719話 テラフォーミング計画

 今日は、ミルの部屋で寝ていたはずだが……。

 気がつくと、あの広間にいた。

 ラヴェンナが俺を呼んだようだ。


 今までと違うのは腕に感触があること。

 驚いたことに、ミルが俺の腕に抱きついている。

 幸いちゃんと服を着ていた。

 お互い素っ裸で寝たからな……。

 ミルは明らかに戸惑った顔をする。


「ええと……。

たしか寝ていたよね?」


 ラヴェンナめ……。

 ミルを呼んだら説明が大変だろう。


「ああ。

まあ……お呼ばれだな。

危険はないよ」


 ミルは俺の腕から離れずに、不思議そうな顔をする。


「お呼ばれ?」


 俺たちはそのまま先に進む。

 すると……すぐ視界が明瞭になった。

 そこには予想通りと予想外が混在していた。


 炬燵こたつに入って丸まっているラヴェンナだ。

 ご丁寧に、褞袍どてらまで着ている。駄女神症状が進んでいるぞ……。

 背中を丸めて、アゴをテーブルの上にのせていた。

 これ褞袍どてらの下はジャージだろうな


 テーブルの上には、急須と湯飲みまである始末だ。

 湯飲みからは緑茶の香りと湯気が立ち上っていた。

 さらにはミカンまである。

 ラヴェンナは、面倒くさそうに手を振った。


「はいはい。

私がパパとママを呼んだのよ」


 ミルは眉をひそめたが、ハッと息を飲んだ。


「あ……。

あなたはたしか、夢にでてきた」


 ラヴェンナは、『よっこらしょ』と年寄り臭いかけ声とともに、体を起こす。


「そうそう。

私は女神ラヴェンナ。

ラヴェンナの守護女神で、パパとママの娘よ」


 女神を名乗って……その格好はどうよ。

 ミルは驚いた顔で固まった。

 驚いた原因はわからない。

 このだらしない風体か、女神と自称したことか……。

 はてまたは、娘を自称したことか。


「ええっ」


 ミルは俺とラヴェンナを、交互に見比べている。

 軽く説明しておくか……。


「ほら。

昔に団結の印として、ミルとキアラをモデルにした像を建てたろ?

それだよ」


 ミルは口に手を当てて目をぱちくりさせている。


「えっ……えっ」


 ラヴェンナは苦笑してから、ズズっと音を立ててお茶をすする。


「ママの反応が正常よねぇ。

まあ、そんなものだと思って。

話が進まないから」


「そうだな。

ミルもこっちにきてくれ」


 俺は腰を下ろして、炬燵こたつに足を入れる。

 掘り炬燵こたつか。

 ミルも俺の真似をした。


「え、ええ……。

アルがそういうなら……。

あら? このテーブルは暖かいのね」


 春なのに炬燵こたつとはなぁ。


「もう春だろうに?」


 ラヴェンナは物憂げに指を鳴らすと、俺とミルの前にも湯飲みが現れる。

 急須を手に取って、お茶を煎れてくれた。

 再びアゴを炬燵こたつの上にのせて、ジト目になる。


「寒いんだもの。

しょうがないでしょ。

女神だって寒いものは寒いのよ」


 ミルは半ば呆れた顔で固まっていた。

 俺がお茶をすすると、真似をしてすする。

 そしてラヴェンナになんとも言えない顔でうなずいた。


「たしかにまだちょっと寒いわ。

これははじめての味ね。

結構美味しいわ。

ところで……。

このテーブルはなんなの?」


 ラヴェンナは、だらしない顔でニヤニヤと笑う。


炬燵こたつよ~。

炬燵こたつって人を堕落させる悪魔の道具ね。

あ~悪魔最高~」


 ミルは引きった笑みを浮かべた。

 こりゃドン引きしているな。


「ええと……。

本当にアルと私の子供?」


 ラヴェンナは頰を膨らませる。


「失礼ねぇ。

パパとママたちの意識から生まれたのよ。

イヤならママは、ひとりだけになるわ。

そっちのママなら、きっと興奮して喜んでくれるわよ」


 ミルは顔を赤くして腰を浮かせる。


「アルとキアラの子供って駄目よ!

断固反対!」


 ラヴェンナは勝ち誇った笑みを浮かべる。


「じゃあ認めることね」


 『ぐぬぬ』と声を上げて、ミルは歯がみした。

 だがそのまま引き下がるのはシャクだったのか、ラヴェンナにビシっと指を突きつける。


「そ、その、だらけきった姿は誰譲りなのよ。

私じゃないからね!」


 俺だよ……。

 そんなプライベート空間がないからしていないだけで。

 ラヴェンナは俺を一瞥してニヤリと笑う。


「さて誰譲りでしょう?」


 不味いな。

 話がどんどん逸れていく。


「話が逸れているぞ。

ミルまで呼んだのはどうしてだ?」


 ラヴェンナは再び、ジト目になる。


「本当はパパだけ呼ぶつもりだったのよ。

前提の説明が面倒くさいし……。

こんな風になるのが目に見えていたから。

でも素っ裸で、ママがパパにひっついて寝ていたんでしょ。

だからパパを呼んだら、ついでにママがついてきただけよ。

これから色々忙しくなるの。

今日しか、タイミングがなかったのよ」


 ミルは顔を真っ赤にする。


「ちょ、ちょっと!

まさか見ていたの?」


 それはないだろう。

 ラヴェンナは大きなため息をついた。


「そんなことしないわよ。

プライベートを盗み見する気なんてないわ。

だから推測しただけよ」


 ミルはホッと胸を撫で下ろす。


「そ、そう……。

それでラヴェンナが、アルと私の子供なの?

実感がないけど……」


 ラヴェンナは面倒くさそうに、体を起こす。


「概念的にね。

説明は面倒なので、あとでパパに聞いてよ。

ママだって面倒な説明は、人に丸投げするよね。

私知っているんだから。

だからこれは、ママの影響よ。

じゃあ本題に移りましょう。

火山噴火の話よ」


 ミルは心当たりがあるのか、目を逸らす。

 思わず笑いだしそうになるが……。

 あとの説明が面倒だなぁ。

 とはいえなにを話してなにを話さないか……。

 それを俺に委ねたのだろう。

 こう見えてラヴェンナは相手のことを考えるからな。


「噴火の話は、最近でてきたばかりだと思うが?

よく知っているな」


 ラヴェンナはフンスと胸を張った。

 この仕草はキアラそっくりだ。

 ミルも口には出さないが同感らしい。

 妙に感心した顔をしている。


「そりゃ応接室に、私の像があるからね。

私の像があるところに、耳と目があるようなものよ。

プライベート空間の像からは意識を切っているけどね。

それでこの話は……。

本来なら伝えないつもりだったの。

でも火山噴火の話がでてきて、現実問題に直面しそうだからね。

だからギリギリ話せるようになったのよ。

ホント神様は制約が多いわ。

まあ無制限の神だと力が弱いけどね。

それで話を戻すわ。

私はこの世界の記憶を一部持っているのは覚えているわね?」


 ミルが俺になにか聞きたそうな顔をしているが、今はラヴェンナの話を進めるほうが先だ。


「そんなこともあったな」


 ラヴェンナはウンウンとうなずく。


「それと類似の話だけどね。

古代人の神々の話がでていたわよね。

本物の神の私に言わせれば、あんなのは違う。

あれはただの異世界人。

以前話した世界の狭間に生きていた存在って、火山噴火の副作用で生まれた存在なの。

だからその前後の記憶を持っているのよ。

その残滓を私が生まれたときに拾ったの。

だから異世界人のことや、火山噴火について間接的に知っているわ」


 意外なところから助け船だな。

 最も信用できる情報源だ。

 石版は古代人が盛っている可能性もあるからな。


「光の門からでてきた連中か」


 ラヴェンナは苦笑して、肩をすくめる。


「夢を壊して悪いけど、光の門からでてきたのは幻よ。

この世界の人々に、神と思わせるための幻影。

本体は一切、姿を見せていないわ」


「生身だと有り難みがないのか?」


 ラヴェンナはチッチッと指を振った。


「生身だとこの世界では生きていけないの。

だから空飛ぶ円盤に乗ってこの世界に来たみたい。

乗り物の中は完全に密閉されているから、外部の影響を受けないの。

あ……詳しいことは知らないからね!」


 つい聞きたくなるが、わかるはずないか。


「細かい理屈は聞かないでおくよ。

まずはラヴェンナが伝えたいことを教えてくれ」


「オッケー。

彼らが外出するときは完全保護服着用よ。

ただ姿を見られないように注意しているわ。

服に傷がついたら、死ぬからね。

どんな手を使ったのか謎よ。

とにかく知っていたようね」


 小型ロボットを、事前に送り込んで調査したのかもしれない。


「そんな危険な世界を選んだのか」


「異世界人の目的は、元の世界の延命。

それと平行して、この世界を彼らが普通に住めるよう作り替えちゃうこと。

テラフォーミングをするつもりだったみたいね。

元いた世界と似通っているんじゃない?

彼らの技術力ならそれが可能、と判断したのね。

現れた異世界人は所謂先遣隊だったの。

先に現地に入って、準備をする役割ね」


 ミルは目を白黒させている。


「テ……テラフォーミングってなに?」


 テラフォーミングは使徒語で伝わっていない。

 ゴキブリを火星に送り込むマンガを、歴代の使徒は読んでいなかったようだ。


 どう説明したものか。

 ラヴェンナは、少し考えて肩をすくめる。


「世界を自分たちが住みやすいように作り替えることを示す言葉よ。

神様用語だとでも思っといて」


 説明を省いたな。

 神様用語で押し切るつもりか。

 ミルはラヴェンナが、詳しく答える気がないと悟ったのだろう。

 小さなため息をつく。


「え、ええ……」


 テラフォーミングか。

 そうなると……。


「その話だと、この世界は作り替えられたあとなのか?」


 ラヴェンナは笑って、首を振った。


「いいえ。

結論から言えば失敗したわ」


 それだと少し安心だな。

 作り替えられたあとだと、かなり真剣に石版の解読が必要になる。

 まず順々に話を聞いていくのが良さそうだ。


「来た目的のひとつとして、元の世界を延命すると言ったな。

これは答えられるか?」


「それは大丈夫。

異世界人の世界は瀕死だったみたいよ。

なんか魔力が尽きてしまったようなの。

文明が発展しすぎて魔力を消費しまくってね。

自然回復が出来ない程よ。

気がついたときにはもう遅かった。

だから移住を決断したのね。

ただそれには時間がかかるわ。

魔力に満ちあふれた世界から魔力を引き込めば、1000年は延命できると計算したみたい。

そこで候補に挙がったのが、この世界だったってことよ」


 詳しい技術はわからないだろう。

 ただハッキリしたのは、異世界に移動できる技術が存在することか。


「異世界人は、違う世界を調べることも移動することも出来たわけだ」


「そうなるわね。

次元を飛ぶ技術は持っているわ。

ただそれは一方通行なの。

それも自然に存在する次元の穴を利用するしか出来ない。

理論的に穴を作れるらしいけど、必要なエネルギーは用意できなかったらしいわ。

ちなみに同次元内で、他の居住可能な惑星に移住はかなり難しいの。

同次元での速度の限界は光速らしいわ。

物質としての制限値ね。

超えると次元を外れて、どっかにいっちゃうみたい。

それより次元を移動したほうが、ずっと早くて楽なのよ。

これは異世界人の知識を垂れ流しているだけだからね。

そういうものだと思って。

当然他言無用よ」


 たしか光速ですら、宇宙の移動はとんでもない時間がかかる。

 ミルは理解の範囲を超えた話に完全な無表情だ。


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