688話 猫は気まま
その他の情報などを相談したが、あまりに情報量が多いので、数回に分けることになった。
パトリックが、帰り際に難しい顔で考え込んだ。
「クノー殿。
どうされましたか?」
パトリックは頭をかく。
「シルヴァーナ・ダンジョンに発生する魔物は、もともと食用だったと報告しましたよね。
どのように食用にしていたかは、不明のままだと」
言われてみればそうだ。
もしかしてアレが、実験用の魔物だったのか?
「ええ」
「それなりの数が発生するので、その近辺で実験をしていた可能性があります。
今ダンジョンの残りを探していますが、下手をすれば実験場のようなものがあるのかもしれません。
見つけても調査は、かなり慎重に進めるべきかと」
可能性は高いな。
となると、近場だろうな。
「そうですね……。
うかつに入り込むと危険ですね。
もしかしたら、地下通路でつながっているかもしれません。
半魔の寿命は、10年程度と聞きましたが……。
突然変異のような種が生まれていたら厄介です」
パトリックは真剣な顔でうなずいた。
「ええ。
調査するならギルドの総力を挙げる必要があります。
ただ半魔が各地で発生したら、それどころではなくなりますね。
最悪中断も視野に入れましょう。
それとこの半魔への対処方法を、ギルドに報告してもよろしいですか?」
これは伏せる話ではない。
皆にも伝えるべき話だろうな。
「ええ。
キアラに頼んで、ディミトゥラ王女にも伝えてもらいましょう。
救いなのは半魔にする食事をつくるのは、それなりの手間がかかることです。
挽き肉を食する習慣がありませんからね。
これが流行りはじめたら注意しないといけません」
一般的な食事でないのが救いだ。
ただクレシダが、さらに研究を進めている可能性がある。
研究はかなり大変だから、やれても小さな改善に留まると思うが……。
油断は禁物だろう。
さらに言えば、半魔の対処方法が通じるか……保証がない。
それでもやるしかないが。
「ああ……。
そうですね。
ハンバーグでしたっけ。
流行っているのはユートピア程度ですからね。
あとはタルタルステーキもそうでした。
ユートピアで半魔が発生しても、使徒がなんとかするでしょう」
その程度の力は残っているだろう。
だがクレシダは、使徒を潰しにかかる。
仮にも人々の心の支えなのだ。
既にメッキは剝がれている。
それでも困ったときについ頼るのは、1000年の慣習といったところか。
もし使徒が倒れれば、世界を絶望が覆うだろう。
自分の足で立てると思うほど、人々は自信をつけていない。
世界を壊すなら、希望はことごとく破壊する。
世界主義がこれにどう対抗するのかは不明だ。
これ幸いと見過ごすかもしれない。
もしくは、自分以外のプレーヤーがいることに我慢できず……妨害するかもしれない。
むしろこちらの可能性が高いか。
仮にクレシダが勝ったときは、使徒が死ぬときになるのか。
そうなると、悪霊が力を取り戻してしまう。
なにか出来ることがないか考えるべきだな。
俺は憂鬱な顔でうなずくしか出来なかった。
「そう願いますか。
私のほうでも、半魔による災害が起こったか調べてみましょう」
◆◇◆◇◆
直接本丸に話を聞く前に、手順を踏むか。
ミルとオフェリーが、ちょうど執務室にいるからな。
執務室に戻ると、ミルとオフェリーはなにか聞きたそうな顔をしている。
「ふたりに聞きたいことがあります」
ミルは黙って椅子を持ってきて、俺の隣に陣取る。
妙に嬉しそうだ。
「なにかな?」
オフェリーもミルに倣って、隣に座る。
「なにでしょうか?」
わざわざ、左右に座らんでも……。
そこにエテルニタまでやってきて、俺の膝の上で丸くなる。
『みゃお~う』
気にするな、とでも言いたげだ。
猫は気ままでいいよな……。
追い出す理由はないので好きにさせよう。
「言い伝えや伝承で、一度人が滅びかけたような話はありませんか?」
ミルは難しい顔になる。
「エルフの神話かぁ。
ちょっとしか覚えていないのよ。
ヴェルネリさんに聞かないとダメね……」
オフェリーは無表情で、俺の腕をつつきはじめた。
「天地創造にまつわる話で聞いたことがあります。
遙か昔に人が堕落して、魔物になった話ですね。
神は怒り、地上を水で押し流した。
その中でも信心深く、純粋な人間を助けるべく、船をつくるように指示したって話ですね。
神の涙という伝承になっています」
悪霊は創造神じゃないし、そんな力はないだろう。
なにか洪水が発生して、それを神話に結びつけたのかな。
神の涙にしても、食糧が減ることを悲しむ涙のような気がする。
その当時なら、変質前だからな。
仮にある程度の干渉が出来たなら……。
半魔では食糧にならないのだろう。
汚染されていない家畜を隔離させる。
そんな認識だったかもしれない。
どちらにしても、悪霊のみぞ知るってやつだ。
まあ……神話に突っ込むのは野暮だろう。
ミルは首を傾げた。
「あれ?
ちょっと思い出したけど……。
人が魔物になった話は一緒よ。
でも、魔物が滅んだ原因は水じゃなかったわ。
エルフたちは森の奥に逃げて助かったけど……。
人は減る一方だったようね。
大災厄って言われていたかなぁ。
人の守護神だったドラゴンが魔物を焼き尽くしたって話よ」
ここでドラゴンか。
もしかしたら、各地で解決方法が異なるのかもしれないな。
さすがにアイテールが、その場に居合わせたと思えないが……。
なにか知っているかもしれない。
ここは、ラヴェンナに頼むか。
さすがに変な物体は、もう飛んでこないだろう。
「魔物化した話は共通ですね」
ミルはグイっと体を寄せてきた。
「この話を聞いた理由は教えてくれる?」
古文書の話に呼ばれなかったことを、かなり気にしているな。
「アイオーンの子は、人を魔物にする技術を持っています。
そしてその魔物にかみつかれた人間も、魔物になると書かれていました。
だから一度発生すると、とんでもない災害になります。
放縦に生きる彼らでさえ、禁忌とするほどですよ」
ミルは驚いた顔をしたが、すぐにうなずいた。
「使徒米で人が変わっちゃうのよね。
出来るのは使徒だけかと思ってけど……。
人を魔物にするのは、使徒以外でも可能なのね。
神話の話は事実を伝えていたのかぁ……。
ただのお話だと思っていたわ。
その話だと、ラヴェンナでは起こっていないのよね」
意外と動揺しなかったな。
実感がなさ過ぎてピンとこなかったのか?
「どうでしょう。
ラヴェンナでも起こっていたかもしれません。
ただ未来に、これは起こりえるのですよ」
ミルは難しい顔で首をふった。
「それをクレシダが引き起こすと思っているのね。
古代の英知が敵に回ると厄介だわ……」
「まず世界人民共和国ではじまるでしょう。
使徒が健在なら、簡単に制圧されます。
ところが使徒は大きく弱体化していますからね。
だからこそ狙ってきます」
オフェリーが小さなため息をついた。
「こんなことを口にすると、嫌な女だと思われるかもしれませんが……。
マリーがここにきて良かったです。
最近やっと、ユートピアの話をしてくれるようになりました。
あの人の尻拭いで散々苦労した話ばかりです。
楽しい思い出が、殆どなかったのが悲しくて……。
他の人たちから、自業自得だと言われるかもしれません。
でも、あれだけ辛い目に遭うほど悪いことをしたとは思えません。
マリーには、もう苦労してほしくない……」
思いは人それぞれだが、俺は別になんとも思っていない。
ラヴェンナに害を為さなければ、普通に暮らしてくれて構わないだろう。
少なくともオフェリーは、ラヴェンナに多大な貢献をしてくれている。
その望みを受け入れても、お釣りは来るだろう。
不満がある人には、そういって説得するつもりだ。
人の思いすら計算してしまうのは、我ながら救えない性格だと思う。
あえて口にする話でないがな。
「嫌いになりませんよ。
人として自然の感情です。
とくにオフェリーは優しいのですからね。
でも、公の場では言わないでください。
思いは止められませんが、口にすることは止められます。
そして攻撃したがる人にとって、便利な攻撃材料になるのですから」
それだけじゃなくて、ラヴェンナ市民にこの考えが広まっては困る。
他所に関わるべきではない、という世論が形成されかねない。
そうなると手遅れになってから対応する羽目になる。
あげく他家からの
自由な発言を許しているメリットは、色々と享受している。
だからこそ配慮をかかせない。
このデメリットは受け入れないとダメだろう。
「あ、はい。
気をつけます」
ミルは、妙に神妙な顔でうなずいたオフェリーに苦笑する。
「そうね……。
いつでも率直がいいわけじゃないわね。
多民族のラヴェンナだからこそ意識して、発言を控えるときもあるわ。
それは不自由と言わないのね。他人への配慮なのよ」
単一であれば慣習や考え方が近いので、あまり気を使わなくてもいい。
かつ治安も安定させやすいなどのメリットは多い。
いいときは一気に隆盛になるが、ダメなときは坂道を転げ落ちるように落ちていく。
似た考えしか出来ないから、当然の話だな。
多民族だと慣習や考え方が異なるから、色々と気を使わなくてはいけない。
そして最低限認識を共有できるものがないと、内紛で自滅するだろう。
治安の安定化も、コストがかかる。
いいときも全員一丸とならずに、ものすごい勢いで隆盛にならない。
だが……ダメなときでも異なる意見が多いので、舵取りさえ間違わなければ立て直せる。
この世界は、もともと多民族の世界だ。
さらに世の中いいときは一瞬だが、ダメな期間は結構長い。
いくら数が多いからと言って、人間だけを基準に決めるのも、変な話だろう。
そもそも人間でも、出身地や慣習が違えば考えは違うのだから。
「多民族は多民族なりの苦労があります。
この世になにもせずとも、うまくいく楽園なんて存在しませんからね。
では……。
神の涙と大災厄について、もうちょっと詳しく調べてください」
ミルは嬉しそうにうなずいた。
「わかったわ。
ヴェルネリさんに直接聞くことになると思うけどね。
まず聞いてみるわ」
オフェリーは、何故かミルに対抗心を燃やしたのか、強くうなずく。
「私は叔父さまに聞いてみます」
思えば、これがいい切っ掛けかな……。
「各種属や部族の口伝や神話とかを書き記して、図書館に入れたほうがいいですね。
本来ならジョクス館長を通すべきですが……。
違う方法を考えましょうかね」
ミルが突然吹き出した。
「ああ、ゴメン。
たまに奥さまたちで集まるときがあるのよ。
それでジョクス館長の奥さんから、お礼を言われたの。
『はじめて主人が、仕事に真剣に打ち込む姿を見ました。
しかも給金が高いので、商会への貢献もかつてないほど高いのですよ』
ってね。
それを思い出したから、ちょっと可笑しくなったの」
ティトはジョクス商会から派遣されている扱いだ。
給金はジョクス商会に払われている。
ティトの趣味人っぷりは、奥さんにとって悩みのタネだったのか。
最悪、当主の座を追われるかもしれない、と不安になったのかもしれないな。
もう身分が固定される時代は去ってしまったからな。
「まあ……。
実務は、ヴィヴィアン殿に任せていたようですしね。
給金が高いのは、それだけ大変な仕事なので当然です」
実際、それだけの仕事をしてくれているのだ。
高くもなく安くもないと思っている。
「私がジョクス館長の奥さんに、話を通して見るわ。
なにかいいアイデアが浮かぶかもしれないからね。
それとエルフ以外は、伝承を覚えている人は女性が多いのよ。
うまく
それは有り難いと思ったが、何故かオフェリーがふくれっ面だ。
「教会の書庫を、全部こっちに持ってきてもらいましょう」
対抗心燃やさなくていいから……。
それにそんなこと教会が、絶対に認めない。
「あえて教会と波風を立てなくてもいいですよ……」
『みゃお~う』
突然、エテルニタが鳴いた。
無視するなと言いたいのか……。
猫は気ままでいいよな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます