723話 閑話 理解不能な動機

 アルカディアの首都プルージュ。

 使徒ユウが住む居城の一室で、カールラは来客を待っている。


 なぜかユウは魔法での監視を止めていた。

 移住したときに監視するのか聞いたときに、必要ないと言われたのだ。

 口でそう言っても、こっそり監視すると思っていたが……。


 本当に監視していないのだ。

 これにカールラは驚いた。


 カールラは知る由もないが……。

 ユウは力の行使を、極端に恐れている。

 以前なら意識しなくても出来た監視ですら、疲労を感じるのだ。


 それでもカールラは用心する。

 プライベートエリアで、陰謀の話はしないのだ。

 そんなカールラをモルガン・ルルーシュが訪ねてくる。

 カールラの待ち人であった。


 カールラはモルガンの様子から、報告は思わしくないと予測する。


 モルガンは、いつもと同じ様子。

 だからこそだ。


「計画は失敗だ」


 カールラは小さくため息をついた。

 失敗して当然だと思っている。

 だがやってみても、自分が損をするわけでない。

 それで奸悪無限アルフレードが、疑心暗鬼になってくれれば儲けもの。

 ただ少々残念であった。


「そう。

元々成功すればラッキーだったからね」


「驚いたことに、同じ目的の連中が結構な数存在した。

だからこそ目立ってしまい……。

容易に発覚したとも言える」


 カールラは目を丸くして、腰を浮かせた。

 想定外の事態だったからだ。


「な……なんなの!

そのバカみたいな理由は!」


「それだけじゃない。

それを見た一部が日和ひよったらしい。

内通者がでて失敗だ」


 カールラは力なく、椅子にへたり込む。


「そ、そんなことで……。

僅かなチャンスを、フイにしたの?」


「そのようだ。

思った以上に、ラヴェンナ卿を殺したいヤツは多いらしいな。

その日和ひよったヤツは、まだ不明だ。

ラヴェンナで保護されているらしい」


 モルガンは警察大臣ジャン=ポール・モローから、失敗の報告を受けている。

 それを頭から信じたわけでない。

 信じないのは失敗ではなく、内通者の存在だ。


 それでもカールラ程度になら、その情報を流しても問題ないと判断した。

 モルガンにとってカールラは、一時的な駒にすぎない。

 下手に知恵をつけると暴走しかねない、と見ていた。

 カールラに渡す情報は選別していたが、カールラはそれを知らない。


 そしてモルガンは、カールラたちのつけた渾名を使わない。

 不必要な命名は自己暗示を招くからだ。

 つまりアルフレードの動きを予測できないことになる。


 途端にカールラは、不安そうな顔になった。


「それで暗殺を指示したものまでバレるの?」


「証拠としては残らないだろうな。

推測はされるだろうが」


 カールラは露骨に安堵あんどした顔になる。


「そう。

それなら安心ね」


 モルガンはそんなカールラを、冷ややかに見ている。

 あまりに楽観的だと思ったのだ。


「なぜそう思うのだ? 十分危険だと思うがな」


 カールラは力なく笑う。


「あの奸悪無限アルフレードは、自分に制約を課しているのよ。

証拠がない断罪はしない。

思っているだけの人には手を出せないわ。

とんでもない甘さを持っているの。

だからこそ私がここにいるのよ」


 カールラは容易に人を信じないが、一度信じるとそれに固執する。

 クレシダは既に看破していた。

 それを聞いていないモルガンも同じ認識であった。

 ただ今回は、その固執を見逃すと都合が悪い。


「なるほど。

だが人は変わるものだ。

決め付けるのは危険だと思うがな」


 カールラは笑って手をふった。


「そんな機会は、何度もあったのよ。

それでも固執しているわ。

今更……変えたりしないでしょ。

バカみたく、自分の決めたことを守ろうとするのよ」


 モルガンは注意喚起を諦めた。

 こうなっては絶対に聞き入れないだろう。

 つまり、これ以上の問いは無益なのだ。

 下手に関係をこじらせると、駒としても使えなくなる。

 モルガンにとって、カールラにはまだ使い道があるのだ。

 それにこの固執のお陰で操縦しやすいことは事実だった。


「そうか。

ただ一つ問題があってな……」


「なに?」


 モルガンは珍しく楽しそうに、目を細めた。


日和ひよったのはトマではないか?

そんな可能性すらある」


 これもジャン=ポールからの情報だ。

 ジャン=ポールが、トマの近況を知る由はない。

 一番可能性の高い相手に、疑いの目が向くようにしただけだろう。


 だが偶然にも的を得ていると思った。

 暗殺者に内通はさせていない。

 この点はシロだ。


 だが失敗の報告を、トマは既に受けている。

 それをモルガンは把握していた。

 だからこそ、失敗を知ってからの変節を予期している。


 カールラは驚いて口に手をあてた。


「トマはすぐ日和ひよるけど……。

心底憎んでいる奸悪無限アルフレードに、媚びを売るの?」


 モルガンは小さく肩をすくめる。

 昔はそうでもなかったが、カールラは色々と緩くなっていた。

 マリー=アンジュを追い落としてから、それが顕著なのだ。

 危険な敵が間近に存在するときだけ、緊張を維持できるタイプなのだろう。


「アクイタニアはトマを甘く見ているな。

アイツは旧フォーレ国民の気質を、もっとも色濃く受け継いでいる。

絶対に勝てないと思えば、容易に裏切るぞ。

自己の生存が最優先だ」


「疑うわけじゃないけど……。

ちょっと想像できないわ。

あれはプライドだけが異常に高い無能者よ。

プライドを捨てることなんてムリだと思うけど……。

それに奸悪無限アルフレードが許すと思えないわ」


 モルガンは苦笑した。

 トマの変節については、普通であれば理解できない。

 説明の必要を感じる。


「あの男……。

いや旧フォーレ国民の特技を知らないようだな」


「なに?」


 モルガンの目が鋭くなった。


「トマの動きが、急に中立的になっているだろう。

それは予兆なのだ。

つまり絶対に勝ち目がない、と判断したのだろう。

ヤツは昔から賭博狂いでな。

今回の暗殺にすべてを賭けていたと思う。

だからこそ、博打に失敗した衝撃は相当なものだ。

今までは切り捨てる尻尾があったから、平静を維持できていた。

もうそんな尻尾はないからな」


 カールラは強く頭をふった。


「ちょ、ちょっと待ってよ。

あんな計画ですべてを賭けるってなんなのよ」


 モルガンは声を立てずに笑う。

 カールラがゾッとするほど冷たい笑みだった。


「僅かな可能性があれば、それを最大限都合良く解釈する。

ヤツの頭の中で、成功と失敗の確率はひっくり返っていたさ。

博打で負け続けていたときの顔とソックリだったからな」


「それだけ強く思い込んで失敗したらどうなるのよ……」


 モルガンは小さく肩をすくめた。


「そうなると都合の悪い記憶は失うのだよ。

ヤツらは自由自在に、過去の記憶を失うのさ。

そして都合のいい記憶に書き換える。

それを本心から信じ込む。

だから許してもらえない、とは思っていないのさ。

賭けに狂うヤツの思考法だな」


「もしかして……。

在位していたときの施政は失敗していない、と言い張っていたわね。

それを何度指摘しても認めないわ。

過去をねつ造するな! 真実は変わらない!

そう喚いて……怒り狂っていたわね。

流石にちょっと怖くなったわ。

あれって強がりじゃなくて本心なの?」


 頬を引きらせるカールラに、モルガンは苦笑する。

 この話なら、耳を傾けそうだと判断した。


「信じがたいがそうだ。

決定的な証拠を突きつけても逆ギレする。

勝敗が決まった後で、また記憶を失うだろう。

最初からラヴェンナ卿の為に、お前たちと戦っていた……。

そう記憶を書き換えるぞ。

あげくアクイタニアたちに迫害されていた、と言い出すさ。

昔からずっと戦ってきたが、勝てなくて支配されていた。

でも勝てないながらも、抵抗を続けてきた。

自分はラヴェンナ卿にとって、昔からの仲間だ。

とか言い出すだろうな」


 カールラは力なく、頭をふる。


「言葉がでないのだけど……」


 モルガンは世界主義の一員だからこそ、この情報を知っているのだ。


「だろうな。

過去に何度も、煮え湯を飲まされた先祖たちがいてな。

詳細を残してくれていたのさ。

恐ろしいことに、魔法で記憶を探っても書き換えられていたらしい。

不都合な部分は、際限なく不鮮明だったそうだ」


 カールラは困惑して爪をかむ。

 最近になって癖になりつつあった。


「それでどうしたらいいのよ」


「どこかで消すしかないな。

幸いトマの民族は、地上からほぼ消えている。

ヤツが消してくれたからな。

トマの味方をする者はいないだろう。

これからアイツのすることは、すべて我々の足を引っ張ることになる」


 カールラは、あまりの衝撃に爪をかみ続けていた。

 やがて大きくため息をつく。


「ちょっと考えさせて。

あなたの言葉を信じないわけじゃないけど……。

理解を頭が拒むのよ」


「構わないさ。

私も最初はそうだった。

すぐにわかる」


 カールラはトマの言葉を思い出して、戦慄せんりつする。

 つい先日からトマが奸悪無限アルフレードを、ラヴェンナ卿と言い換えはじめたのだ。

 最初は言い間違えかと思った。

 どうやら違うようだ。


 嫌悪感より、カールラは思わず恐怖してしまった。

 これは、消すしかないと決断する。

 問題はユウを、どうやって説得するか……。

 別の悩みが、カールラを襲ったのである。


                 ◆◇◆◇◆


 夜更けのアンフィポリス。

 クレシダの部屋にアルファが入室してきた。


 クレシダはお手玉をして遊んでいる。

 三つの玉を、器用に回していた。

 異様な光景である。


 その理由は、玉が頭蓋骨であることだ。

 煙管の灰吹きに始まり……。

 殺した人たちの頭蓋骨を、クレシダは色々な道具にしていた。


 クレシダはアルファに気がつくと、お手玉を中止する。


「あら。

報告があるのね」


「はい。

お手玉とは久しぶりですね」


 クレシダは頭蓋骨を、テーブルに並べた。


「ああ。

たまには遊んであげないと、この子たちが寂しがるでしょ?

それで予定通りだった?」


 アルファは驚きもせずうなずいた。

 何度も見ているので、驚くに値しなかったのだ。


「はい。

ラヴェンナ卿の暗殺計画は、露見して失敗しました。

実行前に一網打尽です」


 クレシダはニッコリ笑って、頭蓋骨をポンポンと叩く。

 微かに頭蓋骨からうめき声が響く。

 それをクレシダとアルファは気にしない。


「そうでなくちゃ。

暗殺を計画したのは……。

自分たちが主導権を持っている、と考えたがる人たちだからね。

簡単に操作できるわ」


 元々暗殺計画はなかった。

 だがある情報を、クレシダは意図的に流す。


 ラヴェンナはアルフレード個人でっている。

 通常でも警護は厳重で、暗殺はほぼ不可能。

 それが新居に移ればさらに警護が厳重になり、暗殺は不可能になる。

 ガリンド卿の立像除幕式は多くの人が参加し、アルフレードは姿を見せる。

 その機会を逃せば、もう暗殺は不可能になる。

 放置すればラヴェンナは力を増して、誰にも止められないだろう。


 誰もが知っている情報を再度順序立てて流したのだ。


 既に知っていることでも、改めて目の前に突きつけられる。

 見たい現実しか見ないものは、思わず反応してしまうのだ。


 それぞれが、勝手に計画を練りはじめる。

 練るだけなら問題ない、と思っていたからだ。


 クレシダは親切にも、実行を担う者たちの存在をちらつかせた。

 裏社会の存在だ。


 裏社会だって一枚岩ではない。

 なによりランゴバルド王国は、王都が移転してしまった。

 それで力を失った組織も多い。

 移転はアルフレードの差し金だと言われている。

 このように各方面から、恨みを買っているアルフレードであった。


 最後に実行者がいないという現実が、水を差すはずだった。

 それが消えてしまったのだ。

 

 裏社会への連絡手段を、彼らは既に持っていたからこそ効果的だった。


 そしてクレシダは突如梯子を外す。

 彼らを不安にする情報を流したのだ。


 ラヴェンナ卿は、暗殺計画に関わる者たちを決して許さないだろう。

 それだけではなく、計画者たちの存在も把握されている。

 遠からず摘発されるだろうと。


 この情報に参加者たちは戦慄せんりつする。

 そんなことはない、と楽観視できるものはいなかった。

 ラヴェンナの情報収集能力を軽視など出来ないからだ。


 それなら最初から考えるなという話だが……。

 それで自制できるものは、最初から計画を立てたりしない。


 かくして、同じ時期に複数の勢力が同一人物の暗殺を企図する、という喜劇が幕を開けたのだった。

 

 陽気なクレシダに、アルファは小さくため息をつく。


「この結果、ラヴェンナ卿の力が増すだけです。

クレシダさまの障害になり得ますよ」


 クレシダは意外そうな顔をする。

 すぐに大笑いして、頭蓋骨をバシバシと叩く。

 頭蓋骨から笑い声が響き出す。

 当然クレシダとアルファは意に介さない。

 クレシダが笑ったのは、真意の説明をしていなかった、と気がついたからだ。


「そのつもりだもの」


「ご自身の計画を失敗させるつもりですか?

結果は気にしないけど、全力でぶつかり合うとお伺いしましたが……」


 クレシダはアルファにウインクする。


「別に失敗する気はないわ。

これは愛しい人アルフレードと、愛を語り尽くす為の下準備よ。

だって元々、対等の勝負じゃないもの」


 アルファは無表情に首をかしげた。


「ラヴェンナ卿のほうが有利だと思われますが?」


 クレシダは笑って指をふる。


「違うわ。

愛しい人アルフレードは、社会を守っているだけじゃないの。

今後も発展する道を模索している。

内部に敵を抱えながらね。

元々難易度が高すぎるのよ。

マトモな神経していたらやらないわ。

私は感動で涙が零れたほどよ。

対になる私は壊すだけ。

そしてその手段を持っている。

維持するより、後先考えずに壊すほうが……ずっと楽よ」


「つまりその差を埋めたのですか?」


 クレシダは頭蓋骨を指で弾く。

 頭蓋骨から美しい音が響き渡る。


「埋まってはいないわ。

マイナスが減った程度でしょうね。

それにね……。

愛しい人アルフレードに負けたときの言い訳をさせたくないの。

だからこそ、愛しい人アルフレードの邪魔でしかない存在を潰していくのよ」


「ああ……。

納得しました。

心を折りに行くとおっしゃっていましたね」


 クレシダは悪戯っぽく笑って、別の頭蓋骨を指で弾く。

 今度は、聞く者を不安にさせるような不協和音が響いた。


「そうよ。

それにね……」


「まだ意図があるのですか?」


 クレシダは恍惚の表情で、吐息を漏らす。


「自分の妻が狙われるって、愛しい人アルフレードにとっては大問題よ。

真剣に意図を探るでしょう?

これだけ集中すれば作為的だもの。

そうすれば、私の存在に気がつくわ。

そうでないと困るしね。

あぁ……早く気がついてくれないかしら。

愛しい人アルフレードからのメッセージが待ち遠しいわ」


 アルファは無表情のまま、首をふる。


「ラヴェンナ卿が絡むと……。

クレシダさまの行動は理解困難です」


 クレシダはしなをつくってウインクした。

 外見的魅力がないので、とても色っぽい仕草ではない。

 普段のクレシダは、パッとしないのだ。


「当たり前よ。

愛の言葉に、理屈がついたら興醒めじゃない。

理屈でわかる愛の言葉なんて、心に刺さらないもの。

こうすればウケる……と思った打算まみれの芸術品と、心のままに生み出した芸術品の差は歴然よ。

計算し尽くされていれば感心してもらえる。

それじゃあ物足りないわ。

愛しい人アルフレードの心を、かき乱したいのよ」

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