734話 暗雲が晴れて、晴天が見える
ついに引っ越しの日がやって来た。
馬車に揺られ、感傷に浸る暇もなく到着。
やっと俺の部屋が手に入った。
ちょっと嬉しい。
夜はローテで俺の部屋に、ミルたちが来るそうだ……。
しかし広い。
持て余す広さだ……。
しかも2部屋になっている。
寝室と書斎のような形だ。
任せていたら、そこまでやったのか。
荷ほどきは使用人たちがやってくれるので、俺はいるだけ邪魔だな。
暇だから他の部屋を確認するか……。
などと思っていたら、ミルが入ってきた。
「そっちの部屋の整理はいいのですか?」
今は使用人がせわしなく家具を配置している。
ふたりきりじゃないからな。
いつもの丁寧口調になる。
ミルはちょっと残念そうだ。
「ええ。
使用人に頼んであるわ。
だからいても邪魔なのよ。
折角だから屋敷を見て回らない?」
ちょうどいい。
「ちょうどそうしようと思っていたところです。
ミルが一緒なら迷わなくて済みそうですね」
ミルは苦笑して俺の手を取る。
「たしかに広いけど……。
迷わないでしょ?」
部屋数も多くなって、来てすぐだ。
わからないだろう。
「どうでしょうか……」
ミルはペロっと舌をだす。
「本当は部屋の前に、名札をつけたかったんだけどね。
ジュールさんに反対されちゃった」
襲撃を警戒しての話なのだろうが……。
「侵入された時点でアウトだと思いますけどね。
まあ……。
警備する側の要望なら聞き届けないといけませんね」
ミルは笑って、廊下に設置されている観葉植物を指さす。
「そうね……。
私はこの子たちのお陰でわかるけどね」
名前は聞かないでおこう。
そう思ったら軽く肘鉄を食らった。
なんでわかるんだよ……。
気を取り直して歩いていると……。
目立つアーチ型の開口が目についた。
アーチをくぐると、壁の色が変わっていた。
「そういえば……。
公務エリアとプライベートエリアを明確に区切ったんでしたっけ」
気分を切り替えるためらしい。
前の屋敷だと、気持ちを切り替えるのが大変だったとのこと。
特にオフェリーは、気持ちの切り替えが苦手らしい。
目印を強く要望していたな。
「ええ。
気になる執務室と、会議室に案内するわ。
アルったら、新邸の話をしても生返事だったし……」
ミルのジト目に、思わず外を見てしまう。
「それどころじゃなかったですからね」
「ハイハイ。
それじゃあ……ついてきて」
屋敷は2階建て。
執務室は2階。
会議室は1階だったな。
会議室にはラヴェンナの像と……。
「広すぎじゃないか?」
劇場じゃあるまいし……。
一辺50メートルくらいないか?
「そう? 将来、どれだけ増えるかわからないしね。
あまり広くても仕方ないけど……。
ルードヴィゴさんがこの位って報告していたじゃない。
アルはそれにOKだしていたわよ」
あれ? そんなこと聞かれたかなぁ……。
ミルは大きなため息をつく。
「ホント……。
話を聞いていなかったのね」
「ま、まあ……。
任せていれば大丈夫かなと」
ミルはジト目になったが、何も言わなかった。
そのまま2階へと移動する。
「なんで執務室を、2階にしたのですか?」
ミルは悪戯っぽく笑いだした。
「こうでもしないと……。
アルは運動しないもの」
さいでっか……。
執務室も広くなっていた。
特筆すべきこともないな。
次に応接室を見たので、プライベートエリアに移動する。
浴室も案内してくれた。
男女別になっているな。
女性専用に立ち入る気はなかった。
ミルは気にせず、男専用についてくる。
お湯は張っていない。
それにしても広すぎだろ。
この広さは泳げるぞ。
俺はカナヅチだけどな。
浴室からでると、キアラが小走りでやってきた。
肩で息をしている。
「どうしました?」
キアラの表情が厳しくなる。
「お兄さまとお姉さまを、二人っきりにしたら……。
なにをしでかすかわからないですわ。
真っ昼間でもお構いなしですもの」
ミルが慌ててキアラの肩をつかんで、前後に揺さぶる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!
何時誰がくるかわからないのに、そんなことするわけないでしょ!」
キアラはフンと鼻を鳴らす。
「冗談ですわ……と言いたいところですけど。
誰も来なければ構わないってことですよね?」
ミルは、顔を真っ赤にして硬直した。
この手の話題は、口にしたがらないからな。
だが行動はとても肉食系で積極的だ。
「そういう話じゃないでしょ!」
「ハイハイ。
それでお兄さま。
冒険者ギルドが、少し待ってほしいと言って待ちましたよね。
でもギルド内部で反発などがあって、不穏な状況。
それでも回答待ちで交渉中。
この認識で正しいですよね?」
改めて、状況の確認をしてくるとは……。
なにか変事でも起こったか。
「ええ。
答えは待ってほしいだけ。
なので、こちらから分裂を仕掛けました。
無意味な引き延ばしに付き合う義理はありませんからね」
キアラが苦笑して、書状をピラピラさせる。
「そんな冒険者ギルドの本部が、声明をだしましたわ」
今回のギルド新設の話とは別だろうな。
「ギルドの分裂の話が、もう届くとは思えませんね。
今頃になって、いきなり声明文ですか」
キアラは書状を、俺に差し出してきた。
「ええ。
今回の件とは無関係だと思いますわ。
詳細はこちらに」
一読して笑ってしまった。
俺は理解したつもりだったが、冒険者ギルドの内情をまるで理解できていない。
それが、ハッキリ現れたのだ。
この内容は笑うしかない。
冒険者ギルドから重要な声明を発表する。
冒険者ギルドに、不当な要求をするものが現れた。
ギルドの根幹を揺るがす要求だ。
そのような圧力を受ければ、不本意ながら業務に支障をきたす。
そのツケは、民衆に回されることになるだろう。
冒険者は、この世界では不可欠な存在だ。
これは子供でも知っている話だろう。
領民の生活を守る一助として冒険者が存在する。
これは可能な限り、自由に活動できる必要があるのはいうまでもない。
賢明な領主各位は、それを知っていると確信する。
不当な要求をしたものは、感情に溺れて軽率な行動をとらないことを願う。
こんな声明文をだされたらねぇ。
「これは笑うしかないでしょう。
しかも私宛てではないタダの声明文。
つまり他家への圧力を企図しているのでしょうね」
俺から書状を受け取ったミルは……信じられないという表情。
黙って目を通すが……。
すぐに小刻みに震えはじめた。
「冒険者を騙って、アルを暗殺しにきたのよ。
しかも冒険者として、ラヴェンナにいれたのはギルドでしょ?
なんでこんなに上から目線なのよ!」
やっぱり怒ったか。
「ふーむ。
こちらの要求は最後通告ではないのですがねぇ。
対案があるならだしてください。
無視するならこちらにも、考えがありますよ。
との意図でしたけど……。
まったく伝わらなかったようです」
キアラはクスクスと笑いだす。
「いきなり最後通告と受け取ったみたいですわ。
魔王の称号に怯えたのでしょうかね。
しかもギルド幹部たちは、『暗雲が晴れて、晴天が見える』と怪気炎をあげているようですの」
なんで俺の渾名に怯えるんだよ。
しかし……。
今の言葉で意味不明だった冒険者ギルドの実情が読めた。
「ギルドの立場で、どう考えるか……。
その読みが甘かったようですね。
読み違えても……。
やることに変わりはありませんがね」
キアラは真顔に戻って、首をかしげる。
「冒険者ギルドはなにがしたいのでしょうか?」
思わず笑ってしまった。
「サッパリですよ」
ミルはジト目で、俺を睨む。
「その顔は……わかっているってことよね」
ミルたちは俺より、俺の仕草に詳しい。
そのうち会話なしでも、意思疎通が出来そうな勢いだ。
そんな話をしたら、『だからって会話なしなんて寂しいじゃない』と頰を膨らませた。
わかっていても会話が大事らしい。
カルメンだけは『それ楽でいいですね』と言い放って、キアラを嘆かせていたな。
「まあ……。
推測ですけどね」
キアラまで、ジト目になる。
「お兄さま……。
妙に勿体ぶりますわね」
俺は苦笑して、手を振った。
「勿体ぶったわけではありません。
本人たちもわからないことが、私にわかるわけがない。
だからサッパリと言ったのですよ」
ミルとキアラは、顔を見合わせる。
ミルは小さくため息をつく。
「言っていることはわかるけど、意味はわからないわ」
「つまりこのような決定を、誰がどのように下したかわからない。
対策を話し合っているうちに、なんとなく決まったと思います。
冒険者ギルトの首脳陣は、空気に飲まれてしまったのでしょう」
キアラが、いきなり手で待ったをかけてきた。
「ここだと書き物が出来ません。
ちょっと移動しませんか?」
要望じゃなくて決定だなこりゃ。
浴場をでた後に歓談するための広間があるので、そこに移動する。
キアラはどこからともなく、メモとペンを取り出した。
「もしかして……。
いつも持ち歩いています?」
キアラはニッコリほほ笑む。
「お兄さまのところにいくときは、常にそうですわ。
突然大事な話をはじめますもの。
では続きを。
空気に飲まれるとは?」
「『暗雲が晴れて、晴天が見える』という言葉ですよ。
もう感情の話しかしていません。
交渉する気なら、違う示唆をするでしょうね。
つまり感情的な反発が強くなって、交渉など出来なくなったのでしょう。
もし交渉の意思を口にしたら、腰抜けやラヴェンナの手先だ、と罵られると思います」
キアラは、呆れ顔でため息をつく。
「一種のヒステリーですわね。
ヒステリーを起こしている当人は、絶対に認めないでしょうけど。
あの声明文は、冷静さを装ったヒステリーの匂いがしますわ」
その認識には同感だな。
「理屈じゃないですからねぇ。
なにか口にしないと主張にならないから、言葉を発しているだけです。
これだけ強く主張しているから受け入れろ、という意思表示ですからね。
赤子が泣くのと、大差ありませんよ。
大の大人が泣き
なまじ言葉がわかるだけに……つい理解しようとしてしまいますがね。
その矛盾を指摘しても逆効果ですよ。
赤ん坊に泣くなと怒鳴ったら、余計泣くのと同じです」
ミルは呆れ顔で首を振った。
「大きな赤ん坊が、大勢で泣いているって想像したら……。
ちょっと引いてしまったわ」
気持ちのいい表現ではないな。
だが……。
話してもムダな相手に関わって疲弊するより、ずっとマシだろう。
「キアラの言葉を借りると、集団ヒステリーになっています。
そんな中でも、理性が残っている人もいるでしょう。
なんとか交渉を引き延ばして時間を稼いで冷静にさせよう、と努力したと思いますよ。
タダの引き延ばしだと思っていましたが……。
必死だったのでしょう。
こんな恫喝をしたら破滅行為だ、と知っているでしょうから。
でも結果的にムダな努力に終わったわけです」
ミルが不思議そうな顔をする。
「ギルドマスターがいると思うけど……。
幹部たちは議論するけど、決めるのはギルドマスターでしょ?
こんな状態に陥らないようにするべきよ」
ラヴェンナとは組織のありようが違うからなぁ。
「もともと冒険者ギルドは、冒険者の相互扶助会が発展したモノです。
そのトップは、指導力なんていらないのですよ。
指導力なんて邪魔なだけです。
調整力だけが問われると思いますね。
支部の独自性も高いですから。
つまり幹部の合議の結果を追認するだけ。
その現実を失念していましたよ」
ミルは難しい顔で、首をかしげた。
「大勢いるのに、感情に引っ張られるの?」
数は問題ではないよ。
俺と一緒に苦労してきたミルですら失念してしまうか。
「大勢のほうが、感情に流されますよ。
ミルはその光景を、目の当たりにしています。
疫病騒動のときは、皆が感情に流されました。
私でも止められないほどにね」
ミルはハッとした顔になり、両手で口を覆う。
「あ! たしかにそうね……。
でもあれは、アーデルヘイトが助けたいと言い出したでしょ。
許可はアルがだしたし……。
誰が決めたかは明白よね」
そうしないと危険だったからだよ……。
「そうしないと無秩序に動きだして、被害が増すだけです。
手綱を放すわけにはきませんでしたからね。
冒険者ギルドの幹部が合議したときに、誰かが不満を口にしたと思います。
それがどんどん膨らんで、恫喝に発展したのでは?
誰が言い出したかなんて、全員覚えていないと思いますよ」
ミルはため息をついて、天を仰ぐ。
「つまり皆が、思い思いに感情に流されたから……。
ラヴェンナから見ると、わけのわからない挙動になったのね。
ギルドマスターが決断している前提だったもの。
でも恫喝のアイデアは、口にしていたわよね。
アルに報告が来たんだし。
だからこそアルは、新しいギルドをつくる気になったんでしょ」
幹部が口にしたという情報はなかった。
あくまで、支部の意見だ。
「それは支部長が、口にしたことですね。
幹部会議の出席者ではありません。
ギルドの幹部も調整役ですよ。
つまり支部の意思を無視できないのです。
でも支部にすれば、自分の意見を言っただけ。
現実的な解決にするのが幹部会議だ、と思っているでしょう。
口にした本人が仰天したんじゃありませんかね」
ミルが大袈裟にため息をついた。
「なんなの。
このかみ合っていない感じは……。
話に聞いたランゴバルド王国の王位継承争いみたいね」
キアラは皮肉な笑みで、ペンを走らせている。
「そもそもですけど……。
どうしてこんなヒステリー状態に陥ったのでしょうか。
なにかトリガーがあるはずですよね?」
恐らくだが……。
冒険者ギルドの幹部連中は、勝手に追い詰められた気になったのだろうな。
「私のだした要求は、ギルドの根幹に関わることです。
しかも使徒がいて、勝手に根幹に手を触れることが出来ない。
いなければ暫定などで変更は可能だったでしょうね。
さらに悪いことに……使徒のラヴェンナへの敵意は明確です。
僅かな譲歩も出来ない、と思い込んだのではないでしょうか。
そんなことはないのですがね……。
使徒の冒険者ギルドへの影響を軽視していましたよ」
個別に相手をする気がなかったからな……。
キアラは口に手を当てて笑いだした。
「使徒の影響から完全に自由なのは……。
世界広しといえども、お兄さまくらいですわ。
冒険者ギルドの幹部に、指導力か野心があれば、違った状況になったでしょうけど。
調整型しかいないなら、ムリですわね。
こうやって整理すると、ギルドにとっては最後通告のようですわ」
だとしても不問にする選択肢はない。
使徒ユウと敵対関係になったから、こうなるのは不可避だったかぁ……。
「こうなった以上、冒険者ギルドとの交渉は不可能ですね。
新しいギルドをつくる方向で進むしかありません」
ミルはまだスッキリしないようだ。
「最後通告だと思いこむのは理解できたわ。
なんでそんな組織になったのかしら……。
自然にそうなったの?」
当然の疑問だなぁ。
「冒険者ギルドの本部が、アラン王国にあったことが原因でしょうね」
ミルは首をかしげる。
「アラン王国が原因?」
組織はその所在地に、影響を受けるだろう。
冒険者ギルドにしてもそうだ。
「アラン王国は文化と芸術の国です。
論理的思考より、感情に訴えるほうが尊ばれるのですよ。
そんな社会と密接につながっていますからね。
そして調整型が出世するギルドは、感情が大事です。
社会と内部事情の影響から、ギルドは感情での判断が、主体になるでしょう。
それが1000年ですからね」
「ああ……。
それでもアルは、まだ現実的だと思っていたのね」
情実で動くにしても、限度があるだろう。
現実的な組織だと思っていたのだがなぁ。
思い込みで決め付けてしまったようだ。
これが、大事な局面でなくて良かったよ。
「ええ。
ギルドの仕事は、人の生死に関わるのです。
冷徹な判断も必要になるでしょう。
現実の変化にゆっくりでも対応すると思っていましたよ。
それは思い込みだったようですがね」
「それで冒険者ギルドは、これからどうするつもりかしら?」
感情が支配する組織だからなぁ。
明確なプランは持っていないだろう。
「まず恫喝について、本部は各支部に示唆をするでしょう。
明確にサボタージュしろ、とは言えませんからね。
示唆されれば支部として対応せざる得ないでしょう。
独自性が強くても、影響は無視できませんからね。
現在、冒険者ギルドは弱体化しています。
それは支部だけで完結できない状況につながります。
本部や他の支部と連携して、ようやく運営できているでしょう。
そんなところでしょうか」
ミルは眉をひそめた。
示唆の意味を理解したからだろう。
「示唆って……。
失敗したときの保身?」
「失敗というより、これによって起こる混乱の言い訳ですね。
本部からすれば、支部が勝手にやった。
支部からすれば、本部の意向があったと。
そして末端の職員に、責任を押しつけて逃げるつもりでしょうね。
上の指示で問題が発生すれば、下の責任にして逃げてしまう。
よくあることですから」
ミルは、大きなため息をついた。
「そんなので逃げられると思っているのかしら……。
アルを甘く見ていない?」
「冒険者ギルドは絶対になくならない。
幹部の首を飛ばせば、混乱が生じる。
だから冒険者ギルドを処罰など出来ないだろう。
そのあたりが自信の根拠でしょうかね」
「末端の人は気の毒ね……」
この話だけ聞けば可愛そうだろうな。
「私は末端の人すべてが気の毒だと思いませんよ。
きっと多くの人は、熱心にサボタージュすると思いますから。
従犯か共犯であって無罪ではないでしょう。
立場上逆らえない点。
これだけは考慮しますけどね」
ミルの目が点になる。
「ええっ!?」
殺人を強要された者は無罪か否か。
無罪ではないだろう。
道具は罰しないという考えもあるが……。
その議論は社会が成熟してからだ。
今は被害を受けたら、相応の報復を黙認する……。
自力救済の世界なのだ。
ただ情状酌量の余地はあるというだけだ。
今は、それが精一杯だろうな。
「支部長がサボタージュに前向きなら、その支部全体で取り組むでしょう。
中には組織への忠誠心を示すために、同僚を監視する者もでてきます。
ギルドの理念上、許されないことをしている自覚はあるでしょう。
そんな彼らが恐れるのは裏切り者です。
全員が黙っていれば、問題をなかったことに出来る、と思っていますよ。
最悪……全員仲良く罰を受けるかですね。
それならギリギリ飲み下せるかと思います」
「煮ても焼いても食べられない話ね……。
それで従犯か共犯だとして、どうする気?」
どうしようもない。
そもそも俺の権力が及ぶ組織ではないからだ。
出来るのは新設するギルドに提言する位。
それでも命令に等しい力を持つ。
提言は慎重にしなければいけない。
「私はギルドに対して、処罰権を持っていません。
ただ新しいギルドで雇うかは考える必要がある、と思いますよ。
サボタージュで被害を受けた人たちから、決して信用されませんからね。
そんな人を雇う必要はないでしょう」
ミルは憂鬱な顔で、外を眺めた。
「そうね。
ただ命令がなければ……。
そんなことしなくて済んだのに……。
そう思うとやりきれないわね」
それはある。
だから上位者の責任は、より重くなるだろう。
「だからこそ上に立つ者の責任は重大なんですよ。
部下を危うい立場に追い込むだけじゃありません。
本当に職務に誠実な人は、組織の命令に逆らって道理を通すでしょう。
その人は組織に対する忠誠心がないとして、組織での居場所を失います。
職務に誠実な人が傷つけられるのは嫌ですね。
立派な行為の褒美としては、趣味が悪すぎますよ」
キアラのメモを取るスピードが、何故か早くなる。
興奮したときのサインだ……。
なにか琴線に触れたらしい。
「組織の指示どおりにサボタージュした側にとっては、格好つけただけの裏切り者だ、と思いますものね。
組織にしても、指示より自分の美学を優先させた危険人物になりますわ。
だからラヴェンナの法での一文に、あれがあったのですね。
上位者の指示であっても、違法な命令に服するのは違法。
内乱終結後に法律の追加を指示したのは、このためだったのですね」
法律の追加のときに説明したが……。
やはり現実味がないと、本当に理解することが出来なかったか。
「父は子の為めに隠し、子は父の為めに隠す。
直きこと其の
これが世界の常識ですからね。
親族間なら自然な感情ですが……。
それが組織にまで浸透しています。
外部との接触が多くなると、そちらに流されてしまいますからね」
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