720話 特定外来生物

 なら話すなと言いたいが……。

 愚痴っても仕方ない。


「言いふらす気はないさ。

それにしても……。

この世界が異世界人に目をつられたとはなぁ」


 ラヴェンナは複雑な表情で、肩をすくめた。


「そうね。

似ているけど生身では生きていけない。

そうなると直接的な作業は困難だから、神として君臨した上でこの世界の人間を使ったみたい。

なにせ文明がすごい原始的だったから。

そこで作業が可能な程度の知識を与えたの。

あとは色々ね」


 異世界人が亜人を生み出したことだろう。

 ミルがいなければ、口にしたろうが……。

 ラヴェンナの気遣いだな。


「つまり労働力として使ったわけだ。

自分たちの世界を乗っ取る侵略者の手助け、とは知らずに」


 ミルは眉をひそめた。

 ラヴェンナはミルに、指を振る。


「善悪の話はなしよ。

常識も習慣も違う異世界人の行為を、今の常識で裁くのはナンセンスだからね。

人が使えるようになったら、元の世界に魔力を送る装置を作らせたの。

四角錐しかくすい形であることが条件ね。

あと適した場所は決まっているのよ」


 まあ当然だな。

 しかし何処でもいいわけじゃないのか……


「なんともご苦労な話だなぁ」


「装置は綿密な計画を立てて、いくつか建設させたのよ。

この装置は、それぞれが連携しているの。

魔力を別の装置に送る、送られた別の装置がまた別の装置に。

それがループするのよ。

そのうち一部を、元の世界に送っていたみたい」


 レベッカの翻訳と、ここは一致するな。


「最初の目的は完遂したわけか」


 ラヴェンナはうなずくが、口元に皮肉な笑みを浮かべる。

 オチがあるようだな。


「そうそう。

それでテラフォーミングの段階に入ったときに、彼らの間で原因不明の病気が広まったの。

密閉された空間にいたから、伝染は早くてね。

異世界人は全滅したわ。

それで神だと思わせていた幻も消えたのよ」


 ここで、石版との違いがでてきたか。


「光の門を通って帰ったと聞いたが?」


 ラヴェンナは苦笑して、お茶をすする。


「それは言い伝える人が盛ったんじゃない?

門からでてきたなら、門をくぐって帰るって。

もしくは幻が消えたと気がついた人が、そう言いふらすたかね。

そうでないと幻の指示を、ずっと待つでしょ?」


 何処まで、知恵を授けていたかだな。


「そこまで古代人に、知性が備わっていたのか」


 ラヴェンナは真顔でうなずいた。


「装置のメンテナンスを出来る程度までは、知識を与えていたのよ。

当然リーダーは必要。

つまり王のような存在もいたでしょう?

結果的に残った人同士での主導権争いが始まったわ。

異世界人は人同士が結束して反抗しないように、他地域との仲を悪くしていたの。

その上で競わせていたわ。

監視役がいなくなれば、争いが始まるわね。

それでメンテナンス技術を悪用して、他集団の装置を破壊しようと考えた人が現れたみたい。

ただ全体を知らないから……。

回り回って自分のところまで吹き飛んだけど」


 分割して統治せよか。

 たしかに、当然の結末だな。

 ただ大きな疑問がある。


「どうして、そんな自爆機能があるんだよ」


 ラヴェンナはミカンを頰張って、お茶を飲む。

 そしてミカンの皮を、屑箱に放り投げた。


「テラフォーミングの仕上げっぽいわ。

原住民を死滅させるのが狙いだったみたい。

ただテラフォーミングが進む前に爆発させたから、ただの大惨事で終わったけど。

でもこの世界に及ぼした影響は大きくてね……。

魔物が生まれたのは、このときからよ」


 魔物の発生原因がそれかよ。

 なんとも滑稽な話だなぁ。


「なんというはた迷惑な。

それで契約の山は、その装置なのか?」


「そうそう。

最初に作らせた、試験的な施設でね。

魔力の循環外だったから無事だったのよ。

残していたのはテラフォーミングで、最後に爆発させるつもりだったからね。

多分最後の爆発で、僅かに生き残った原住民を全滅させる気だったんじゃない?

きっと桁外れに大きな爆発になるわ」


 桁外れの噴火なんて勘弁してほしい。

 ラヴェンナにも大なり小なり影響するぞ。


「なんで壊しておいてくれなかったんだ……」


「そのあたりには、人が住んでいなかったからよ。

これで話は終わり。

なにか質問ある?」


「そんな情報を何処から取ってきたんだ?

えらく細かいじゃないか」


「それだけこの爆発のエネルギーがすごかったのよ。

領域を超えるほどね。

だから違う領域にも、かなり影響を与えたわ。

そこの部分が詳しい代わりに、それ以外の情報は取れないの。

異世界人がくる前の記憶なんて、奇麗さっぱりなくなっているわ。

普通は世界の記憶として残るんだけどね」


 そういうことか。

 もうひとつ気になることがある。

 先遣隊を送ったなら、連絡をしているはずだ。

 先遣隊の全滅は把握しているだろう。

 

「そういえば、後続は来なかったのか。

先遣隊が全滅したら、すぐに後続を送り込むと思うが」


 ラヴェンナは皮肉な笑みを浮かべた。

 それも失敗したのだろう。


「そのつもりだったみたいよ。

でも病気がわからなくて対策を検討していたら、古代人同士が争いはじめたの。

あと異世界人とこの世界は、時間の流れが違うみたいね。

あっちのほうが遅い感じよ。

だから早く相談しているつもりでも、こっちでは数年たっているわ。

争うには十分な時間ね。

あと装置を自爆させたおかげで、異世界にも影響が及んだみたい。

どんな影響かは知らないけどね。

それ以降の動きがないから、あっち側の世界も滅んだかもしれないわ」


 そう考えるのが妥当だろうな。

 もっといい条件の世界を見つけた可能性もあるが……。

 異世界人が、また来ないなら良しとすべきだ。

 来たらどうしようもない。


「となると装置は残りひとつ。

それが契約の山。

ラヴェンナにはないわけだ」


「そうよ。

ラヴェンナのことは心配しなくていいわ。

昔あったけど、派手に吹き飛んだあとだから。

だからラヴェンナは、山に囲まれた陸の孤島になったのよ。

昔はもっと高いところに、地面があったもの」


 吹き飛んだあとなら大丈夫だな。

 それにしてもラヴェンナ地方を、ほぼ吹き飛ばしたのか。

 そりゃ文明が失われるし、人口も激減する。

 魔物も生まれて大変なことになったろうな。


「この天然の城塞じょうさいが出来たのは、人為的な爆発の結果だったのか……。

ちなみに何処にあったんだ?」


「歴青湖のあった場所一帯よ。

そこが爆心地ね。

その影響か、変な場所になっているけどね。

あそこの地下は、なにかの力が眠っているわよ」


 そこで歴青湖か。

 なぜ古代人がそこから魔力を得ていたかの回答だな。

 だが距離の説明はなされていない。


「古代人があそこからエネルギーを得ていたのは、それが関係しているのか」


 ラヴェンナは頭をかいてから、肩をすくめる。


「多分ね。

なにかは残ったのかもしれないわ。

そもそも装置の稼働には、生贄が必要だったのよ。

歴青湖の底に、その仕組みが一部残っているのかもね。

当時は季節毎にひとりの命で賄えていたみたいだけど……。

大量に必要になったのかもしれないわね。

これは推測だけど……。

爆発はしないと思うわ。

その仕組みはなくなっているから」


 半魔を燃料にしたのは、生贄から着想を得たのかもしれないな。

 どちらにしても、当面の危機はないと考えるべきか。


「取りあえずラヴェンナで、人為的噴火がないとわかっただけ良かったよ。

沖合の島は火山だ。

ちょっと心配だったからね」


 聞くべきことは聞けたかな。

 ところがミルは、顔色を変えていた。


「さらっと流したけど……。

生贄って?」


 ラヴェンナは意外そうな顔をする。


「文字通り生贄よ。

実験も兼ねて、各地で違う方法を試しているわ。

心臓をえぐり出して祭壇に捧げるとか、水の底に沈めるとか。

ママの気分が悪くなりそうだからやめとくわ」


「そ、そうね……。

ところでアルは、いつもラヴェンナと会っているの?」


 ミルの咎めるような視線が痛い。

 なぜ教えてくれないのかと。

 ちょっとお冠だな。


「いつもじゃない。

必要に応じてだ。

これでも一応女神なんだ。

人の営みに、口を挟まないよ」


 ラヴェンナは頰を膨らませる。


「これでも一応ってなによ!

失礼しちゃうわね。

人同士の関わりに干渉するのはルール違反よ。

だから出来ないわ。

今回は結構グレーだけど……。

異世界人が世界の枠組みまで変えちゃうほどだからね。

こんな例外、もう勘弁してほしいわよ。

でも丁度いいかと思っているわ」


 わざわざ教えてくれるくらいだから、今回の噴火は迷惑しているかと思ったが……。


「火山噴火がか?」


「そうそう。

これで異世界人の遺物は、すべて吹き飛ぶからね。

あれはとても目障りなのよね……。

ただの置物なら無視できるけど、動きだしたらたまらないわ。

若干異世界人の知識は残るけど……。

断片程度だし無視できるわ。

異世界人の知識を元に、この世界の人たちが作ったものなら、気にならないけどね」


 ミルは驚いた顔で、腰を浮かせた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。

大勢の人が死ぬかもしれないのよ?」


 ラヴェンナはため息をついて、首を振った。


「ママの言いたいこともわかるけどね。

パパも言っていたと思うけど、一般の道徳と統治者の道徳は違う。

それと同じように、神と人の道徳も違うの。

私は人が、自分たちの足で歩いていくことを支える女神よ。

だからそれを邪魔する異世界人の遺物はないほうがいいの。

手に負えるようならいいけどね」


 俺は何も感じなかった。

 ミルはラヴェンナの判断を冷たいと思ったのかな。


「なんとなく言いたいことはわかるけど……」


 ラヴェンナは珍しく醒めた顔で、お茶をすする。


「たしかに大災害だけど、将来爆発したらもっと被害は増すわよ。

技術が発展すれば、いずれたどり着くわ。

私はここにしか情報が残っていない、と思っていないからね。

それこそ下手にいじくり回して爆発しかねないわ。

クレシダだっけ?

あれが将来の爆弾として間違った情報を残す。

それってあり得ると思わない?」


 ミルは大惨事を、他人事に思うことが出来ないのか。

 強く首を振った。


「教会の聖地よね。

そんなことを許可すると思えないわ」


 ラヴェンナは、小さく肩をすくめた。


「その教会の権威を、パパが粉々に壊したわよ。

将来的に教会が残っているかもわからないわ。

それに後世の権力者が、パパみたいわきまえている保証なんてないわ。

むしろパパが例外的存在よ。

過去の遺物を使って楽をしようとする人に、私の言葉は届かないしね。

ママの常識的で善良なところは、パパに好かれたと思うわ。

でも、この件については……。

きっとパパも、私と同意見だと思うわ」


 遠くの爆発は、何の感慨も湧かない。

 人前では気の毒にというが……。

 だからなにかするのかと言われてもな。

 俺がなにか意向を示すと、皆がそれを忖度そんたくしてしまう。


「そうだな。

アルカディア国民のために、ラヴェンナ市民を犠牲にするつもりはないよ。

問題は爆発が、何処までの規模かだなぁ。

テラフォーミングの仕上げを企図していたなら、影響は広範囲だろう。

ただその爆発に必要なエネルギーが得られるか。

わからないことだらけだな」


 ミルは小さくため息をつくが、すぐに眉をひそめた。


「つい忘れるけど、アルはラヴェンナが第一だったわね。

他国の問題ってもどかしいわ。

でも考えてみれば……。

異世界人が、自分の故郷にしようとした結果だものね。

なんか腹が立ってきたわ」


 問題はそれなんだよな。

 他国の人間を、この世界に住む同じ仲間というほど、この世界はまだ狭くない。

 ラヴェンナはミルの変わりようを、興味深そうに見ている。


「特定外来生物が荒らしたあとだからね。

自分の意思でやってくるからホント迷惑よ」


 ミルは一瞬あっけに取られたが、すぐに首を傾げた。


「特定外来生物? また神様用語?」


 ああ。

 この言葉も伝わっていないな。

 俺もそうだが、使徒は特定外来生物と思えるからな。

 自分を悪くいうような言葉は、決して広めないだろう。

 多少は荒らしている自覚があるのかは謎だが。


 ラヴェンナはペロっと舌を出す。

 ミルにもわかるように会話するのは面倒くさいらしい。


「そんなところよ。

この世界の環境を壊して、元いる生き物に被害を与える存在のことね。

森に本来は存在しない植物を持ち込むと、元々いた植物が駆逐されることない?」


 ミルは感心した顔で、ラヴェンナを見ていた。


「よく知っているわね……。

それはエルフの言い伝えよ」


 ラヴェンナはフンスと胸を張る。

 その後で、悪戯っぽく俺をチラ見した。


「ママの子供だからね。

知っていて当然よ。

使徒も特定外来生物に変わりないわ。

世界がその特定外来生物を利用するように順応したけどね。

とはいえ勝手にやって来る以上、仕方ないわ。

放置して好き勝手させると、世界がメチャクチャになるでしょ?」


 言っちゃった。

 俺自身そう思っているからな。

 否定できない。

 だからこそ出来るだけ、俺が直接介在しないような社会を作っているわけだ。

 ミルは妙に納得した顔でうなずいた。


「ああ……。

アルカディアがそうね」


 そうしたのは俺なんだがな。

 気まずくなって、頭をかいてしまう。


「だからこそ教会は、政治の世界に使徒を近づけなかったのです。

その仕組みを私が壊したので、偉そうに論評する資格はないですけどね」


 なんとなく話が落ち着いた雰囲気だ。

 ところがミルは不思議そうな顔をしている。


「長々と話していたけど……。

結局は、ラヴェンナでの噴火はないってだけよね。

それだけ伝えればいいんじゃない?」


 ラヴェンナは大袈裟なため息をついた。


「ママ……。

パパがそれだけで納得すると思う?

事細かに経緯から説明しないと、絶対に納得しないわよ。

とんでもなく面倒くさいの……。

知っているでしょ」


 酷い言われようだ。

 薄情にもミルが、妙に納得した顔でうなずいた。


「あ~。

ゴメン。

聞いた私が悪かったわ」


 ミルとラヴェンナは、憮然とした俺を見て仲良く笑いだす。

 いいけどさ……。

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