721話 奇怪と奇貨

 あのあとミルから、色々質問されたが……。

 夢からさめると、転生前の記憶は消えてしまう。

 返答に困っていると、ラヴェンナと会ったのは、他に誰かいるかと聞かれる。

 ミルがはじめてだと答えると、急に上機嫌になって質問は打ち切られた。


 なんか知らないが助かったよ。

 それとテラスのラヴェンナ像に、マフラーがかけてあった。

 ミルがかけたらしい。


 なんとなくいい気分で仕事をしていると、ロベルトがやって来た。


「ご主君。

ロッシ卿から連絡がありましたのでご報告します」


 チャールズは俺とロベルトにつながる通話機をもっている。

 ロベルト経由であれば、軍事関係だな


「伺いましょう」


「リカイオス卿の領内に入りましたが、敵に積極的抗戦の意思はないようです。

なにか別の方法を企図している可能性が高いでしょう。

恐らく海軍を使って、経済圏への攻撃の可能性が高いと見ています。

それともラヴェンナを直接襲撃すると匂わせての揺さぶりか……。

海戦で戦況の好転を狙う可能性も捨てきれません」


 ヤンはうまく、ペルサキスを引きつけてくれている。

 リカイオス卿は、ペルサキスの帰還を待っているのか……。


 むしろペルサキス不在での状況改善を狙うだろう。

 戻ってきてから勝利すると、ペルサキスの名声だけが高まる。

 強力なライバルを作ることになるからな。


 詳しい報告は不要と伝えてあるので、戦況はわからない。

 それなりに攻撃をしているが、一気に押し返そうとしていないのだろう。


 そこで海戦を仕掛けて勝利すれば、有利な条件で講和が出来ると考えたのだろう。

 それはチャールズも認識している。


「想定のひとつにあった対応ですね。

出来れば短期で片付けたいところです。

リカイオス卿の陣営に天才が潜んでいる可能性もありますから。

敗戦が続けば、そんな天才は世にでやすくなります」


 ロベルトは自信ありげにうなずく。


「相手が本気で仕掛けてきても勝てると思います。

ラヴェンナ海軍の実力は、相当なものでしょう。

なにしろ……あれだけの訓練をしたのですから」


 ラヴェンナ海軍の実力は未知数。

 だからこそ、勝てると計算したのかもしれないな。

 むしろそう思わせるために、チャールズは陸から圧力をかけたのだが。

 リカイオス卿の海軍の情報は入手済みだ。


 元海賊が主体で寄せ集め。

 たしかに元海賊だから、操船には慣れている。

 だが生きるために、船を襲うのが海賊だ。

 命をかけて戦わない。

 単体では芸術的な動きをする船があるとしても、全体として統一的な動きは出来ないだろう。

 むしろ協調性がない。


 それでも強烈な指導力をもつ提督がいたら、一気に脅威へと変わるだろう。

 だがそんな提督はいない。

 今はな。

 だからこそ短期決戦で、天才が地位を得る前に決着させたい。

 とくに戦争では、ひとりの天才があらわれると戦場を支配される。

 

 ラヴェンナ海軍とリカイオス海軍を比較検討した結果、十分勝てると結論がでた。

 あとはタルクウィニオ・テレジオが強行した苛烈な訓練も効いてくる。


 あれは正直どうかと思った。

 反対も多かったが……。

 現場の判断を尊重した。

 海が荒れているときの訓練なんてリスキーすぎたが……。

 戦時に天気が悪いから、また明日とはならないと言われてはな。


 どう考えても転覆するときは控えた。

 平時に航海の判断を迷う悪天候下で、訓練は決行された。

 戦時でも寄港しないような天候だな。


 結構な損害を被ったが、なんとかやり遂げたとの報告を受ける。

 1隻が転覆。

 2隻の損傷が激しく、廃棄処分となる。


 それより4名もの犠牲者がでた。

 総員約500名で12隻の訓練。

 たった4名という気にはなれない。

 俺に出来ることは、彼ら殉職者にたいして公式の葬儀をすること。

 それと遺族に手厚く報いるだけだった。


 船の被害は正直どうでもいい。

 また建造すればいいだけだ。


 さらに脱落者も多かった。

 30名程度がこの訓練に耐えきれずに、所属変更となる。

 残った者たちも疲労困憊こんぱいしていたが……。

 とても大きな自信になったようだ。


 まだ比較的平時だったから出来たこと。

 お陰でかなりの精鋭揃いになった。


 その代償としてラヴェンナ海軍は地獄の訓練を喜々としてやる、と噂になってしまった。

 つまり……なり手が減ってしまったのだ。

 それに下手したら大損害になっていたな。

 綱渡りで胃の痛い話だよ。

 

 ただリカイオス卿との戦争が不可避だったので、仕方ない部分もある。


「わかりました。

これも準備通りの対応ですね」


「はい。

テレジオ卿は準備万端とのことです。

問題は商船が襲われないかですが……」


「なにか問題でも?」


「いえ。

ラヴェンナの船は襲われていません。

あの奇怪な船首像のお陰なのでしょうか。

船乗りたちはそう信じているようですが……」


 折居の船首像は直立したニシン。

 足をピンと下に伸ばし、胸の前で手を組み、祈りを捧げるようなデザインになっている。

 デザインしたのはオフェリーだよ……。

 言葉で伝わらなくて、自分で絵まで描いた始末だ。

 鋳型を作らされた職人は、最初奇怪だと言っていたが……。

 最後には正気を失って、可愛いだの神々しいだの言いだす始末。


 そんな折居の船首像を取り付けた船には、ご利益があった。

 航海に危険が迫ると、船長は異様な胸騒ぎを感じる。

 もしくは本来しないはずの船酔いになってしまう。


 それを無視して強引に航海を続けた船は、ことごとく難破。

 もしくは海賊に襲われる被害を受けた。


 この噂は一気に広がり、ラヴェンナの民間船はすべて折居の船首像を取り付けている。

 もう笑うしかない。

 一度、港を視察したときには、なんとも言いようがない気分になった。


 余計なことに、海軍の責任者であるタルクウィニオがこれに目をつける。

 予兆がすると、どちらかに遭遇する。

 天候などから分析して、予測を立てたのだ。

 商会の船を偽装して、海賊をおびき出す。

 これが笑えるくらいハマる。海賊の入れ食い状態となった。


 お陰でラヴェンナの船は、海賊に襲われることはなくなっている。

 折居さまさまだが……。

 今一釈然としない。

 いいけどさ。

 

「かもしれませんよ。

ともかく当初の計画通りに進めてください。

商務省にも伝えて、商船にも警戒してもらいましょう」


 ロベルトは真顔でうなずいたあと、なんとも微妙な顔をしている。


「承知致しました。

しかし……。

海軍の執務室にあの像が飾ってあるのを見ると、なんとも言えない気分になりますね……。

さすがに海軍だけですけど」


 不覚にも吹き出してしまった。


「あれをロッシ卿の執務室に飾ったら、きっと殴られますよ」


 ロベルトは直立不動のままだが、表情が曇る。


「ええ。

陸は無関係だからいいのですが……」


 なんか聞いてはいけない話があるようだ。

 でも聞いてほしいんだろうなぁ。


「なにか問題でも?」


 ロベルトは案の定救われた顔をする。


「息子があの像を気に入りましてね。

仕方ないので買い与えましたが……。

息子の感性を家内と一緒に心配しています。

でも家内の心配がズレているのですよ。

あの像の筋肉の付き方が不満らしいのです。

そうじゃないだろうと」


 ロベルトが小さく肩を落とす。

 そういえばデルフィーヌは、アーデルヘイトと並んだ筋肉好きだったな。

 触らぬ筋肉に祟りなしだ。

 深入りはしないぞ。


「私としては本人が幸せなら、それでいいと思っていますよ」


 黙って仕事をしていたオフェリーが、突然立ち上がる。


「折居さまはそんなにムキムキじゃないので、筋肉はあれでいいんです!」


 ロベルトは俺に、救いを求めるような顔だが……。

 気の利いた言葉は思いつかなかった。


 他に考えることが一杯で、折居のことで悩みたくない!


                 ◆◇◆◇◆


 ベルナルド像の除幕式が近い。

 未亡人になったゼナにスピーチを頼む。

 本人は難色を示したが、なんとか引き受けてもらった。

 安堵あんどしていると、キアラがやって来た。


「お兄さま。

冒険者を装ったネズミが、少々紛れ込んできていますわ」


 ミルとオフェリーは息を飲んで、仕事の手が止まる。

 俺は頭をかいて、ため息をつく。

 暗殺計画を実行に移す気とはねぇ。


「本気でやるつもりなんですか。

仕方ありません。

除幕式にケチをつけられることは避けたいですからね。

処置は一任します」


 いつもなら笑うはずだが……。

 キアラの表情は硬いままだ。


「お任せください。

ただちょっと、気になることがありますの」


 事態はもう少し深刻なのかもしれないな。


「裏で支援しているものに問題でも?」


「ええ。

世界主義単独かと思いましたが……」


 それ以外も、この空気に便乗するものがいるだろう。


「リカイオス卿の影も見え隠れすると」


 キアラはため息をついて、肩をすくめた。


「一部正解ですわ。

まず世界主義。

そしてリカイオス卿。

ついでにトマの意を受けたヴァロー商会。

さらには不平貴族や大商人たち。

最後に教会の原理主義派。

原理主義派は偶像の建設に反発したようですね。

お兄さまの差し金と気がついていますもの。

報告を受けたときは、さすがに目の前が暗くなりましたわ

お兄さまは世界で、最も多くの人から命を狙われているようです。

裏を返せば、最も影響力があるのでしょうけど」


 キアラが冗談を言えるだけ冷静なら安心だ。


「使徒がいるじゃありませんか。

私は良くて2位ですよ」


 キアラはため息をついて、ジト目になる。


「使徒は台風みたいなものです。

通り過ぎる存在ですわ。

人としての社会に与える影響力では、お兄さまが世界一です」


 現実逃避してもはじまらない。

 それにしても変だな……。


「嫌な人気ですねぇ。

まあ有名税だと思って諦めるとします。

しかし不平貴族と大商人は、内乱で大きく力を失っていますね。

それに教会の原理主義は、陰謀にけていると思えません。

彼らが私の暗殺計画を、実行に移せるのでしょうか」


 キアラは表情を改めて、小さく息を吸った。


「それを手伝ったものがいるようですの。

それが警察大臣のモローです。

お兄さまと不仲である噂を流して、彼らをつりあげました。

実際関係が良好ではありませんものね。

また原理主義は、カールラの意向を受けた世界主義の差し金です。

自分たちの計画には関わらせませんでしたが……。

原理主義の計画にはモローを使ったようです。

そこで踏み絵とばかり、モローに協力を要請したようですの。

モローにも考えがあったらしく……。

形だけでも助力したようですの」


 ジャン=ポールは俺が消えると困るはずだ。

 それに本気で、手を貸したとも思えない。


「モロー殿がそんな、浅はかな裏切りをしたと思えないですね。

勝ちの目が見えない限りは」


 キアラは微妙な表情で、ため息をつく。


「ええ。

暗殺計画への協力をしたようですが……。

それでも準備を見逃すにとどめたようです。

その上でこちらに、陰謀の証拠を送ってきましたの。

不平貴族と大商人は、こちらで処理するから任せてほしいと。

どうやら排除する大義名分が欲しかったようですの。

世界主義については、まだ縁を切らない方がお兄さまのためだ……。

そんなことを、恩着せがましく言っていますわ」


 つまりモローは、暗殺が成功するとは思っていないのだろう。

 万が一に成功しても協力したことは間違いない。

 だから自分は裏切り者として消されない。

 疑われはするが、逆転する時間はある。

 相変わらずだなぁ。


「その程度の火の粉なら難なく払える。

そんな判断でしょう。

処理にしても、本当に邪魔な者だけに限るでしょうね。

それ以外は脅して、自分の手足として使い倒すつもりなのでしょう。

ニコデモ陛下の許可も取り付けているはずです。

そうでなくては失脚しますからね。

陛下も、これを奇貨として王権の強化に利用する気ですよ。

まったく食えない人たちです」


 仮に、俺が抗議しても意無味だろう。

 する気もないが。


 キアラは呆れた顔で、ため息をつく。


「お兄さま。

やっぱり他人事ですわね。

普通なら裏切りに近い行為ですから、多少は不快になるでしょう。

それより暗殺計画の対象はお兄さまだけではありませんの」


 一瞬思考が止まってしまった。


「なんですって?」


 思ったより低い声になってしまった。

 ミルとオフェリーは、驚いた顔をしている。


「お姉さまたちへの計画もありましたの。

オフェリーだけは違いますけど」


 嫌な動機が頭に浮かぶ。


「まさか?」


 キアラは少々不機嫌な顔で、肩をすくめる。


「そのまさかですわ。

国内有数の貴族の妻が人間以外。

ただの愛人ならわかる。

正式な妻というのが気に入らないそうです。

自分たちが人間以外を、対等に扱うのは構わない。

ただ人間がそれらの種族に、頭を下げるのは我慢できないらしいですわ。

特別と言われても、なまじ有力貴族だけに無視できない。

とのことです」


 そんな連中に配慮をして、不必要にミルたちを連れ出していない。

 となると……。

 恐らく別の不満があるのだろう。

 ただそれを口にしても、相手にされない。

 だからこそ、共感を得られる差別にすり替えた。


 この世界は人間の世界、というのは半ば常識だ。

 他種族は異邦人にすぎない。

 そんな異邦人が自分たちの社会に踏み込んできた、と思えば反発する。

 上流階級はそれが顕著だ。


「少しばかり、甘い顔をしすぎていたようです。

ミルたちに害をなす気なら、相応の覚悟はしてもらいましょう」


「やっぱりお姉さまたちのことになると、一気に本気モードですわね。

証拠は揃えておきますので、あとで料理なさってください」


 当然そうする。

 だがな……。


「そうします。

それと大変不愉快なので、少し敵を整理しましょう」


 キアラは、目を細めて小さく笑った。


「あら。

本気でお怒りですわね。

ちょっとだけ敵が気の毒になりますわ。

まあ当然ですけど」


 不機嫌が表情にでていたか。

 いい加減、多方面に敵を抱えると面倒だからな。

 俺だけを狙えばいいのに。

 実に腹立たしいよ。

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