709話 改革という名の社会実験

 珍しくカルメンが、執務室を訪ねてきた。

 多忙なはずだが……。

 俺が把握しているだけでも、かなりのものだ。


 エテルニタの世話。

 耳目への技術指導。

 錬金術の手伝い。

 探偵業務の指導。

 

 ニコデモ陛下から依頼を受けたので、薬学研究所の設立をした。

 そこの初代所長も兼任している。

 

 この子おかしい。

 キアラも引きった笑いを浮かべていたし。

 本人はケロっとしている。


「寝るのは3時間くらいですから。

あとはアルフレードさまに倣って、任せられる部分は任せています。

とはいえ、ここまでが限界ですね」


 毎日3時間睡眠とか想像できないよ。

 移動は馬車が必須。

 その間寝ていたりするらしい。

 あとは入浴中とか……。

 ひとりでも平気と言っているが、キアラは心配して、常に一緒に入っているらしい。


 たまに、丸々3日寝てしまうとも聞いた。

 事前に各方面へ、3日分の指示を出し終えてから爆睡する始末。


 俺は変人と言われるが、もっと格上がここにいるだろうに。


 このフリーダムは、創業期だからこそ許されるだろうな。

 守文になると、ルールを守ることが大事になる。

 カルメンのような型破りは、居心地が悪くなるだろう。

 そんな人でも活躍できる場を用意できるかが、将来の課題となるな。


 それにしても……。

 わざわざくる位だ。

 大事な話があるのだろう。


 カルメンはムダなことを嫌うからな。

 

「カルメンさん。

珍しいですね」


「ええ。

ちょっとお話しておくことが出来ました」


「伺いましょう」


「薬学研究で王都から、学生がきましたよね」


「宰相殿から優秀な人を選りすぐったと聞いています。

その出来に問題が?」


「いえ。

出来自体は問題ありません。

驚く程優秀で、熱意もあります。

ただひとり、気になる人がいます」


 シルヴァーナなら色恋沙汰と食いつくだろう。

 カルメンにその可能性は低い。

 それどころではないほど、多忙な生活を送っている。


「能力より人格的に、問題があると?」


「ええ。

薬学というより、毒と効果に興味がある人ですね」


 それだけなら、わざわざ言ってこないだろう。


「ただの興味ではないと」


 カルメンは満足気にうなずく。


「話が早くて助かります。

毒を有効活用するより、効果の確認が好きなタイプに見えました。

今はいいですが、王都に帰ってからが危険だと思います」


 すごく、気になる言い回しだな。

 剣を有効に使うより人を切ることが好きと、いったところか。

 そうなると非常に面倒だな。

 毒殺魔を生み出すことになる。


「使うことですか。

つまり効果を確認したがる。

しかも人体実験にのめり込むと」


「その通りです。

今は私の目があるから好き勝手出来ないでしょう。

王都に帰ると、誰も監視できません」


「よくわかりましたね」


 カルメンは苦笑して、肩をすくめた。


「今までと違って、私は人を使う立場です。

そこでアルフレードさまを真似るのが合理的だ、と考えました。

まず彼らと面談して、色々と知ることを真似したんです」


「私のやり方が、なにかの役に立ったのであれば幸いですよ」


 カルメンは、俺の型どおりの答えに落胆する様子もない。

 予想していた態度だったのだろう。


「それが先ほどお話ししたことにつながります。

普段は内気で物静かですが……。

毒の話になると人が変わったように饒舌になって、態度も支配的に変わりましたね。

はじめて対等に話せる私と出会えて興奮していたようです。

ちょっと傲慢ごうまんなところは見え隠れしますが……。

彼の価値判断は毒への知識なのでしょう。

それに見合うだけの、高度な知識を持っていました。

驚くことに独学だそうです」


 いわゆる天才か。

 かなり実験をしていそうだな。

 過去を探れば犠牲者がでてきそうだ。

 動物だけで終わるとも思えない。


 だが推薦されて来た。

 もしかしたら交換条件で不問に処されたかもしれない。

 推測だけでは追い返せないな。


「それはまたすごいですね。

独学をはじめた切っ掛けがあるのでしょうか」


「薬学に興味を持った切っ掛けは、幼なじみを救えなかったことらしいです。

山で遊んでいたときに、どこかで怪我をしたようなのですが……。

彼の話は実に詳細で驚きました。

冷静で客観的すぎるほどです。

その点だけはアルフレードさまとよく似ていますね。

症状から推測すると、病気というより……。

なにか毒に侵されたようですね。

田舎だったので、魔法での治癒はお金がなくてムリだったようです。

治癒術士を呼ぶには、時間もお金もかかりますからね。

ともかく……。

それで自力で救おうと思ったそうです。

色々な薬草などを煎じて与えたようですが……」


 成功体験は、強い動機にはなりえないな。

 だが美談で片付く話とは違うだろう。


「救えなかったと。

ある意味真っ当な動機ですね。

でもそうではないと?」


 カルメンは俺の表情を探るかのような顔をする。

 これはなにか引っかかったときの顔だな。


「ええ。

彼は悲しんだと言っています。

話していてかすかな違和感がありました。

幼なじみを救えなかったことが悲しいのではない。

自分の見立てが違ったことに落胆した。

そう見えたのです」


 ますますカルメンの表情は観察者のそれになっている。

 俺の表情が変わらないことに、違和感を覚えたのか。


「つまり演技臭さを感じたわけですか。

カルメンさんの同情を買って、研究で便宜を図ってもらいたいと。

親しい人の死もなにかに利用する道具でしかない。

つまり彼は、どこか心が壊れている。

だが正しい在り方も知っていて、それを偽ることが出来ると。

良心は欠如しているが、どんなものか理解している。

必要であれば一般人のフリが出来る、と言いたいのですね」


 カルメンは、はじめて見るほどの驚いた顔をしていた。

 ポカーンと俺の顔を眺めていたが、すぐに我に返る。


「……驚きました。

私の思っていたことを、的確に言い当てられるのですね。

ちょっとだけ怖くなりましたよ」


 普通の人は見ないようにする領域だからな。

 俺は見て分析してしまう。


「いえ。

私がそうだからです。

同類かと思いましたから」


 分類的には俺と同類なのだろう。

 知っているからこそ、ここまでやってこられた。

 そして自然から湧き出た感情でないから、反感を買うときは大きい。

 カルメンは、小さく肩をすくめた。


「キアラは怒りますが、そう思わないと納得できそうにないですね。

彼には漫然とした不安しか感じませんでした。

これだけハッキリと見通せて、言葉に出来たことが驚きですよ。

私も大概だと思っていますが……。

アルフレードさまは、私より壊れっぷりが遙かに上ですね。

それと意外でしたが……。

心の壊れた人でも、それを制御する方法があるのですね」


 曲がった道具でも知っていれば、使いようはある。

 その手間とメリットを天秤にかけて判断するだけだ。


「そんなところです。

それで彼の能力はどうでしょうか?」


 カルメンは真顔で腕組みする。


「凄まじいほどの貪欲さです。

将来は私を超えるかもしれません。

毒にのみ特化しているので、その分野だけですが」


 カルメンに、そう言わしめるか。

 将来的には有望なのだろう。

 だが野放しでは、危険極まりないだろうな。


「それなら使い道はありそうですね。

ただ間違っても、彼に茶を出させてはいけません。

宰相殿にも注意喚起をしておきましょう。

仕事漬けにして野放しにしなければいいのですよ」


 カルメンが呆れつつも、小さく笑う。


「なんだか死ぬまで働かされる奴隷みたいですね」


 監視すれば、なんとかなるだろう。

 初期に有能な人物が組織を立ち上げれば、最初の一歩は大きく踏みだすことが出来る。

 どちらにしても、危険度を知らせておけばいいだろう。

 交代するのかを含めて、どうするのか。

 そもそも過去を知って推薦してきたのか、確認を取ろう。

 ニコデモ陛下の判断次第だ。

 死刑囚あたりで人体実験させそうだがな。

 これに忌避感がないあたり、俺も同類だと思っている。

 忌避感はないが、俺以外は違うと知っているだけだ。


「まあ……。

この話を聞く限り、野放しにしては毒殺される人が増えますからね。

本人も研究が出来れば幸せでしょう。

それに常識に囚われない人ほど、技術や知識を発展させられますからね」


                 ◆◇◆◇◆


 アルカディアの情報が入ってきた。

 使徒ユウの暴走は止まらない。

 トマは白目を剥いていそうだな。

 キアラは、淡々と報告しているが……。


 俺は、他人事だから笑ってしまう。

 俺が笑ったことに、ミルとオフェリーは驚く。

 苦笑までしても笑うことは、そうないからな。

 だがこれが笑わずにいられるか。


 地方裁判所、高等裁判所、最高裁判所の設立を宣言したのだ。

 裁判員をどうするのだ。

 警察、検察、弁護士もセット。


 加えて、学校の設立も宣言。

 小中高大学だ。


 これがとても危険。


 ラヴェンナの学校ですら教育に苦慮している。

 どこまでなにを教えるか。

 変わりゆく社会に、教師たちも日々対応しているのだ。


 俺の基本方針を、クリームヒルトは理解している。

 危ないことを隠すのではなく、対処を教えることだ。

 だから隠蔽いんぺいや、なにも考えず危機から遠ざけることを是としない。


 教師は社会の変化に敏感であることが求められる。

 でなくては知識だけを教えるにすぎない。

 生きる上で肝心な知恵も教育には欠かせないだろう。

 そうでなくては、知識や学歴に偏った社会になる。

 多民族のラヴェンナで、それをやったら将来問題化するだろう。


 変化を知った上で、なにをどう教えるかを検討する。

 とても大変で、プレッシャーのかかる仕事だ。


 だからこそ社会的に名誉ある仕事と見なされる。

 ラヴェンナでは、医師と教師、兵士の社会的地位が高い。

 厳しい義務と、高い規範が求められるからだ。


 彼らが社会に軽視されては、質の低下を招く。

 馬鹿にされる職業に就きたがる人などそういない。

 他に就けない人ばかりになるだろう。


 その対処は報酬を上げるしかない。

 だが軽視されるけど高報酬となれば、不公平感が増すばかり。

 将来的に大きな問題になるだろう。


 それにしても……。

 教育が大事なのは誰もが知っている。

 使徒でも知っているだろう。


 ではどのように教えていくか。

 どう学校を運用するかを含めて考える必要がある。

 問題が発生したときは? 単純に問題を悪としたら、隠蔽いんぺいが進むだけだ。

 なにも問題の起こらない社会など存在しない。

 大事なのは大問題に育つ前に解決することだ。


 これらの前提を使徒が理解しているのか?


 さらに改革という名の社会実験は続く。

 労働組合の結成まで聞いたときに、堪え切れずに笑ってしまった。

 ブラック企業を撲滅すると宣言したのだ。

 普通な搾取を否定するのは正しいが……。


 無理矢理、転生前の世界にしようとしているな。

 むしろ世界を自分に合わせることで、自分の価値判断を有効にしようとするのか。


 今までの失敗は、従来の世界に遠慮していたからだ、と思い込んだらしい。


 成功すれば、一気に世界は変わる。

 成功すればな。


 使徒ユウなりに根拠はあるのだろう。

 ハーレムの住人は、使徒ユウが提唱する社会制度を理解できる。

 だからそれで、民も順応できると思ったのだろう。


 だが本質的に理解とは言えない。

 見た目上対応できるだけだ。

 使徒が死んだら、どうなる?


 ちょっと、アルカディアの住人が気の毒になってきた。

 形から入るのも、ひとつの在り方だが……。

 基本が出来ていないとムリだぞ。


 あげくハンバーグなども流行りだしている。

 隙を勝手につくっているわけだ。

 勝手に使徒が墓穴を掘っているから、クレシダとしても興醒めだろうな。


 それ以前に見捨てられたユートピアの状況だ。

 そこの報告が気になった。


「教会から支援ですか。

そんな余裕あるのですかね」


 オフェリーは首を傾げる。


「教会は叔父さまが最高権威です。

でも実権を握っているわけではありません。

どこかが勝手に活動しても把握できないと思います」


「アルカディアにしても、ユートピアを支援してくれるなら幸いなのでしょう。

それって本当に、教会の組織なのでしょうかね?」


 ミルは眉をひそめた。


「もしかして……」


 思い過ごしかもしれない。

 だが余裕のない教会が、そこまでするとは思えないのだ。


「ただの可能性ですけどね。

少し探る必要がありそうです。

プリュタニスにも情報を伝えてください。

アラン王族との連絡を密にしているでしょうから」

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