713話 大臣に必要な資質
パンとミントの調査を依頼したが、すぐに答えは出ないだろうな。
アイオーンの子に関する古文書の翻訳は、正式版が提出された。
大筋は変わっていない。
この情報の精査は、ライサが古代都市に拉致されているためストップしている。
調べたいことは多いが、手が回らない。
だが焦ると、希望的観測に飛びつくことになる。
エルフたちの移住に関しては、各領主に通行の許可を取り付けたので、これも待ち。
順調なのは対リカイオス作戦のみか。
冬を越えて春に向かうも、俺の気は晴れない。
そういえば、マリー=アンジュの体調がかなり良くなったらしい。
歩けるまでに回復した、と嬉しそうにオフェリーが話してくれた。
皆には遠慮して、ふたりきりのときに聞いた話だがな。
いつか俺に会って、お礼を言いたいらしいが……。
まだ時期尚早だろう。
俺が認めているから、皆認めているだけだ。
皆の感情は様々だろう。
とくに人の感情は、理屈でどうこうなる話じゃない。
俺が会ってしまうと、正式に受け入れたと思われるだろう。
だが周囲はモヤモヤするはずだ。
なにかの拍子に、不満が爆発しかねない。
だから受け入れるのであれば、周囲の理解が必要だろう。
今は消極的だが、オフェリーたっての願いで受け入れているだけだ。
それも衰弱しきっているから、表向き反対など出来ない。
快方に向かえば、話が変わるだろう。
急がば回れだ。
俺への礼は不要。
オフェリーとルグラン特別司祭の願いを聞いただけなのだから。
それでも礼をしたいのであれば、ラヴェンナのためになにかしてほしい。
それだけを伝えることにした。
安易に受け入れては、誰も得をしない。
それは、あまりに愚行というべきだろうな。
オフェリーに俺の真意が伝わったかは不明だが、とくに異論はないようだ。
そして俺がどうこうより、本人が行動しなければ意味はない。
辛い場面に出くわすと思うが、それを乗り越えるか……逃げるかは本人次第だ。
それより目の前のスケジュールが山積み。
ラヴェンナ記念公園の開設、ベルナルドの立像除幕式。
港の拡張も、完成が見えてきた。
あとは新邸が7割ほど完成したと、報告を受けている。
全体の7割なので、屋敷自体は完成していた。
本来ならもう移ってもいいのだが、俺の暗殺計画がハッキリしていない。
つまり多数の作業員が出入りする現状、移住するのは好ましくないだろう。
作業人数が減った状態になってからの引っ越しが望ましい、と意見が出た。
かくして引っ越しは3カ月後と閣議で決まる。
親衛隊の詰め所は出来ているので、そこに人を移動させつつ、警備プランの再調整をはじめた。
王都の屋敷は完成しているが、リカイオス卿との戦いが終わらない限り、視察にいけない。
その件についてニコデモ陛下から、了解をとっていた。
慌ただしくても、トラブルは遠慮なく舞い込んでくる。
ラヴェンナにやってきた商会の船が横転してしまった。
港での荷下ろしの数は増えており、この横転によって大渋滞が発生した。
救助やその後の対応は、現場に任せている。
変に大臣が視察に向かうと、その対応のためのリソースが割かれてしまう。
視察は落ち着いてから行うとして、緊急の閣議を召集した。
「事故の対処は現場に任せるとして、我々には未来を考えた対処が求められます。
仮に港の拡張が完成したとして、このような事故が発生すると、どれだけ渋滞が発生するでしょうか?」
水産大臣ジョゼフ・パオリが渋面をつくる。
「湾の入り口で発生すれば、どうしようもありません。
それ以外だと場所次第ですね」
「事故はどれだけ抑止しても発生するものです。
頻度を減らすことは出来ますけどね。
事故が起こっても、被害を最小限に抑える施策が求められるでしょう」
商務大臣のパヴラ・レイハ・ヴェドラルがため息をつく。
「他領では、別の港に荷揚げしますね。
現状、避難港はパリエース地方にありますが……。
距離が遠すぎるので別物扱いです」
チャールズの代理として出席している軍務副大臣ロベルト・メルキオルリは、腕組みをしてアゴに手を当てる。
「沖合の島は、軍港としての意味合いが強いですね。
避難港まで開発をしていません」
そろそろ頃合いかな。
本来なら、早くに着手したかったが……。
危機感を共有してくれないと、議論が深まらない。
「そうなると避難港の開発が、必要になりますね。
多少困難でもやる価値はあるでしょう。
なにせ交易はラヴェンナに、大事な富をもたらしますから」
開発大臣ルードヴィゴ・デル・ドンノは首をかしげる。
「問題は適した場所があるかどうかですね」
「手間暇をかければ、という場所はあるでしょう。
それと今回の事故は、敵にヒントを与えることになりました」
ロベルトは渋い顔になる。
「ラヴェンナ港は軍港も兼ねていますからね。
湾の入り口で、船を沈没させられると出ることすら出来ません。
主戦力はラヴェンナ港に停泊していますから……」
「なので軍事面も踏まえた対策を検討してほしいのです」
シルヴァーナは、頭の後ろで腕を組んで退屈そうにしている。
「アルに腹案はあるんじゃない?」
つまり俺に決めろと言いたいのだろう。
だがこの件に、俺は首を突っ込まない。
「仮にあったとしても、まだ机上の空論です。
それと私がこの問題に関わり続ける余裕がなくなる可能性すらあります」
「つまりアタシらで決めろって言いたいんだね」
話が早くて助かる。
元々
「大臣ひとりでは手にあまるでしょう。
ただ全員のアイデアが必要かと言えば、少し違います。
別の問題が発生したときは、優先度の問題も出てくるでしょう。
どちらも重要ですがね」
シルヴァーナは口を
「勿体ぶらないで結論を言ってよ」
「この問題に対処するための会議を開きます。
関係省庁の大臣を中心に、必要な参加者を選定してください。
今回は水産省、開発省、軍事省、商務省ですね」
シルヴァーナは、目を輝かせる。
自分が出席しなくていいと思ったのだろう。
「この4人で決めろって話?」
「4名である必要はありません。
必要な人は、判断次第で増やしてください。
今回は市長にも、話を通す必要がありますよね。
閣議で決めるのは、会議の設立と関係省庁の決定。
会議は目的が達成されれば解散します。
あとは会議を主導する議長の選任でしょうか」
隣で考え込んでいたミルが、首をかしげた。
「議長ってアルみたいな役目のこと?」
ちょっと違うな。
説明が必要だな。
「いいえ。
議事進行係と……。
複数の会議が並立して、調整が必要なときの代表になります。
あとは閣議での報告役ですね」
「こうやって、自分の権限を委譲していこうって腹かい」
「そうですね。
必要がないと、真剣味も薄いでしょう。
事故は災難ですが、ただの災難で済ませる必要はないと思います。
いい機会ですよ」
シルヴァーナはニンマリ笑う。
「助かるわ~。
関係ない議題だと、欠伸を堪えるのが大変だもの。
でも大変よねぇ。
日々の仕事に加えて、この問題の対処でしょ」
「それが出来るからこその大臣ですよ。
ラヴェンナの役職は論功行賞ではありませんから。
その仕事が出来るからこその任命ですよ」
シルヴァーナは突然首をかしげた。
「そういえば、大臣ってどんな基準で選ぶのよ。
興味ある人は多いんじゃない?
アタシのところでも聞かれるわ」
「能力は当然ですが……。
大前提があります。
省庁のことしか考えられない人はダメ。
ラヴェンナ全体を考えられる人だけが、大臣に任じられます」
シルヴァーナは妙に感心した顔でうなずいた。
「冒険者ギルドでもあったわね。
部署が違うから知らんってのは通じないのねぇ」
「当然ですよ。
自分の省だけが良しとなる人が出世すると大変です。
どんどん既得権を増やして、統治機構は際限なく巨大化するでしょう」
シルヴァーナが慌てて、手を振った。
「ちょっと待った! また話が飛んでいるわ!
自分の省しか考えないやつが、なんで仕事を増やすのよ?」
「省のことしか考えないとは、省の力を増すことが最優先となります。
規制を増やして介入する対象を増やしますから。
それを実現するには、組織の規模も大きくしなくてはいけません。
待っているのは際限ない増税と、税が高い割に何もしない社会です。
全体を考えれば悪手でしょうけど……。
自分の組織しか考えないのであれば、気にもしませんよ。
そんな社会をつくるために苦労しているわけじゃありませんからね」
シルヴァーナは、ピンとこないようだ。
「そんなもんなのかなぁ?」
「領主が力を増やしたければ、領土を広げるか、支配を深化するでしょう。
それと一緒です。
役人にとっての領土は、口出し出来る問題。
つまり既得権の広さ。
支配の深化は、規制の数です。
ラヴェンナが役人を増やしているのは、最低限の人数に満たないだけです。
いずれ採用数は減っていきます。
統治機構は最低限で、税金を安くするのがいいと思いますよ」
キアラが突然挙手する。
「ちょっとお待ちください。
シルヴァーナさんとの雑談で、お兄さまが真意を話すことがあるから油断なりませんわ」
キアラはメモをとる体勢になる。
それを見たシルヴァーナは苦笑した。
「そりゃアルとアタシは友達だからね。
話が通じるから、丁寧に説明するのよ。
アルは話が通じない相手には、『そうですか』で会話しないけどね。
そうなったら別人のように冷淡になるわよ。
話が通じる相手には、かなり根気強く教えてくれるわ。
ほんと同一人物とは思えない位よ」
話が通じない相手に説明しても、時間のムダだよ。
「まあ……。
説明を手抜きすると、大変なことになりますからね」
キアラはニッコリと笑う。
「お待たせしましたわ。
珍しく具体的な将来の方針を聞けた気がします。
統治機構は最低限で、税が安い。
これの真意を教えてくださいな」
「税が安ければ、不満が減ります。
そこからこぼれ落ちた人を拾い上げるだけでいい、と思いますよ。
それとあれこれ役人が口出ししても、頓珍漢な干渉にしかなりません」
ミルは不思議そうに、首をかしげる。
「ラヴェンナの役人は、とても優秀だと思うわよ?」
「優秀なのは間違いありません。
私の密かな自慢でもありますから。
でも行政のやることは、最大公約数でしかないのですよ。
多民族だからこそ最大公約数であることが必要です。
法律の制定でもそうでしたよね」
「そりゃそうだよ。
あっちを立てれば、こっちが立たないんだ……。
ありゃ参ったよ」
「だから個々個別の問題を取りこぼすことがあるでしょう。
それを元々の有力者である代表者に丸投げしているのですよ」
ジラルドが苦笑してうなずいた。
「たしかに昔ギルドで、使徒が細かく規定を決めたことがありましたね。
結局破綻して無かったことになりましたが……。
決まり事は、最低限のほうが上手くいきますね」
そういえば、使徒が口を挟むことがあったらしいな。
善意で首を突っ込んだろうが……。
そもそも細かな規則は、ムリがある。
「親が子供に決まりを教えても、細かい部分は上手くいかないじゃないですか。
親子ですらそれです。
ましてや民と領主ではね」
シルヴァーナは妙に納得した顔で苦笑している。
「つまり出来ないことを頑張ってもムダなのね」
「ええ。
細かく統治者が介入して、上手くいく条件を満たさない限りはね。
最も現実的なのは単一民族で、慣習や常識が同じなら……。
ある程度は上手くいくでしょう。
それ以外だと、非現実的な前提が必要ですね。
世界のすべてを理解して、人の心すべて完璧に理解出来れば可能ですよ。
あとは未来も正確に見通せて、すべての事象の関連も理解出来ることでしょうか」
シルヴァーナは呆れ顔で、首を振った。
「それってムリジャン」
「でしょうね。
少し話が逸れました。
ラヴェンナ全体を考えることが出世の近道なら、皆そうします。
そうすると省の権益や統治の締め付けより、発展する結果を重視するでしょう。
あまり未来の選択肢を縛りたくはありませんが……。
明らかに間違っていることまで、選択肢で残す必要はないでしょう」
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