733話 嫌な予感

 アーデルヘイトが最近、なにか企んでいるようだ。

 その相手がデルフィーヌ。

 絶対ろくなことじゃない。


 次の祭りに向けてだ。

 そこにルイまで加わったと聞くから、俺の不安は最高潮。


 何故か、オフェリーまで巻き込まれている。

 解放されて執務室に戻ってくると、無言でエテルニタをモフりはじめる始末だ。


 エテルニタは普段モフって欲しいとき以外は逃げるのだが……。

 なにか諦めた顔で、なすがままであった。

 オフェリーが余程疲れている、と察知したらしい……。

 オフェリーは無表情のまま、エテルニタのモフモフに頬をスリスリしている。

 とてもシュールだ。


 エテルニタは、なにか言いたげに俺を見る。

 なんとかしろ、と言いたいのだろう。


 そんな顔をされても困るよ。


 耐えかねたミルが、オフェリーに理由を聞いても……。


「秘密です。

そう約束させられました……」


 アーデルヘイトのヤツ……。

 なにをやっているんだよ。


 この、積み上がる不安材料は危険そのものだ。

 不安は最高潮を超えて、危険な領域に突入している。

 

 さらにはオニーシムまで、閣議で死んだ魚のような目をしていた。

 どうやら巻き込まれたらしい。


 絶対にヤバイ。

 俺は見たくないことでも直視するように心がけている。


 でも逃げてもイイよな……。


 統治上、悪影響がある話じゃない。

 そうだ……それがいい。


 現実と戦おう。


 ギルドのサボタージュについては、ギルドを分裂させる。

 そしてマトモな連中で、新たなギルドを新設してもらう。

 その方向性を元に、検討を指示する。


 シルヴァーナ、ジラルド、パトリックに任せることにした。


 これは表向き機密だが、漏れても構わない。

 むしろ漏れてくれると有り難い。


 こちらから漏らすより……。

 不安に駆られた冒険者ギルドが探って知ったほうが、より信憑性が増すだろう。

 この話は、流れを注視するだけでいい。


                  ◆◇◆◇◆


 お見舞いがてらマガリ性悪婆を訪ねる。

 その様子を見て驚いた。

 どっと老け込んだように見える。


 俺が言葉を探していると、マガリ性悪婆は、くぐもった笑いを浮かべた。

 

「別に気を使わなくていいさ。

それに前半はろくでもないが、後半はイイ人生だったよ。

老人にとってなにが、一番怖いか……。

アンタならわかるだろ」


 すっかりマガリ性悪婆の中で、俺は老人だ。


「忘れ去られて孤独に朽ち果てる。

亡骸に蛆が湧いてから見つけられるなんて……恐怖でしょうね」


 マガリ性悪婆は、ニヤリと笑う。


「よくわかっているじゃないか。

ラヴェンナにアタシは、十分な足跡を残せた。

銅像を立ててもらえるだろ?」


 ラヴェンナには歴史がない。

 だからこそ貢献者の像を立てることによって、歴史をつくっていく。

 マガリ性悪婆は、資格十分だろう。


「立てないわけには……。

いかないですね」


 マガリ性悪婆は、唇の端をつり上げる。


「アンタがアタシを好いていないことは知っている。

それでも使ってくれたんだ。

感謝しているさね」


 俺が求めるのは結果だ。

 好き嫌いじゃない。

 そもそも情実で、人材登用なんて死んでも出来ないよ。


「個人的な好き嫌いで人材登用を決めるほど、余裕はありませんよ」


 マガリ性悪婆は、珍しく穏やかな顔で目をつむる。


「だからこそ……。

アタシみたいな偏屈な老人でも、居場所があるのさ。

それに同情で頼られていないことが、ハッキリわかる。

老人ってのは困ったもんでね……。

頼られたい。

でも同情で頼られるのは嫌なんだ。

アタシのようなタイプは特にね」


 下手な同情は、マガリ性悪婆なら嫌がるだろうな。

 自信があるタイプだけに尚更だ。


「相手が望んでいるなら同情しますけどね。

望んでいないのに同情しては、お互い不満をもつでしょう。

時間と労力のムダですよ」


 マガリ性悪婆は、フンと鼻を鳴らす。


「まったく可愛くない返事だねぇ。

まあ……アンタが思っているより、ずっと有り難いってことは覚えておきな。

情実で成り上がりたいヤツには窮屈だろうがね」


 そんなモノが紛れ込むと大変だ。

 評価基準が能力でなく……好かれたかどうかになる。

 それこそ賄賂や派閥化が促進されるだろう。

 昇進も上司に取り入ったなどが、理由になる。

 多民族のラヴェンナでは、死に至る毒だ。


「そんなのを認めていたら大変ですよ。

ともかく体を大事にしてください。

アーデルヘイトが悲しみますからね」


 マガリ性悪婆は、肩を震わせて笑う。


「それなら子供をつくってくれよ。

そうしたら長生きしてやるさ」


 嫌なところをついてくるな。

 思わず頭をかいてしまった。


「こればっかりはなんとも……」


 マガリ性悪婆は、真顔になった。


「不可能だから言ったのさ。

アンタ……のろわれていないか?

あんだけやっといて出来ないのは不思議でね。

皆は口に出来ないけど、原因はアンタにあると思っているさ。

アタシは老い先短くなったからね。

ようやく口に出来るのさ」


 だよな。

 多分、悪霊にのろわれていると思う。

 詳しい仕組みはわからないが……。

 悪霊が消滅したら解けるのかもわからない。


「それは自覚しています。

知っていたらミルたちに悪いですからね。

絶対に妻にしませんでしたよ」


 マガリ性悪婆は、はじめて見る優しい顔で目を細めた。


「そりゃそうさ。

だとしてもアーデルヘイトは構わなかったろうね。

ともかくアタシが言えるのは、アンタのせいじゃないんだ。

気に病むなと言いたいのさ。

ただでさえアンタは、ことある毎に自分を責めるんだ。

周囲はヤキモキするよ」


 どうもこの表情は落ち着かない。

 憎まれ口を叩き合っていたほうが落ち着くよ。


「そうですね……」


 マガリ性悪婆は、いつもの冷笑的な表情に戻る。

 こっちのほうが落ち着くわ。


「それで子供が出来ないときの後継ぎは、どうする気だい?

頭の中では考えているだろ」


 言わないと解放してもらえないな。

 キアラに結婚する気がない以上、選択肢はない。


「兄上から養子をもらうつもりですよ」


「それが無難さね。

さすがに口に出来ないだろう」


 口にしたら、ミルたちを悲しませることになる。

 こればっかりは言えない話さ。


「ええ。

これはミルたちには、口にしていません」


 マガリ性悪婆は、ニヤリと笑った。


「だろうね。

ああ……。

話はかわるがね。

像は若い姿で頼むよ。

永遠に杖を突いた婆さんなんて嫌がらせだ。

それに……未来の子供たちの夢を壊したらいけないからね。

シルヴァーナの胸と違うんだ。

過ぎ去りし現実ってヤツさ」


 そんな話もしていたなぁ。

 ロケットに描かれていた顔しかわからない。


「わかりました。

ただ……。

どんな姿をしていたかわかりませんよ」


 マガリ性悪婆は、フンと鼻を鳴らした。


「なら絵師を呼んでおくれ。

アタシがあれこれ教えるからね。

そのくらいの、我が儘はいいだろ?」


 このご時世で、絵師なんて存在するかねぇ。


「手配してみますよ。

どれだけご期待に添えるかわかりませんが……」


「イポリートのヤツの知り合いなら、いいのがいるだろうさ」


 そっちで来たか。

 だがアルカディアの状況がなぁ……。


「どうでしょうね。

宗旨変えして政治闘争に転身した人が多いと思いますがね」


 マガリ性悪婆は、苦笑して手を振った。


「ああ……。

アルカディアに残っているモドキはいらないよ。

逃げているヤツならいるはずさ。

どんな状況でも、自分の芸を捨てられない不器用モノがね。

だからこそ作品に手は抜かない。

聞いてみてくれよ」


 そこまで指定されると聞かざる得ないか。


「仕方ありませんね。

プランケット殿の功績は大きいです。

それに報いるとしましょうか」


 マガリ性悪婆は、ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべた。


「まあ、すぐにはくたばらないけどね。

少なくともこのゴタゴタを、アンタがどう収めるのか……。

大いに興味があるからね。

それにアンタと話すと、元気がでる」


 つまり人情話より、現実的な話をするほうが楽しいと。

 困った婆さんだよ。


「正直どうすべきか……。

出たとこ勝負ですよ」


 マガリ性悪婆は、肩をすくめた。

 だが顔は笑っている。


「そりゃそうさ。

こんなの計画を立てて、その通りなんて聞いたほうが不安になるよ。

それにしても面白い時代だね。

1000年の歪みが、一気に吹き出たんだ。

アタシにもどうなるかわからない。

もうちょっと、あとに生まれたかったよ」


 歪みを吹き出させたのは俺だがな。

 それも、一気にでてくれたほうがいい。

 ラヴェンナの特殊性も薄れるからな。


「一気にでてくれて助かりますよ。

できるだけ片付けて、次世代に渡したいですからね」


「つくづくアンタは面白いよ。

創業者と2代目の適性があるんだ。

そんなヤツはなかなかいないよ」


 創業者向きなのは自覚している。

 2代目としての適性があるかは、結果次第だろう。


「適正があるかはわからないですよ。

終わってみないとね」


                   ◆◇◆◇◆


 イポリートに会いにいくか。

 引っ越しが終わるまでは、レッスンは中断している。


 俺を出迎えたイポリートは、不思議そうな顔をしていた。


「どうしたの?

アタクシに用がありそうだけど」


 そこで絵師の心当たりを尋ねた。

 マガリ性悪婆から聞いた条件を付け加える。

 イポリートは感心した顔でうなずく。


「プランケットさんはよく知っているわねぇ。

たしかにいるわよ。

今はなんとか食いつないでいるはずね。

呼べば喜んで来ると思うわ」


 それは有り難いな。


「では呼んでください。

技量に関してはイポリート師範を信用します。

私では判断できませんからね」


 イポリートはしなをつくってウインクした。


「そうやって信用してもらえるのは嬉しいわねぇ。

変わり者だけど……。

ラヴェンナ卿なら大丈夫ね。

まあ期待していて頂戴。

ラヴェンナの為にはならない、と思ったら呼ばないわよ」


 そのあたりの判断を出来るからこそ、イポリートに信を置いているのだ。

 なんならラヴェンナのお抱えにしてもいい。


「本人の意向もありますが、ラヴェンナのお抱え絵師にしてもいいですよ」


 イポリートは腕組みをして、渋い顔になる


「それは喜ぶわねぇ」


「どうしましたか?」


 イポリートが小さくため息をつく。


「アタクシは期間限定なのにねぇ。

それが釈然としないだけよ」


 おっと……。

 そっちだったか。


「イポリート師範の活動を縛りたくなかったのですよ。

私が言ったら断れないでしょう?」


 失念していたとは、口が裂けても言えない。

 ところがイポリートは、疑わしい目をしている。


「そういうことにしておきましょう。

ラヴェンナ卿は芸術を志すモノにとって、最良のパトロンよ。

こんなパトロン他にいないわ。

どうやって残るか悩んでいたモノ」


 バレていたようだ。

 思わず頭をかく。


「イポリート師範さえよろしければ、お抱えにしますよ。

かわりに……。

気軽には他家にいけないと思います」


 イポリートは笑顔になる。


「助かるわぁ。

そうして頂戴。

別に他所にいけなくても構わないわ。

なにより気がかりなのよ。

次の謝肉祭の踊りには、自信はあるけど……。

来年まで教えられるか心配だったのよ。

筋肉踊り隊はこれからなの」


 どこにいっても、筋肉はついて回るようだ……。


「他の女子に、踊りを教えてほしいとか……。

依頼はないのですか?」


 イポリートはチッチッと指を振った。


「あるわよぉ。

でもミルヴァさまたちへの指導が終わってからよ。

教え子の個性を、しっかり見ないといけないからね。

掛け持ちは出来ないのよ」


 そのあたりは生真面目だなぁ。


「ではミルたちへの指導が終わったら、遠慮なく教えてあげてください」


「そうさせてもらうわぁ。

そういえば……。

最近ルイが陰に隠れて、コソコソなにかしているみたいよ」


 ますます嫌な予感がするよ……。

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