711話 大惨事の予兆

 どうも最近予想を外す。

 もうマンリオが戻ってきた。

 しかも自信満々で、土産まで持ってきたというのだ。


 仕方がないので、会うことにする。

 手順はキッチリ守るのが抜け目ない。

 このあたりの抜け目なさが、今まで生きてこられた要因だろうな。


 ミルとキアラを連れて、会いにいくことになる。

 オフェリーはマリー=アンジュの見舞いで不在だ。

 キアラは呆れ顔でため息をついた。


「マンリオを、甘く見ていましたわ。

あの図々しさは、予想外ですもの」


 逞しさは想像以上だった。

 前回、俺に価値なしと判断された情報を、抜け目なく金にしたのだ。

 

 広場で、自分は領主と知人の間柄だと言って、注目を集める。

 噓は言っていない。

 そこで俺に話した内容に、興味がないかと問いかける。


 小銭をとって、価値がないとした情報を、大袈裟に語りはじめた。

 情報ではなく、感情を共有する言葉にすぎないアレだ。

 俺が価値ありとして、金をだした情報は伏せていた。

 俺から咎められないよう、十分注意している。


 太鼓まで持ち出し、盛り上げるところで音をならす始末だ。

 大いに場を盛り上げたらしい。


 報告を聞いたときは笑いだしてしまった。

 そんなマンリオにフロケ商会が目をつける。


 元々、世間の情報を利用して、酒場の集客に利用していた。

 時事ニュースを酒場で知ることが出来るからな。

 いい話のネタになるわけだ。

 フロケ商会はマンリオと契約した。

 マンリオは、時事情報を執筆することになったらしい。

 とってきた情報が、俺に却下されても飯の種にする逞しさよ。


 思い出して苦笑してしまう。


「私も同じですよ。

あれだけ逞しいと、もう笑うしかありません」


 ミルは首を傾げている。


「なんか凄い人なの?

マリオさんの従兄弟って聞いているけど」


 キアラは、小さくため息をついた。


「小奇麗にすれば、従兄弟だとわかりますわ。

でも中身は、似ても似つかないと断言します」


 応接室に入ると、マンリオが手揉みをして立ち上がる。

 挨拶もそこそこに、本題に入ろう。


「マンリオ殿。

えらく早かったですね」


 マンリオはミルをチラ見してニヤニヤと笑う。


「いやぁ。

こんな奇麗な奥さまがいるなんて羨ましいですなぁ」


「ああ。

紹介していませんでしたね。

妻のミルヴァですよ」


 ミルは若干引き気味ながらもほほ笑む。


「マンリオさんよね。

私がミルヴァよ。

よろしくね」


 マンリオは鼻の下を伸ばしている。


「いやぁ……お優しい。

お偉いさんからこんな優しくされたのははじめてですよ。

旦那の悪辣あくらつさを、ミルヴァさまが中和しているって噂は本当だったんですねぇ」


 そこは否定しないが……。

 キアラが、不機嫌な顔でせき払いをする。


「マンリオ。

お姉さまに取り入るのはお止めなさい。

それでなにをつかんできたの?」


 ミルは少し呆れ顔だ。

 こんな言葉で取り入れないだろう。


 マンリオはボリボリと頭をかく。


「ええ。

ユートピアの情報でさぁ。

最も高いお金を頂けたのはそこでしたからね。

旦那は最優先でお知りになりたいかと。

それとは別ですが、興味深い話がひとつあります」


 そう考えたか。

 ユートピアの情報が入らなくなっているからな。

 問題はどこまで面白い話をしてくれるのだろうか。


「ではユートピアから伺いましょう」


 突然マンリオは真顔になる。


「おおっと。

その前に、相場の話をさせてくだせぇ」


 どんなものかわからない以上、値段の話をしても詮ないことだ。


「それは私が判断します。

前の話に比べて、どれだけ大事な話か。

それ次第で、前より払います」


 マンリオは頭をかいて、愛想笑いをする。


「相変わらずお厳しい……。

では商品をおだしします。

ユートピアに支援の手が入っていることはご存じですか?」


 言ってみただけか。

 油断も隙もありゃしない。


「ええ。

教会かは不明ですけどね」


 マンリオはニンマリと笑う。


「それなんですがね。

服装だけそれっぽいヤツらでした。

身分を誤魔化しているっぽいですぜ」


 予想はしていたが……。

 デマカセに金を払うわけにいかない。


「そう判断した根拠は?」


 マンリオは何故か遠い目をする。


「連中の立ち振る舞いですよ。

もし本当に教会の連中なら、カテドラリス流の所作になりましてねぇ。

礼儀作法ってのは、急に覚えるモノじゃないんでさぁ。

教会で勤めるようになると、そんな所作を徹底して仕込まれます。

言葉だけでなく動作もですぜ。

体にたたき込まれないと、輔祭にすらなれません。

昔真面目に働いていたときは、教会の生臭坊主の相手をしていましたからねぇ。

教会を騙って騙そうとする詐欺師もいるんでさぁ。

見分けられないと家令は出来ません。

そんな仕事は結構前に辞めましたが……。

カテドラリス流は1000年以上変わっていませんからね。

急に変えることはありえません。

すぐにピンと来たんですよ。

こいつらは偽物だとね」


 真面目に働いていたときを思い出したのか。

 たしかに合理的な判断だ。

 ユートピアの支援をするときだけ、わざわざ動作を変える必要はないからな。

 それに家令クラスまでいかないと、所作の違いを見抜けない。

 絶対にバレないな。


「なるほど。

よくわかりました。

それだけですか?」


 マンリオはニヤリと笑う。

 待っていました、と言わんばかりだな。


「いえいえ。

私を甘く見ないでくださいよ。

そもそもユートピアの住民は、病人だらけでした。

表向きは原因不明ですがね。

使徒サマの収穫した穀物が原因だろう、と皆思っていますよ。

裏では使徒病とまで言われていますからね。

ところが私がいったときには、ビックリするくらい顔色が良くなっていましてね。

こいつは臭いと思って……。

貧民のフリをして、施しのパンをもらってきました。

調べるとなにかあるかと思いませんか?」


 わかるかは不明だがな。

 もしもアイオーンの子が裏にいたら、どこまで追えるだろう。

 だがなにもないよりは、遙かにマシだ。


「そのパンは持ってきているのですか?」


 マンリオは鞄から、布に包まれたパンを取り出す。


「モチのロンでさぁ」


 広げた布に置かれたパンは違和感満載だった。


「変なパンですね。

乾いていないのですか?」


 普通乾くか腐るだろう。

 マンリオが満足気にうなずいた。

 俺が金を払う、と予想できたのだろう。


「でしょぅ。

1ヶ月以上前のパンですぜ。

これだけで怪しさ満点でさぁ。

使徒サマのパンは腐らないと聞きましたが……。

パンを配ったなんて話も聞きませんからね」


 たしかに怪しさ満点だな。

 ここまで食いついたなら、もう少し期待したいのだが……。


「その連中のあとをつけたのですか?」


 マンリオがブンブンと首をふった。


「とんでもない。

護衛はいたのですが、どう見ても堅気じゃない。

深入りはしませんでしたよ。

命あっての物種でさぁ」


 このあたりの諦めの良さが生き延びる秘訣ひけつか。

 そして今まで、しぶとく生きている理由もよくわかった。

 鼻が利かないと、とっくに死んでいるだろう。

 俺は、持参した袋に手を伸ばす。

 貨幣の音がすると、マンリオの目が輝く。


「わかりました。

このパンと情報を兼ねて、金貨30枚だしましょう」


 ミルとキアラは、驚いた顔をする。

 だがこれは、大きな価値があるだろう。

 なによりものを持ってきたことが大きい。


「おお……。

さすが太っ腹ですなぁ」


 パンを布に包んで、キアラの前にスライドさせる。


「キアラ。

これを調べてもらってください。

魔法なのか違うモノなのか……。

それを含めてですね。

くれぐれも口にしないように」


 カルメンが調べたら口にしかねない。

 首を突っ込みそうだからな。

 キアラは苦笑して、ハンカチでパンを包んだ。


「わかりましたわ。

マンリオ。

珍しくお手柄ですわ」


 はじめてキアラに褒められたマンリオは、相好を崩す。


「げへへへ。

今後もご贔屓に。

それでもうひとつ。

なかなか面白い話がありますぜ」


 今回のマンリオは冴えているな。

 だがこの男は、調子にのるとしくじる。

 しくじって追い込まれると復活する。

 追い込まれないと、能力を発揮しないタイプだな。


「伺いましょう。

内容次第で、もっとだします」


 マンリオは金貨を数えながら、懐にしまう。

 目尻がすっかり下がっていた。


「そうこなくっちゃ。

地獄耳の旦那でも、きっと知らないことですぜ」


 キアラは、小さくため息をつく。


「マンリオ。

調子にのらずに、さっさと言いなさい」


 マンリオはペロリと舌をだすが、まったく以て可愛くない。


「つれないですなぁ。

ミント配りの老婦人の話はご存じで?」


 ミント配り? 売るのでなくて配るのか?

 まったく想像できない。


「なんですかそれは?」


 マンリオはふざけた内容の割に真顔だ。


「プルージュのみならず、各地で噂になっていましてね。

不安な世情でしょう。

なにせ使徒サマの大改革で、若者が大人たちを軽視しだしているんでさぁ。

老人なんて老害扱いで酷いもんですよ。

まあ今までの常識が通じなくなって、年寄りはただ邪魔なだけの存在になっていますぜ。

まったく酷いもんですよ。

なにせ使徒サマが漏らした、余計な言葉が発端ですから」


 また余計なことを言ったのか。

 一応聞くか。

 報酬にはならないだろうが。


「それは?」


 マンリオは少しウンザリした顔だ。


「若者の為の政治をする。

これからの主役は若者だ。

大人たちはさっさと若者に道を譲るべきだ、と言ったそうですよ。

過去の慣習や実現性がどうのと、五月蠅い大人や年寄りが邪魔だったんでしょうなぁ。

これで親のいうことを聞かなくなるガキどもが増えちまいましてね。

血の気の多くて躾のなっていないガキが増えると、どうなります?」


 珍しく憤慨しているのか。

 それとも若い連中に、嫌がらせでもされたのか。


「喧嘩や小競り合いはしょっちゅうでしょうね。

犯罪も横行すると思います」


 マンリオは皮肉な笑みを浮かべた。


「さすがですねぇ。

若者連中でグループをつくって争いはじめていますよ。

取り締まってはいますが、すぐにろうからだされる始末です。

大人と老人は無気力になって、ガキが暴れている。

これがアルカディアの実態でさぁ。

そんな世情なので、癒やしや心の平穏を求める大人たちが多いわけです」


 笑うしかないな。

 若いウチは、社会実験も楽しめるのだろうが……。

 仮に成功したとしても、社会の荒廃は深刻化するな。

 邪魔なものは存在しないことにするか……。

 排除する先例をつくったわけだから。

 果たして今の若者が、年をとったとき……。

 自分が用済みだ、と言われて納得できるのか見物だ。

 出来ないだろうが。


「でしょうね。

まあ急激に社会を変えて……。

混乱しないほうがおかしいですから」


 マンリオは渋面になる。

 日の当たる場所から、自分の意思で外れたと自覚しているだろう。

 だが真面目にやっていた人たちに対して、含むところはないはずだ。

 自分の意思と関わりなく、日陰に追いやられる人たちに同情しているのかもしれないな。

 それも本人の責任外で追いやられるのだ。


「そんな世情なんですが……。

ミントの苗を配って歩く老婦人が各地で現れたと、噂が広まったんでさぁ。

実際にもらったというヤツらもいましてね。

庭に植えるといい匂いがして、心が落ち着くとの評判です。

本当にいい匂いだったのは驚きでしたねぇ」


 各地というのが気になる。

 ひとりだけなら、噓か思い込みの可能性が高い。


「まるで幽霊みたいですね」


 マンリオはやや表情を改めた。


「ええ。

私も最初は、そう思ったのですがね。

実際にもらった人が、あちこちにいるのですよ。

しかも植える際の注意なども、メモで渡されるようで……。

幽霊はそんなことしないでしょう」


 成長のあとが見られるな。

 俺が突っ込む部分は、ちゃんと回答を持ってきている。


「たしかにそうですね。

老婦人は全員、同じ格好を?」


 マンリオは首をふる。

 えらく真面目で茶化す様子はない。


「それが違うようでしてね。

みすぼらしい老婦人だけが共通点ですよ。

それで見て見ようと探し回ったところ、偶然見つけたのです。

ちょっと変な感じでしてね。

寝ぼけているといいますか……。

ちょっと呂律が回っていない感じでしたなぁ。

せっかくなので、私も一苗もらってきました。

そうしたらこの育て方が書かれたメモを、一緒にもらいましたよ」


 なにか変な話だな。

 催眠状態にでもしているのか。


 マンリオは素焼きの鉢に入った植物を、テーブルの上に置く。

 そしてメモを差し出してきた。


 俺はメモを受け取る。

 ミルは苗を凝視していたが、身震いをはじめる。


「それ本当にミント? なんだか、とってもイヤな感じがするわ」


 マンリオは感心したようにうなずいた。


「さすがはエルフですねぇ。

私も念のため冒険者のエルフに見てもらったのですよ。

ただで配るなんて怪しいじゃないですか。

すると皆がイヤな顔をして、これは植物じゃないと言い出すのです。

ただ都市暮らしが長いと、感覚が鈍るらしいので……。

詳しいことはわからず終いでしたなぁ。

これも只事ではないと思い持ってきたのです。

水をやらないのに枯れていない。

まったく以て奇妙ですよ」


 エルフに確認までとったか。

 申し分ない仕事ぶりだ。

 もしかしたらゴシップを嗅ぎ回るより、アルカディアの現状に、怒りを覚えたのかもしれない。

 つまりは追い込まれるか、怒りを覚えると、有能になるのか?

 マンリオ独自のルールがあるのだろうな。


 それよりこのミントだ。

 この育て方にヒントはないだろうか。


「ミル。

育て方はどうですか?」


 メモを読んだミルは、眉をひそめた。


「育て方は普通のミントね……」


 ミントであってミントではないのか。

 これも調べてもらわないといけないな。

 老婦人たちとなると、駒でしかないだろうが……。

 それから探れないだろうか。


「なにかイヤな動きがあるようですね。

その老婦人の正体はわかりましたか?」


 マンリオは苦笑して頭をかく。


「ところがですねぇ。

話を聞いても、要領を得ないのですよ。

ミントのこと以外は全然でした。

詳しく聞こうとすると、すぐに男たちがその老婦人を迎えに来ましてね。

近くで見張っていたらしいのですが……。

どう見ても堅気とは思えませんでしたぜ。

その老婦人を、馬車に乗せて去って行きました」


 決まったことしか出来ない感じなのか。

 実によくわからないな。

 だが若い女性だと襲われる可能性がある。

 老婦人ならではの安心感でも狙ったのか。

 おそらくアイオーンの子だろうが、随分大胆になってきたな。

 アルカディアが、実際無政府状態だからこそかもしれないが。


「行き先までは追えませんか」


 マンリオは頭をかく。


「私は危ないことには、鼻が利くんですよ。

その男たちは危ないと思いましてね。

命あっての物種ですぜ」


 好奇心のあまり深入りしないタイプだな。

 危険なところに情報を探りにいっても、危ない臭いを感じると逃げ出すか。

 実にしぶといなぁ。


「それは残念です。

ですが気になることはたしかです。

こちらは35枚ですね」


 俺がテーブルに金貨を積むと、マンリオは目を輝かせる。


「へへへ……。

毎度あり。

また仕入れてきますぜ」


 ホクホク顔でマンリオは出て行った。

 執務室に戻ろうと思ったが、ミルはミントらしき苗をじっと見ている。


「ミル。

なにか気になることでも?」


 ミルは、小さくため息をつく。


「これちゃんと調べてもらわないと駄目だけど……。

魔物かもしれないわ」


 俺は一瞬固まってしまった。

 キアラも目が点になっている。


「お姉さま。

本気で言っていますの?」


 ミルは真顔でうなずいた。


「植物ならその生命が感じ取れるけど、これは違うわ。

でも生きていることはわかる。

どんなものがわからないけど……。

半魔の話を聞いたからね。

生き物ならなんでも、魔物に出来るかもしれないわ。

しかもミントは、繁殖力が凄いの。

そこまで似せていたら凄まじいことになるわ」


 魔物か。

 考えてみれば、人を魔物に出来るのだ。

 植物だって出来るだろう。

 事実ならクレシダの悪辣あくらつな罠が、アルカディアにばら撒かれていることになる。


「キアラ。

これも注意して調べてください。

もしかしたらアルカディアで、大惨事が起こるかもしれませんね……」

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