690話 諦めの悪い女
まず閣議で、山を越えて人が来るかもしれないと話をする。
当然、誰も驚かない。
虎人族やプリュタニスの先祖が山を越えてきたからな。
友好的かはわからない。
特別に警戒するにしても、いつ来るかわからない。
平常の対応でいいだろう。
山側への巡回も欠かしていないことをチャールズに確認した。
チャールズは小さく肩をすくめる。
「ご心配なく。
ちゃんと警戒していますよ」
愚問だったな。
この話はそれでいい。
本題に入ろう。
半魔についての話をした。
そして人が魔物に変わる、という話もする。
全員が驚くのは当然だな。
過去の大災厄、そして黒い湖についても付け加えた。
ドラゴンが作った炎の柱も含めてだ。
そして人を魔物に変える手段は、現在でも存在することも伝える。
その震源地はアラン王国であること、ハンバークやタルタルステーキあたりが危ないこともだ。
全員の表情が厳しいものになった。
シルヴァーナが首を傾げている。
「ん~?
挽き肉が危ないってことよね?」
なにか、気になったことでもあるのか。
シルヴァーナの直感は侮れないからな。
「ええ」
「一応ソーセージもそうだと思うよ。
クノーさんが見落としたの?
冒険者が非常食で、たまに持ち歩くけど」
その話を省いていたな。
意外と鋭い。
ジラルドより早く気がついたようだ。
「ああ……。
魔物の肉に塩をかけると、効能が大きく落ちるらしいのです。
ただの糞不味いソーセージになるようですから。
なので除外していますよ」
シルヴァーナは、少し呆れ顔だ。
「なんだか面倒くさいのねぇ」
いやいや。
制約が多いほど、こっちは大助かりだよ。
「そんな物騒なものが、簡単に出来たら困りますよ」
シルヴァーナは腕組みをして、素直にうなずいた。
「それもそっか。
ソーセージって、大体はシケリア王国産だけど……。
どれもしょっぱかったなぁ。
でも工夫して、塩を使わないケースもあるんじゃない?
アラン王国が危険なのよね。
あそこは海に面した面がほぼないから……。
塩って貴重だったよね」
シケリア王国は、漁業と畜産業が主体だからな。
しかも冬は寒く餌が少ないので、豚肉をソーセージにする習慣がある。
戦争がなかったので、ソーセージはあまり広がっていない、という話だったな。
アラン王国は冬も比較的温暖で、豚の餌にも困らない。
塩は貴重なので、ソーセージはシケリア王国から輸入されている。
塩抜きソーセージが完成していたら危険だ。
幸いそんな話は知らない。
それでも注意しておくにこしたことはないか。
「たしかにそうですね……。
ソーセージは、ラヴェンナに入ってきていましたっけ?」
農林大臣のウンベルト・オレンゴは、小さく首を振る。
「いえ。
今のところ、自前で作れています。
把握している輸入はありません」
シルヴァーナが腕を、頭の後ろに組んでふんぞり返った。
「それって一口食べたらアウトなの?」
「少なくとも1カ月は食べ続けないとだめですね。
改良されていればもう少し短くなりますが……」
シルヴァーナが眉をひそめる。
「魔法で検知できるといいんだけどねぇ」
検知するためには、その対象が必要だ。
危ないものを検知する。
そんな抽象的な魔法で、なんとか出来るのは使徒だけだ。
悪霊が間に入って、具体的解釈をしているからなのだが……。
「現物がない以上難しいですね。
試しに作っても、それが正解かわかりません。
ましてや人体実験なんてするわけにもいきませんからね」
シルヴァーナは微妙な顔で、唇を
「なーんかモヤモヤするわねぇ。
取りあえず……その話だとさ。
挽き肉を混ぜるときは、塩をぶち込めばいいのかな」
どうしてもやりたいならな。
しかしこんなこと法令で定める話なのだろうか。
「そうですね。
ただその危険な肉が、一気に不味くなるらしいです。
完成品に塩をまぶしたら、ある程度効果はあると書かれていました」
「ならいいじゃん。
それにしても人が魔物かぁ。
なんだかゾッとする話よね。
しかもかみつかれたら、その人も魔物になるってのがねぇ」
存在そのものがこの世界では不安定だからこそだろうなぁ。
「人と魔族は子をなせます。
その魔族は魔物に近い、とされていますから。
相対的に考えれば、人と魔物の境界は……思ったより小さいのかもしれませんね」
シルヴァーナはオフェリーの胸を見て、自分の胸を見下ろす。
なにが言いたいかはわかる。
この境界は大きいと。
だが言ったら、自分が悲しくなるのだろう。
悲しそうに頭を振った。
「なんか怖い話よねぇ。
魔物と言えば……。
アラン王国は国としての体を成していない。
そうアルが言っていたじゃん。
ギルドの本部も、機能不全になるのかな」
最初は世界人民共和国と言っていたが、ニコデモ陛下が国としての承認をしなかったからな。
それに従わないと、面倒なことになる。
「ギルド自体は大丈夫だと思いますけどね。
ただギルドは、アラン王国とインフラの上に成り立っています。
かなりの悪影響はでていると思いますよ」
「うーん。
ちょっとマズいわね」
今日のシルヴァーナは、いつになく真面目だな。
もしかしたら、知り合いや友人が本部にいるのかな。
「なにがですか?」
「魔物ってちゃんと討伐して間引かないと、どんどん増えてくのよ。
それを管理していたのがギルドなの。
うちらだけよ。
お偉いさんが、魔物を抑えるように采配しているのって」
今のアラン王国の冒険者ギルドは、機能不全に陥っていると思う。
素材目当てで依頼を出す人たちにしても、魔物退治より隣人の首を飛ばすことに熱中していそうだからなぁ。
対処が遅れるか、放置もあり得るのか。
そうやって、トマを失脚させることも可能だが……。
その後、どうやって収拾するのだ?
そもそも、半魔騒動が起こったら魔物退治どころではなくなる。
アラン王国が魔物の国になりかねない。
「ランゴバルドとシケリアの両王国は、大支部が健在です。
こちら側の心配は不要でしょう。
クララック氏もそこまで愚かではないと思います。
魔物への対処は考えると思いますよ。
半魔が発生したら、対処どころではなくなるでしょうけどね。
その場合は使徒の出番になります。
それすら失敗したら、アラン王国は魔物で
とはいえ、どうこう出来る話ではありませんからね。
注視しておきましょう」
シルヴァーナは俺を見て、ニヤリと笑った。
「魔物が
やっぱり魔王とか生まれるのかな?」
知るかよ。
脱線をはじめたから、この話題は終わりだな。
「私に聞かないでください。
言っておきますが私は、ただの領主ですよ。
それより、歴青の湖がラヴェンナにあるでしょう。
これって本当に、自然のものなんですかね。
調べられる方法があるかも謎ですけど」
オニーシムが腕組みをする。
今ひとつ食いつきが悪いな。
「ではレベッカに聞いてみよう。
ちなみにそれがわかったら、なにかあるのか?」
ああ。
その視点からの疑問か。
「過去にラヴェンナで、半魔による災厄が起こった証拠になります。
それなら研究した結果が見つかるかもしれません。
見つかればヒントにつながる可能性もあります」
オニーシムは、重々しくうなずいた。
すぐに頭をかいてため息をつく。
「なるほど。
しかし色々なことが起こりすぎて、どうも落ち着かない。
ここならまだ他人事だが、他の国は大変かもしれないな」
どうも半魔の話題がでると、シルヴァーナの目が真剣になる。
また腕組みをして、首をひねっている。
「ん~。
そういえば……。
アタシのダンジョンに、色々仕組みがあったでしょ。
あれって元になる魔力が、まだ判明していないって聞いたわ」
ある程度、どんな機能があるのかは、解明が進んでいる。
だが、それをどうやって動かしていたのか。
魔力だとは聞いたが、その先の報告は来ていない。
「そのようですね。
必要な魔力が膨大だけど、人の魔力では足りない、と聞きました」
シルヴァーナは腕組みを止めて、自分の髪をいじりはじめた。
なにか思うところがあるのか。
「なんの根拠もないけどさぁ……。
実は半魔を燃やすと、強い魔力がでるんじゃないかな。
そうじゃないと、炎の柱が長持ちしないわよ。
ドラゴンの魔力に匹敵するんでしょ?
1000人の魔力を集めた程度だと、ドラゴンには及ばないわ。
実はダンジョンの魔力も、それで賄っているんじゃないかなーと」
妙に鋭いな。
根拠がないことはたしかだが、否定できる話でもない。
「それには危険も大きいですし、手間もかかりそうですね。
それで半魔にする人を、どうやって確保するかの問題もあります」
「そこはわからないけどね。
もし手間暇かけても、メリットがあるならやるんじゃない?
ひとり分の半魔を燃やすと、1月分の都市の魔力が補えるなら……。
やると思うわよ」
暢気に発言したが、全員は真剣な目でシルヴァーナを見ている。
それに気がついたシルヴァーナが慌てて、両手を振る。
「忘れて!
ただの思いつきだから!」
オニーシムが髭をしごきながら、妙に感心した顔をしている。
「いや。
シルヴァーナのいうことは一理ある。
それなら数十人を、大陸から
ある意味考える切っ掛けだな。
こうやって、結構役に立つから侮れない。
「そうなるとシルヴァーナ・ダンジョンに、魔力を供給しているラインが必要になりますね。
燃え尽きた後に黒くなるなら、歴青湖の近くに施設がある可能性は否定できないでしょう。
あれで天然のものでないなら……ですが。
問題は、歴青湖とシルヴァーナ・ダンジョンまでは結構な距離があります。
それだけ離れたところに、魔力供給する手間をかける必要があるのかですね」
オニーシムが小さく肩をすくめた。
「それは見つけてみないとわからんな。
もし見つかったら、それから理由を考えてもいいだろう」
現時点で、議論をしても意味はないか。
ただ……。
じゃあやりますと、簡単に決められるかと言えば難しい。
「そうですね。
もっと本腰をいれて調査すべきかもしれませんね……。
ただ危険も、十分考えられます。
実に悩ましいですね」
「クレシダのことを知りたいなら、地下都市のさらなる調査を勧めるよ。
クレシダがどこまでなにを出来るか……。
これを判断する情報が少なすぎるんだろ。
幸いこっちは平和なんだ。
足元を掘り返す余裕ならあるさ」
返す言葉もないな。
吹っ切れたつもりでも、記憶を失った自信喪失は多少引きずっているらしい。
「
レベッカさんには、安全に注意を払って頑張ってもらいますか」
シルヴァーナは元気に手を挙げる。
「じゃあ」
シルヴァーナがなにを言いたいかわかる。
そして答えも決まっている。
「シルヴァーナさんはお留守番です」
シルヴァーナは頰を膨らませて、ドンと机を叩く。
「くっ……。
なんでそう冷静なのよ。
この餡子熊王め……」
その呼び名、まだ諦めていないのかよ。
諦めの悪い女だ。
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