。

 死体などは焼かれて、水路に流されている。

 それでも排泄物などがあふれ、衛生状態が最悪なのだ。

 これを住める状態にするには、かなりの手間がかかる。


 もうひとつ軍事的な要素が加わった。

 魔物の多さから、平地のプルージュでは防御に適さないのだ。

 住民全員を馬車にのせて撤退することにする。


 撤退以外にもひとつの決断を下す。

 シケリア王国から、魔物に対抗する人類連合の参加を呼びかけられていた。

 現段階で参加すると、自分たちは格下になる。

 即位すらしていないからだ。

 そうなると矢面に立たされるだろう。

 ただの盾として使い捨てられる危険性があるからだ。


 そのため、判断を保留していた。

 だが統率された魔物の大軍は、大変な脅威だ。

 時間稼ぎは自滅行為だと悟った。

 いつこちらに来るかわからない。

 いかに不利な条件でも参加せざる得ないだろう。


 サロモンの本拠地プロバンを目指して、撤退を開始した。

 道中でも、カールラは冷厳そのもの。

 死者が出たら遺体を燃やして、灰にするように指示する。


 これはサロモン軍にとって負担が減るだけでない。

 憎まれ役をカールラが引き受けてくれるので、とても好都合だった。


 2週間ほどかけて、目的地につく。

 その間300名ほどが亡くなる

 生き残ったのは1700名前後だった。


 到着翌日。

 サロモンはカールラを引見して、プルージュで発生した変事の聞き取りを行う。

 道中では情報を聞ける状態ではない、と判断したのだ。

 

 カールラはほとんど食事をとらない状態だったので、すっかり痩せ細っていた。

 肌は荒れて、目の下にくまが浮かんでいる。

 かつての健康美人だった姿は、見る影もない。

 痛ましい姿だが……。

 廷臣たちの視線は、敵意と軽侮の入り交じった冷たいものだった。

 

 使徒を惑わせた悪女。

 これが定着していた。


 そして助けられた民衆も同様だ。

 死者を減らすための指示は、当初は仕方ないと飲み下していた。

 ひとまずの安全が確保されると、カールラへの非難が相次いだ。


 ハーレムメンバーも、カールラを敬遠している。


 彼女たちはハーレムいりを志願した。

 使徒ハーレムに入って、楽な生活が待っていると思っていたのだ。

 このような困難に満ちた生活など予想外。

 その怒りの矛先はカールラに向かう。


 理不尽極まりないが……。

 選ばないでくれればこんな目に遭わずに済んだ、と思い込む。

 選ばれたから生き延びている、との考えに至らない。

 これはどう考えても逆恨みだ。

 カールラに罪はない。

 彼女たちもそれは理解している。

 それでも誰かを恨まないと正気を保てないのだ。


 仮にプロバンの空気が、カールラに友好的なら違う。

 それが敵意と悪意に満ちているからこそ、逆恨みにその身を任せたのである。


 元々醜い所業をする娘たちではない。

 だが飢えと恐怖が、その余裕を奪いとった。


 立派な態度は、余裕が前提になる。

 余裕がなくても立派な人はいるが……。

 それはごくごく少数。

 多くの人は余裕がなければ、人間の醜い部分がむき出しになる。


 周囲の冷たい空気に晒されても、カールラは冷静そのものだった。

 自分の運命を、既に受け入れているかのようだった。


 説明は理論整然としており、話に詰まることはない。

 聞き取りを追えたサロモンは、深いため息をつく。


「事情はよくわかった。

事態は思ったより深刻だな。

他国との連携が必要になるが……」


 カールラには、アルフレード暗殺計画の関与疑惑がある。

 それを放置して話を進められない。


 だがカールラの身柄を、ラヴェンナに引き渡すのは愚策。

 廷臣だけでなく民衆が納得しないだろう。

 自分たちの手で罰を与えたいと息巻いているのだ。

 政治的立場の弱さが選択肢を狭めていた。


 カールラは表情を消したまま、丁重に一礼した。


「すべて承知しております。

私の存在が、障害になることも……」


 サロモンの心中は複雑であった。

 カールラへの好感など持ち合わせていない。

 公開処刑して民の不満を解消することすら考えていた。

 であればだ。


 実態は異なる。

 民を生き残らせるために、最善を尽くした。

 その行為には報いるべきだと思ったのだ。

 衆人環視の前で、見世物のように処刑する気は失せていた。


「そうか。

なにか望みはあるか?

すべてを叶えられるかわからないが……。

可能な限り善処しよう」

 

 カールラは、すぐにサロモンの心情を理解した。

 深々と頭を下げる。


「殿下のご温情に、感謝の言葉もありません。

では毒酒を頂けないでしょうか。

それと図々しいお願いではありますが……」


 廷臣がざわめく。

 調子に乗るなと言わんばかりだ。

 サロモンが手をあげると、騒ぎが収まる。


「構わぬ。

申してみよ」


「生き残ったハーレムの面々です。

彼女たちに罪はありません。

願わくは寛大な処置を賜りますように」


 サロモンはカールラの意図を理解した。


 今はカールラひとりに恨みが向いている。

 死んだ後で飛び火しかねない。

 それを防ぐためだろう。


 廷臣たちのどよめきに、カールラは無関心だった。

 思いやりでも贖罪しょくざいでもない。

 彼女たちから憎まれていることも察している。


 罪がないのは事実。

 それを伝えただけ。


 サロモンたちにどう思われるか。

 これにも無関心だった。


 ひとつのこと以外は、すべてどうでもよかったのだ。

 そのひとつは、幼い頃に仲のよかった使用人と最後に交わした約束。

 死を覚悟してから、よく思い出していた。


『カールラさまは、本当に悪戯好きですね。

悪戯ならいいですが……。

もし悪いことをしたら、ちゃんと後始末をしましょうね。

私との最後の約束ですよ。

出来ますか?』


 アクイタニア家は高家。

 普通の家庭のような、謝るなどは教えない。

 やりっぱなしでなく、ケジメはつけろという意味だ。

 約束したとき、カールラはその意味を理解できていなかった。

 成長してから、その意味が理解できたのだ。


 仇が討てないなら、せめてその約束だけは守って死ぬつもりだった。 


 サロモンはそれを知る由もない。

 だが……。

 カールラの態度に、何かを感じたようだ。


「わかった。

、彼女たちに罪はないことを認めよう。

そして望めば、相応しい嫁ぎ先も用意する」


 カールラは深々と頭を下げた。

 廷臣たちは心中複雑だ。

 

 本当にこれが悪女なのだろうか。

 

 言い訳や責任転嫁がその口から聞ければ、彼らが戸惑うことはなかったろう

 そのようなシナリオを心の奥底で期待してさえいた。


 ところが違ったのだ。

 自分の死に際して、カールラと同じ態度でいられるか。

 出来ると断言できるものはいなかった。


 そんな廷臣たちの戸惑いも、カールラにとってどうでもいいことだ。

 淡々と部屋に戻る。

 すぐに使用人が、盃に注がれた酒を持ってきた。

 カールラはそれを黙って受け取る。


「悪いけど……。

ひとりにしてもらえるかしら?

鍵はかけないわ」


 使用人は無言で一礼して、部屋を出た。

 部屋の外で待っているのだろう。


 カールラは毒杯に目を落とす。

 迷いなく、それを飲み干した。


「結構美味いものね……」


 カールラは薄く笑う。

 考えてみればそうか。

 不味ければ飲めないのだ。


 そのままベッドに横たわる。

 すぐに苦痛が襲って来た。

 それをただ受け入れる。

 苦痛と意識が薄れるとき、今までの思い出が走馬灯のように浮かんでは消えた。

 意識が途絶える寸前に、かつて仲のよかった使用人の顔が浮かぶ。

 カールラの唇が微かに動いたが、言葉にはならなかった。


                  ◆◇◆◇◆


 使用人は人の気配が消えたことを感じ、部屋に入る。

 盃はテーブルの上に置かれていた。


 カールラは、ベッドの上で仰向けになって息絶えている。

 シーツは乱れて折らず、毒による苦痛は硬く握られた右手だけに現れていた。


 使用人は、部屋を出るときに深々と一礼する。

 このようなことを、彼はしたことがなかった。

 

 カールラの死を聞いたサロモンは、それを公表した。

 あわせて丁重に埋葬するようにとも付け加える。


 罪を償ったのだから、これ以上の侮辱は人として相応しくない。

 そう付け加えたかったが……。

 民の感情を考えるとムリだと悟る。

 サロモンは、自分の力のなさに忸怩たる思いだった。


 カールラの死を知った民衆から、歓声があがる。

 その死を悼む者は、誰ひとりいなかった。


 カールラの墓に供えられるのは、ゴミや唾だ。

 この混乱をひとりカールラの責任と思い込んでいるので、誰も疑問には思わなかった。


 だが死の詳細が伝えられると、歓喜も尻すぼみになる。

 悪女がどれだけ惨めな死に方をしたか。

 それを知りたがる者が多く、結果的にその最後が広められたのだ。


 なんとなく悪女と思っていたのはプロバン住人。

 印象を変えるハードルは低かった。


 だがプルージュの避難民にとって、カールラは悪人でないと困るのだ。

 避難民たちは、より一層カールラの悪事を誇張する。

 誇張は誇張を呼び、嘘にまで発展した。


 それがプロバン住人の認識を変える。

 こんな連中を救うためにカールラは尽力したのかとなる。

 カールラの墓に供えるのが、ゴミや唾から花に変わった。


 避難民たちは動揺して、必死に被害を訴える。

 プロバン住人と避難民の間に、溝が生まれはじめた。

 

 それはある出来事によって加速していくことになる。


                   ◆◇◆◇◆


 プルージュの住民たちは、プロバンに到着してから衰弱して死ぬ者が多かった。

 生き残った者でも、栄養失調に陥った者が多い。


 彼らは与えられた避難民の区域を、フラフラと歩き回った。

 目的などない。

 生気の失せた目で、ただ徘徊はいかいするのだ。

 それはプロバン住民から、不気味な光景として気味悪がられた。


 そんな栄養失調者の食欲だけは常に猛烈だ。

 ただし体調が回復していない。

 食べ物を腹に詰められるだけ詰めると、下痢を起こして衰弱する。

 回復すると、また食べて下痢を起こす。


 食べ過ぎず、徐々に食べる量を増やすのが正解。

 飢えに直面した経験が、理性を覆い隠す。

 回復と衰弱を繰り返し、亡くなる者も現れた。


 それでも若者の多くは回復する。

 それ以外は回復しないままだった。


 そんな栄養失調者は常にガツガツしており、プロバン住人に同情を強要する。

 食べ物は自分だけが優先されるべき、と決めているようだ。

 故に食糧を巡っても、争いは絶えない。


 栄養失調は頭脳も変質させる。

 空腹でも頭脳に影響がないなど……。

 絵空事であった。


 非常識な振る舞いを平気でする。

 かつてプルージュで、民主主義や人道などを声高に唱えている者も例外ではなかった。


 サロモンは、栄養失調者には倍の食糧を供給すると決めた。

 食糧は潤沢と言えないが、騒乱が起こって治安が悪化しては困るからだ。


 それでも彼らの食への執着は止まらない。

 彼ら栄養失調者の群れは、ゴミ捨て場などを徘徊はいかいして、なにか食べ物がないか漁る。


 プロバンの住民は、その光景に根源的な恐怖を感じ、直視できずにいた。

 飢えている人に憐憫れんびんの情が湧くのは、飢えが他人事である間だけ。

 このような飢えを間近で見ると、人は本能的な恐怖から嫌悪する。

 見ないようにして、遠ざけるだろう。


 栄養失調者の群れはプロバンの住民のみならず、同じ避難民からも同情されなかった。

 彼らが品性下劣なのではない。

 大多数がそのような状況に陥れば、同じ道を歩む。

 だがそれを理解できる者は常に少数なのだ。


 そのような嫌悪だけなら、プロバンだけに留まる。

 遠くであれば飢えている人に同情的になるからだ。

 プロバン住人は冷たい、と無責任な批判すら出来るだろう。


 プロバンだけに留まらないことがある。

 だがプルージュで何が起こったかは、多くの者が知りたい話題であった。

 避難民たちは、どのような体験をしたかを熱心に語る。

 動機はそれぞれだった。


 ある者は、同情を買うために。

 ある者は、恐怖を語って感情の共有をするために。

 

 それらは噂となり、翼を得た。

 その翼の前には、国境封鎖など意味をなさないのだ。


 魔物への恐怖が、ランゴバルド王国やシケリア王国にも、瞬く間に広まっていった。


                   ◆◇◆◇◆


 ランゴバルド国王ニコデモは、シケリア国王ヘラニコスの親書への返答は保留していた。


 人類連合を結成して、魔物に対抗しようとの呼びかけだ。


 魔物の脅威を実感していないのもあるが……。

 アルフレードとリカイオスとの講和が成立していない。

 これがなくては、返事が出来ないのだ。


 アルフレードに内密の使者を送って、意見を求めることにした。

 アルフレードにも、ヘラニコスから打診が来ているはずだ。

 講和まではアルフレードの一存で出来る。


 このヘラニコスの要請は、講和を早期に締結するための材料だ、と思ったのだ。

 つまり欲張って苛烈な条件は出さないでくれ、とのメッセージ。


 知っているのは、魔物が増えたこと。

 増加の対処に冒険者ギルド本部が、救援要請を各支部にしたことだ。

 包囲までは知らされていない。

 アルフレードの返事待ちだ、と悠長に思ったが……すぐにそれを後悔する。


 魔物が統率されて、プルージュを兵糧攻めにした情報が届いた。

 報告を持ってきた警察大臣ジャン=ポール・モローは困惑顔。

 ニコデモは協議のため、宰相ティベリオ・ディ・ロッリを呼びだすと決める。

 王宮の宰相執務室にいるはずなので、すぐ来るだろう。


 使いの者を送り出してから、ニコデモは憂鬱な表情になる。


「魔物の脅威とはなぁ。

軍隊のような魔物など……聞いたことがないぞ。

この時代は、厄介な問題しかないのか……」


 ジャン=ポールは曖昧に笑うだけ。

 問題だらけの時代だからこそ、自分が出世できたのだ。


「激動の時代であることは、間違いありませんな」


 ニコデモは小さくため息をつく。


「こんなときは……我が友を捕まえて、話をすると気が軽くなるのになぁ。

あの礼儀正しい顔から、微かに滲み出る辟易感が、なによりの癒やしになる」


 ジャン=ポールは絶句してしまった。

 ニコデモはアルフレードのことを、個人的に好きでないと言ったが、なんのかんので絡みたがるのか。

 実は大好きなのではないかと思う。

 はじめてジャン=ポールは、アルフレードにちょっぴり同情する。


 間もなくティベリオがやってきた。

 入室したティベリオは、ジャン=ポールの姿にわずかに眉をひそめる。

 ニコデモはその様子に苦笑した。


「宰相よ。

協議したいことがあってね。

我が友に急ぎ、追加情報を送らねばならぬ」


 そこでニコデモは、ジャン=ポールに視線を送る。

 ジャン=ポールは一礼して、再度報告をした。


 ニコデモは説明が終わると、小さく息を吐き出した。


「人類連合などと仰々しい名前だが……。

ここまで魔物の脅威が鮮明になると、なんらかの手を打たねばなるまい。

噂が民に広がるのは時間の問題だ」


 ティベリオは真面目くさって渋い顔をする。


「御意に御座います。

各国が連携すること、臣に異存はありません。

ですが軍事行動となると、統率が必要でしょう。

どの国が、指導的立場になるか……。

大いに揉めるでしょうな。

総論賛成、各論反対に陥るでしょう」


 ジャン=ポールは皮肉な笑みを浮かべている。


「それだけなら可愛いものかと。

ここまでパニックが広がったのです。

教会や冒険者ギルドも含めざる得ないでしょう」


 ただ軍事力だけなら、各国だけで事足りる。

 パニックとなっては、国だけでは対処しきれない。

 ニコデモはウンザリした顔で、肩をすくめる。


「使徒騎士団は一面の備えにはなるだろう。

ただなぁ。

使徒が我が友に喧嘩を売ったまま……死んでしまった。

それをどうする気だ?

それに冒険者ギルドも、喧嘩を売って返り討ちにあっているだろう。

まだ明確に決着はついていないがな。

我が友は、曖昧な形での決着を認めるかね?」


 ティベリオは、小さくため息をつく。


「ただ悠長にしてもいられないでしょう。

だけ……お伝えになっては?

ラヴェンナ卿とて早期の講和は必要だとお考えでしょう。

それより懸念があります」


 ニコデモは唇の端をつり上げる。

 これで連携に反対されると、魔物の侵攻時にラヴェンナの力を当てに出来る。

 賛成するにしても、各国との調整を丸投げすればよい。

 魔王などと恐れられているから、他国との交渉にうってつけだ。


「そうだな。

面倒な判断は、我が友に任せてしまおう。

それで懸念とは?」


「連携には、国の代表が必要になりましょう。

ラヴェンナ卿が適任かと思われますが……。

難色を示すと思われます」


 ニコデモの目が細くなる。


「ほう? 障害があるのかね?」


「ラヴェンナ卿は、王国内の序列を尊重されております。

スカラ家を飛び超えて、国の代表になるでしょうか?」


 ニコデモは腕組みをする。


「スカラ家に異存はないだろう。

我が友が実力者なのは明白なのだ」


 ティベリオは、わずかに視線を落とす。


「それは臣も、同じ見解です。

ですが国の代表となって、魔物との戦いになると……。

他家を指揮下に置くことになるでしょう。

そのとき、スカラ家を指揮下にいれることになります。

軋轢が生じるのではないかと。

スカラ家は問題なくても、その下が納得するのか……」


 ニコデモはアゴに手を当てて、目を閉じる。


「少々面倒な話だな。

安定のため、家格秩序を残したが……。

ここで障害になるとはな。

実力とは別に、ラヴェンナの家格は大貴族内では下位だ。

かといって、他の当主に委ねるのは怖いな。

とくに未知の問題で、失敗は許されない。

我が友に任せておくのが最善だろう」


 ティベリオは微妙な表情でうなずく。


「安直ですが、確実に思えます。

ただラヴェンナ卿の家格も、これで上昇してしまいます」


 ジャン=ポールは嘆息して、頭をふる。


「それこそ特殊なラヴェンナが、家格秩序の上位に位置しますな。

悩ましい問題かと」


 ニコデモは口の端をつり上げる。


「卿らの意見は最もだ。

では必要な条件をまとめようか。

他国に睨みが利いて、野心がない。

それでいて未知の問題の対処に優れた人物はいるかね。

スカラ家が一番近いだろう。

そのスカラ家が功を立てたら?

これ以上家格が上昇しては、王家に比肩するぞ。

ほかの候補があれば推挙したまえ」


 期せずしてティベリオとジャン=ポールは、同じタイミングで首をふったのである。

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