724話 物騒な夏祭り

 暗殺計画は事前に、一網打尽にした。

 そして火遊びをしたジャン=ポールには、後始末を指示。

 必死に、火消しをしてくれるだろう。


 あとは教会とギルドにも、書状は送っている。

 どう反応するか。

 それ次第だな。


 それにしても……。

 ここまで、暗殺計画が集中するのは妙だと思っていた。

 キアラも同感らしいが、裏の裏まではつかめていない。


 となると、勝手に踊りだすように仕向けただろうなぁ。

 少々、申し訳なさそうに報告するキアラに笑いかける。


「恐らくですがね。

暗殺計画を実行したものたちは、自分の意思でやっていると思い込んでいます。

そう思い込むだけの根拠もあるのでしょう。

恐らく裏の裏を調べても見つからないと思いますよ」


 キアラは怪訝な顔で、首を傾げた。

 出来ないと断言されたことが不服だったのだろうか。

 だが……どれだけ優秀でも出来ないことは存在する。


「どうしてですの?」


 ここで思ったことを、そのまま伝えても意味がない。

 伝わるように言わないとな。

 そうでないと双方に、不満が溜まるだけだ。


「キアラが必死に探して出てこないのです。

だからこそ不可能だと判断しました。

証拠はありませんが……。

あんな芸当が出来るのはひとりでしょうね」


 頭脳だけなら、可能な人物はかなりいるだろう。

 実行手段まで持ち合わせている人物となると……。

 一気に絞られるわけだ。


 キアラは少し嬉しそうにうなずいたが、すぐ眉をひそめた。


「やっぱりクレシダですの?」


 クレシダと聞くと、ミルとオフェリーの手が止まる。

 気にしすぎだと思うが……。


「だと思いますよ」


 キアラはしきりに、首をひねる。


「でも動機がわかりませんわ」


 理屈で考えたらダメだろう。

 クレシダはとても頭脳明晰めいせきだが、なにより感情を優先する傾向がある。

 理性的に振る舞うときは、大して感情が高ぶらないときに限る。

 クレシダを理性で判断すると、皆見誤るだろう。

 そして嫌な結論が出るわけだ。


「単に私の気を惹きたいからでしょう。

それに私の心を折る、と明言しているのです。

だから言い訳になる要素は消したいはず。

私の足を引っ張る存在ですよ。

一掃する大義名分をくれたと思います」


 キアラが、目を丸くした。


「そんな意味不明な動機ですの?」


 思わずため息が漏れる。


「ええ。

クレシダ嬢なりのアピールとして……。

私の手法を、よく学んで模倣したと思います」


 キアラが目を丸くした。


「も、模倣ですの?

お兄さまの真似なんて出来るなら、多くの人がやっていますわ」


 簡単には出来ないだろう。

 元々の視点が違うからな。

 俺は異世界から連れてこられた。

 だからこの世界を、比較的にも客観視出来る。

 クレシダもある意味イレギュラーな存在だろう。

 だからこそ同じ視野をもつことが出来たわけだ。


「考えてみてもください。

彼女はこのような社会を操った経験がないでしょう。

個人の操縦にとどまっています。

それがこれほど上手くやれるとしたら?」


 キアラは、重苦しいため息をつく。


「お兄さまのやったことを、徹底的に勉強したのですか……」


 思わず苦笑が漏れた。

 この模倣は、俺の気を惹きつつ……。

 目的にも合致する道具になり得るだろう。

 なにせ公的な地位を得てしまったのだ。


 ひとつのことを、ひとつの目的でやらないところも真似している。

 敵に回ると、色々と面倒すぎる。


「でしょうね。

もしかしたら、キアラの本も愛読している可能性すらありますよ。

クレシダ嬢が私に伝えたいことはひとつです。

私のことはなんでも知っている、という実に迷惑なメッセージでしょうね」


「それでどうしますの?」


 俺は小さく肩をすくめた。

 だからとムキになる必要はない。

 それに喜ばせる必要もないだろう。

 いずれ相対するのだから。


「別に何も。

折角のプレゼントです。

有効に使わせてもらいましょう」


 キアラは、呆れたような感心したような顔をする。


「よく無視出来ますわね」


「無視ではなく、手を出せないのが正解ですね。

出来ないことをあれこれ考えていても、仕方ありません」


 キアラは納得顔でうなずく。


「わかりましたわ。

では出来ることは、なにをやりますの?」


 実のところないのだよな。

 というよりやるべきことは、既に、手をうっている。

 その成り行きを見守るだけだ。


「今のところはありません。

リカイオス卿は軍船を集めて、決戦の準備にいそしんでいますからね。

結果で対処を考えましょう。

こちらに媚びを売ってくる人たちもいますからね」


 キアラは、なにか思い出した顔をする。


「そういえば、アミルカレお兄さまの結婚が決まりそうですの」


 やっと決まりそうか。

 これでもげろと言われずに済む。

 大変結構なことだ。


「いよいよですか。

お相手は?」


「宰相家の縁戚らしいですわ。

詳しい話は伺っていませんけど。

必要でしたらマリオに吐かせますわよ」


 そこまでして、探りを入れる話じゃない。

 その手のことは、必要なときの為にとっておくべきだろう。

 使わずに済むなら、それに越したことはない。

 それに相手の調査も、しっかりやっているだろう。


「いえ……。

スカラ家から伝えても大丈夫と判断したときに、話が来るでしょう。

あまり首を突っ込みすぎると警戒されますから。

ただでさえバルダッサーレ兄上から、手紙で嫌みを言われ続けているのです」


 たまに手紙がくる。

 その文頭はエルフ殺しへのわざとらしい感謝だ。

 あとは匂いの心配だな。

 嫌みだと丸わかりではないか。

 キアラがクスリと笑う。


「エルフ殺しの汁を浴びて気絶した話ですわね

でもアリーナ義姉ねえさまは、味が気に入ったようですわ。

度々おねだりされるのは、ちょっと面白かったです。

ちゃんとした食べ方なら、匂いもそこまでキツくありませんもの。

バルダッサーレお兄さまはトラウマになって……。

食べられないようですけど」


 まあ汁を直撃って、何日匂いが落ちなかったのやら。


「とはいえ結婚祝いに、エルフ殺しを贈るのはマズイですからね。

なにか考えておいてください」


 キアラはクスクスと笑いだした。


「この手の話で、お兄さまは役に立ちませんものね。

義姉ねえさまたちと相談しますわ」


 返す言葉もないよ。


                 ◆◇◆◇◆


 夏に差し掛かりつつあるが、妙に熱さを感じる。

 マガリ性悪婆が、体調を崩していた。

 大事を取って、閣議は欠席してもらっている。

 老人だからな……。

 アーデルヘイトが毎日見舞っている。

 その話を聞く限り大丈夫そうだ

 

 そんなある日、マンリオが戻ってきた。

 妙に慌てているらしい。


 クレシダの時限爆弾が炸裂したのだろうか。

 ミルとオフェリーは不在なので、キアラと会うことになる。


 応接室で待っていたマンリオの顔色は悪い。

 俺が口を開くより早く、マンリオが腰を浮かせた。


「旦那! ちょっとヤバイ! これはヤバイ!」


 おいおい……。

 動揺しているのはわかるが、これじゃあマトモな情報にならない。


 キアラは大きなため息をつく。


「落ち着きなさい。

またいつもの悪い癖が出ていますわ」


 マンリオはハッと我に返って頭をかく。


「あ……。

すいませんねぇ。

ヤバイものを見たんですよ!」


 そう連呼されてもな。

 感想より情報を伝えてくれ。


「ヤバイかどうかはこちらで判断します」


 マンリオは残念そうな顔をする。

 ノリが悪いとでも思っていそうだ。

 遊興じゃないのだ。

 ノリなんて不要だろう。


「旦那がユートピアの情報なら、高く買ってくれると思ったんでさぁ。

それで潜り込んだのですがね……。

住民の様子が、とても妙だったんですよ」


 油断すると、抽象的な表現で終わる。


「おかしかったとは?」


「住民のほとんど呂律が回らなくなって、無気力に座り込んでいましてね……。

なんかヤバイと思って、町を離れたんですよ。

妙な病気だったらたまったものじゃないですからね。

本当に妙だったんですって」


 それだけだと拍子抜けだ。

 成長しているならもっと深く探るはずだが……。

 それにしても報告が、おかしな方向に行きはじめたぞ。


「それが今回の話ですか?」


 マンリオは苦笑して、軽く手を振った。


「いえいえ。

それだけだと旦那から、金は貰えない。

でも様子が妙だったので……」


 同じ言葉を繰り返しているときは、情報を伝えるのではなく、感情の共有なのだが……。

 もしくは自分で報告する内容を整理出来ていないかだ。

 どちらにしても有益ではない。

 俺の様子に気がついたキアラは、わざとらしくせき払いをする。


「マンリオ。

お兄さまは、同じ言葉を繰り返した話が大嫌いですわ」


 マンリオは慌てて頭を振る。


「す、すいませんです。

このまま帰るのもシャクだったので……。

町の外れから、様子を伺うことにしましてね。

そういえば、教会を騙った差し入れは見なかったですよ。

3日張り込んでダメなら諦めよう、と思ったのですがね。

2日目の夜に、町から叫び声が響き渡ったんでさぁ。

ぞっとしましたね」


 マンリオは思い出したのか身震いした。

 どうやら、かなりの恐怖があったようだ。


「普通なら町で、騒動が起こりますね……」


 マンリオは気持ち前屈みになった。


「叫び声は増えるばかりです。

それで眠れずに、夜を過ごしていたのですが……。

町から大勢の人が、うめき声を上げながら出てきたんですよ!

直感でこれはヤバイと思って逃げる準備をしました。

しかもそれがドンピシャで……。

遠くから見ている私に向かって押し寄せてきましたぜ。

なんでわかるのか、不思議なほど正確でしたよ。

もう一目散で逃げました」


 いよいよ来たか。

 一応確認しておくべきだな。

 かまれているなどしたら隔離しないといけない。

 最悪は、殺す決断すら必要になる。


「無事逃げ切れたのですか」


「幸い連中の足は、遅かったもので……。

追いつかれませんでした。

それでも連中は走っているのに息切れせず、ずっと追いかけてくるんです。

丸1日ですよ! 丸1日!

ドタバタと不格好に走っているから、遅いのが幸いでした。

あれは絶対にマトモじゃありません。

助かりましたよ」


 馬の全力疾走はムリだったろうな。

 荷物などがあるからな。

 しかし一日中か。


「それで撒けたわけですね」


 マンリオは汚れたハンカチを取り出して、額の汗を拭う。

 余程の恐怖だったようだ。


「ええ。

馬を乗り潰す勢いで逃げ切りました。

日が暮れる頃には、姿が見えなくなったので一安心しましたよ。

それでも嫌な予感がしたのでムリしてでも、アルカディアから逃げ出しましたよ……。

お陰で馬が潰れてしまいましたぜ」


 そこで安全だ、と思い込んで野宿していたら食われていたろうな。

 そのあたりの慎重さが、今まで生き延びた理由かもしれない。


「住民たちがどこに向かったか……。

それはわかりますか?」


 マンリオは慌てて、手を振った。


「め、滅相もない。

い、命あっての物種ですぜ。

今でも追ってくるときのうめき声は忘れられませんよ……」


 言い終えたマンリオは、上目遣いになる。

 正直これだけだと、価値があまりないな。


「まあ金貨3枚ですね」


 マンリオはガクっと項垂うなだれた。


「ええっ! 命懸けなのにそれはアンマリですよぉ。

馬の分を考えると赤字に……」


 これだけだと足りない。

 そもそも半魔現象の発生は予期していた。

 場所もだ。

 その確認が取れたにすぎない。


「情報の価値ですよ。

どんなに楽でも重要であれば高くなります。

命懸けでも大した情報でなければ、相応の値段になります。

住民たちの行き先まで把握していれば、30枚はだしました」


 30枚は噓だがな。

 満点は半魔になった住人が、どこに行ってどうなったか。

 そのくらいは欲しい。

 それなら20枚はだしたさ。


「そんなぁ……」


 俺から頼んだなら、危険手当は上乗せするが……。

 マンリオが、自分の判断で行っただけだからな。

 人から指示されてキッチリやるのは、性に合わないだろう。


「本来なら金貨1枚も満たない価値です。

温情で3枚にしただけですよ。

もっと欲しかったら、もう一度見てきてください」


 マンリオは身震いする。

 余程怖かったらしい。


「と、とんでもねぇ。

あんなところ、二度と行きたくないですぜ……。

あ、そうだ!

ミント配りの婆さんの姿は消えたようです」


 転んでも、ただでは起きないな。

 だが……偶然見なかっただけの可能性はある。


「何故そう判断したのですか?」


 マンリオは自慢気に、胸を張った。


「行く先々で聞きましたよ。

ある日から、パッタリ止まったそうですぜ」


 となればミント配りの目的は達成したと考えるべきか。


「ミントの流行り具合はどうですかね」


 マンリオは肩をすくめた。


「モノ好きがやっている程度ですねぇ。

それでもちらほらと見ましたね。

結局は不思議な話で終わっていましたぜ。

誰かが損をした話じゃありませんからね」


 今のところはな。

 それにしても甘い。

 そこを突っ込んで調べるべきだ。

 まあ半魔の衝撃でそれどころじゃなかったろうが。


「では追加で2枚ですね」


 マンリオは情けない顔をする。

 キアラに、ジロリと睨まれてシュンとした。


「そんなぁ……。

折角のメシの種が……。

あんなところに、二度と行きたくないですよ」


 余程のショックなのだろう。

 同じ言葉を繰り返しまくっている。

 丁度いい。

 本人にその気があるなら、別の場所を教えようじゃないか。


「それならシケリア王国にでも行ってみては?

そちらの情報も、高く買いますよ」


 マンリオはあんぐり口を開ける。


「戦争中じゃないですか!」


 別に、戦場の情報を取ってきてもらうつもりはない。

 リカイオス卿のお膝元の情報も不要だ。


「それはリカイオス卿とですよ。

王国全体とは戦っていません」


 マンリオは、立ち入るだけなら命を狙われる場所ではない、と知って頭をかく。


「ならヒントをくださいよ。

どこの情報なら高く買ってくれるのか……。

土地勘がない場所ですからねぇ」


「アンフィポリスが一番高いですよ。

次点でドゥラ・エウロポスでしょうかね」


 マンリオは腕組みをして考え込む。


「比較的安全なところですねぇ……。

でも考えさせてくだせぇ……。

旦那の高いは、裏があると思い知りましたから。

ユートピアの情報がどうして高いのか……。

旦那は怪しいとアタリをつけていたんでしょ?」


 マンリオがブツブツ言いながら出て行ったあと、キアラが小さくため息をついた。


「ついに半魔が動きだしたのでしょうか」


 それ以外ないだろうな。


「恐らくそうでしょうね。

クレシダ嬢にとって、楽しい祭りの始まりですよ」


 キアラは天を仰いで嘆息する。


「物騒な夏祭りですわね。

半魔たちはどこに向かったのでしょうか……。

しかもユートピアだけとも思いませんわ」


 ユートピアは初手だろう。

 そして地名まではわからないが……。


「恐らく一番近い町か村です。

魔力に吸い寄せられるようですからね。

ミントがどう、これに関係するのか……。

続報待ちですね」


 半魔除けのミントを、何故ばら撒いたのか。

 かなり悪辣あくらつな計画が隠れているだろう。


 だが現時点では、なんとも言えない。

 ぼんやりとした推測は可能だがな。

 キアラは、少し考えて苦笑した。


「あの様子ですと……。

マンリオはもう、アルカディアには行きませんわ。

耳目を派遣しますの?」


 それは、最もリスクが高い。

 そこまでする価値はないだろう。

 半魔を絶滅させる手段がそこにあれば、話は変わってくるが……。


「いいえ。

勝手に噂が流れてきます。

危険すぎて耳目を潜入させる価値は見いだせませんね」


 キアラは、小さく肩をすくめた。

 どことなく他人事といった感じだな。

 俺もそうだけど。


「アルカディアはパニックになりそうですわね」


 クレシダがそれだけで満足するとは思えないな。

 全力で派手にやるはずだ。

 なにより、俺に見せつけたがるだろう。


「パニックで済めばいいですがね。

その程度で満足するほど甘い相手だとは思いませんよ。

なにより私に、この程度かと思われたくないでしょう。

好きでもない相手に、好意を寄せられるだけでも迷惑なのに……。

こっちの感情はお構いなしですからね。

私の女性運は不相応なまでにいい、と思っていましたが……。

こんなところで帳尻合わせしなくてもなぁ」


 キアラはジト目で、ため息をついた。


「モテすぎだと思いますわ。

ちょっとは自制してくださいな」


 自制ってねぇ……。

 俺から口説いていないよ。

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