697話 商売というもの

 存在を忘れていた人物が、俺に面会を求めてきた。

 マンリオだ。


 本来なら門前払いされても不思議ではないのだが……。

 スカラ家の家令マリオの従兄弟だと言い張ったので、念のため俺に取り次いできたのだ。

 耳寄りな情報を買ってほしいと。


 必要な情報かもしれないので、キアラにも同席してもらうことにした。

 マンリオの名前を聞いたときのキアラは、3秒ほど固まっていたが……。

 存在を忘れていたな。


 俺も人のことは言えないが。

 応接室に向かう途中のキアラは、いささか不機嫌だ。


「なかなかしぶといですわね。とっくに死んだと思っていましたわ」


 たしかにしぶといな。

 ムリもない。


「厚顔無恥ほど長生きできますからね。

ウェネティアの出先機関に駆け込んで、こっちにやって来る。

一応手順を踏んでいるから、無下にも出来ません」


 キアラはふくれっ面になる。


「それを見越してやっていると思いますわ」


「まあ……。

話だけ聞いてみましょう」


 キアラは大袈裟なため息をつく。


「ムダな時間にならないことを祈りますわ」


 それは同感だよ。

 応接室につくと、前と変わらない様子のマンリオが座っていた。

 世間話をすると、この男はつけあがる。


「それでマンリオ殿。

情報とは?」


 マンリオは若干鼻白む。

 すぐに愛想笑いを浮かべて、頭をかく。


「いきなり本題とはつれないなぁ。

旦那は世界人民共和国の内情に、興味はないですかい?」


 そっちで来たか。

 だが食いつくとダメだ。

 この男は、すぐ調子にのるのだ。


「内容にもよりますね。

私に話を聞いてもらいたがる人は多いのですよ」


 マンリオは大袈裟に手を振る。


「他の連中と一緒にされちゃあ困りますぜ。

なにせ底辺の情報ですよ。

お偉いさんの耳には入りませんからね」


 たしかに一理あるな。

 全体を見ることは出来ないが、一面を生々しく捕らえるだろう。

 客観性をもっていればだがな。


「では聞きましょうか」


 俺の顔を見て、マンリオはニンマリと笑う。


「おっと。

今回はヤバイ情報なんです。

後から値切られたらかないません。

幾らくらいになりますかねぇ」


 また感情が先にくるのか?

 思わず不機嫌になる。


「内容も知らずに、お金を出すのですか?」


 マンリオは頭をかく。


「つれないなあ。

本当にヤバイのに……」


 ダメだな。

 俺は腰を浮かせる。

 マンリオと感情を共有する趣味などない。

 マンリオは慌てて両手を振る。


「ああっ! 待った待った!

教えますから。

次回からはちゃんと色をつけてくださいよ」


 言質を与える必要はない。

 ヤバイとか感情を前面に押し出すのは、マンリオの癖だな。

 それは情報ではない。

 人を扇動したいならいいがな。


「内容次第ですね」


 マンリオは小さくせき払いをして、真顔になる。


「ランゴバルド王国との国境沿いなんですけどね。

思った以上に荒れ果てているんですよ。

村々は自衛をはじめている始末です」


「自衛とは?」


 マンリオが苦笑して、肩をすくめる。


「なんたら委員会の派遣員を追い払っているんでさぁ。

村が武装して、国の連中を追い払っている有様ですよ」


 無政府状態も、そこまできたか。

 話を聞く価値はあるかもしれないな。


「よくそれで、村に入れましたね」


 マンリオはニンマリと笑う。


「ランゴバルド王国からの人は歓迎されるんでさぁ。

商売が出来ますからね。

ところが国から派遣される……。

なんたら委員会の派遣員だったかな?

そいつらが酷いものでしてね。

付け届けや接待の強要をするだけ。

来ないほうが、マシとなっている有様ですよ」


 平民がいきなり偉くなると、道徳や倫理感を置き忘れるからなぁ。

 勘違いもするだろう。

 職業倫理など育つ時間もないからな。

 だが村が追い払うとして……。

 トマが黙認するのか?


「そうなると、国から討伐されそうですがね」


「それもままならないようでさぁ。

それどころか、ランゴバルド王国に略奪を仕掛ける村もあるそうでさぁ。

あちこちで小競り合いが起きていますぜ」


 それは容易に想像できるな。

 各領主は頭を痛めているが、略奪を仕返しするかもしれない。

 ジャン・ポールなら知っているだろう。

 当然、ニコデモ陛下の耳にも入っているはずだ。


「領主は陛下に報告していないようですね。

当然知っていると思いますが」


「領主も困っているようですぜ。

相手が国なら、文句も言えますがね。

国と認めていないでしょう?

多くの村の本音としては……。

ランゴバルド王国に組み入れてほしい、とすら思っていますぜ」


 それもあり得る話だが。

 だからと話は、単純に済む話ではない。

 受け入れたとこが、戦争の呼び水になっては馬鹿を見る。

 王族がアラン王国を再興したら、その話が問題になるからな。


「なるほど。

実に面倒な状態ですね」


 俺が食いついたと確信したのだろう。

 マンリオが、ニンマリと笑う。


「さて……。

ここからが特別料金です」


 キアラが、突然マンリオを冷ややかな目で睨む。

 マンリオは反射的にのけぞる。


「その前に、ひとつ断っておきますわ。

小出しにして、徐々につり上げるのであれば容赦しませんわよ。

マンリオは、お兄さまを甘く見ているフシがありますからね。

どんな話をするつもりですの?」


 マンリオは引きった笑みを浮かべて、頭をかく。


「仕方ありませんなぁ……。

まず村の自衛を促した大事件、これは金貨5枚。

ユートピア内の動向、こいつが金貨10枚。

最後に王都プルージュの現状、これは金貨20枚でさぁ」


 吹っかけてきたな。

 値切るつもりはないが、言い値を払うつもりもない。

 すべては内容次第だ。


「とても安くない金額ですね。

マンリオ殿の直面した危険度で、値付けをしているのなら……。

法外と言わざる得ませんね。

こちらからの依頼なら、危険度は加味されます。

自主的に情報を取りに行ったのなら、重要度のみが価値になります」


「そんな殺生なぁ」


 俺からの指示であれば、危険度は報酬に加味されるのは当然だ。

 そうでない以上、内容がすべての価値を決める。

 危険な場所であれば、内容に希少価値が増すだろう。

 それだけのことだ。

 この男は油断すると、感想だけで金を取りかねない。


「危険でも、ただ見て帰ってくるだけの行為に価値はありません。

武勇伝で終わりですよ。

そんなものはね。

それが重要な情報であれば、私は金を惜しんだことはありませんよ。

それは知っていると思いますけどね」


 値切った記憶はないぞ。

 マンリオもそれは承知しているのだろう。

 ボリボリと頭をかく。


「ムムムム。

仕方ありません。

本当に厄介なお客さんだよ……。

ここまで醜聞に食いつかない人は珍しいんですぜ。

金払いがいいから、なおタチが悪い」


 キアラは再び冷ややかな目で、マンリオを睨む。


「聞きたくもないマンリオの愚痴を聞かされましたわ。

この料金を請求してもいいのですよ?

お兄さまの時間は、とても貴重ですもの」


 マンリオは大慌てで両手を振る。

 キアラなら容赦なく差し引く、と知っているだろう。


「いえ! 滅相もない。

大事件の話をします。

ちゃんと払ってくださいよ……。

ある村になんたら委員会の派遣員が視察に来ました。

付け届けなんかを要求されましたが、その村に余裕はなかったようでしてね。

委員会はやたら数があるから、その数だけ派遣員がくるそうでね。

それで過去何度も付け届けを要求されていたのですよ。

だからもう出せる物がない、と村長が断ったそうです。

視察員は激昂しましてね……。

反革命罪で処刑か重税を課すぞ、とか脅したのですよ。

これに村の連中がキレたそうです。

視察員をたたきだしたのですがね……」


 普通はそれで済まないだろう。

 ただでさえ、民衆が狂乱状態なのだ。


「報復があったわけですか」


 マンリオが、珍しく真顔になる。


「へい。

なんか革命を推進する偉大な民族とやらに泣きついたらしいのです。

そこからが胸くそでしてね。

そいつらが集団で村を襲って、略奪や暴行三昧で村を滅ぼしたそうです。

親の前で、子供を生きたまま火あぶりにしたなんて、話もありましてねぇ。

連中がそれを自慢気に話していたらしいので、噂は瞬く間に広がっていますぜ。

さすがに気分が悪くなりましたよ。

私もクズですけどね。

連中に比べたら天使のようなモンです。

名目上は、周囲への脅しらしいですがね」


 旧フォーレ国民だから、と分類するのは好まないが……。

 皮肉にも、世界主義のマニュアルどおりに振る舞っている。

 集団で動いているから、その民族の特性どおりの動きになるのか。

 だが、そんなことで周囲が萎縮するとは考えられない。

 使徒の平和が保たれていれば、話は別だが……。

 中世特有の自力救済が、人々の意識に蘇っているだろう。


「逆効果でしょうね」


「そのとおりでさぁ。

付近の村が団結して武装しはじめましてね。

噂がどんどん広まっている有様です。

あの国が、どうする気かはしりませんが……」


 この情報には、価値があるな。

 今後のトマの動きや、先々の動きに関わる情報になる。

 俺はテーブルの上に、金貨5枚を置く。


「なるほど。

これは言い値を出しましょう。

もっと詳しく聞き出してくれば、追加で10枚出しますよ」


 マンリオは素早く金貨を懐にいれて、愛想笑いをする。


「こんなんでとは……。

ありがてえ。

じゃあその後の動きも、ちゃんと探ってきますぜ」


「内容次第ではもっと出しますよ。

頑張ってください」


 マンリオは顔がニヤついている。

 まだわかっていないな。

 金額は難易度ではない。

 内容次第だ。


「ゲヘヘヘヘヘ。

ではユートピアの話についてですが……。

正妻のマリー=アンジュが追い出されてから、後釜に座ったカールラの評判がよくないですね」


 それは事実だが……。

 気になる表現だ。


「待ってください。

追い出されたとは、マンリオ殿の主観ですか?」


 マンリオは慌てて首を振る。


「いえいえ。

ユートピアでは皆の共通認識ですぜ。

表だって口にするものはいませんでしたがね。

マリー=アンジュのことを気の毒がったり、消息を知りたがる人が大勢いました。

それだけ惜しまれていたんですぜ。

普通は追い出された、と思っているでしょう。

必死に貢献したのにあの仕打ちはない、といった話もでていました」


 根拠ありきの感想ならいい。

 この前提があやふやだと、今後の情報も怪しくなるからな。


「なるほど。

それでアクイタニア嬢の評判が悪いとは?」


「マリー=アンジュは、町の皆に優しかったそうでしてね。

町民の生活にも、気を配っていてくれたと。

ところがカールラの嬢ちゃんは……。

お高くとまって住民のことなど見向きもしない。

町の問題を放置して、趣味の乗馬に明け暮れている。

そんな噂もでるほどです」


 噂か……。

 このような噂がでるほど、悪感情が共通認識になっていると考えるべきだろうな。


「随分反感を持たれていますね。

アクイタニア嬢が、そこまで愚かなことをするようには思えませんが」


 マンリオはボリボリと頭をかく。


「事の真偽はわかりません。

麻薬中毒患者の隔離から……。

住民の切り捨てがはじまっているのですよ。

それを食い止めていたのがマリー=アンジュですからね。

おかげでユートピアの内部はギスギスしていますぜ。

町の住民は、マリー=アンジュを懐かしがっている始末ですよ。

使徒ユウはそれに腹を立てたらしいですがね。

それだけでしたねぇ」


 結構深刻だな。

 だがちょっと予想外だ。


「使徒がなにもしないのは意外ですね。

食糧の配給を止めそうなものですが」


 マンリオは意味ありげに笑う。


「旦那もなかなかに人が悪いですねぇ。

旦那のせいですよ。

使徒の正しさが疑われている状態ですぜ。

そんなことをしたら、旦那の正しさを認めるようなモンですからね。

こいつは単なる感想ですがね。

使徒ユウは、旦那に劣等感をもっていますよ。

旦那の正しさを認めることだけは、絶対にないって感じですなぁ。

子供が意地になっているアレですよ」


 この男は感情で物事を考える。

 だからこそ使徒ユウの本質を捕らえることが出来たのだろうか。

 再び懐から、金貨をテーブルに並べる。


「なるほど……。

言い値以上の値段がありますね。

15枚出しましょう」


 マンリオはすかさず金貨を懐にいれる。

 頰が緩みっぱなしだ。


「おおっ。

太っ腹ですなぁ。

じゃ最後の大ネタですぜ。

王都プルージュの現状です。

こいつがヤバイんでさぁ」


 なんか調子にのってきた気がする。


「感想より情報ですよ」


 マンリオは鼻白んで、頭をかく。


「わかっていますよ……。

普通の人なら、この切り口で食いついてくれるのになぁ。

ともかく、プルージュはボロボロでさぁ。

しかもギロチンでしたっけ。

アレが1台だったのに、3台に増えていましてね。

貧民層の娯楽になっていますよ。

処刑人は解雇されていましてね。

あの革命を推進する偉大な民族が、ギロチン台を独占していましたねぇ。

首を落とされるほうじゃなく、ロープを放すほうですぜ。

落ちた首を足蹴にして、遊具にすらしていますからね。

あんなことしてれば、そのうち落とされる側を独占する、と思いますよ」


 妙に鋭いな。

 残虐なことをすればするほど、生け贄になったときのガス抜きの効果は大きい。


「私には理解できない趣味ですね。

血の匂いも好きじゃないですから」


「匂いと言えば……。

死体を豚の餌にしているせいで、町は豚の糞尿で臭いったらありゃしません。

そのうち病気でも流行りやしませんかねぇ」


 無価値な情報ではないが……。

 金貨一枚に及ばない。


「他にはないのですか?」


 マンリオは苦笑して肩をすくめる。


「あんな場所で、迂闊に情報なんて嗅ぎ回れませんぜ。

これだけでも危ない橋を渡ったのですから」


 俺は、腕組みをして頭を振る。


「この情報に価値がありませんね。

つまり0です」


 マンリオは当てが外れたのか、口をあんぐり開けている。


「そ、そんなぁ……」


「もっと有益な情報をもってくれば、100枚だって出しますよ。

ただ人が死んだ程度の情報には、価値がありません。

雨期に雨が降るなんて情報ですよ。誰が金を払うのですか?」


「だって危険だったんですぜ」


 俺は大きくため息をつく。


「大雨で洪水が起こったときです。

川縁まで見に行って、木が流されているのを見た。

そんな話に、マンリオ殿は金を払うのですか?」


「いや……。

でも頑張りは認めてくだせぇよ」


 当てが外れたのか。

 危険を冒したから、価値があると思い込んでいるな。

 俺は席を立って、マンリオを見下ろす。


「それはラヴェンナの人間であればですね。

マンリオ殿は、相手を自由に選べるのですよ?

だからラヴェンナへの忠誠を求めません。

故に持ってくる情報だけが、すべてになります。

それに感情を共有するための情報に、私は価値を見いだしません。

酒場での盛り上げや吟遊詩人なら必要なネタでしょう。

情報で飯を食いたいなら、買い手の欲しがる情報を持ってくる。

それが商売というものです」

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