735話 判断基準

 祭り当日。

 皆が集まる朝食の席で、アーデルヘイトはハイテンションだ。


「旦那様。

すごい発表があるので、謝肉祭に絶対来てくださいね!」


 もう断れない。

 朝食がおわって、各自が部屋に戻る。


 俺は覚悟を決めることにした。

 死なばもろともだ、と道連れを探す。


 道連れとして選んだミルは苦笑する。


「ゴメン。

移住してきたエルフたちにとって、はじめての祭りだからね。

私が案内しないといけないのよ」


 次の道連れオフェリーは申し訳なさそうにしている。


「マリーに祭りの案内をする約束が……。

そのあとエテルニタのお世話で……。

済みません」


 ひとりでいくなんて……冗談じゃない。

 さらに諦めずに道連れを探す。

 クリームヒルトは恨めしそうな表情で俺を睨む。


「アルフレードさま……。

私は生徒たちの出し物を見る予定なの……知っています?

前にも話しましたよね。

そんな日にとても魅力的なお誘い。

嫌がらせですか!」


 めっちゃ怒られた。

 思い返せば……。

 そんな話を聞いていたなぁ。


 かくして俺は、這々ほうほうていで退散することになる。


 ムリそうだが……。

 最後の道連れに一縷の望みを託す。

 キアラの部屋を訪ねる。


 キアラは、カルメンとエテルニタの世話をしていた。


 俺の誘いに、カルメンは白い目で俺を睨む。


「アルフレードさま……。

ふたりで一緒に祭りを見て回る約束なんで、バラ売りはなしです。

セット売りでもムリですね。

そんな騒がしいところに、エテルニタを連れていけませんよ。

しかも引っ越しをした直後です。

出来るだけエテルニタに、負担をかけたくないですから。

猫は環境が変わると、結構なストレスを感じますからね」


 キアラとカルメンの部屋の内装は、可能なかぎり前と同じにしていると言っていたな。

 エテルニタのためだったか。

 

 恐れ入ったよ。

 思った以上に、猫を飼うのは大変なんだなぁ。


 最初は偉そうに心配してみたが、俺のほうが軽く考えていたようだ。

 俺の認識が甘かったな……。


 これだけ大事にされているなら、エテルニタも幸せだろう。

 エテルニタは壁に寄りかかって、オッサンのようなポーズで毛繕いをしている。


 諦めて部屋を出るために席を立つときに、エテルニタと目が合う。

 途端にエテルニタは毛繕いを中断した。


『みゃ! みゃ! みゃお~う』


 こいつ……。

 新しいパターンを編み出しやがった。

 キアラとカルメンは、大爆笑する始末。


 エテルニタは満足したのか、毛繕いを再開した。

 もう用はないから帰っていいぞ、と言われたようだ……。


 俺は敗北感を味わいつつ……退散するしかなかった。


                  ◆◇◆◇◆

 

 道連れにかぎりって誰もいない。

 イポリートなんて誘ったら、やぶ蛇もよいところだ。

 仕方なくひとりでいくことになる。

 町の広場から遠くなったので、馬車で向かう。

 

 さすがに人通りが多いので、旧屋敷に馬車を停めてあとは徒歩だ。

 旧屋敷の解体は、祭りが終わってから。

 どことなく残念な気がする。

 ちょっと感傷的になったか。


 ガラにもないと肩をすくめ、会場に向かうことになる。

 道行く人々が挨拶をしてくるので、それを返しながらだ。


 領主になるのも大変だよ……。


 そんな、暢気な感想を持っているのは俺だけだ。

 親衛隊員は一様に緊張している。


 年1回のラヴェンナ創立祭は、回を重ねる毎に日数が増やされた。

 今や5日間になっている。

 なので祭りのラスト2日は要人の外出を取りやめた。


 親衛隊員も人だ。

 リフレッシュしたいときもあるだろう。


 ミルたちに承諾を得てから、その件をジュールに伝えたのだが……。

 ジュールはかなり渋い顔をしていた。

 親衛隊のコンディションで、俺の予定が変更になるのは嫌なのだろう。

 プロとしてのプライドがあるのは承知している。


 だが緊張が続いている点を指摘すると、ジュールは言葉に詰まった。

 そこで終わると、ジュールのメンツを潰すような形になる。


「親衛隊の皆さんも、祭りを楽しみたいでしょう。

それにジュール卿は新婚なのです。

祭りにふたりで出掛けてみては?

私たちだけ楽しむと落ち着かないのですよ」


 ジュールは一瞬照れた顔をしたが、深々と俺に一礼した。


 なにせ暗殺騒動から、親衛隊は神経質になっている。

 今のところ疲労は見えない。

 だが精神的な疲労は、限界近くなったとき突然やってくる。

 交代要員も潤沢でないので、この手の配慮はかかせない。

 

 人であることを無視した、組織や社会は長持ちしない。

 俺は一方的に使い捨てられるのが大嫌いだ。

 好きな奴はいないだろうが……。

 

 使い捨ててしまう立場だからこそ注意しないといけない。


 そんなことを考えながら、謝肉祭の会場につく。

 舞台の上にアーデルヘイトとデルフィーヌが満面の笑みで雑談していた。

 ふたりの間には、布をかぶせた像らしきモノがある。


 ああ……。

 嫌な予感が的中してしまった。


 像の後ろには、マッチョたち20名ほどが並んでいた。

 この独特の世界には、なにもいうまい。


 アーデルヘイトが俺の姿を見つけて、手をふってきた。

 仕方ないので手をふり返す。

 ただの観衆でいさせてくれ。


 アーデルヘイトは手をふり終わると、胸を張って拡声器を口にあてる。


「皆さん!

筋肉はラヴェンナ創設からのシンボルです!

なのに怪しげな魚の像が、先に出来るのはおかしくないですか!」


 観衆から歓声があがる。


「そうだ! そうだ!」


「不公平だ!」


「筋肉にも愛を!」


「もう我慢できない!」


 時々怪しげな歓声が混じっている。

 とにかくすごい盛り上がりだ。

 男の野太い声と、女の黄色い歓声のハーモニー。

 カオスだ……。

 カオスでありながら、一つの方向を向いている。


 アーデルヘイトが拳を天に突き上げた。


「そこで!

筋肉のシンボルをつくりました。

それがこれですっ! 兄貴! 見参!」


 デルフィーヌが満面の笑みで、布を剝ぎ取る。

 現れたのは、テカテカ光る体にスキンヘッド。

 筋肉を誇示するようなビキニパンツ。

 おまけにポージングまでしているマッチョ像。

 小麦色の肌が妙に生々しい。

 太陽の悪戯か……。

 テカテカ光る体が日光を反射して、キラリと光った。


 こんなマッチョを兄貴と呼んだのは第6使徒だったな……。

 つい現実逃避をしてしまう。

 無情にも、すぐ現実に呼び戻された。

 

 大歓声があがる。


「兄貴! 兄貴! 兄貴!」


 こんなのが神になったら、またラヴェンナに呼び出されるぞ……。


 これのデッサンを、オフェリーがやらされたのか。

 そしてオニーシムが、像をつくらされた。


 ふたりが死んだ魚のような目をしていた原因が、そこに光り輝いている。


 ご愁傷さま。


 俺は現実逃避をしつつ、こっそり避難することにした。

 あれだけの熱気が集中したらヤバイぞ。

 絶対に生まれる。

 いいかラヴェンナ。

 俺のせいじゃないぞ!


 ねっとりした視線を感じた。

 一瞬、マッチョ像の歯が光ったような……。


 忘れよう。

 それがいいな。


                  ◆◇◆◇◆


 俺が疲れた顔で歩いていると、突然声をかけられた。

 後ろじゃない。

 上か?


 声の方向を見上げると……。

 旧のろわれた屋敷の主ライサが、2階の窓から身を乗り出して、手をふっていた。

 こちらも手をふり返すと、ライサは手招きする。


「アルフレードさま。

お疲れのようだね。

よかったらウチで、少し休んでいきなよ。

疲れに効くお茶でもだすよ」


 そんなに顔に出てたかな。

 なんにせよ、折角のお招きだ。

 ちょっと精神的に疲れたし……。


「わかりました。

お邪魔します」


 屋敷に入ると、使用人に案内される。

 応接室だな。


 すぐにライサが降りてきた。

 わりとラフな格好をしているが、普段の露出の高い服ではない。

 それにしても眠そうだが……。


「ライサさん。

この時間に起きているなんて珍しいですね」


 ライサは欠伸をかみ殺す。


「この祭りの騒ぎじゃムリさ。

慣れれば寝られるよ。

こんな活気のある祭りははじめてさ。

まあ……夕方には寝るよ」


 それもそうだな。

 町中の屋敷だからなぁ。

 あの兄貴コールは届かない距離だが。


「ああ。

この祭りは弾けていますからね……」


 使用人がポットとカップを持ってきた。

 ライサはそれを受け取ると、カップにお茶を注ぐ。

 そしてカップを俺の前に置いた。

 無色無臭だな。

 ライサは目を細める。


「さて、こいつを飲むといい。

心が落ち着くからね」


 カップを口に近づけても、匂いはしない。


「有り難く頂きます」


 飲んでみると味がない。

 しかも冷たい。

 ただの水のようだが……。

 美味いな。


「どうだい?

少しは体が楽になったんじゃないかな」


 言われてみればそうだな。

 なんかスッキリした気がする。


「ええ……。

これって水ですか?」


 ライサが悪戯っぽくウインクした。


「そうさ。

下手な茶より、水のほうがいい。

しっかり冷やしているからね。

それに水を飲んでマズいと感じたら、体調が悪いってことさ。

チェックになるよ」


 なんとも有り難い心遣いだ。


「なるほど……。

水にこんな効き目があるとは思いませんでした」


 ライサは自分のカップに、水を注いで一気飲みする。


「ラヴェンナの水は奇麗だからね。

格別に美味しいよ。

それを地下室に置いて冷やしたのさ」


 地下室はたしかに涼しいが……。


「それにしては冷たいと思いますが……」


 ライサは笑って手をふった。


「ああ。

ちょっと地下室を改造してね。

アイオーンの子から教わった技術を使ったのさ。

モルタルで地下室の壁と天井を覆って、魔法で水を凍らせ、大量に配置する。

氷にするのも、手順があるけど省略するよ。

そうすれば冷たい部屋になるだろ。

魔力にもよるけど……1ヶ月くらいは持つね。

そこに水で満たされた壺を置いておくだけだよ。

シケリア王国にいたときは、冷たい水をお客にだしていたモノさ」


 たしかにこれは珍しい。

 魔法で冷やすことは出来るが、永続は出来ない。

 王侯貴族や金持ちが、たまにやるが……。

 数日しか持たない。

 スカラ家ではごくまれにやる程度だったな。

 祝い事とかで、年に1回あればいいほうだった。

 もし簡単なら食糧の日持ちもよくなる。

 皆の生活も向上するだろう。


「この方法を教えてもらってもいいですか?」


 ライサは笑ってうなずいた。


「ああ。

アルフレードさまには世話になっているからね。

本来は秘密だったけどいいよ」


 つい気軽に聞いてしまった。

 でもあると便利だからなぁ。

 古文書にあるだろうが、先にわかれば手間が省ける。


「済みませんね。

冷やすのに魔法は使っているのですが、長時間の保存は難しくて。

それにしても……モルタルですか」


「熱が伝わりにくいのさ。

だから部屋の温度を下げると、長く維持できるとか言っていたよ。

話は変わるけど……。

報告したいことがあってね。

水をだしたのはついでだよ」


 つまり重要な話だな。

 裏社会つながりだろう。


「なにかありましたか?」


「昨日の夜に、裏社会から使いが来てね。

以前アルフレードさまが、連中に貸しをつくったろう?

それを返したいと言ってきたのさ」


 借りを返すか。

 どんな手土産なのやら。


「ああ。

そんなこともありましたね。

借りを返すとは?」


「暗殺計画に関係する話さ。

調べても証拠はなかっただろ?」


 実行者と中間の依頼者までしかたどれない。

 見事な処理だよ。

 キアラが悔しそうにしていたからな。


「そのあたりの処理は、やはり手慣れていますね。

耳目が証拠をつかめない。

シャロン卿や警察大臣ですら……ですよ。

大したモノです」


 ライサは苦笑して、頭をかいた。


「長いノウハウがあるからね。

尻尾の切り方はお手の物さ」


 だからこそ警戒の対象なんだよな。

 裏社会と全面抗争なんて……。

 使徒でもないかぎりやりたがらない。

 ラヴェンナとしても可能なら、敵対せずに済ませたいところだ。

 だからと不要な譲歩をする必要はない。


「なかなかに怖い話ですねぇ」


 ライサは呆れ顔で肩をすくめる。


「ラヴェンナの諜報と警備は、連中にとって脅威だよ。

連中は治安のよさが、これほど厄介だとは思わなかったろうね。

防御はほぼ鉄壁。

攻撃するときは容赦しないだろう。

使徒の攻撃から生還したのも不気味らしいからね」


 それなら話し合いの余地はある。

 俺としても、連中の既得権益に切り込むつもりはない。

 そもそも別の領地だし。

 冒険者ギルドなどより、ずっと理性的なのは皮肉な現象だな。

 社会的な後ろ盾がないから、嫌でも現実的になるのだろう。


「それは何よりですよ」


「普通なら尻尾をつかめない。

ところが今回は、ちょっと違う。

ただ罠かもしれない。

一つの情報として捉えてほしいね」


 経験豊富なライサでも判断を保留するか。


「ええ。

漏れてくるとなれば、故意に流した可能性もありますね」


 ライサは胸元から書状を取り出す。


「こいつを入手したってさ。

アルフレードさまに渡してほしいってね。

まあ見ておくれよ」


 受け取って目を通すと……。

 思わず唇の端が歪む。


「なんとも面白いですね」


 カールラが俺の暗殺を指示した署名つきの文章だ。

 そんな、馬鹿な話があるか。

 暗殺計画は立てたろう。

 それにしても……署名つきの暗殺依頼なんてあるかよ。


 俺の顔を見たライサは、ニヤリと笑う。


「アルフレードさまは、こいつを偽物だと思っているんだね

私もこの紙切れ自体は偽物だと思っている。

ただ署名の筆跡は本物だって話だ。

そして内容は事実だろうね。

そうでないと意味不明だよ」


 これをでっち上げた意図が問題だ。


「そうですね。

私の注意を、アクイタニア嬢に向けさせたいのか……。

私の手に渡ったことが大事なのか?

これだけではわかりませんね……」


 ライサは苦笑して、頭をかく。


「引っかけではないと思う。

宛先は明言されなかったらしいよ。

『しかるべき人に渡してほしい』だったからね。

そもそもアルフレードさまに借りがある、なんて知らないはずさ。

アラン王家の生き残りに渡したかったのかねぇ。

ただアラン王家に渡しても、ムダに終わる可能性が高い。

扱いに困る不幸の手紙だからね。

それならアルフレードさまに、借りを返す形で渡せばよいと考えたらしいよ。

小道具程度にはなるだろ?」


 アラン王家に渡っても……持て余す可能性があるな。

 俺に知らせる手もありはするが……。

 現時点で、明確に使徒と敵対するのは危険だろう。

 だが時期を逃せば、爆弾になりえる。

 この情報を握りつぶした、と俺に思われては困るからな。


 それにしても……。

 署名は本物か。

 気になるな。

 カールラは、そんなに書状を乱発していただろうか。

 表に出てこないから、数は少ないはずだ。


 そうなると筆跡模写が可能な人物は絞られる。


「そうですね。

それにしても……。

こんなことをする人が気になりますね」


 ライサは苦笑して肩をすくめた。


「サッパリだね。

こいつは、アルカディアの混乱を助長するだけだよ。

アルフレードさまの利益にしかならないだろう」


「まるで悪戯のように、私の得になることをする人でしょうか。

ひとりだけいます。

まったく……厄介な愛情表現ですよ」


 ライサの目が鋭くなる。


「クレシダなら、楽しそうだからって理由だけでやりそうだね。

たしかユートピアをクレシダは訪ねていたっけ。

そこで接点を持ったのかねぇ」


 推測ならいくらでも出来る。

 だが……。

 思考の迷宮に、目隠しをして入るのは愚かだろう。


「今考えるのはやめておきましょう。

折角の贈り物です。

有効に使いましょう」


 ライサは意外そうな顔をする。


「おや。

どう見ても、アルフレードさまに動いて欲しそうな書状だろ?

クレシダを喜ばせるだけじゃないか?」


 クレシダがどう感じ取っても、俺にとっては些末なことだ。


「私の判断基準は、ラヴェンナにとって有益かです。

私個人の、ちっぽけなプライドなど判断材料にはなりませんからね」


 ライサは感心した顔で笑いだした。


「そのセリフを自然に口に出来るのは、枯れた老人くらいだよ……」


 余計なお世話だ。

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