708話 微妙なバランス
リカイオス卿がアンディーノ将軍に、夜襲をかけて
想定通りなので、なんの感慨も湧かない。
チャールズは侵攻作戦を開始すべく、追加のラヴェンナ軍2000を率いて出発していった。
ラヴェンナ防衛もあるので、全軍を繰り出すのは愚策だ。
他家に援軍を要請しているので、3万程度は見込める。
このあたりの権限は、ニコデモ陛下から書面で受け取り済みだ。
それ以上は、兵站の問題がある。
兵站が維持できなくなると、数が不利になってしまう。
ヤンのゲリラ活動が始まっているので、5万も10万も必要ない。
多すぎると統率するための訓練と準備の時間もかかる。
あとは信じて待つだけだ。
クレシダの大人しさが不気味だな。
これはディミトゥラ王女からの報告待ちだ。
一方ラヴェンナ内部でも動きがあった。
地下都市の調査は慎重になっている。
魔力を通さない封印された扉が見つかった。
歴青湖に向かう方角らしいが……。
扉は簡単に開かずに、現在対応検討中だ。
厳重な封印がしてあるのであれば、それだけ危険なものかもしれない。
軽率に調べて被害が出れば、俺が怒るのは知られているからな。
比較的安全な部分で、手がかりがないか探そうにも、取っ掛かりがない。
行き詰まりかけたが、報告を受けたシルヴァーナが提案をしたそうだ。
占ってもらえばと。
捜し物占いはあるけどさ……。
その話をライサにしたら、鼻で笑われたらしい。
本人と無関係なものは探せないと。
なんのつながりもないからだ。
そこで諦めないのがシルヴァーナ。
地下都市にいけば出来るか、と聞いたのだ。
やってみないとわからない、との回答をしたのが運の尽き。
ライサは地下都市に連行されることになった。
ご愁傷さま。
プロだから出来る出来ないを、軽々に口に出来ない。
その気質がアダとなった。
それだけシルヴァーナが強引に押したのは、藁にも
シルヴァーナなりにラヴェンナのため頑張ってくれているのだろう。
そんなことをぼんやり考えていると、ミルに肩を叩かれた。
「考え事?」
「ただの癖ですよ。
そんなに固まっていましたか?」
ミルはほほ笑んで、首を振った。
「そうじゃないけどね。
今いいかな?」
「他ならぬミルからのお願いを断る気はありませんよ」
ミルは少し頬を赤く染めて、モジモジしだす。
相変わらず可愛い。
出会ったときと、このあたりは変わらないな。
夫婦の
「ありがとう。
ヴェルネリさんから相談を受けたのよ」
いい雰囲気は一瞬で飛び去る。
「なにかエルフたちの生活に不都合でも?」
ミルが慌てて手をふる。
「違うわ。
そもそも今の環境に文句なんて、ムリに粗探ししないと出てこないわ。
そうじゃなくて、他のエルフの部族から打診が来たのよ。
ラヴェンナに移住したいってね」
それは、将来的にあるとは思っていたが……。
もっと先かと思っていた。
いや世界が争いはじめたからこそか。
それにしてもエルフは腰が重いはずだ。
自然と共に生きて、自然と共に死ぬ印象。
それだけ切迫しているのか。
「エルフたちは、軽々に自分の故郷を捨てないと思います。
それだけ外の状況は悪いのですか?」
ミルは少し眉をひそめる。
「ランゴバルド王国はそうでもないけどね。
アラン王国は違うみたい。
元々アラン王国民でもないけどね」
それなら他家との折衝は不要だな。
領民の移住では問題が大きい。
「詳しい話は聞いていますか?」
「まだよ。
アルに話を聞く意思があるか、先に知りたいそうね。
今は大変な時機だから……」
それもそうか。
前のめりになって、俺がダメと言ったら大変だ。
「私が出す条件は知っていますか?」
「ええ。
ヴェルネリさんが、最初に確認したそうよ。
当然受け入れるって」
はいそうですか、とはいかない。
詳しい話を聞いてからだな。
「事情次第ですね。
もし争いに負けての避難だと難しいですし。
一時的な腰かけにされても困りますからね」
「じゃあ、呼んでもいい?」
「ええ」
ミルは窓際に置いてある観葉植物に、なにか
「ヴェルネリさん、すぐ来るって」
ミルはこの屋敷の監視なら出来る。
ヴェルネリは、植物をつないだ感知能力がもっと強かったな。
「エルフは便利ですねぇ」
「ヴェルネリさんじゃないと、植物から教えてくれないけどね。
私はこの子たちじゃないとムリよ」
◆◇◆◇◆
ヴェルネリが到着したそうなので、応接室に通してもらった。
俺とミルで会うことにする。
オフェリーは少し膨れていたが、もしかしたら話しにくい内容があるかもしれない。
応接室で静かに座っていたヴェルネリが、音もなく立ち上がって一礼した。
俺たちも礼を返して、互いに着席する。
「ヴェルネリ殿。
他所のエルフたちが、ラヴェンナに移住したいと聞きました。
仮に受け入れた場合、既に居るエルフたちと密接に関わると思います。
ヴェルネリ殿の意見はどうでしょうか。
賛成か反対かですね」
ヴェルネリは静かにほほ笑む。
「まったく考えていません。
まずはアルフレードさまの意向次第かと思っています。
仮に私が受け入れる意思があれば、そちらに寄ってしまうでしょう。
ラヴェンナの総意に、我々は従います」
ミルが俺の正妻で、なんとなくエルフは発言力が強い印象となっている。
だからこそ、誤解を招くようなことはしたくないのだろう。
内心で賛成だとしても、要請をした場合の影響力が強い。
「なるほど。
先入観を可能な限り削って判断してほしいのですね」
「その通りです。
ミルヴァに話をしたのは、私が頼られたからにすぎません。
握りつぶすべきではないと考えたからです」
言葉をかなり選んでいるな。
だからこそ俺も、軽々しくヴェルネリの意思を推測しないでおこう。
これだけお互い配慮しても邪推されるときは邪推される。
だからと配慮を止めると、邪推が真実になってしまう。
なんとも報われない努力だ。
100の努力も1の怠慢でマイナスになってしまう。
だからとしないわけにもいかないが。
「ご配慮に感謝します。
では彼らの話をお聞かせください」
ヴェルネリは静かにうなずく。
はるか昔に、里長に珍しい双子の兄弟が生まれた。
里長を誰が継ぐか悩んだ末、部族を分けることにしたそうだ。
元々住んでいる領域も手狭になってきたので、これもなにかの天啓と考えたらしい。
残る側と、新天地を探す側に別れた。
探す側の子孫が、ヴェルネリの祖先たちとのことだ。
残った側はそのまま人里離れた森林に住んでいたが、最近になって状況が悪くなってきた。
鉱山開発のため、人間がどんどん活動領域を広げてきたようだ。
動物たちの活動から嫌でもわかるそうだ。
どうするか悩んでいると、別の問題が持ち上がる。
使徒ユウがドラゴンを倒した際に、山を削り取った。
運の悪いことに、そこに大雨が長期間続く。
削れた部分から土砂崩れが発生して、周囲の環境が変わってしまったのだ。
動物たちの生息地が変わり、無事だった斜面の森林も、食害や剥皮被害がおきてしまった。
悪いことは続き、川の流れが変化したらしく、森林が疲弊しはじめた。
おそらく100年後には、背の低い植物だらけになるだろうと。
それだけでも一大事なのに、付近の森から異様な気配を感じはじめた。
動けるうちに避難したいが、人間が争いはじめて、場所をゆっくり探していられない。
そこでラヴェンナを頼りたいとのことだ。
考え得る限り一番理想的な場所だ、と思ったらしい。
話を聞き終えたとき、ミルはすっかり同情していた。
「なんか気の毒よね」
エルフたちに、非はないな。
ここでも使徒被害か。
魔物まで
山が削れただけで、ここまで響くとはなぁ。
ラヴェンナでも開発は、慎重にやらないとダメだな。
「使徒がドラゴンを倒したのは聞きました。
山まで削っていたのですか」
ヴェルネリは僅かに苦笑した。
そういえば、使徒の庇護を受けていた過去があったな。
さして驚かないか。
「そのようです。
ドラゴンが近くに棲み着いたのは知っていたのですがね。
不用意に立ち寄って縄張りを荒らさない限りは、かえって安全です。
人も寄ってこないので、いい安全地帯なのですよ。
今回それがアダになったようですね」
「とんだとばっちりですね。
ミルはどう思います?」
ミルは力強くうなずく。
「私は受け入れてあげたいわ。
ラヴェンナの力にもなってくれると思うわよ」
返事はわかっていたが、聞くことが大事だからな。
俺自身も、人口の少ないエルフを受け入れてもいいと思っている。
だが大事な前提を確認する必要がある。
これの返事次第だな。
「もうひとつ、改めて確認させてください。
ここにはダークエルフが、ひとり住んでいます。
もしかしたら増えるかもしれません。
それでも大丈夫なのですか?
距離を取る分には構いません。
ですがなんらかの事情で、顔を合わせるケースがないとは言えません。
仲良くしろとは言いませんが、いがみ合いはさけてほしいのです」
ヴェルネリは驚きもせず、静かにうなずいた。
事前に聞いていたか。
「それは当然伝えてあります。
驚いていましたが……。
我々と同じように、条件を受け入れるとの返事です」
それならいいだろう。
ミルもうなずいている。
「閣議で確認は必要ですが、私の名にかけて善処しましょう。
問題は住む場所ですね。
森の中で暮らしたいなら考慮しますよ」
「感謝いたします。
ラヴェンナに受け入れてもらう以上、彼らは同化する努力を惜しまないでしょう。
幸い我々の区域は将来を見据えて、かなり広く取っていただいております。
そこに住めば事足りるかと」
もうひとつ条件がある。
移民を受け入れる際に、どうしても必要な条件だ。
「いきなり市民とはいきません。
段階を経て、市民になってもらう必要があります。
それでもよろしいですか?」
いきなりやって来た移民が同じ権利を持つと、元の市民たちに不満が溜まるのは必至だ。
今まで市民として、義務を果たしてきた誇りがある。
だからこそラヴェンナを守る意思はとても強い。
俺がそれを宣言して、そうしてくれるよう望んでいたからな。
だからこそ新参者が同格か上であれば納得できない。
俺が新入りを手厚く保護すれば、俺の親切心は満たせる。
だが……そんなことより自分たちを優先してくれと思うのは当然だろう。
だからと身分を固定する気はない。
流動性は確保すべきだと思っている。
これは閣議でも公言している事項だ。
俺がなにより、これを守らなくてはいけない。
ついつい新規に優しくするあまり、既存に不満を持たれることはよくある話だからな。
社会全体がそうなっては、より深刻な分断が発生する。
流動性がある社会での違いは、分類にすぎない。
だが……分断すれば敵同士になるだろう。
ヴェルネリはこの話を予測していたようだ。
驚く様子もない。
「特例でいきなり市民となれば、彼らも肩身が狭いでしょう。
ミルヴァの立場も悪くなります。
それは長い目で見て、賢明とは言えません。
それも彼らは承諾しています。
なにか功績を立てて認めてもらった方が、胸を張って暮らせるでしょう。
この話もしてあります」
そこまで配慮しているなら、問題はないな。
一応、閣議で承諾をもらわないといけない。
反対されないが、懸念や疑問などに答えてから、賛同を取り付けたい。
「わかりました。
今日の閣議で諮ります。
終わり次第ミルから連絡をしてもらいましょう。
正式な文章は、後日届けさせます」
これがないと将来問題が起こりかねないからな。
面倒だが必要な配慮だ。
ヴェルネリは静かに一礼した。
「重ね重ねのご配慮。
心から感謝いたします」
さっきの話で、ひとつ引っかかることがある。
「ひとつ気になったのですが……。
彼らの感じた、異様な気配とは?」
ヴェルネリは首を振る。
「詳しいことはわかりません。
お望みでしたら、こちらに到着次第直接聞かれるのがよろしいかと」
どんな連絡手段かは知らないが、直接聞くのがいいだろうな。
「そうですね。
伝言を繰り返しては、彼らが動けませんからね。
人里離れた森での異変は、妙に気になります」
「たしかに
探ることすら躊躇する異変を察知した、と思われます。
探ったのであれば違う表現になりましょう」
「彼らの住んでいるのは、どのあたりでしょうか?」
ヴェルネリは簡単な地図を、テーブルに広げた。
詳細な地図は存在しない。
他家どころか他国もからむからな。
質問があると思って持参してきたな。
「このあたりです」
ヴェルネリが指し示した場所に思わず、ため息をついた。
「アラン王国とシケリア王国の間ですか。
あのあたりは、人の手があまり入っていないから、明確な国境線が不明なところですね。
よりにもよってシケリア王国ですか……」
「戦争中でしたね。
森まで人は入ってきていないようですがね」
それ以上にすごく引っかかる。
ともかく長居は不要だろう。
「できるだけ早めに来てもらうようにしましょうか。
さしあたり人数の確認をお願いします。
受け入れ準備をする必要がありますから」
「では、許可を頂けましたら連絡しましょう」
ちょっとした好奇心を満たすくらいはいいかな。
「ちなみにどんな連絡方法なんでしょうか。
書状ではありませんよね?」
相手は人里離れたところに住んでいるなら、普通の連絡手段ではないだろう。
また始まったと言わんばかりに、ミルは苦笑する。
ヴェルネリもほほ笑んでうなずく。
手を広げると指輪が見える。
「ええ。
鳥を即席の使い魔にして連絡します。
この指輪と、対の持ち主のところに向かうのですよ。
双子が別れたときに、危急のときは協力し合おうと創られたようです。
代々の里長の証でもあるのですよ」
ああ。
そういうことか。
それだとヴェルネリとしては、是が非でも助けたかったろう。
先に言わなかったのは、言葉通り俺に先入観を与えないためだな。
あまり断られるとは思っていないだろうが。
しかし鳥の往復かぁ。
「やりとりに結構、時間がかかったのでしょう?」
「いえ。
使い魔を通じて会話できます。
ただ、長話は出来ません。
使い魔が死んでしまいますから。
3分程度でとどめよと教えられています。
使い捨てるようなことは好みません。
会話が終わると使い魔としての拘束が外れましてね。
どこかに飛び去ってしまいましたよ。
今度は私が鳥を捕まえて使い魔にする番です」
それで詳しく聞けなかったのか。
遠距離通話の手段はあるけど限定的かぁ。
念のためチャールズに通話機を持たせたが、これをいつ公表するか。
それよりエルフたちの受け入れだな
「なるほど。
ではミルからの連絡があり次第、話を進めてください」
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