703話 よりにもよって

 使徒ユウの宣言が公表された。

 執務室でそれを受け取ったのだが……。

 ミルとオフェリーは、即座に俺の隣にやって来る。

 報告書を持ってきたキアラは、少し白い目でふたりを睨む。

 俺の周囲は平和だなぁ。


 使徒ユウの即位宣言かと思ったが違った。



 僕は、世界人民共和国の舵取りを懇願されたニキアス・ユウ・ラリスだ。

 使徒ユウのほうが、皆が知っている名前だろう。


 世界主義人民共和国の王、トマから懇願を受けた。

 次の王になって、この混乱を鎮めてほしいと。

 最初は断った。

 だが何度も頼まれては、嫌とは言えない。


 皆から愛され、皆の希望でもある僕が、この国の混乱を無視するのはよくないと思ったからだ。

 そこであとを引き受ける代わりに、条件をつけた。

 すべて僕に任せること。

 そして僕の方針に、全面的に協力することだ。


 これをトマは受けた。


 この国を託された使徒ユウが、この国ならず世界の命運を変えるべく、重大な宣言を行う。


 これは僕がひとりで考えたものだ。

 誰とも相談していないので安心してほしい。


 最近、僕が周囲の言葉に惑わされていると、心ない噂が広がっている。

 たしかに僕は周囲の人を大事にしていた。

 それが行き過ぎて、周囲にこのような心配をかけたのだろう。


 繰り返すが、この宣言は僕がひとりで考えたものだ。


 本題に入ろう。


 世界人民共和国は失敗した。

 理念は間違っていないが、やり方が乱暴すぎたのだ。

 だからリセットしてやり直そう。


 人はやり直せるのだ。


 世界人民共和国は、その役目を終えた。

 だが安心してほしい。

 昔に戻すことはないと約束する。


 人は、前に進めるのだ。

 それを、僕が手助けしよう。


 この国はアラン王国からして、新たにアルカディア民主主義連邦を作る。

 世界人民共和国が領有していた土地だけが独立するのだ。

 アラン王国の王族は今ある土地で、アラン王国を再建すればいい。


 過去に戻りたいものは、復活するアラン王国に戻っても構わないだろう。

 だが……。

 そうするかは、このあとの宣言を聞いてから判断してくれ。


 人民主権の国を改めて作りなおす。

 国王は二度と必要ない。

 貴族も同様だ。

 奴隷もすべて同じ民となる。


 全員が平等だ。


 ただ国にはトップが必要だ。


 そのため選挙で、国民の代表である大統領を選出する。

 そして選挙で議員を選出して、議会を作る。


 民衆の代表が政治を行い、不適格なら次の選挙で落とす。

 いきなり選挙と聞いて不安だろう。

 だが安心してほしい。

 すぐに選挙は出来ないとわかっている。


 僕は零代目大統領となり、5年後に選挙を実施すると約束しよう。

 そこで選ばれた大統領にこの国のバトンを渡す。

 その実現は、前国王トマが贖罪しょくざいを兼ねて行うこととする。

 彼を、選挙管理の首相に任命しよう。


 詳しいことは、追って布告する。

 

 ただ明言しよう。

 すべては今日から新しく始まるのだ。


 この連邦は、身分の差が存在しない民主主義国家である。

 連邦に入りたい国や領主がいれば、これを拒まない。


   アルカディア民主主義連邦 零代目大統領 使徒ユウ。


 

 不覚にも笑ってしまった。


「私はどこかで、使徒ユウのことを軽視していたようですね。

ここまでぶっ飛んだことをいうとは、思いもよりませんでした」


 報告を持ってきたキアラは、クスクスと笑う。


「私も目を疑いましたわ。

それにしても、本当に使徒が自分ひとりで決めたのでしょうか?」


 この話は使徒以外からでるものではない。


「だと思います。

少なくとも、アクイタニア嬢にとって納得できる内容ではないと思います。

クララック氏も思惑が外れるでしょう。

世界主義にとっても歓迎できないかと」


 ミルは不思議そうに、首を傾げる。


「カールラの思惑が外れたのはわかるけど……。

トマはどうなの?」


 最も思惑が外れたのはトマだろうな。

 カールラは、上手く民衆を煽れば戦争に持ち込める。

 ただ目標が遠ざかって不服なだけだろう。


「自分の息のかかった大臣を送り込んで、黒幕になろうとしたでしょう。

ところが選挙となると、それも怪しくなる。

ある程度は影響を与えられますがね。

保身が第一の彼にとっては、博打を無理矢理させられるようなものでしょう。

彼が望む現実は砕かれたわけです」


 オフェリーが待っていましたとばかりに、身を乗り出す。

 発言のタイミングを必死に探っているのがほほ笑ましくて、つい笑いそうになる。


「では世界主義はどうなのですか?」


「彼らはすべての人を、同じ人格に押し込もうとします。

議会などは歓迎しますが、選挙は嫌いますよ。

多様な価値観が吹き出ますからね」


 オフェリーは眉をひそめた。

 じかに接していたから否定する気持ちが強いのだろう。


「それだけ聞くと、たしかにあの人が決めたように思えますが……。

私は他の人の意見に流されたと思います。

あの人が、自分でなにか決められると思えません。

自分で責任をとることが嫌な人でしたから」


 そこは俺も強く諭せる立場にない。

 俺もこの動きは読めなかったのだ。


「そう決めつけるのは早計かもしれません。

きっとクララック氏たちも、甘く見てすべて任せると言ったと思います。

私もその立場だったら、同じ過ちを犯していたかもしれません。

ただ、これは他罰思想の行きつく先でしょうね。

それと彼の本質は、なにも変わっていませんよ。

なにかを決めるけど、責任はとりません」


 オフェリーは無表情になる。

 難しすぎたか。


「よくわかりません」


 俺は、頭をかいて苦笑する。

 なまじ同類的な発想で追えるから、結論に飛びつきすぎたか。


「彼が言いたいことは明白です。

いろいろ自分が悪く言われるのは、全部人のせいだ。

これにつきます。

誰かの頼みを受け入れていたからこうなっている。

そう言いたいようです」


 キアラは妙に感心した顔でうなずいた。


「だからわざわざ書いているのですね。

妻以外の心配なんてしない人が、周囲の心配をするのは変だなと思いましたもの」


 格好をつける意味もあるだろうな。

 それは化粧だろうが。


「それと実際の運用は、クララック氏に丸投げですからね。

失敗したら、クララック氏の責任となるでしょう。

盾にするつもりが、思いっきり梯子を外されたわけです」


 ミルは小さく笑いだした。


「今更逃げられないものね。

使徒が意識してやったのかはわからないけど。

それでこのアルカディア民主主義連邦ってどうなのかな?」


 どんな返事を期待しているかはわかる。

 だがそれに添えないなぁ……。


「一概には愚策とも言えないですね。

独立という体裁をとったことで、アラン王国の負債を他国に払わなくてすみます。

国家承認のハードルも、使徒の権威があるから大分マシでしょう。

コロコロ国体が変わるのはデメリットですが、傷は最も浅いでしょうね。

実現すれば良策です。

実現しないにしても、将来の種にはなり得るかもしれません。

ただ今を生きる人たちにとっては……。

たまったものではありませんがね」


 ミルは驚いた顔になる。


「あら? アルはこんなの根付かないって言っていたよね」


 ああ。

 選挙は失敗すると説明したことから推測したのか。

 条件によっては失敗すると言えばよかったな。


「ええ。

それは受け入れなくても生きていける場合です。

アラン王国の惨状は、目を覆うばかりでしょう。

なにが正しくて、正しくないかわからないのです。

しかも上流階級の報復が怖い。

そうなるとなにかの拠り所にはなり得るのですよ」


「元の状態によって変わるのね……」


 なにもなければ、100年後には民主主義の父と呼ばれるかもしれない。


「ええ。

元の環境で、実現が可能かどうか決まりますからね。

ただ、実現はしないでしょう。

さらに将来の種にもならないでしょうね」


 ミルは俺が、前言を翻したと思ったか。

 少し眉をひそめる。


「それはどうして?」


「クレシダ嬢はアラン王国から、世界を崩壊させようとしています。

もしかしたらシケリア王国内にも、なにか仕掛けるとは思いますが……。

今は国としてまとまっていません。

内部から食い破るような攻撃にはもろいですよ。

ユートピアにも攻撃を仕掛けるでしょう」


 ミルは驚いた顔になった。

 すっかり忘れていたようだ。


「そっか。

クレシダがいたわね……」


 クレシダの立場で考えれば、具体的な方法はわからないが……。

 目的はわかる。


「半魔だけでも、崩壊に追い込めます。

でもそれだけじゃ満足しないでしょうね」


 ミルは、少し心配そうな顔になる。


「半魔だけですまないの?」


「私がクレシダ嬢なら、半魔だけでは終わらせません。

なにが出来るのかと言われればわかりませんがね」


 オフェリーが腕組みをして、首を傾げる。


「クレシダって使徒の行動を読めていたのでしょうか?」


 クレシダも人間だよ。

 なんでも出来るわけじゃない。

 使徒に対して、そもそも個別に対処しようと思わないだろうな。

 なにかのついでに潰すだろう。


「それはムリじゃないですか?

どんな行動をとっても押しつぶせる手を使うほうが効率的でしょう。

教会の権威にトドメを刺して、人々の間に疑心暗鬼の種をまく。

そこまですれば完璧でしょう」


 ミルが引きった顔になる。


「サラっというけど、怖いわよ。

そんなことが出来るかわからないけど……。

しようとする人がいるのはとても怖いわ」


 クレシダのような思想は、クレシダのみとは思えない。

 ただ危険が具現化するのは、様々な条件が必要になる。


「思う人だけなら、どの時代でもいるでしょう。

実行力とタイミングを兼ね備えた人が現れるのは希です。

運が悪いと思って、何とかするしかないですね。

だからこそクレシダ嬢は、私の存在を運命的な出会いだ、と思い込んでいるのでしょうが」


 キアラは、小さく吹き出した。


「たしかに運命的なヤンデレとの出会いですわ。

モテるのも大変ですわね」


 この……なんだろう。

 モヤモヤとする感じは。

 よりにもよって、キアラがいうのか……。

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