685話 世界主義の思惑

 世界人民共和国が、厄介な存在であることは確実。

 それより考慮する問題がある。


「それより頭に世界とついているのが、とても危険です。

他国の存在を認めないと宣言しているようなものですから」


 シルヴァーナが不思議そうに、首をひねっている。


「んー。

通り名で、無敵とか強がった名前つける冒険者なら、たまにいるわよ。

そんなのと違うの?」


 それが危険な条件になり得るのだ。

 個人ならそれで済む。

 だが民衆の感情を、最優先にした場合は?


「多分その目的はあるでしょう。

ただ、そんな名前がついているとですね……。

プランケット殿の言葉を借りますか。

感情の濁流に、民衆を押し流すのが容易になるのですよ。

自分たちの国が世界なのだから、他国など必要ないという感じですか。

他国が彼らの言い分をすべて聞くなら、当面争いは起こりません。

ただ確実にエスカレートしていきます。

では、拒絶したらどうでしょうね。

彼らにとって我が儘は、正当な要求なんですから」


 シルヴァーナは、ボリボリと頭をかいて苦笑した。


「ああ……。

虚勢を張っていたら、自分の実力と勘違いするタイプかぁ。

そんなのは基本長生きしないんだけどね。

運が良ければ、実力が名前に追いつくけどさ。

まずいないわねぇ」


 冒険者は個人だから、そのような変異が起こりえる。

 ただ国ではどうなのだ?


「個人であれば、そんな突然変異は起こるでしょうね。

集団はそうはなりません。

全員が同時に変異する……なんて有り得ないでしょう。

ただ、それで相手が攻撃してくるにしても……。

勝算があるのか謎ですね。

むしろないことを望みますが……。

こればっかりはなんとも言えません。

ニコデモ陛下には頑張ってもらわないといけませんね」


 ミルは俺の投げやりな口調に苦笑する。


「まるで他人事みたいね」


「我々はリカイオス卿との戦いで手一杯ですよ。

二正面作戦なんて、可能な限り避けるべきですから」


 プリュタニスは腕組みをして、難しい顔になる。


「まだアラン王家の生き残りがいます。

彼らに助力する手はないですかね」


 それは、とても危険な手招きだな。


「向こうが申し出て来たとしても、深入りは危険です。

可能ならこちらだけに血を流させて、勝利の果実をかすめ取ろうとします。

相手は自分にとって、最大限の利益を追求するのが大前提ですから。

それは我々も同じだと認識しています。

だからこそ、交渉相手として生き残ってほしいのですけど……。

流血を受け入れてまで、交渉相手とする必要があるかは難しいところです」


 プリュタニスは苦笑しつつ、ため息をつく。


「断交して一切の関わりを絶ったほうがマシ、という可能性も考慮しないといけませんね」


 それも視野に入れる必要があるだろうな。


「あらゆる可能性を考えて対処する必要があります。

物資だけの支援にとどめるのが無難ですね。

内乱直後でランゴバルド王国にも、余裕はありませんから。

なにより露骨に介入しては、敵を徒に団結させてしまいます」


「やはりそうですか。

まあ、仕方ありませんね。

少なくともあっさり負けてもらっては困りますね」


 それについては同感だな。

 だから援助はすべきなのだが……。

 ニコデモ陛下の舵取りに期待しよう。


「そればっかりは祈るしかないでしょうね。

それにしても世界人民共和国ですかぁ。

神が主となれば、教会と相反する存在のようですが……。

世界主義は現時点で、教会が倒されると困るはずです。

どうする気なのか……。

こちらの情報も欲しいですね」


 オフェリーはビシっと挙手する。


「では、叔父さまに聞いてみます。

最も教会全体を把握できる立場の人ですから」


 それが無難だな。

 それにマリー=アンジュの近況も知りたいだろうからな。


「そうしてください。

それとキアラ。

あの報告もお願いします」


 キアラは、ニッコリとほほ笑んだ。


「わかりましたわ。

宰相からの書状とは別に、警察大臣のジャン=ポール・モローから報告がきました。

世界主義とのコネを利用して、トマ・クララックの情報を手に入れたようですわ」


 ジャン=ポールは独自の情報網で、トマ謀反の兆候をキャッチしたらしい。

 それでトマに関する情報を調べはじめた。

 世界主義としても、完全にジャン=ポールと縁を切るわけにいかないだろう。

 ただトマの情報をここまで渡してきたことから、世界主義の思惑が見えてくる。


 ジャン=ポールの報告は、かなりの細かさだ。

 トマの先祖にまで及んでいる。

 これの意味するところは明白だろう。

 トマの人格形成に、その出自が大きく関係している。


 元々アラン王国は、複数の国がひとつに統合されたものだ

 トマの出身地は、その中でも小国だったフォーレ国。

 フォーレ国は強国だったフルニエ国と、ルフェーブル国に挟まれていた。


 フォーレ国が小国だったのは、理由がある。

 山が多く不毛の土地。

 だから人口も少なく、国力は小さい。

 ただ交通の要所であり、常にフルニエ国とルフェーブル国どちらかの影響下に置かれる。


 不毛の地なので、直接統治にはコストがかかる。

 だから属国として間接統治される扱いだったらしい。


 フォーレ国は平時であれば両国にいい顔をする。

 両国が争うと、無関係を装う。

 どちらかに肩入れを要請されると、言を左右にして有耶無耶うやむやにする。

 従属している側に出兵を強要される過去があった。

 その場合、渋々出兵しても寡兵。

 揚げ句、ろくな武装をせず士気も極めて低い。

 つまりは戦場で足を引っ張る存在になる。

 そのうち呼ばないほうがマシ、となるわけだ。

 

 そして勝った側の味方についく。

 昔から勝者の味方として戦っていた、と大声で叫びながら、負けた側の死体蹴りをはじめる。


 勝者側におもねるとき、大声で泣き叫び、大袈裟に忠誠をアピールするらしい。

 そんなことをすれば……。

 当然ながらフルニエ、ルフェーブル両国からは憎悪されていた。


 それでも彼らは生き延びている。

 普通なら国ごと滅ぼされているはずだ。

 フルニエ、ルフェーブル両国の実力が拮抗きっこうしているから、取り込むと国力が一時敵に減少する。

 そこにつけ込まれては負けてしまう。

 つまり邪魔な存在だが、取り込んだら負け。


 だから両国は間接統治に終始しているのだろう。

 フォーレ国はそれを知っているから、このような一見すると支離滅裂な行動に終始する。

 実は合理的な生存戦略なのかもしれない。


 そんな旧フォーレ国民の待遇は、アラン王国民になっても変わらなかった。

 常に差別されてきたらしい。

 元々、アラン王国的視点で美形が少ない民族とのことだ。

 それが足かせになる。

 結婚にしても、旧フォーレ国民とわかれば敬遠されてしまう。

 見た目はアラン王国にとって大事な要素だからな。

 それだけではなく、もうひとつの特性が影響するらしいが……。


 自然と結婚は旧フォーレ国民同士になるらしい。

 それがさらに差別を助長する。


 そんな差別は、普通ならば使徒に正される。

 ところが過去一度もない。

 

 つまり使徒ハーレムに、旧フォーレ国民を送り込むことができなかった。


 冒険者になった旧フォーレ国民は、使徒降臨の際に全力で取り入ろうとする。

 ところが5回挑戦して、常に失敗していた。

 なぜか使徒のまえで横暴を働くのだ。

 常に成敗される対象となってしまう。


 これは俺なら理解できる。

 使徒の力は、その人間の感情を引きずり出す習性があるからな。


 取り入るために、他者を蹴落とそうとする。

 必死になるあまり、それが大きくでてしまうのだろう。

 そんな取り入り方は露骨すぎて、使徒は嫌う。

 その結果、アラン王国内で旧フォーレ国民への蔑視は、固定概念になっていた。


 アラン王家としても、多数の不満の捌け口として、そのような差別を黙認していたらしい。

 彼らが出世しようとしても、芸術の世界でも不遇となる。

 数値などの能力で判断されないので、感情で評価が変わるためだ。


 役人の世界としても同じ。

 これは世評が大事とされる。

 優秀だと評判になれば登用されるのだ。

 厳密な試験は芸術方面のみに限られる。

 その点でも旧フォーレ国民は弱いのだ。


 自然と生きる道が、商人と冒険者に限られる。

 聖職者になれるが、民族特性があって出世が難しいとのことだ。


 そんな環境で育ってきたトマだが、生家は旧フォーレ国民の間でも差別されていた。

 アラン王国に併合されるまえに、フォーレ国はフルニエ国に従属していた。

 クララック家は宗主国に協力していたためだ。

 当時は、フルニエ国の宰相まで勤めた家でもある。


 アラン王国の治世になった瞬間、フルニエ国に媚びを売っていた非国民として糾弾される。

 元々フォーレ国は、宗主国が変わる度にこのようなことを繰り返していた。

 そして先祖がやったことも、子孫は追求され続ける。

 フォーレ国内は、常にいがみ合いが絶えなかったらしい。

 それは間接統治する国にすれば好都合なので、それを促進さえしていた。

 結果としてフォーレ国は、フルニエ派とルフェーブル派に分断されていたようだ。

 それが現在では形を変えて、裏切り者の子孫とそうでないものになっている。

 

 トマは苦労してヴァロー商会になんとか潜り込むも、出自から敬遠され続けていた。

 本人の性格が最も敬遠される要素、と書かれているのは笑ってしまう。


 その人生が一変したのは、ロマンに取り入ったことだ。

 それ以降、旧フォーレ国民がすり寄ってくる。

 ところがトマは冷たくあしらう。

 そもそも旧フォーレ国民を嫌悪しているのだ。

 さらには自分を蔑んできたアラン王国の民を憎んでいることも同じだ。


 旧フォーレ国民の特性が、ここで述べられる。

 教会のマニュアルとは思えない。

 世界主義の分析なのだろう。


 強い者に媚びを売り、些細な恨みを絶対に忘れない。

 自分より弱い者に対しては、残忍で凶暴になる。

 そして夢にすがって、それを現実だと思い込む。

 虚言癖が強く、その場しのぎの嘘を平気でつく。

 内心このような生き方が醜いと自覚しているのか、自分を美化することに全力を注ぐ。


 秘密を守ることも出来ないのも特徴。

 聴罪司祭になったものはいたが、全員が懺悔を暴露している。

 信徒からの懺悔は決して漏らしていけないのが、絶対の決まりだ。

 それを守れたものがいない。


 これらの傾向が強いので、聖職者としても不向きとされている。


 全員がそうなのではない。

 旧フォーレ国民とまったく接点がない場合は、このような特性は薄れる。

 おおよそ他の人たちとの区別はつきにくい。

 群れるほど、不思議なくらい特性通りの行動をするようだ。


 なら群れなければいいのだが……。

 そうはいかない。

 成功者が現れると一族縁者が群がってくる。

 利益のおこぼれに預かろうとするのだ。

 旧フォーレ国民は一族の結束が、極めて強いからだろう。

 一族の誰かが功績を立てれば、一族全体の功績となる。

 一族の誰かが罪を犯せば、一族全体の罪として糾弾される。


 この一族縁者が群がってくる。

 これも旧フォーレ国民以外と結婚でききない大きな障害。

 

 もし差別を気にしない人が、旧フォーレ国民と結婚しようとすれば……。

 一族縁者が群がってきて、色々要求をしてくる。

 そして結婚相手となる旧フォーレ国民は、それを切り捨てられない。

 縁切りなどしようものなら、親族が旧フォーレ国民が迫害されるからだ。


 これは絶対に、旧フォーレ国民のことが嫌いなヤツの記録だな。

 話半分で考えるべきだろうな。


 もし記述を信じるなら……。

 世界主義は旧フォーレ国民を仲間に入れないため、記しているようだ。


 ここまで徹底的に分析しているとは、どこかで利用するつもりだったのだろうな。

 それが今というわけか。


 トマは自分が嫌悪する旧フォーレ国民そのもの、というべき性格らしい。


 こんな性格の人間が王になると、どうなるのだ?

 破綻するだろうに……。

 やはり、確実に失敗させるつもりだな。


 キアラの報告を聞き終えた一同は沈黙。

 そんな光景に、ミルが苦笑して肩をすくめた。


「なんかトマの報告というよりは、旧フォーレ国民の話だったわね」


「その旧フォーレ国民の典型だからこそ、その成り立ちなどが詳細に語られているのでしょう。

一種のマニュアルです。

アラン王国内でも特殊な存在だったようですね」


 プリュタニスが微妙な表情で、頭をかいている。


「なんと言いますか……。

とんでもないことを示唆していると思います。

旧フォーレ国民から王がでた。

つまり今まで差別されてきた恨みが、一気に爆発すると思います。

自分たちが特権階級になった。

そう思い込みませんかね?

他の民に対して、残忍で冷酷に振る舞うと思いますよ」


「いいところに気がつきましたね。

ほぼ確実にそうなるでしょう。

そうなると人民の国というお題目は成立しません。

つまりクララック氏は、排除されることが確定していますね」


 ミルは驚いた顔で口に手を当てる。


「排除するために、王にしたの?」


「恐らく世界主義は、いきなり体制を変えても成功する自信がないのでしょう。

なのでクララック氏に、最も過激な政策をやらせるのです。

失敗したあとに彼らを排除する。

そして現実的な政策に切り替えるつもりなのではないかと。

人民の王が失敗するなら、王政自体を廃止する大義名分にもなりますからね。

そしてすべての責任を、クララック氏と旧フォーレ国民になすり付けるつもりでしょう」


 マガリ性悪婆は、皮肉な笑みを浮かべる。


「つまりは生贄だね。

トマは失敗して、旧フォーレ国民を暴走させる。

世界主義の連中はそのあとにでてきて、掃除をするわけだ。

旧フォーレ国民を差別の対象にして、不満のガス抜きにするんだね。

ろくでもない計画だが、なかなか頑張っているじゃないか」


 プリュタニスが腕組みをして、ため息をつく。


「アラン王国ってこんなダメな国だったのですか?

世界人民共和国の使者にしてもそうですが……」


「そんなことはありません。

十分な教育を受けていない民衆が、いきなり権力を握ったからこうなったのです。

彼らに出来ることは、旧体制の否定以外ないのですから。

だからこそ貴族たちは、学も礼儀もないと民を見下すわけですがね」


「なるほど。

ちゃんと教育を受ける機会さえあれば、民衆でも立派な使者が務まると」


 問題はそう簡単じゃない。

 人間の心理ってものがあるからなぁ。

 パヴラへの反発のそれに近いものがあった。


「相手がそれで満足するかは問題ですけどね。

礼儀も受け答えも完璧な平民より、礼儀も受け答えも今一な貴種のほうが、使者としては歓迎されます。

そういった意味合いでは、平民の国になっても、貴族に使い道はちゃんとありますよ。

今回の使者は、そのあたりの学や礼儀がない平民でしょう。

しかも使節に任命した王がアレですからねぇ。

どんな人が使者になっても、失敗したと思います。

元々失敗させるための使者でしょうからね」


 プリュタニスはうなずいたが、まだ眉をひそめたままだ。


「やっぱりそうですか。

でもトマは自分が失敗すると思っていないでしょう。

それでいて使者に失敗させるとは?」


「推測に過ぎませんが……。

ロマンの下にいるときの保身にはけている人物です。

自分がトップになったとしても、やり方は変わらないでしょう。

つまりは今までの延長線上で処理するはずです」


 プリュタニスは皮肉な笑みを浮かべる。


「ロマンの下にいる保身は、責任転嫁が最も大事なスキルですね。

トップになると、そうはいきません。

急にやり方を変えられるほど、 機転が利く人物ではないと。

普通の考え方で、動機を計算してもいけないのですね」


「その通りです。

クララック氏の目的はひとつです。

支持基盤の不安を煽るためでしょうね。

他国は自分たちとは、決して相容れない存在だとアピールするのです。

そうなれば民衆は自分たちの地位を奪われまい、と必死になるでしょう。

ムリな要求をしたとは考えられないのも、計算のウチだと思います。

結束のためのダシですよ」


 プリュタニスは苦笑する。


「誰かの下にいるなら、問題が起こったとき、使者のせいに出来るわけですね。

トップになるとそうはいかない。

任命責任が問われると。

やはり頭がいい人だとは思えませんね」


 俺は思わず渋い顔になる。


「その認識で、すべて片付けるのは危険ですね。

状況が変わっても、考えを変えないという保証はないのですから」


 マガリ性悪婆は、肩をふるわせて笑う。


「なるほど。

魔王はトマを馬鹿にしてかかるな、と言いたいんだね。

連中だって考える頭はある。

相手がおかしな使者を選んだのは、トマが馬鹿だから。

成功しないような統治をするのも、トマが馬鹿だから……で完結しては危険だとね。

思わぬところで、足を取られかねないってことだろ?」


「その通りです。

相手を馬鹿にして得られるのは、優越感でしかありません。

クララック氏の出方を考えるときには、その先入観は除くべきでしょう。

本当に相手が馬鹿だとしても、こちらがより馬鹿なことをすれば失敗するのですからね。

雑談での笑い話なら、それでいいでしょう。

でも皆さんは統治する側です。

そんな考えを、この場ではどけておいてください。

笑いものにするのは、すべてが終わってからでいいでしょう」


 シルヴァーナがフンと鼻を鳴らす。


「なにを言っているのよ。

終わったら終わったで、過去の相手を馬鹿にしても意味がない、とかお説教するじゃない。

ほんと枯れているわよねぇ

つまり枯魔王かぁ。

……ゴメン。

自分で言っていて意味不明だったわ。

あの怪しげなニシン像と同じレベルでね。

枯れている魔王なんて聞いたこともないわ」


 俺だってねぇよ。

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