689話 若気の至り

 ラヴェンナに話をするために、テラスに向かおう。

 ところがエテルニタが、俺の前に素早く回り込んできた。

 連れて行けと。


 仕方ないので抱え上げ、連れて行くことにした。

 扉を開けて自由にいかせると、キアラたちに怒られるからな。


 別に、体調が悪くはないのだが……。

 もしかして、ラヴェンナに会いにいくとわかるのか?

 猫じゃらしがお目当てか。


 そのまま、テラスに向かう。

 今日は、まだ暖かい。

 寒くなってきているからなぁ。

 室内でも休憩室が欲しい。

 新居はどうなっていたかな。


 ラヴェンナ像に、アイテールに聞きたいことがある、と言って椅子に座る。

 即座にお呼ばれはしないようだ。

 俺の膝の上で丸くなっているエテルニタは、ラヴェンナ像をじっと見ている。


『みゃ~』


 もしかしてかしているのか?

 考えすぎかと思ったときに、眠気が襲ってくる。


 気がつくと、いつもの広場だ。

 さすがに広場は暖かいな。


 テーブルの向かいに、ラヴェンナがいる。

 そういえば……。

 折居がいないな。


「あれ? 折居は?」


 ラヴェンナは頰を膨らませる。


「アイツ……。

生意気にも、神格があがって自分の領域を持ったのよ。

呼べば来るけどね。

聞かれる前に答えるけど……。

折居の領域は、船の上だったわ」


「まあ……。

海の中でなくて良かったな」


 ラヴェンナは、突然吹き出した。


「ゴメン。

パパ……ちょっと聞いてよ!

折居の領域に呼ばれたんだけどさ。

船の上なのは、ある意味当然かな。

でも……。

あ、アイツ……。

ふ、船酔いしていたのよ!

ピクピク痙攣していたわ!!」


 苦しそうに言い終えて、ラヴェンナは爆笑する。

 た……たしかに笑うしかない光景だな。


「なんでまたそんな自滅するような……」


 ラヴェンナは涙目を拭った。

 よほど、ツボにハマったらしい。


「もう笑ったわよ。

船の上の揺れと、海の中は違うんだってさ……。

若気の至りだ、と意味不明なことを言っていたわ。

たしかに生まれて間もないけどさ」


「なんというか……。

シュールだな」


 またラヴェンナが笑いだす。

 笑い上戸だったのか。


「じゃあ揺れなきゃいいでしょって言ったら……。

そのとおりにしたのよ。

そうしたら違和感半端ないわ。

海は揺れているのに、船はまったく揺れないんだもの」


 木彫りのニシンに生の手足がついてる時点で、違和感の塊だろう。


「そもそも折居について、深く考えたら負けだろ……」


「それもそうね。

折居だから……で納得するしかないわ。

おっと……。

そろそろ、アイテールが来るわよ。

アイテールもパパに用事があるんだって」


 アイテールが俺に用事か。

 一体なんだろう。

 そう考えていると、アイテールが座っていた。

 エテルニタがテーブルに両手をちょこんとのせて、アイテールに顔を向ける。

 

『みゃ~』


 アイテールはエテルニタに、目を細める。


「礼儀正しい猫よのぅ。

ともがらよ。

エテルニタを連れてきてくれたこと、嬉しく思うぞ」


 俺がここにくることを察知されたんだよな……。


「エテルニタが来たがったのです。

どうも、ここにくるのがわかるようで……」


 エテルニタは自慢気に、尻尾を立てた。

 鼻に当たってくすぐったい……。


『みゃ!』


 アイテールは、ますます目を細めた。


「ほほう。

直感でわかるのかのう。

して、に聞きたいこととはなんぞ?」


 ラヴェンナはエテルニタと猫じゃらしで遊びはじめる。

 アイテールはそれを、羨ましそうに見ているな。

 早めに用件は済ませよう。


「エルフの伝承についてお伺いしたいのです。

太古に人が魔物になる災厄が発生したそうで……。

ドラゴンを崇めていた人にも、危機が迫ったと聞きました。

その魔物……半魔と称しておきますが、それをドラゴンが焼き払ったと聞いたのです。

なにかご存じありませんか?」


 アイテールは両目を閉じる。


「ふーむ。

先々代の話よな。

あったことはたしかぞ。

ここではないがな」


 となると、相当昔だな。


「やはり事実でしたか……」


ともがらが確認してきたのは、それがまた起こると思っておるのかえ」


 ただの好奇心だけで、アイテールを呼びつけるのは失礼だからな。


「ええ。

そもそも半魔による災厄は、古代人の実験によるものらしいので……」


「古代人とは、ここに住んでおった者かえ?」


「ええ」


 アイテールは、小さく首を振った。


「それだと少々合点がいかぬな。

ここは隔絶した土地ぞ。

空も飛べず、瞬時に移動などままなるまい。

元々、大陸のほうに住んでいたのが流れてきたのではないかぇ?」


 元々は大陸に住んでいて、半魔の実験失敗で崩壊したのか。

 それでラヴェンナに逃げてきたと。

 あの様子だと、研究は止めていなかったようだなぁ。

 禁忌と言いつつもか。


「なるほど。

その大災害を起こして、なおかつ研究は続けていたと。

血の神子騒動で、ラヴェンナを引き払うことになったようですけど……。

ラヴェンナで半魔騒動が起こったかは、謎のままですね」


 アイテールは、小さく肩で笑った。


「懲りない人間よのぅ。

ともがらに聞かれる前に答えるぞ。

焼き払ったのかと言われれば、そのとおりぞ。

しかも1度きりと聞いておる」


 数はかなりのものだと思うが……。

 それを1回で焼けるのか?


「そんなに一カ所にまとまったのですか?」


まとめたというのが正しいの。

彼奴等きゃつららに、知性はない。

そして人の魔力に引き寄せられる」


 それは古文書どおりだな。


「そのようですね。

何故かは解明されていないようですが」


「そして最も強い魔力に、自然と引き寄せられる。

たとえ見え見えの罠であってもぞ。

火の柱を生み出して、人の魔力に似せるのだ。

そうすれば、勝手に彼奴等きゃつらは、炎の柱に飛び込んでいく。

これも伝え聞いた話ぞ。

彼奴等きゃつらは燃えにくいが、一度燃えるとよく燃える。

なので一度炎を作れば、あとは見ているだけだったそうな」


 大事なヒントのような気がする。

 ただ動く魔物を焼き尽くすのは難しい。

 これは考えておくか。


「よく燃えるですか……」


「先々代はともがらと違って、それを調べる気はなかったようだの。

今では場所もわからぬ。

そうよのう。

炎の柱のあった場所は、黒い湖になっていたと聞くな」


 これもまたヒントだな。

 黒い湖か。

 しかし大陸に、そんな湖はないはずだ。

 絶対に噂になる。

 何千年前になら……なくなったろうなぁ。


「泉になったのですか。

そんな珍しい湖なら、噂で聞きそうなものですが……。

私が知っているのは……」


 ないと思った。

 いや、あるじゃないか。


ともがらには心当たりがあるのかえ?」


 歴青湖がある。

 あれは天然だと思ったが……。

 調べる必要があるな。


「ラヴェンナにありますよ……」


「ふむぅ。

もし自然のものでないなら、過去にそこで一掃されたのかもしれぬな」


 調べられるかわからないが、皆に相談してみよう。


「窪地に誘い込んだのであれば、そこに水が流れ込んだのかもしれませんね。

自然の湖なのか調べてみます。

あとは仮に発生したときの対策ですが……。

問題はそれだけの炎を作れるかですね」


「ここにそれが起こったときは、が処置しよう。

その程度は助力してもよかろうて」


 この手の助力は、実に助かる。

 本来なら発生してはいけない。

 だが最悪のケースも、視野に入れる必要がある。


「有り難うございます。

そうならないように、最善はつくします」


 アイテールは優雅にほほ笑む。


「故にぞ。

最初からを、当てにしては、興醒めも甚だしい。

この件で、娘御は手をだせぬからの」


 猫じゃらしでエテルニタと遊んでいるラヴェンナが、頰を膨らませる。


「仕方ないじゃない。

人がやったことには、手をだせないのよ」


 そこは、明確な線引きがあるようだからな。

 最悪のケースの確認も出来た。

 こちらの用件は終わりだな。


「それで私にも、用事があると聞きましたが」


「うむ。

ともがらに紹介せねばならぬわらしがおっての。

参られや」


 どこからともなく現れたのは10歳程度の少年だ。

 服装は古風。

 アイテールのように、爬虫はちゅう類のような瞳孔をしている。

 ドラゴンか。

 その少年は、不機嫌そうな顔をしている。


「……私は、人になど用はありません」


 確実に不機嫌だ。

 アイテールは、小さくため息をつく。


「ああ、ともがらには聞こえなかったようだな。

人には理解できぬ概念だからの。

前に注意したであろう。

人に通じる概念で話すようにとな」


 少年の不服そうに、口をとがらせる。

 それでもアイテールには逆らえないといったところか。


「叔母上がそうおっしゃるなら……」


「このわらしはの。

ついこの前のオーロラで生まれた幼龍よ。

育つまでが保護することになった。

故にともがらにも知ってもらおうと思った」


 ああ。

 たしか生まれると言っていたな。

 ドラゴンにすれば、この前か。

 俺にすれば年単位だが……。


「なるほど。

わざわざご丁寧に有り難うございます。

お名前はなんと?」


 少年はプイと横を向いた。


「人に教える名前などない」


 これは、なかなかにプライドが高い。

 実にほほ笑ましいな。

 ところがアイテールは、少年をジロリと睨む。


「同じことを繰り返すのは好かぬな。

わらしはそこまで愚かだったのかぇ?」


 少年はビクっと、背筋を伸ばす。


「い、いえ……。

炎の鉤爪だ。

な、なにが可笑しい!」


 炎の鉤爪が、顔を赤くして憤慨する。

 ラヴェンナが、ニヤニヤ笑っていたのだ。


「いやぁ。

こう背伸びしている子供って、感じでほほ笑ましいわね。

パパも頰が緩みっぱなしよ」


 それは否定しない。

 背伸びしている、生意気な子供はほほ笑ましい。


「まあ……。

生まれてすぐ老成していても、ロクなことがありません。

年相応が1番ですよ」


 ラヴェンナが俺にも、ニヤニヤ笑いを向けてきた。


「さすが言葉に、実感がこもっているわねぇ」


 そうじゃねぇよ。


「酷い不良娘もいたものです。

不女神か……」


 ラヴェンナが、ムッとした顔になる。


「なんとでも想像できる名前は止めなさいよ!」


 アイテールが、いつの間にか手にした猫じゃらしで、エテルニタと遊んでいた。


「親子喧嘩はそのあたりにしておきや。

人が立ち入らぬ領域を、このわらしに貸し与えた。

ともがらの民と出会うことはあるまいが、万が一もあり得る。

故に事前に知らせておいた」


 それは有り難いが……。

 開発計画は慎重に進めているはずだ。

 どこかで手違いが発生したのか?


「ご配慮感謝します。

もしかして活動領域が広がりすぎていますか?」


 アイテールは小さく笑って、猫じゃらしに変化をつける。

 テーブルの上にのったエテルニタは、敏感に反応して飛びつこうとする。


ともがらの民は、そのようなことはせぬ。

ただのぅ。

山の向こう側から、人の気配がしおる。

ことと次第によっては追い払う、で済まないやもしれぬでな」


 炎の鉤爪は、不満顔で腕を組む。


「叔母上、人ごときに気を使いすぎではありませんか?

私は、龍として誇り高くあれ、と教えられています。

人と対等に話していることは、大いに矛盾していると思います……」


「誇りとは他者を蔑視することではないぞえ。

他者を下げても、己は高くならぬ。

対等に話すのは友人であるが故のことよ」


 炎の鉤爪は、今一釈然としない顔をしている。

 アイテールは小さくため息をつく。


ともがらよ。

済まぬのう。

まだ生まれたばかり。

このような未熟者だ。

大目に見てやってたももれ」


 この位ヤンチャなほうが、子供って感じがするな。

 これこそ若気の至りだよ。


「ええ。

当然ですよ。

きっと将来、思い出したくなる黒歴史になるでしょうから」


 炎の鉤爪は、俺を睨みつける。


「わ、私は、自分を振り返って恥じるなどしない!」


 アイテールがさらに大きなため息をつく。

 子育ても大変だな。


「相手が使徒でないなら、1対1で人に負けることはありえぬ。

だが、人はそれを自覚する。

故に、数でもって攻めてくるぞ。

我らとて無敵とはいかぬ。

その誇りが驕りになって身を滅ぼす。

それより棲み分けをしたほうがいいのだ。

このわらしは使徒の恐ろしさを、まだ知らぬのでな。

我らこそ最強、と信じ込んでおるのよ」


 炎の鉤爪は、プイと横を向く。

 馬鹿にされたと思ったのか。

 このあたりが、実に子供っぽくてほほ笑ましい。


「それくらい知っています」


 アイテールは意味ありげな視線で、俺を見る。


「このともがらは、使徒の攻撃を受けて生還した、ただひとりの人間ぞよ。

同胞たちですら耐えきれなかったのは知っておろう?」


 炎の鉤爪は、口をあんぐりあげる。

 リアクションがいちいち大袈裟だな。


「そ……そんな馬鹿な? 本当に人間なのか?」


 ラヴェンナが何故かフンスと胸を張る。


「事実よ。

それとパパを、ただの人だと思わないほうがいいわ。

人間界では魔王なんて呼ばれているからね」


 エテルニタが突然、俺を振り返る。


『みゃお~う』


 お前絶対言葉わかっているだろ……。

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