717話 植物の自己主張

 予想より早く、エルフたちがやって来た。

 それだけ追い詰められていたのか。

 ヴェルネリとミルに出迎えを頼んだあとで、族長に来てもらうことにする。

 族長を呼ぶのは諸々の説明と手配が済んだあとだ。

 暫くかかるだろう。


 族長が来るまで決裁をしていると、オニーシムとシヴィ、そしてカルメンが俺を尋ねてきた。

 至急の用件っぽいな。

 まず、そちらから片づけよう。

 なにせ直接執務室にやってきたからな。


「珍しい取り合わせですね。

どうしましたか?」


 オニーシムが髭をいじりながら、渋い顔をする。


「ご領主が調査を依頼したミントの件だ。

基本的な構造は、レベッカが突き止めてな。

あとの調査を、ワシらが頼まれたわけだ」


 カルメンが、身を乗り出してくる。


「このミントモドキですけど……。

ミルヴァさまの推測通り魔物なのは確実です。

でもこの段階では魔物ではありません」


 気になる言い回しだな。


「今は一種の植物であると?」


 カルメンは、難しい顔をする。

 珍しいな。


「魔物の核みたいなものです。

それが植物の姿をしています。

ここまではレベッカさんが感知してくれました。

核なので成長すると、魔物になります」


「放置しても魔物になりますか?」


 カルメンは小さく首をふった。


「特殊な条件があります。

これは他の植物とも簡単に交雑するので、その場合は植物になってしまいます。

普通の植物に負けてしまうほど、核としては非力でしょうね。

だから一定の純度を維持させて繁殖させる必要があります。

純度を維持する方法が、メモにかかれている栽培方法なんですよ。

ただ相当数繁殖しないと成長しないようです。

つまり普通の栽培では変化しません」


 数か……。

 問題はどれくらい必要かだな。


「どのくらいあれば変化するかわかりますか?」


 カルメンは、ペロリと舌をだした。


「正確な数はなんともです。

ただ数株程度ではダメでしょうね」


 それもそうだな。

 わかるはずもないか。


「意味がありそうな仕掛けですね。

ある意味失敗作とでもいうべきですが……。

失敗作だからこそ、世界の破滅を狙うなら有効なのでしょうね。

深刻な副作用や破滅的な効果をもたらすものは、失敗作になりますから」


 カルメンも同意見なのか、肩をすくめる。


「嫌らしいことに、それまでは普通のミントと然程変わりません」


 しかし……簡単にわかるものなのか。


「よくわかりましたね。

見ただけでわかるものなのでしょうか?」


 カルメンは苦笑して、口に手を当てた。


「ミルヴァさまのヒントがなければ、もっとかかりましたよ。

魔物だとアタリをつけたから早くわかりました。

一部の変化する魔物に備わっている特性に酷似しています。

合体して融合するタイプのヤツですね。

特定のスライムなんかは、自我を持ちません。

ですが融合して変化することで、個としての意識を持ちます。

魔力の動きが酷似していたと聞きました。

クノーさんも同意見だそうです」


 パトリックにまで確認を取ったのか。

 それならほぼ確実かぁ。


「融合して成体になる。

その結果自我を持つとして……。

どんな魔物になるでしょうね」


 カルメンはニヤリと笑う。

 待っていました、と言わんばかりだ。


「通常の魔力の流れとは別に独立した流れがあります。

ごくごく微弱の魔力で、ほぼ眠っている特性です。

成体になると眠っている特性が目を覚ますでしょう。

それは人の魔力を吸い取るタイプに一番近いと思います」


 ただ吸い取ることは有り得ないだろう。

 自分を維持するためだろうか?

 それともなにかをするために吸収するのか


「ただ吸い取るだけなのでしょうかね?」


 カルメンはシヴィにウインクした。

 待っていましたとばかりに、今度はシヴィが身を乗り出す。


「これは植物にも似せてあります。

眠っている特性は、大きな花を咲かせるものに似ていますね」


 ちょっと疑問があった。


「気持ち悪くありませんでした?

ミルはちょっといやそうにしていましたから」


 シヴィの顔から表情が消えた。

 あ……これは、かなりいやだったパターンだ。


「それはもう……。

吐きそうでしたよ。

でもあの、発酵したニシンよりマシです。

あれを乗り超えた私なら耐えきれます!」


 握りこぶしを天に突き上げたシヴィは肩で息をしている。

 オニーシムとカルメンは、露骨に視線を逸らしていた。


 エルフ殺しの名前を生んだだけのことはある……。

 ただ……。

 なにを言っても、地雷を踏みそうだ。


「そ、そうですか……」


 シヴィはハッと我に返った。


「すみません。

ちょっと恨み言が漏れてしまいました。それで特性の話に戻しますね。

大きな花は、花粉を飛ばすタイプだと思います。

その意味がわかりません。

同じような花がいないと受粉しませんからね。

成体になったら、もう別物になるので……。

ミントモドキの種を蒔くわけでもないのです」


 恨み節って、好奇心に負けて自滅しただけのような……。

 突っ込んだら、やぶ蛇になりそうだ。

 オニーシムがボリボリと頭をかく。


「そこでこのミントモドキを調べていると、不思議なところがあってな。

なにかの鉱物と引き合うようだ。

もしかしたら、花粉はその鉱物に引きつけられるのかもしれない。

ただなぁ。

ドワーフですら知らない鉱物なのが、気になる。

成長させればわかるが……。

危なっかしくてそんなことはできない。

だがこれだけ、大がかりな仕組みだ。

絶対になにかの意図がある。

アイオーンの子が、なにか企んでいるだろう?」


 当然だろうな。

 クレシダはムダなことをしないだろう。

 俺の気を引きたくて仕方ないのだ。

 いい迷惑だよ……。


「たしかに不気味ですね……。

それで他に、なにか気になる部分はありますか?」


 シヴィはポンと手を合わせた。


「あ、それなんですけど……。

この状態でだす香りは、魔物避けになります。

と言っても、そこまで強い成分ではないですけど……。

一部の魔物は避けると思います。

さすがにレベッカさんも、どんな魔物避けかはわからないのです」


 推測に推測を重ねているからな。なにか別のアプローチが欲しいところだ。

 ちょうどいいな。

 ティトの仕事がとんでもないことになっている。

 誰かに助けて欲しがっていたからな。

 オニーシムたちに、翻訳を頼むか。


「ちょっと皆さんに、お願いがあります。

ジョクス図書館長が古文書を解読していますが……。

実は地下都市の資料庫が見つかったのです。

そこに大量の石版が収納されていましてね……。

量が多くて、翻訳に手が回らない。

そちらの解読を手伝ってもらえませんか?

公表するかは、内容を吟味してからになりますけど」


 オニーシムは髭をいじって、ニヤリと笑った。


「構わんぞ。

古文書になにか発明のヒントがあるかもしれないからな。

職員も興味を持っている連中が、結構いる」


 どうやら古文書に興味があるらしい。

 オニーシムがやる気をだしてくれるなら安心だ。


「ではジョクス館長には、私から話を通しておきます。

皆さんは資料庫の解析をやってもらいましょうか。

技術開発省の職員たちなら、機密にも慣れているでしょうから。

石版をそちらに送るようにしましょう。

翻訳の指導者も会わせて派遣してもらうことにします」


 ものすごくいやな予感がするなぁ。

 急いで報告にくるだけの話だと思う。

 アルカディアでこの条件を満たすまでの繁殖はしていない。


 だがそこまで狙っているなら、成体になるまで繁殖させるつもりだろう。


 クレシダならどうする?

 違うな。

 俺だったらどうするか。


 人々が先を争ってミントを植えるように仕向ける。

 そうすれば勝手に条件は満たされるわけだから。


 魔物避けか……。

 半魔が寄ってこないなら、条件は成立するなぁ。

 確認するにしても、地下都市にいまだ半魔がいないとダメだ。

 それに今も生きているなら変異しているだろう。

 そもそも通用するのか……。


 さらに……これを持ち出すのは、危険な気がする。

 簡単に繁殖すると言っているからな。


 だが試してみる価値はあるか。

 シルヴァーナに、ちょっと頼んでみよう。


 危ない橋だが……。

 効果があるなら、安全な魔物避けの植物が生み出せるかもしれない。

 

                  ◆◇◆◇◆


 3人が帰ってから、オフェリーに石版翻訳の手配をしてもらう。

 俺からの頼みは珍しいので、ウキウキしながら動いてくれている。


 物思いに耽っていると、ミルが執務室に戻ってきた。


「移住はどうですか? 問題がなければいいのですが」


 ミルはほほ笑んで、俺の隣に座る。


「それは大丈夫よ。

最近仕事が減ってきた、移民省の人たちが張り切っているから。

それで族長さんは、応接室で待ってもらっているわ。

ヴェルネリさんも一緒よ。

あとキアラも、すぐ来るわ」


「ではキアラが来たら、お話を伺いにいきましょうか」


 すぐにキアラはやって来た。


「お待たせしましたわ。

そういえば、カルメンが来ていたようですけど……。

なにかありましたの?」


「ええ。

あとで話しますよ」


 応接室ではヴェルネリと女性のエルフが待っていた。

 エルフの族長か。

 シルバーブロンドに、青い瞳。

 白い肌の美女といったところか。


 軽く、挨拶を済ませた。

 女性は、セラフィーナ・ペルトサーリと名乗った。

 挨拶が終わったあと、セラフィーナは深々と頭を下げる。


「このたびは、突然のお願いをお聞き入れいただき、感謝致します。

それだけではなく、道中の配慮までしていただきました。

お礼の申し上げようもありません」


 どうも、背中がむずがゆい。


「受け入れると決めた以上、なにか問題が起こってはよろしくないでしょう。

ペルトサーリ殿の一族は不安になりますからね。

それは誰も得にもなりません。

当然の配慮ですよ」


 セラフィーナは困惑顔になる。

 なにかまずいことを言ったろうか……。

 俺が首をひねると、ミルは小さく笑った。


「ペルトサーリさん。

アルはこういう人で、悪気があるわけじゃないのよ。

ただお礼を言われたり褒められると……。

素っ気ない対応になっちゃうの」


 キアラはジト目になる。


「お礼を言われたとき、素直に受け入れればいいのですけどね……。

悪い癖は、相変わらず治らないですもの」


 なんか俺が責められている。

 ヴェルネリは真面目腐ってせき払いした。


「アルフレードさまは、言葉より行動で示される希有な権力者ですよ。

我々のことも大変尊重していただいています。

歓迎しない限り受け入れません。

それは私が保証しましょう」


 つい頭をかいて誤魔化したくなる。


「これは失礼しました。

せっかく移住されたのです。

ペルトサーリ殿の一族に安心して暮らしてもらえるのが、なによりのお礼になります。

勿論、そうしていただけるよう配慮はしますよ」


 セラフィーナは困惑しながら、頭を下げた。


「恐れ入ります。

失礼ですが……。

ミルヴァさまがおっしゃっていたとおり、変わったお方ですね。

ですが、本心から受け入れていただけることはわかりました。

我々もラヴェンナのお役に立てるように努力します」


「と、ともかく……。

慌ただしいなか、お越しいただいたのは、お伺いしたいことがあるからです」


 セラフィーナは真顔に戻ってうなずいた。


「元の居住地で感じた異変についてですね。

魔物のような植物のような、奇妙な気配でした。

だからこそ敏感に感じつつも、恐ろしくて近寄ることもままならない状態だったのです」


 その違いが、実はわからない。

 冒険者でもないし、魔物について詳しく知らないのだよな。


「植物の魔物とは違うのでしょうかね」


「植物の魔物は、植物の形をしているだけですので……。

エルフは感知出来ないのです」


 そうなると現物を見せて確認するほうが早いな。


「なるほど……。

もしかしてあれかな。

キアラ。

例の苗を持ってきてください」


 キアラも感づいていたようだ。

 ニッコリ笑って席を立つ。


「わかりましたわ」


 キアラは部屋の外で控えている親衛隊に、頼み事をする。

 苗が来るまでに、別の話をしようか。


「以前は人里離れた森でも、人の気配を感じたことはありませんか?」


 セラフィーナは恐縮そうな顔で縮こまる。


「ご期待に添えず、申し訳ありません。

私は族長になったのは、100年ちょっとなので……。

そこまで感知が及ばないのです」


 それなら仕方ないな。

 困ったな。

 話をつなぐネタが……。


「こちらこそ失礼しました。

それにしても移住を決断するのは大変だったでしょう」


 セラフィーナの表情が曇った。


「そうですね……。

土地を離れることは、皆が渋っていました。

ただ不気味な気配を感じ、決心出来たようです。

年長者ほど、不気味な気配を敏感に感じたようですね」


 エルフでない俺が聞いて理解出来るかわからないが……。


「ちなみに不気味な気配って、どんなものでしょうか?」


 セラフィーナは暫し、目をつむった。

 やがて小さく息を吐き出す。


「ご存じの通り、我々エルフは植物と交感出来ます。

ただ感じたのは、植物のようで植物でない感覚とでも言いますか……。

それはものすごくいやな感覚がするのです。

人間にもわかりやすい言い方をすると……。

引っ越してきた隣人たちが、人間の姿をしたなにかだと思ってください。

無表情にこちらをじっと見ているけど、なにかを強烈に訴えてくる感じです。

すごく気味が悪いですよね」


 わかりやすく表現してくれたな。


「たしかに気持ち悪いですね。

私がひとりなら逃げたくなりますよ」


 セラフィーナは真顔のままうなずいた。

 どうやら本当に気味が悪かったらしい。


「私も一度感じましたが、悪寒と嫌悪感がものすごかったですね。

しかも普通の植物はこちらから交感しないと、反応を返してくれません。

あれは違いました。

自己主張がすごかったですね……」


 植物の自己主張ってイメージが湧かないな。


「どんな自己主張ですか?」


「ものすごい飢えです。

普通はそんな感情など読み取れません。

とても気味が悪くなりました。

年長の方々は目眩がするなど、もっと酷いものでしたから」


 自然と交感出来るなら、感受性が強いだろう。

 そこに、そんなものが混じってくるとキツいだろうなぁ。


「まさに魔物のようですか」


 セラフィーナは、小さく身震いしてうなずく。


「魔物と交感はできませんが……。

たぶんそうだと思います。

それでもう、ここには住めないと悟ってしまいました。

それで藁にもすがる思いで、ヴェルネリ殿を頼った次第です。

まさか都市に住んでいるとは、思いもよりませんでした。

それでも普通の都市と違って、とても、居心地が良くて落ち着けます」


「それはなによりです。

基本的な区分けをしたあとは、エルフの方々に開発を委ねましたから。

人が思い込みで押しつけるより、ずっとマシですからね」


 セラフィーナは目を細めたが、突然嫌そうな顔をした。

 ヴェルネリも僅かに、顔を歪める。


 苗が届いたか。

 ヴェルネリの反応が薄いのは、はじめて接することが大きいだろうな。

 いやな感覚を体験すると、それに過敏になるというヤツだ。

 ほぼ確定だな。

 

 扉をノックする音がしたので、キアラが扉を開ける。

 使いの者から、苗の一部を受け取ったようだ。


 キアラがテーブルの上に苗を置くと、セラフィーナが僅かにのけぞった。

 

「間違いありません。

この感覚です。

もっと強くて不快なものですが……」


 やはり……あそこで作っていたのか。


「なるほど。

やはりですか」


 セラフィーナがいぶかしげな顔をする。


「これは一体……。

見た目は植物ですけど、異なります。

そもそも……。

何故このようなものを持っているのでしょうか?」


 ここは、正直に話すべきだろう。

 疑念を持たれても困る。


 アルカディアでミントと称して配られていること。

 情報屋がそれを持ち帰ってきたと説明した。


 加えて他言無用の未確定情報と断った上で、成体に変化することも説明する。

 全員の顔が険しくなった。


 その上で、セラフィーナに聞きたいことがある。


「ペルトサーリ殿。

恐らく感じられた気配とは、これが成体になったためだと思います。

そのとき異変はありませんでしたか?

無関係と思えても構いません」


「そういえば……。

異変のあった方角から、キラキラするものがどこかに飛んでいきました。

まるでなにかに吸い寄せられるようでした。

ただ一瞬だったので、目の錯覚かもしれません。

そのあと不気味なほど静かになりました」


 それは果たして、契約の山なのだろうか。

 たぶんそうだろうが……。

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