686話 人間の業

 避けようとしていたイベントは無情にもやってくる。

 領主さまと話そう会だよ。


 俺は学校に向かう馬車の中。

 隣にはニコニコ顔のクリームヒルト。


 今回はちがう学校なので、ちょっと距離がある。

 なので徒歩ではなくなった。

 クリームヒルトは気の早いことに、第3回目の場所まで相談してくる。


 そういえばクリームヒルトは計画好きだったな。

 そんな話をしながら、学校に到着した。


 学校の前では校長や教師たちに混じって、ゼナ・レヴィディス・ガリンドも待っていた。

 たしかここで働いていたな。


 ベルナルドの喪があけたあとだ。

 なにかやりたいことがないか訪ねたのだ。

 そうすると子供の成長を見守りたいと言われた。


 ゼナには十分な学があるので、クリームヒルトはこれを快諾。

 ちょうど人手不足の学校があったので、教師として赴任してもらった。

 普通なら見習いだが、読み書きと計算が出来る人はとても希少なのだ。

 なので教師からのスタートになる。


 クリームヒルトの考えでは、いずれは校長になってもらうつもりらしい。

 あくまで本人の資質次第だが、厳しくも優しいと評判なので大丈夫だろう。


 ラヴェンナの制度上、いきなり高位高官に抜擢されることはない。

 それに着実に昇進してもらうのが、本人のためだと思っていた。


 だからこそ自信がある若者に逃げられるケースはある。

 その中には、将来期待していた有望な人材もいたのは痛かった。


 とはいえこの方法を変えるつもりはない。

 今は制度の基盤を固める時期だからだ。

 特例の制定などは、あとの世代に任せよう。


 他所なら領主に気に入られれば、いきなり大抜擢などされるからな。

 その場合、領主の寵愛が失われると失脚する。

 最悪は命まで落とす。


 さらには好き嫌いという感情などが、判断の主軸になる。

 つまりはどれだけいい仕事をしても……なかったことにされるだろう。


 人の好き嫌いはどうしようもない。

 だが組織としての判断基準になるのは好ましくなかった。

 そうなると人に取り入る技術ばかりが発展する。

 地道にコツコツと仕事をする人が、損をしてしまう。


 人付き合いが苦手なタイプを、ムリに管理職にすることはない。

 そうではなく地道に仕事をする人ならば、本人が希望すれば昇進の機会を与えるべきだろう。


 ベルナルドの件があるので、ゼナにも優遇措置をとることは決まっていた。

 それでも希望する仕事のチャンスを与えるのが限界だ。

 あとは本人の力で、上の地位を獲得してもらいたい。


 それに教師とは生徒の人生に、大なり小なり影響を与える。

 意欲はあっても適性がないなら、無関係な子供まで巻き添えになってしまう。


 そんなゼナは、穏やかながらも活力が戻っているようだ。


「ガリンド夫人。

お元気そうで何よりです」


 ゼナはほほ笑んでお辞儀する。


「アルフレードさま、クリームヒルトさまもおかわりなく」


 そこで軽く近況を聞いてから教室に向かう。

 喪失感は埋められるはずもないが、別の生き甲斐が見いだせたなら喜ばしい。


 それはいいのだが……。

 どうも案内されている方向が怪しい。

 教室じゃなくてホールじゃねぇか。

 内心突っ込んでいたが、クリームヒルトは悪戯っぽくほほ笑む。


「大丈夫ですよ。

質問者は限られていますから。

ただアルフレードさまを見たい、という子供たちが多かったんですよ。

ちゃんとジュール卿の許可はもらっていますから」


 さいでっか……。

 見せ物になったような気分だ。

 かくして挨拶をしてから、質問タイムになる。

 質問自体はキアラ本を元にしているから、波乱はなかった。

 ただ……。

 どうしてそう考えたのか、などの突っ込みは非常に厳しいものだ。


 ケース・バイ・ケースなので、格好のいい回答は出来ない。

 子供たちにとって、肩透かしだったかもしれないな。

 あまり現実ばかりを教えても仕方ないが、夢ばかりを話すわけにいかない。


 俺が旧体制の人間をバッタバッタと倒している、というイメージがあるらしい。 

 日々の積み重ねより、一発逆転を夢見るのは仕方がないな。

 だからといって……そうしない人を軽く見るのはよくない。


 自分に出来る仕事を真面目にこなしている人が大多数なのだ。

 彼らを決して馬鹿にしないように、とだけ釘を刺しておいた。


 飛翔するには足場が泥濘ぬかるんでいたら飛べないのだ。

 地道な仕事をしている人たちがいるからこそ、足場は強くなる。

 そのおかげで空高く飛べるのだから。


 おかげで教師たちからも、ジジ臭いと思われたようだ。


                 ◆◇◆◇◆


 世界人民共和国の続報が流れてくる。

 むしろ情報統制をしていない。

 つまりは情報過多というところか。

 

 上流階級や文化芸術の一切を否定して、破壊行為などが横行している。

 それなら他国に売って金にした方がいいのでは、との意見も出たようだ。

 それは革命の精神に反するなど、原理主義的な言動が強い。

 それでも売りさばこうとしたものはいる。

 見つかって処刑されているらしい。


 報告にきたキアラは、あきれ果てた顔をしている。


「理性を失った獣のようですわ」


 思わず報告書を置いて、頭をかく。


「まずは国内の血を流すことに忙しいようですね。

処刑効率を上げることに注力するとは……」


 アラン王国の死刑は、下層民にとっての娯楽でもある。

 処刑人が、いかにスムーズに首を切り落とすか。

 その技量が問われるのだ。

 一発で奇麗に落とせれば拍手喝采。

 何度も剣を振り下ろすようなら、ブーイングや投石が待っている。


 挙げ句の果てには何回で首が落ちるか、と賭け事にまで発展するケースもあるらしい。

 処刑人の経験や体調、罪人の屈強さなどの条件から回数を予想するのだ。


 以前なら、月に1回で数名程度だったはず。

 今や毎日数名のペースで処刑されている。


 かくして処刑人の数が追いつかない。

 そこで歴代の使徒が口にした……ギロチンなるものを使えばいいとなった。

 だれにもつくれなかったので、使徒ユウに頼むことになる。


 そんな処刑道具をつくるのに抵抗があったのか、少しでも力を使いたくなかったのかは知らないが……。

 最初は拒否したらしい。


 そこで過酷な処刑を見学してもらうことになったようだ。

 カールラに促されて、渋々使徒ユウは足を運んだらしい。

 処刑人は疲労困憊こんぱいしているので、スムーズに首を切り落とせないのだ。

 罪人の苦悶くもんの叫びが響き渡り、民衆はブーイングをする。


 使徒ユウはその光景に耐えきれなくなり、ギロチンを生み出した。

 二度と自分を呼ぶな、と言い残して逃げ帰ったらしい。

 職人に作り方を指示したので、あらゆる都市にギロチンが配置される。

 あまりに処刑が頻繁なので、広場に置きっぱなし状態だ。


 これは一つの副産物を生み出す。

 娯楽の対象だった賭けが成立しなくなるのだ。


 だが人間の業は深い。

 博打の対象は、人数へと変化した。

 それを決める人物に賄賂を渡して、賭けに勝とうとするものまで現れる始末だ。


 これでだれでも簡単に処刑できることになる。

 処刑人は食いっぱぐれるかと思いきや……。

 処刑は娯楽だが、処刑人は不吉でけがれた職業と忌み嫌われていた。

 かくしてギロチンの刃を落とすのは、処刑人の仕事となる。

 

 処刑が効率化されたことにより、首を落とされる人数が激増した。

 罪状などないも同然。

 告発されたら終わりだ。

 上流階級が根絶やしにされたときに、どうなるのだろうな。


 かくして上流階級は逃げ出して、アラン王家の生き残りに救いを求める者が続出した。

 高貴な生まれでさえ罪とされるからだ。

 あそこは無秩序状態だな。

 

 それでもトマから今後の指針が表明された。


 すべての資産を政府が管理する。

 そして生み出した富を、国民全員に平等分配する。

 不当な支配や格差のない社会を目指す。

 能力に応じて働き、必要に応じて受け取る社会が理想である。


 思わず苦笑してしまった。

 まあ頑張ってくれ。

 それが成立するのは、社会が原始的かつ構成員が少人数のときに限られる。

 もし成功したら奇跡だろう。

 1000年近い予習が、はたして何処まで役に立つのか。


 どちらにしても次にやることは、外に不満を向けるはずだが……。

 戦争を吹っかけるにしても、兵士は足りるだろう。

 民衆を駆り出せばいいのだから。

 だが食糧は足りるのか?

 気合で解決する問題じゃないぞ。


 連中は馬鹿じゃない。

 ちゃんとプランを持っているはずだが、現時点で推測すら出来ない。


 ランゴバルド王国との国境沿いで、小競り合いや衝突が多発しているとも聞く。

 内乱直後でなければ、こちらから攻撃することも出来たろうが……。

 再編成中で、とても攻撃する余力などないな。

 

 こうやって王都から色々な情報が送られてくる。

 つまりは、ラヴェンナの力を当てにしているのだろう。

 動くにしても、リカイオスが片付いてからだな。

 そして気になる教会については返事待ちだ。


                 ◆◇◆◇◆


 今日はクリームヒルトの部屋で寝ることになっている。

 クリームヒルトが風呂に入っている間は暇なのだ。

 女性陣の入浴時間は長い。

 1時間近くはザラだ。

 ある意味この1時間は貴重な時間でもある。

 ひとりで熟考できるからな。


 頰をつつかれたことに気がつく。

 少し不服そうな顔をしたクリームヒルトだった。


「済みません。

ちょっと考え事をしていました」


 クリームヒルトは俺の隣に座る。


「今度はなんですか?」


 世界人民共和国についてだ。

 チェルノーゼムがロマンによって壊滅した。

 その不足分をどう補うのか。

 麻薬なんかとちがって、簡単につくれるものじゃない。

 俺の話にクリームヒルトはじっと考え込んでいたが、微妙な表情だ。


「もし住民が全員魔族で後先考えないなら、食糧の確保は可能です。

以前お話ししたアレですよ」


 そういえば、そんな話があったな。

 思い返せばあれからなのだろうか。

 クリームヒルトの俺に向ける目が変わったのは。


「魔物の食糧化ですか」


「はい。

魔物の生息地は限られていますが、普通の家畜に比べて繁殖速度が段違いです。

人は魔物の肉を食べることは出来ません。

もし食べることが出来れば、かなりの食糧になりますよ。

ただ……人間ですからね。

難しいと思います。

魔族でさえ魔物に近づいてしまいます。

人が食べられるようになって、無事で済むとは思えませんね」


 どうしても健全な視点で考えてしまうな。

 ところが破滅上等……。

 いや破滅を期待する、厄介なヤツがいるんだよな。

 しかもソイツは、古代の英知を手にしている。


「もし人が魔物のようになっても構わない。

そう思う人がいたら?」


 クリームヒルトは身震いする。


「それはぞっとしますよ。

あ……クレシダですか」


「そう。

そんな技術を編み出していないように祈りますか。

ただ祈り損でしょうけど。

仮に人が食べたら、どうなりますかねぇ」


 クリームヒルトはため息をついて、頭を振る。


「正直わからないですね。

もし解読中の古文書に書いてあったら、背筋が寒くなりますよ」

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