21章 冷たい夏
725話 無自覚
ついぞ忘れがちだった件の報告が飛んできた。
山を越えた先から、人がやって来たのだ。
10名程度の集団とのこと。
アイテールのテリトリーを抜けてきたのか?
それを回避したのかはわからない。
言葉は通じなくて役人たちは困惑したが、魔法によって意思疎通が可能となる。
通話機なら可能だろうが、機密事項なので迂闊に使えない。
山の向こうから来たのは……。
虎人とプリュタニスの先祖だ。
トウコは、山の向こうから来たことしか知らない。
プリュタニスに彼らの歴史を記すように指示したが、山を越える前の話は以前聞いたとおりだった。
その人物のリーダーは、俺との面会を望んでいるようだ。
目的などがわからない限り、迂闊に会うことは出来ない。
探検の為だと言っているが……。
どうなのだろうか。
念のため、トウコとプリュタニスを呼んでもらった。
山を越えてきた集団のことを説明する。
トウコを呼んだのは、政治的な配慮ってヤツだ。
この配慮は、多民族のラヴェンナだからこそ欠かせない。
俺は関係ないだろうと思っても、いざ除外されるとモヤモヤするはずだ。
それに面倒を見ている元部族民への影響もある。
メンツって馬鹿にされがちだが、適度に配慮することは必要だ。
行き過ぎると滑稽になるがな。
それがわかっているから、トウコは入室するなりニヤリと意味ありげに笑ったわけだ。
そのトウコは変に感心している。
「あの山を越えてきたのか。
なかなか見どころのあるヤツらだ」
プリュタニスは、難しい顔をしている。
「ただの酔狂で探検は、個人ならともかく……。
集団では難しいでしょう。
利益を求めている、と考えるのが妥当だと思いますね」
それ以外ないだろう。
俺に会いたがっているなら尚更だ。
「同感です。
これは危険な兆候でもあるのですよ」
プリュタニスは眉をひそめて考え込む。
過去の遺恨を持ち込むとは思えない。
それ以外のものだが……。
「どのような危険ですか?」
相対的に世界を見るまでは……育っていないか。
「ラヴェンナはこの世界で、最も進んでいます。
それは教会が、時間を止めていたからに過ぎません。
別の世界がそうでないなら?
もっと進んでいる可能性だってあります。
そうなるとどうしますか?」
プリュタニスの顔が、さらに渋くなる。
「最初は交易を試みます。
もし簡単に支配できるなら、支配を目論みますね。
ただそれはお互いさまかと思います」
その認識は概ね正しい。
だが一つ大事な視点が欠けている。
「それも正しい認識です。
ただし彼らはやって来た。
こちらはたどり着いていない。
それだけでも差は歴然だと思いませんか?」
プリュタニスは嘆息して、腕組みをする。
「なるほど……。
外を調べる余力があると。
私の先祖の言い伝えだと、この世界とそう大差ないと思います。
それ以降、どう発展したかはわかりませんけどね」
トウコは腕組みしたまま渋い顔だ。
「それでどうするのだ?
追い返すのならそれでもいいだろう」
それは、問題の先送りでしかない。
先送りしたばかりに、致命傷になりかねないだろう。
「それも危険ですね。
相手の情報を遮断してしまうことになりますから。
見なければ解決する問題ではないでしょう」
トウコは俺を見て、ため息をつく。
「それはそうだが……。
ただ身元不明な連中が、ご領主と会うことには反対だな。
警備上の弱点になる。
あと3倍筋肉があれば安心できるのだが……」
3倍ってねぇ。
しかも品定めするように、人を見ないでほしい。
「ムチャを言わないでください。
ただ絶対に会わないのも、問題になりそうですからね。
正式な使節であることがわかるか、実績を積んでから会うべきでしょう」
トウコは面倒くさげに首をふった。
「面倒な話だな」
それについては同感だよ。
「まあ、仕方ありません。
面倒な話ですけどね」
相手のことも調べつつ、時間を稼ぎたいな……。
◆◇◆◇◆
来訪者の応対は任せることにした。
そんな中、冒険者ギルドとラヴェンナでの板挟みで、ストレスフルのシルヴァーナが押しかけてきた。
「ちょっとアル! 聞いてよ!」
嫌だと言っても喋り続けるだろう。
普通の大臣なら、政務の話だから聞かない選択肢はないのだが……。
シルヴァーナの場合は、ただの愚痴である確率が3割だよ。
つまり強制ギャンブル。
掛け金は俺の時間とストレス。
理不尽だ……。
「それでなんですか?」
シルヴァーナが小さなため息をつく。
「冒険者ギルドにアルが条件を突きつけたでしょ?
なんかそれの反発が大きくてね……」
なにを今更……。
「それは……わかりきった話ですよね」
シルヴァーナが頭をかいて、微妙な表情をする。
「そうなんだけどね。
なんか他の支部がサボタージュすれば、他の領地が困るはずだ。
そうやってアルに圧力をかけて折れさせろ、とか言い出している支部がいるみたい。
冒険者に身元の保証なんて、ないも同然よね。
誰でも過去を捨てて、冒険者になれるのが基本よ。
だから気持ちはわからなくもないけど……。
こんな事件が起こってしまえば、それを押し通せないわね。
それがわからないほど、ギルドは馬鹿じゃないわ。
でも本部が、アルカディア関係でゴチャゴチャしていてねぇ。
馬鹿げた話を押さえられないみたい。
そんな理屈がアルに通じる、と勘違いしているのがすごいけどね」
本部が機能不全なのは知っている。
だからとこの問題を、スルーなど出来ない。
そんなことは、冒険者ギルドの問題だろう。
被害にあったのはこちらなのだ。
「その話をしに来たのですか?」
シルヴァーナは、小さく肩をすくめた。
「それで……ちょっと待ってほしいって泣きつかれたのよ。
取りあえず冒険者としての活動を認めるけど……。
自治区以外の立ち入りは、原則禁止ってどうかってね」
それは不問と同義だと思うが……。
板挟みの苦労を、シルヴァーナは知ってしまったからな。
相手に泣きつかれると、つい甘くなるようだ。
「今とあまり変わらないような……」
シルヴァーナは、小さくため息をつく。
俺の態度から押し切れる自信がないようだ。
「とはいえ、大目に見ていた部分も多かったでしょ。
支部には決定権がないからね。
決まりを徹底させる程度が限界みたいよ」
冒険者に頼っている部分も、多少あるからな。
追い出してもいいのだが、その強硬派の存在は使えそうだ。
ムリに穏健派まで、そちらに追いやる必要がないな。
一枚岩だと仕掛けづらい。
「そのまま
1年以内に返事がない限り、冒険者はラヴェンナから追放という条件ならいいですよ。
もちろん本部の事情次第で、期間は考慮します」
シルヴァーナは
俺が受け入れるとは思わなかったようだ。
「助かるわ~。
それが限界よねぇ。
言っておくけど……。
アタシは冒険者ギルドの味方じゃないからね!
余りに冒険者ギルドに甘いと……」
突然シルヴァーナはミルをチラ見した。
すぐに視線をこちらに戻して苦笑する。
「アルガールズに刺されかねないわ。
支部にはそう伝えておくね」
刺されるって……。
ミルは、目がマジだった。
これはやりかねんわ。
どおりで……。
シルヴァーナが、珍しくミルと目を合わせようとしないわけだ。
「そうしてください」
シルヴァーナは、何故か腕組みしてうなりはじめた。
突然なにか思い出した顔になる。
「あ! 忘れていたわ。
その強硬な支部なんだけどさ……」
支部の情報でもあるのか?
それだと有り難い。
「どうかしましたか?」
シルヴァーナは真顔になった。
「デルがここにくる切っ掛けになった……。
あの二股事件を覚えている?」
あの胸糞が悪かった話だな。
デルフィーヌがここに来る切っ掛けなのだが……。
とても有り難いとは、口に出来なかった。
ただの別れ話じゃないのだ。
ラヴェンナとしてはプラスになったが、デルフィーヌ個人としては難しいだろう。
「ええ。
あの酷い話ですよね」
シルヴァーナがウンウンとうなずく。
「そうそう。
それでね……。
泥棒猫の父親が、そこの支部長をやっているのよ。
しかも本部に結構、顔が利くらしいの。
なんかラヴェンナに手を突っ込みたかったらしいけど……。
ブラックリスト入りしていると知ってねぇ。
アルを敵視していたようだわ」
えらく突っ込んだ情報だな。
「ちょっと待ってください。
その情報って、何時手に入れたのですか?」
シルヴァーナは慌てて首をふる。
「言っておくけど、つい最近よ!
今は大臣だから、そんな情報も教えてもらえるのよ。
昔はただの冒険者だったからね!
だから給料半減はなしよ!」
流石にあれは、骨身に染みたようだ。
「それなら問題ありません。
安心してください」
シルヴァーナは露骨に
「アルは話がわかるから助かるわよ。
それでね。
なんでラヴェンナ支部長の人選が微妙だったのか……わかったわ。
セザールさんが選ばれた理由よ。
あの人昼行灯で、融通が利くタイプじゃないわ。
本当ならラヴェンナの支部長なんて不適格よ。
まあ……多少アルを舐めていたのはあったかもね。
今更後悔しても遅いけど。
だから無派閥で、誰からも反対されない人選だったみたい。
冒険者ギルドもなんか派閥やら、色々面倒くさいみたいだわ」
思わず笑みがこぼれる。
これはいいことを聞いた。
「へぇ~。
それはいいことを聞きました」
シルヴァーナは俺を見て、大袈裟なため息をついた。
「またなんか企むのね。
まあ……やり過ぎない程度にね、としか言わないわ」
なんだろう。
すごく、イラっとくる。
「シルヴァーナさんに自重を求められたことがショックですよ」
シルヴァーナは頰を膨らませた。
なにが不服なんだ。
「ちょっと! 失礼なこというわね!」
失礼ってねぇ……。
紛れもない事実だろう。
「普段好き勝手暴走している人に言われると、モヤっと来ませんかね」
シルヴァーナは一瞬キョトンとするが、少し考え込む。
「ああ。
お前にだけは言われたくない……ってなるわね。
アルに運動しろって言われたら、すごくモヤモヤするわ。
それがどうかしたの?」
おい。
その素でわからないって、顔はなんだよ。
「自覚はないのですか……」
シルヴァーナは不思議そうに、首を傾げた。
「アタシが普段から好き勝手しているわけないでしょ。
どれだけ我慢していると思っているのよ。
変なこというわね……」
自覚がないのか……。
思わずガックリと、肩を落としてしまう。
「そうですか……」
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