731話 愚痴
ゾエが俺に面会を求めてきた。
ヤンのことではないだろう。
そうなると、アラン王族の話だな。
ミルとキアラを連れてあうことにする。
応接室であったゾエは、顔色が悪い。
アラン王国の騒乱が本格化したのだろうな。
「ラペルトリさん。
なにか情報が入りましたか」
「はい。
サロモン殿下から情報を頂きました。
アラン王国は地獄絵図になりつつあるようです」
元々ボロボロだったのだが、トドメを刺したのは使徒ユウの声明だった。
半魔の原因を俺に押しつけたことが、問題になったわけだ。
民衆は半信半疑で不安だったところに、使徒ユウがその存在を明言してしまった。
そして目の前の対処方法も述べていない。
ミントの数は限られる。
そもそもミント程度で守れるのか不安になる。
つまり、完全なパニック状態に陥ったのだ。
来るべき理想も生きていなくては、意味がない。
それはアルカディア以外でも同様だ。
旧アラン王国全土は、完全なパニック状態に陥る。
国外に脱出しようにも、ランゴバルド王国は国境封鎖していた。
逃げ先は2種類。
使徒街道とシケリア王国。
どちらも、大移動に耐えられない。
道中の食料は食い尽くされる。
追い払う側と押し寄せる側で、流血沙汰に及ぶ。
使徒騎士団は、救いを求める人々を追い払うことは出来ない。
シケリア王国側も、リカイオス卿の手が回らない。
それぞれの住民が、自衛をする羽目に陥っていた。
それでも避難民が足を止めないのは、理由がある。
移動した集団の最後尾が消えた。
立ち止まったら死。
そして大勢が逃げ込んできたとき、支えられる食糧があるわけではない。
殺し合いが始まっている、との噂が広まっていた。
これだけの情報を送ってきたのは、なにか俺に望みがあるのだろう。
出来ることと出来ないことはあるが……。
「それで私に、何を望んでいるのですか?」
「今から逃げるにしても困難です。
どうすべきか……。
お知恵を拝借したいとのことです」
成る程。
半魔が俺のせいだと思わないが、情報を持っていると考えたわけだ。
もしくは藁にも
麻薬の流入も止まっておらず、自壊を防ぐのが精一杯だったのだろう。
そこでこの一撃か。
「そうですね……。
ミントはどのような副作用があるかわかりません。
迂闊に手を出さないことです。
城壁があるなら、そこに籠もっていれば大丈夫でしょう。
半魔がいても、数日間で息絶えるはずです」
ゾエは目を丸くした。
何故、そこまで知っているのかと言いたげだ。
「そうなのですか?」
出所だけは軽く触れておこう。
「伝承によればです。
人を食わない限り、数日で死に絶えるようです。
死んだあとは、恐らく黒い水に変化するでしょう。
それに火をつければ、半魔はそこに殺到します。
当面の安全は保証されるかと思います」
ゾエは複雑な表情をしている。
理由は明白だ。
すべての町に、城壁があるわけではない。
「城壁がない村などは……」
「堀を巡らせるしかありませんね。
不可能なら城壁のある場所に逃げ込むしかありません。
私が言えるのはここまでです。
そこから先は、私の予測が及ばない世界ですから」
ゾエはしばし考えたあと、
「個人的な予測で構わないので……。
アルカディアが、どうなるのかお聞かせいただいても?」
個人的か……。
貴族である以上、個人的な意見など存在しない。家の意見になる。
三男坊の頃でも、俺の発言はスカラ家の発言になった。
ましてやラヴェンナの領主だ。
「他国のことを……。
あれこれいうのは、よろしくないと思いますよ。
ただでさえ敵視されているのですから」
ゾエはハッとした顔になる。
俺の意図に気がついたようだ。
「そうでした……。
配慮に欠けた質問をお許しください」
ゾエは深々と頭を下げる。
「構いません。
それだけサロモン殿下も不安なのでしょう。
私から言えるのはひとつだけ。
ご自身の道を進まれるのが、王族としての務めかと思います。
差し出がましいですがね」
これが限界だよ。
これは漏れても支障はない。
ごくごく普通の会話と常識なのだから。
だが意図は潜ませている。
今までアルカディアに同調していないのだ。
その道を進んでくれればいい。
アルカディアに同調すると破滅する。
この言葉から察してくれるといいのだがな。
ゾエの顔に生気が戻る。
気がついてくれたようだ。
「いえ。
きっと感謝すると思います」
ゾエが何度も頭を下げて退出した。
やはり恩義がある人には義理堅いな。
ミルが複雑な表情で、ため息をついた。
「ラペルトリさんに……。
ロンデックスさんのことを教えなくてよかったの?」
それはマズイ。
表向きは野盗でいてくれないと、リカイオス卿の判断を狂わせられない。
だからと何かあれば、野盗だと切り捨てる気はない。
「ロンデックス殿は極秘任務の遂行中です。
それを口外することは出来ませんからね。
迂闊なことは言えません」
キアラは唇の端をつり上げて冷笑した。
「それにしても……。
使徒はお兄さまを攻撃したつもりで、墓穴を掘ったのですわね……」
権力には制約がつきまとう。
それは、ほぼ正比例する。
使徒ユウが、その概念を持っているとは思えないがな。
使徒本人にとっても不幸なのだが……。
その影響を受ける民衆は、もっと酷い不幸になるだろう。
「使徒らしいですよ。
これだと巡礼街道を通って、他国に逃げる人も絶えないでしょう。
巡礼街道が白骨街道になりますよ」
ミルは憂鬱な表情で、ため息をついた。
「昔なら、なんで追い払うのかって思っていたけど……。
今ならわかるわ。
町の備蓄も、大体の消費量を計算してあるから……。
巡礼が廃れた今なら最低限よね。
そこに大量の人がなだれ込んだら……。
住んでいる人々の生活分すらなくなるものね」
まさにクレシダの望む……生きる本能がぶつかり合うわけだ。
「だからと引き下がるわけにはいかないでしょう。
教会もそんな人々を保護する余力はない。
追い出そうとするか血の雨が降るでしょうね。
その後でも感情的なシコリは残るわけで……。
これが巡礼街道の死になるかもしれません」
そんなやりとりがあったら、
キアラは苦笑しつつ、肩をすくめた。
「使徒の無責任な一言が、ここまで派生するのですわね。
お兄さまが言葉の選択に慎重すぎる理由が、よくわかりましたわ。
こんなの見せられたら、迂闊なこと言えませんもの」
◆◇◆◇◆
執務室に戻ると、恨めしそうな顔をしたオフェリーが待っていた。
オフェリーは不在だったのだが……。
早めに戻ってきたようだ。
「オフェリー。
早かったですね」
オフェリーはジト目でうなずく。
これはご機嫌斜めだなぁ……。
黙って書状を差し出してきた。
「叔父さまから届きました。
それで急いで戻ってきたら放置プレイです……」
そんなのわかるかよ。
手を握るとオフェリーは笑った。
機嫌がなおってよかったよ。
書状を受け取って、席につく。
書状に目を通そう。
これは私的な書状だ、と断りから始まっている。
暗殺計画についての謝罪が続く。
一部の過激派は調査を進めているとのことだ。
それと半魔騒動については、使徒ユウと歩調を合わせるつもりはないともある。
これは一安心だな。
そのあとマリー=アンジュが、快方に向かっていることについての謝辞があった。
お礼なら俺じゃなくて折居に……。
ムリか。
気を取り直して先を読む。
俺の目を引いたのは、最近、現れるようになった奇跡についてだ。
光に包まれた開祖の目撃証言や、開祖の像が血の涙を流すなどの報告が相次いでいる。
ある者は、開祖の像を首飾りにしていた。
そのお陰で、半魔に気づかれずに逃げおおせたらしい。
それだけに留まらない。
信徒たちに、数々のお告げが下った。
ミントを植えてはいけないこと。
そして城壁のある町は、城壁を補修せよ。
城壁がない村では、深い堀で村を囲えとまであった。
悪魔の姿が崩れたら、火を投げ入れよ。
まるっきり俺の指示と同じ内容だ。
ミルとオフェリーは、怪訝な顔をしているが……。
どうやら間に合ったようだ。
ラヴェンナが新神にレクチャーでもしてくれたのだろうか。
忙しくなるとか言っていたからな。
半魔騒動が、祈りの強さにつながったと見るべきだな。
ここまでしてくれるとは、思いもよらなかったが……。
悪霊の敵が生まれてくれたと見ていいだろう。
最後に、開祖から預言を与えられた者が現れたらしい。
その人物は、使徒ユウに降格させられた元枢機卿。
俗世を離れて、隠者のような生活をしていることで知られていた。
預言の扱いは、教会でも決めかねているな。
だが誠意として、俺に知らせることにしたようだ。
少なからず迷惑をかけたのだからと。
マリー=アンジュが人質のような扱いになっているからなぁ。
ラヴェンナに対して、かなり気を使っているようだ。
別紙として添付されている内容に目を通そう。
◆◇◆◇◆
この預言の言葉を守る者たちは幸いである。
時が近づいているからである。
私は、あなたたちの労苦と忍耐を知っている。
しかし、あなたたちに対して、責むべきことがある。
あなたは、神から離れてしまった。
そこで、あなたたちは、悔い改めて初めのわざを行いなさい。
もし、そうしないで悔い改めなければ、底知れぬ穴に投げ込まれるであろう。
神の僕と自称してはいるが、魔王の会堂に属する者たちが富み栄えていることも、私は知っている。
また、使徒と自称してはいるが、使徒でない者がいることも知っている。
あなたたちの受けようとする苦しみを恐れてはならない。
見よ。
魔王が、あなたたちを試すために、見えない獄に入れようとしている。
あなたたちは、これから長い間苦難にあうであろう。
死に至るまで忠実であれ。
そうすれば、命の書に、その名を記そう。
私は、あなたたちの愛と信仰と、奉仕と忍耐とを知っている。
しかし、あなたに対して、責むべきことがある。
あなたたちは、使徒を名乗る者に
この女たちは、私の僕たちを教え、惑わして、不品行をさせている。
私は、この女たちに悔い改めるおりを与えたが、悔い改めて、その不品行をやめようとはしない。
見よ。
私はこの女たちを、病の床に投げ入れる。
この女たちにかしずく者も悔い改めて、彼女たちのわざから離れなければ、大きな患難の中に投げ入れる。
まだあの女たちの教を受けておらず、魔王の、いわゆる「深み」を知らないあなたがたにいう。
私は、ほかの重荷をあなたがたに負わせることはしない。
ただ、私が来る時まで、自分の持っているものを、堅く保っていなさい。
そうすれば、命の書に、その名を記そう。
神は、御使を遣わし、災害で人々を打ち据えるだろう。
御使は青緑色の馬に乗っている。
そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに
彼には、地を支配する権威が与えられるだろう。
◆◇◆◇◆
あとは長々と災厄が曖昧な表現で書かれていた。
命の書に名前を記された者は、死んでも復活するとも。
読む価値はないな。
書状をオフェリーに返す。
そこからミルに流れて、オフェリーに戻っていく。
いつもの流れだ。
オフェリーは、少し不安そうな顔をしている。
「神の言葉のようですが……。
もしかしてカールラへの糾弾でしょうか?
それとこの魔王ってアルさまじゃないですよね?」
断定できる証拠はないのだがなぁ。
思わず苦笑して、頭をかく。
「この作者が問題です。
彼が最も糾弾したいのはアクイタニア嬢ではないでしょう。
病の床に投げ入れる、なんて書いています。
誰のことか明白でしょう。
そして私は、教会の敵ですね。
どう考えても、私のことじゃないですか?」
マリー=アンジュのせいで、枢機卿を追われたのだ。
どう考えてもマリー=アンジュを示唆しているだろう。
「でもアルさまは、あの人の敵です。
まるで……結託しているような書き方ですよね?」
オフェリーは、この預言を真に受けているのか。
「敵の敵は、味方とは限りませんよ」
ミルが小さなため息をついた。
「これってどういう意味なの?」
この預言自体に意味はないだろう。
「使徒に諫言して、不当にも追放された聖職者の恨み節。
そんなところですかね。
昨今の騒動に便乗して書き上げたのでしょう。
もしかしたら、自分で預言を得た、と信じ切っているかもしれませんがね」
ミルの目が点になる。
ただの愚痴でも、こんな形式で書かれると印象は変わる。
時期も完璧だ。
遠い未来では、格好の娯楽の種になりそうだなぁ。
「た……ただの愚痴?」
「そうなります。
でも……。
この預言が回送されてきたことには、大きな意味があります」
ミルはジト目で俺を睨む。
「勿体ぶらないで教えてよ。
アルは自分が非難されると、ほんと他人事みたいに扱うんだから……」
怒る気にもならないだけだよ。
「これだけ使徒を糾弾する内容ですよ。
それが握りつぶされない。
つまり教会は、ほぼ使徒ユウに見切りをつけたのでしょう。
総意ではありませんが、主流はそう見て間違いありません。
つまり使徒ユウが、教会と結託して……。
私を攻撃する可能性は、かなり低くなったのです。
それだけでも有り難い話ですよ」
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