681話 閑話 失敗と反省

 マリー=アンジュのラヴェンナ到着日のことだ。

 オフェリー・ルグランは、とても落ち着かなかった。

 皆の配慮で、一週間ほど仕事はしないことになっている。


 さらにアルフレードは屋敷の選定で、融通をきかせてくれた。

 本来マリー=アンジュは、ラヴェンナ関係者が居住するエリアに住む予定だったが……。

 それではオフェリーが通うのに不便だろう、と近場の屋敷を手配してくれた。


 オフェリーは住み込みも考えたが、ふたつの理由で諦めたのだ。

 ひとつはオフェリーが仕事に復帰した際、アルフレードの屋敷に通うことが不便な点。

 もうひとつは、アルフレードと一緒に寝る時間がなくなってしまう。

 それだけならいいが、それをマリー=アンジュが気に病む可能性があるからだ。


 オフェリーのサポートをしたのは、アルフレードだけに留まらない。

 秘書業務はミルヴァが対応して、不在を埋める。

 キアラが代行したがったものの……。

 外交業務は大忙し。

 そんな暇がなかったのだ。


 教師に関してはクリームヒルトではなく、現場の協力があった。

 だがクリームヒルトとの関係が悪ければ、現場が協力するには幾分かの勇気が必要だったろう。

 アーデルヘイトは、必要な物資の準備など、見えない形での協力をしてくれた。


 マリー=アンジュに決していい思いをもっていないミルヴァたちが、このように積極的に協力してくれた。

 オフェリーは皆に強く感謝している。

 だからこそマリー=アンジュを救いたいと、切に願うのであった。


 オフェリーは皆に感謝しつつ、船の入港を待っていた。

 船が到着して、担架にのせられたマリー=アンジュが降りてくる。


 別人のように変わった風貌に、オフェリーの胸は締め付けられた。

 だがこんなときこそ……落ち着いていなければいけない。


 それは、アルフレードを見て学んだことだった。

 最初は喜怒哀楽を、表に出さないことが不思議だった。

 喜ぶときは多いが、決して大袈裟ではない。

 怒りと悲しみに関しては、ほぼ皆無。

 オフェリーが来る前に一度怒った程度と聞く。


 表に出さない理由を聞いても、笑って答えてくれなかった。


 その理由はあるときに理解できた。

 行き詰まったときや、苦境にあるときだ。

 全員がアルフレードの顔を見る。


 そんなときですら、いつも通り。

 まったく慌てた様子がない。

 だからこそ落ち着くことが出来た。


 もしアルフレードが怒りを露わにしていたら……。

 落ち着くことは出来なかったろう。

 つい安易な解決方法に飛びついてしまったと思う。


 答えがわかった、とオフェリーは内心喜ぶ。

 リーダーは、感情を大袈裟に現してはいけないのだ、と理解する。

 その話をアルフレードにしたのだが……。

 アルフレードは何故か苦笑した。


「大体合っています。

常にそれが正解ではありませんけどね」


 実につれない回答だった。

 何も考えずに、喜怒哀楽を抑えるのが正解ではないらしい。


 自分はどうすべきかと考える。

 今のマリーは、最悪の状態だ。

 そんなマリーが一番望むことはなにかと。


 では慰めたときに、どうなるのか。

 これも正解とはかぎらない。

 

 オフェリーは、ラヴェンナに来てから多くを学んでいる。


 教皇の姪という立場を離れ、ひとりの教師として子供たちや同僚と接することが増えた。

 今までやってこられたのは、そんな自分の立場に相手が合わせてくれていただけだ、と思い知ったのだ。

 思った反応と違うことに、最初オフェリーは戸惑った。


 過度の同情は、自分がいいことをした気分になるだろう。

 だが、相手をより傷つけてしまうことがある。

 相手が同情を求めていたにしても、それが過分では不快に思わせてしまう。

 相手を惨めに思わせてしまうからだ。


 そんな小さな失敗を、人知れず積み重ねていたオフェリーであった。


 人と接するのにどうすべきか、とアルフレードに訪ねたが……。


「相手と状況によりけりです」


 そう言って正解を教えてくれないのだ。

 これは意地悪などではない。

 決まった正解などない、と理解する。

 使徒のハーレム要員として育てられたときは、決まった対応が正解だった。

 この差はオフェリーを大いに悩ませる。

 だから変わっている、と言われると……非常に不安になったのだ。


 結局正解はなく、常に自分が考えないといけないと悟った。


 オフェリーは熟考した結果、マリー=アンジュが欲しいのは慰めではない。

 前と変わらぬ対応だと思い至った。


 マリー=アンジュは自分の美貌に、自信をもっている。

 普通であれば、自分に会いに来ないだろう。

 それでも会いたいと望んでいる。

 それならば、同情など欲していない。

 望むのは、ただ優しく包み込んでくれることだろう。

 今は、傷ついて疲れているのだから。


 このようにオフェリーはアルフレードに頼らず、自分で考えをまとめた。

 そしてアルフレードに答え合わせを求めない。

 アルフレードはマリーじゃないのだから。


 そんなオフェリーにアルフレードは満足したようだ。

 オフェリーが頼まずとも、色々と看病に専念しやすいよう配慮してくれた。


 担架の上のマリー=アンジュはベールを被っているが、オフェリーを見たときに目が輝く。

 オフェリーは笑顔で駆け寄って、マリー=アンジュの手を取る。


「マリー。

会えてうれしいわ。

まずは屋敷で落ち着いてから、ゆっくりお話ししましょう。

とても静かでいいところよ。

気に入ってもらえるといいけど」


 マリー=アンジュは力なくほほ笑む。


「私もお姉さまに会えてうれしいわ。

こんな私を受け入れてくれて……ほんとうに有り難う」


 声もかすれ気味だが、精一杯元気に振る舞っているのがわかる。

 オフェリーは握った手の力を強めた。


「いいのよ」


 ふたりは一緒の馬車に乗り込む。

 マリー=アンジュのために、大きめの馬車が用意されていたのだ。


 ラヴェンナでは馬車の大きさは、規格の鬼によって、きっちり定められている。

 だがすべて画一ではない。

 用途が異なる場合は、融通がきくのだ。


 これはマリー=アンジュのために、新たにつくられたものではない。

 ミルヴァたちが、アルフレードを含め、全員が乗れる大きさの馬車を欲しがったからだ。

 馬への負荷も考え、可能なかぎり材質が軽いものを選んでいる。

 安全な場所でしか使えないし、長い距離を一気に移動できない。

 馬の休息時間も必要だからだ。

 それでも今回の用途としては十分であった。


 最初アルフレードは、この提案に難色を示す。

 開発のリソースに余裕があるわけではないので、他を優先させるべきとの意向だ。

 それを他の用途にも使えるから、規格を定めておいて損はない、とミルヴァがアルフレードを説得した。


 馬車に担架をのせるスペースは、十分にある。

 オフェリーは馬車の中で、床に座ってずっとマリー=アンジュの手を握り続けていた。


 ふたりの間に会話はないまま、馬車は屋敷に到着する。

 話すだけでも負担になると、オフェリーが考えたからだ。


 これもアルフレードから聞いたので知っている。

 死にかけから復帰直後は話すだけでも疲れる、と笑っていたからだ。


 小さいが、奇麗な屋敷を見たマリー=アンジュはほほ笑んだ。

 担架にのせられて、寝室に運ばれていく。

 オフェリーは屋敷に入り、使用人たちにあれこれ指示をした。


 使用人たちは、マリー=アンジュのことを考慮して全員女性である。

 力仕事が必要な場面でも、虎人族の女性を雇用するといった徹底ぶり。

 虎人族は少ないので、アーデルヘイト経由でルイに頼んで、力のある女性も探してもらった。


 これらはオフェリーがすべて采配したものだ。

 そしてオフェリーは、小分けにしたハーリングをもって、マリー=アンジュの部屋に向かった。


 マリー=アンジュはペールを外して、寝間着になっている。

 容姿の変貌は驚く程だか、オフェリーはまったく気にした素振りを見せない。


「マリーはほとんどものを食べていないって聞くわ。

だからこれを食べてほしいのよ。

私の大好物なの」


 マリー=アンジュはベットから体を起こすが、小さく首をふる。


「ごめんなさい。

前々から食欲がわかないの。

それにお姉さまに会えただけで満足よ。

これで思い残すことはないわ」


 オフェリーは眉をひそめた。


「だめよ。

ちゃんと食べないと元気にならないわ」


「お姉さまならわかるでしょう。

私はもう長くないの」


 オフェリーは厳しい顔をして首をふる。


「それは違うわ。

マリーは良くなる。

間違いないから」


「そんな気休めは……」


 オフェリーは黙って、ハーリングの一部を差し出した。

 マリー=アンジュはこんなときのオフェリーは、頑固だと思い出す。

 仕方なく口に運ぶ。

 今までは、食べ物など胃が受け付けなかったのだ。


 不思議と拒否感はなく、すんなり口にすることが出来た。

 気のせいかもしれないが、マリー=アンジュは体が少し温かくなるのを感じた。


「不思議。

なんで体が受け付けるのかしら。

他のものは食べるのに苦労したのに……」


 オフェリーは、ニッコリとほほ笑む。

 マリー=アンジュの知っているオフェリーは、一切の感情を見せなかった。

 そのころの面影はまったくない。


「マリーのために、特別につくったものだから。

それとマリーの体がもたないのは知っているわ。

普通なら治せないこともね。

それでも治るわ」


 マリー=アンジュは不思議そうな顔をする。


「どうしてそう思うの?」


 オフェリーは悪戯っぽく笑う。


「ナイショよ。

騙されたと思って食べてね。

私からのお願いはそれだけだから」


 マリー=アンジュはうつむいた。


「私はお姉さまに謝りたかったの。

昔は随分酷いことをしたのに……。

お姉さまはどうして、こんなにも優しくしてくれるの?」


「変なことを聞くわね。

マリーは私の妹よ。

それ以外に理由なんてないわ」


 マリー=アンジュは、目に涙を浮かべて嗚咽する。

 欲しかったものを与えられて、つい堪えきれなくなったのだ。

 オフェリーは黙って、マリー=アンジュを優しく抱きしめたのであった。


                ◆◇◆◇◆


 トマの布告文を見たあとのロマンの行動は、全員が首を傾げるものだった。

 本来なら、支持勢力を糾合して対処すべき事態だ。

 ところがロマンは暢気に風呂に入り、歌を歌っている。


 ロマンは現実を受け入れられずに、無為の世界に逃避したのだ。

 トマはそんなロマンの性格を熟知している。

 もしロマンが果断な性格であれば、自分の反乱など簡単に潰される。

 だがそんなことはない。

 現実逃避をして自慰行為に逃げるのが精々なのだ。


 それより目の前の問題に対処するべきだ。

 案の定、社会の上層部はそっぽを向いた。

 この対処を優先する必要がある。

 すぐにロマンの首を取れないが、猶予はあるのだ。


 下層民や奴隷を扇動し、王都を掌握した。


 トマは人民の王トマ・クララックと名乗る。

 自分は平民や奴隷の保護者だとしたのだ。


 そして王都で暴動が発生し、大混乱に陥る。

 これはトマへの反発ではない。

 暴動を起こしたのは、下層の平民と奴隷階級だ。

 モルガン・ルルーシュが前々から仕込んでいたことで、組織的なものだった。


 上流階級の者たちは、生命や財産を奪われる。

 こんなとき、彼らの芸術は身を守ってくれなかったのだ。

 商店なども略奪され、かつて美麗だった上流階級の居住エリアは血に染まった。


 そんな上流階級でも、前々から疎外されていたものたちは民衆に取り入る。

 民衆は自分たちに、はくをつけてくれるものに弱い。

 そんなはみ出し物たちは、熱狂的に歓迎される。

 彼らは民衆の友を名乗る。

 さらには略奪を免れ、自分たちも略奪に加わったのであった。


 そしてトマは大事な発表がある、と民衆を広場に集めた。

 演台に立ったトマは得意満面の笑みを浮かべる。


「これからは人民の時代がやってくる。

トマは王を名乗るが、それは諸君らのために他ならない。

なんの役にも立たない芸術に溺れた貴族共の時代は終わったのだ!

諸君らの主は諸君たちなのだ!

我々は誰しもが体験したことのない新しい国へと歩み出す!

この国はアラン王国ではない。

世界人民共和国が正式名称となる!

これは革命なのだ!

人民万歳!」


 民衆は大歓声をあげる。

 トマは生まれてはじめての混じりっけない歓声に、股間を湿らせていた。

 まさに、人生の絶頂である。

 人民の王とは、モルガンの入れ知恵であった。


 まずはロマンを見限った兵士や指揮官を取り込んで組織化していく。

 それはロマンを討伐するためではない。


 今後発生するであろう戦争のためなのだ。

 そしてトマは得意満面のまま、民衆の前で両手を広げる。


「そしてこれから、人民の王としての布告を出す。

この革命の精神に反する元王にして市民であるロマン・アラン。

彼を共和国の敵と認定する。

生死は問わぬ。

ロマンを連れてきたものには、金貨1000枚を与える!」


 トマは軍隊を差し向けてとの討伐を考えたが、モルガンの考えは違った。

 そんなものは必要ない。

 賞金首にすれば、手を下すことなく始末できると知っていたからだ。


                ◆◇◆◇◆


 かくして賞金の話は、瞬く間にアラン王国を駆け巡る。

 ロマンは民衆に命を狙われると聞いたが無反応だった。

 それでも20名程度まで減った随行員に促され、渋々逃げ出すことになる。

 随行員たちは、ロマン個人に忠誠を誓っていたわけではない。

 王家に忠誠を誓っていただけなのだ。


 ロマンに寄生して甘い蜜を吸っていた連中は、早々逃げ出していた。

 その点だけはロマンにとって幸いしたろう。


 残っていたら……賞金に目がくらみ、ロマンを売ったと断言できる。

 そして幸いにもロマンは、見つからずに逃げおおせていた。


 みすぼらしい服を身にまとい、貧民になりすます。

 なにより幸いしたのは、誰もハゲているロマンを知るものはいなかったことだ。

 頭髪偽装をする魔術師も逃げ出していたのだから。


 運だけに自分の能力を全振りしていた男だが、所詮は運に過ぎないのだ。

 流れに乗ることは出来るが、自分で流れをつくることは出来ない。

 今のロマンは、激流に流されるだけであった。

 

 逃走中は不味い食事を口にするのを拒否したが、空腹に耐えかねて泣きながら口にする。

 こんなときでも口にするのは、自分たちを裏切ったものへの非難ばかり。

 あげく誰にも見えない人と会話まではじめる。

 そして自作の歌を口ずさもうとするが、随行員に止められた。


 そんなロマン一行は、引退した旧臣に救いを求めて、身を寄せることになる。

 田舎の山荘なので安心できる、と聞き飛びついた。

 随行員のひとりが、コネを使ってようやく探し当てた避難先なのだ。


 そこでようやく一息ついたロマンは、殊勝にも全員に感謝をする。


「諸君らの忠誠は、一生忘れない。

褒美を与えられないのが、心苦しいかぎりだ。

今一度、玉座に戻ることが出来れば……。

今度こそ民を啓発しよう。

それが諸君への褒美になるだろうが……」


 感謝しただけでも、大いなる進歩というべきだろうが……。

 失敗の原因を、何一つ理解できないロマンであった。


 そして人の性根は容易に変わらない。

 喉元を過ぎれば熱さを忘れる。


 すぐに不平不満を、口にすることになる。

 その不平不満は、食事の内容から多岐にわたるものだ。


 そんな行為は山荘を提供したものたちにも、すぐ伝わる。


 山荘の主は王家への忠誠心は篤いが、その子息は違う。

 今でも結構な危険を冒しているところに、こんな対応では気持ちも冷めるというものだ。


 かくして人を雇ってのロマン暗殺計画が持ち上がる。

 異変に気がついた山荘の主が、ロマンを逃がそうとするも時既に遅しだ。

 山荘は囲まれていた。


 仕方なく山荘の主は、ロマンに現状を報告する。

 ロマンは顔を真っ赤にして地団駄を踏む。


「この裏切り者!!

ロマンを売るために、ここに閉じこめたんだな!忠臣のフリをした不届き者が!

し、死刑だ!」

 

 だがその命令を実行する者はいない。

 ロマンはヘナヘナとへたり込む。


 そのロマンに、山荘の主は短剣を差し出す。


「もし生きて捕らえられれば、大変なことになります。

裸のまま町中を引き回され、死ぬまで鞭でうたれるでしょう。

もしくは陛下が好まれた車裂きの刑が待っています。

そしてその遺体には石が投げつけられ、最後は下水に捨てられるでしょう」


 ロマンは頭を抱えてうずくまる。

 そして床を、股間から染み出た匂う涙でらす。


「そ、そんなのは嫌だ!

なんでロマンが、こんな目に遭うんだ!

な、なんとかしてくれ……。

褒美ならいくらでも取らせるから」


 山荘の主は、すがりついたロマンに小さく首をふる。


「今出来ることは、生きて捕まるか自決なさるかだけです。

処刑が嫌だとおっしゃるなら、自決しか道は残っておりません」


 主はロマンの悪行を知っているだけに、その最後も容易に想像できたのだ。

 ロマンは床に両手をついて嗚咽しはじめた。


 突如、山荘の入り口から音が響く。

 入り口はバリケードをつくって封鎖している。

 強引に突入するつもりなのは明白だった。

 そう長くはもたないだろう。

 窓など他の入り口になりそうな場所は、随行員が守っていた。

 そこには無数の矢が浴びせられている。

 幾人かは既に息絶えていた。


 ロマンはすがるように、顔をあげた。


「じ、自死なんてやったことがない……。

ど、どうやるのかわからないんだ。

お前が先に、手本を見せてくれないか?」


 山荘の主は小さく首をふる。


「私はこの山荘に、火をつけねばなりません。

すぐに陛下のあとを追います」


 ロマンはカタカタと震え出す。

 そこに扉を破られた音が響く。

 

 山荘の主は急いで部屋を出た。

 そして広間につながる通路に、火を放つ。

 あらかじめ油をまいていたのだ。

 そして随行員たちは、それを合図に家のあちこちで火を放つ。


 侵入者は、歯がみしながら逃げ出すしかなかった。

 それでもロマンが逃げ出してくるのでは、と期待する。

 包囲だけは怠らない。


 主がロマンのいる部屋に戻ってきた。

 その扉を開けようと手をかける。


「り、理不尽な世界よ! 愚民共は、史上最高の天才芸術家を拒むというのか!

だが失ってから惜しんでも遅い! この世に罰を与えてやるぅぅぅぅ!」


 ロマンの絶叫のような言葉が響く。

 そして何か倒れた音がした。

 粛然とした顔の山荘の主が部屋に入る。

 そこには顔を涙と鼻水でらしたロマンが、首を切って倒れていた。


 山荘の主を侵入者と勘違いしたロマンが、ついに自死したのである。

 山荘の主はシーツをロマンの上にかぶせて、部屋に火を放つ。

 山荘は燃え落ちて、瓦礫から人を判別できるものは、何一つ見つからなかった。


 皮肉なことに、トマを救ったのはロマン自身である。

 ロマンが見つからないことに、内心焦っていたのだ。

 表向き虚勢を張っていた。

 ところが部屋に戻ると……ものに当たり散らし、ひとり震えていた。


 その報告を受けたトマは、胸をなで下ろす。

 そして1000枚の金貨を払わなくて済むことになった、と内心ほくそ笑んだのである。

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