714話 閑話 それぞれの悩み
使徒ユウはいつになく張り切っている。
周囲は心配するが、どこ吹く風だ。
矢継ぎ早に改革案をだして、新しい社会構想に熱中していた。
実現性がないなどと、トマは文句をいう。
だがそれを一蹴する。
やらなければ進歩しない。
やってしまえば、それで慣れるだろう。
転生前の経験から、上が指示すれば、下は嫌々でもやると学んでいる。
自分がするのは、曖昧で意味不明な指示ではない。
確実に、世界をよくする指示だ。
そう意気込むユウだが……。
悲しいことに、転生前でも優秀と評価されないタイプの社員だった。
指示にはイエスというが、指示の確認などをしない。
指示を再確認すると、上司から怒鳴られるのでユウだけの責任ではないのだが……。
成果物は当然、
上司も指示したときに明確なビジョンがあるわけではないので、成果物を見てからのダメだしが日常茶飯事であった。
怒鳴るほど頑張っていると評価され……。
残業を繰り返すほど頑張っていると評価される。
本来なら、いつ倒産してもおかしくない。
だが生き残るカラクリは存在する。
みなし残業制度を悪用しており人件費は一定。
さらには社長が大手企業から独立した社員だったので、そのコネで仕事をもらえ続けている。
その大企業は基本グループ企業内でしか取引をしないのだが、例外的にグループ外とも契約する。
それでもその企業の出身者が立ち上げた企業に限られた。
企業文化が独特なので、異なる文化との協業は非効率的だと判断しているからだ。
グループ企業に回すほどでもない規模のプロジェクトに限り、外部に委託する。
そんな理由でユウの在籍していた会社は潰れずに済んでいた。
その社長は前時代的な仕事のスタイルで、イエスマンを揃えるタイプ。
問題が起これば、なんでもいいから対処しろという。
立ち止まって冷静に判断するなど怠慢だと思っている。
頑張っている姿勢こそが大事なのだと信念を持っているのだ。
そんな会社だったので、離職率は高い。
ユウが転職しないのは転職活動が面倒だから、とうそぶいていた。
それは建前にすぎない。
転職を試みたが、自己評価と市場の評価が一致せず諦めたのだ。
すべてがユウ本人の責任とは言い切れない。
そんな会社で自分の価値を高めるスキルは習得しにくい。
このような社会人経験しか持たない男がやる仕事は……。
皮肉にも馬鹿にしていた、転生前の会社と同じであった。
それしか知らないので、仕方ないと言えば仕方ない。
使徒の力で、転生前の情報を取ってこようにも……。
効率的で正しい仕事のしかたは、どこかのwikiにのっているわけもない。
つまりは、自分の経験が頼りなのであった。
社会人経験とは、普通の会社で経験を積んでこそ、社会人経験たり得る。
偏った組織で偏った経験を、いくら積んでも偏った経験しか積めない。
むしろそれに特化してしまう。
経験とは時間ではなく、質が問われる。
その点でユウには偏った経験しかなく、それを指摘してくれる存在もいなかった。
仮にいたとしても、敵意をむき出しにして遠ざけたろうが。
それでもユウなりに、工夫はしていた。
トマには図で社会の仕組みを示して、指示をしている。
全体ではなく、部分ごとの図だが。
転生前の社会が正解なのだから、部品だけつくればあとは勝手に繫がるだろう。
そう暢気に構えていたのだ。
銀行の設立が最後の指示となり、ユウは満足気だった。
本当は証券取引所まで導入したかったが、自分でもわからなかったので止めたのだ。
経済が発展すると勝手に実現したはずだ、と思って放置することになる。
そんな自己満足にひたるユウは、自室で昼間から酒を飲んでいた。
こんなときはカールラが酌をするのが、役目となっている。
マリー=アンジュであればそれとなく
これもユウの寵愛がカールラに移った原因のひとつであった。
上機嫌なユウに、カールラがほほ笑む。
「ユウ。
トマへの指示は終わったのよね?」
ユウは薄笑いを浮かべて、肩をすくめる。
「ああ。
トマは馬鹿だから、図まで用意してやったんだ。
あとは自分の首をかけて頑張るだろう」
「頑張ってもトマだから難しいかもね……」
ユウはトマが実行できるとは思っていない。
だがトマがしくじれば、なにがダメかわかる。
それを見て修正すればいいと思っていた。
成果物を見てからのダメだしを、転生前は無能だと内心軽蔑していたのだが……。
自分がそれをやっていることに気がつかない。
「馬鹿でも命がかかれば、必死にやるさ。
自分のことを、能吏だと思っているんだ。
出来なければ国民の前で懺悔させるよ。
その後で出来るヤツを探して任せればいい」
カールラはユウが、トマの実力を信用していないことに
だがひとつ問題がある。
トマが権力を握っていれば、
まともな人間が次期大統領になったら、戦争などするだろうか。
カールラとしては痛し
「そうね……」
「カールラは心配性だな。
上手くいくって。
皆にも寂しい思いをさせたからなぁ。
しばらくは嫁たちのケアをしないとな」
カールラは以前からの計画を実行する、いい機会だと思った。
ユウを思いのままに動かすには、タイミングが大事なのだ。
「その件なんだけど……。
話をしてもいいかしら?」
「なんだい?」
カールラは、すこし
ユウを操縦する初歩的テクニックであった。
「ユウのハーレムに入りたいって、話が殺到しているのよ……。
今は新しい世界に向けて全力を注いでいるから余裕はない。
そう断ってきたけど……。
断るのも気の毒になってきたわ」
ユウはため息をついたが、口元はニヤついている。
「やれやれ。
僕は女に飢えているわけじゃないんだがなぁ。
でも新しい世界をつくる僕に、魅力を感じたなら仕方ないな。
じゃカールラが、適当に見繕ってよ」
「助かるわ。
じゃあ何人か、ユウに気に入って貰える娘を選んでおくわね」
◆◇◆◇◆
トマ・クララックは怒りのあまり顔を真っ赤にしながら、役人に当たり散らしている。
使徒ユウから図とざっくりした説明だけで、制度をつくれというのだ。
さらにはカールラまで同席して、自分を馬鹿にする素振りを隠さない。
これが許せなかった。
使徒の制御がまったく出来ていないぞ。
喉までこみ上げた言葉をギリギリで飲み込む。
使徒の前で言い争いは不利なのだ。
トマは良くも悪くも、ロマンに取り入ることに特化しすぎた。
トマ本人は意識していないが、ロマンに対してやったことが、常識になってしまっている。
かくして言われたままを、役人に指示する。
お前たちで考えてなんとかしろ。それがトマのスタンスだった。
だが役人が失敗しては、自分を守る盾がない。
これが成功するとはとても思えなかった。
なんとかしなくてはいけない。
だが独力で反抗できるかと言えばムリ。
なにか災害が発生して、すべてご破算になるか……。
突然、使徒が死ぬなりすれば安泰だと考える。
今更、他国やアラン王族の元に逃げても殺されるのがオチだ。
人は追い込まれるほど、本性が現れる。
トマのそれは他力本願であった。
それ故に各地から寄せられる異変を示唆する情報は、無意識に無視してしまう。
情報はすべて、トマに集まる仕組みが継続している。
普段から苛立っているので、報告者を罵倒までする始末だ。
かくして情報の報告は途絶えてしまう。
なにかの異変を望むトマにとっては、自分が望む報告だけを欲していた。
疫病が蔓延するとか火山が噴火してもいい。
ユートピアの住民が妙に元気だ。
ミントを配る老婦人。
食糧が不足していた僻地の食糧事情が、何故か改善した。
そんな報告は、願望にそぐわないのであった。
ユウは大統領に就任しているが、民主化を導入するだけが仕事だ、と断言している。
結果的に通常の行政は、トマの管轄のまま。
つまり、まったく対応しないのであった。
◆◇◆◇◆
シケリア王国のクリスティアス・リカイオスの屋敷でのこと。
フォブス・ペルサキスは屋敷の主クリスティアスに呼ばれている。
人払いされており、ふたりきりだ。
フォブスはクリスティアスの様子に、驚きを隠せなかった。
目の下に
あの魔王に踊らされて、このザマか。
喧嘩を売った相手が悪すぎた。
そうフォブスは、内心で嘆息した。
クリスティアスは苦笑する。
「最近はよく眠れなくてな。
周囲は敵だらけだ。
愚痴はよそう。
ペルサキスを呼んだのは、頼みがあるからだ」
フォブスは、会う前まで……文句を言ってやろうかと思っていた。
だがこの様子を見て気が失せてしまう。
だから甘いのですと、ゼウクシスに説教をされていることは常である。
「領内で暴れている野盗への対策だろ?」
クリスティアスは力なくうなずく。
「話が早くて助かる。
誰も退治にいかない。
指名しても追い払ったと胸を張って帰ってくるが……。
戦ったわけでもない。
知っているだろうが……。
最後に派遣したヤツは、とんでもないことをしてくれた。
おかげで野盗が前より活発に暴れ出す始末だ。
こうなってはペルサキスに頼るしかあるまい」
いかなる手段を用いても野盗を討伐せよ、と送り出した将軍が大失策を犯したのだ。
詳細を聞いたとき、フォブスは自分が呼ばれると確信していた。
だからこそ条件をつける必要がある。
ただの野盗ではない。
確実にあの魔王の配下だろう。
「だろうなぁ。
受けてもいいが……。
条件がある」
クリスティアスに、フォブスを最近冷遇していた自覚がある。
恥を忍んで頼む以上、なにか要求が突きつけられることは覚悟していた。
「可能な限り受け入れるつもりだ」
「なら時間をくれ。
前の将軍が下手をうったせいで、余計状況が悪くなった」
将軍が野盗を捕まえられないことに、腹を立てたのだ。
その苛立ちは、野盗から穀物の供給を受けた街が標的になる。
野盗とグルになった、と言い掛かりをつけて襲撃した。
良識ある民なら、野盗の討伐に協力するのが筋だというのだ。
かつ別の町で野盗をおびき出そうと考える。
野盗がこなければ町を焼き払うと宣言。
まるで、立場が逆だ。
当然、野盗が来るわけもなく、見せしめとして町を焼き打ちした。
将軍にも言い分はあった。
そもそも野盗が、民衆の支持を得るなど常識外だったのだ。
だからこそ、民は野盗に協力していると思った。
だがこれはとんでもない悪影響を及ぼす。
これでクリスティアス陣営が、民衆の敵となってしまった。
慌てたクリスティアスが、将軍を呼び戻して処罰したが……。
既に後の祭りである。
クリスティアスの権威は、回復不可能なほどの傷を負う。
さらには国王から質問という名の糾弾をされる始末だ。
かくしてペルサキスを投入するしか、手がなくなってしまった。
「わかった。
ただ兵数は、多く回せない。
野盗は2~300程度と聞いている。
廻せるのは3000程度が限界だ。
ラヴェンナの軍が、侵攻の構えを見せているからな。
それ以外はペルサキスに、すべて任せる」
フォブスは黙ってうなずいた。
クリスティアスが前言を翻すのはわかりきっている。
側近たちは確実に讒言するだろう。
それまでに敵を捕捉できるか。
フォブスにも自信がなかった。
ただこんなのでも、自分の故郷なのだ。
見捨てることは、出来ずにいた。
やっぱり自分は甘いのだな、と自嘲するフォブスである。
だがその甘さ故に、兵士たちや民衆からの信望は絶大なのも事実。
だからこそクリスティアスも、最後に頼るのはフォブスなのであった。
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