19章 彼が望む現実

680話 謝ったら死ぬタイプ

 マリー=アンジュの件は、一応片付いた。

 あとは受け入れてからだな。

 俺は椅子にふんぞり返って一息つく。


 ミルは別件で出払っており、オフェリーだけが残っていた。


 すこし前に耳目から、ユートピア関係で気になる報告があった。

 キアラが執務室にやってきたのはその件についてかな。


「お兄さま。

ユートピアの件でお話ししたいことがあります」


 既に一度報告は受けていた。

 ただ詳細な調査をしてくれたからな。

 結果が出たか。


「ああ。

アクイタニア嬢の噂についてですね」


「はい。

『カールラが正妻を狙って、マリー=アンジュを追い出そうとしている』という噂を流す件についてですわ。

私たちが流す前に、既にそんな噂が流れていたのは奇妙でしたわね。

その調査結果のご報告です」


 出所の調査を行うと、現場が即決したらしい。

 事後報告だが、現状の報告と一緒に送られてきた。


「その判断を即時にしてくれて助かりますよ。

それでどうでした?」


「やはり世界主義のようですわ。

マリー=アンジュの家庭教師を覚えています?

そのジェローム・エランの関与が見え隠れしますから」


 やはりそうか。

 裏がとれたのは有り難い。


「多分アクイタニア嬢は、私の陰謀だと信じて疑わないと思います。

つまり彼女を排除する計画が持ち上がっている、と見るべきでしょう。

私ばかりを見て、背中を刺される事態に陥りかねませんね」


「それは同感ですわ。

問題はどうやって排除するかですが……。

カールラがマリー=アンジュを陥れた黒幕だ、と暴露でもしますの?」


 そんな簡単にはいかないだろうな。

 カールラは先手を打っているだろう。

 使徒の判断を操作するなど、容易いことだ。


「使徒の性格がわかっているなら、それは逆効果だと気がつくでしょうね。

彼の性格上、自分の思い込むことが現実ですから。

彼にとってハーレムの崩壊は、自分の崩壊につながりますから」


 キアラは苦々しい顔をした。


「それを見越して、カールラは今回の陰謀を仕組んだのですね」


 マリー=アンジュのことは好きでないだろうが、カールラの仕組んだ手口は嫌いなのだろう。


「でしょうね。

彼女にとって使徒の操縦は、実に容易でしょうから。

ただ世界主義は、それでも排除を狙うと思います。

アクイタニア嬢は、私が黒幕だと信じて疑わないでしょうけど。

世界主義にとっては、とてもやりやすい環境でしょう」


 キアラはすこし意外そうな顔をする。


「利用価値がなくなったというところですの?

元々カールラに協力していたと思いますが……。

制御を離れ、暴走する兆候でも見えたのでしょうか?」


 世界主義にとってカールラは駒に過ぎない。

 つまり替えがきく存在なのだ。


「世界主義にとってもマリー=アンジュ嬢は、目の上のたんこぶです。

その排除にアクイタニア嬢を利用しただけかと。

キアラの見立て通り、制御を離れつつある、と思ったのでしょうね。

別のメンバーを取り込んで、使徒の操縦を目論むと思いますよ」


 キアラは不思議そうに首を傾げる。


「どうやって操縦するのでしょうか?

そもそもハーレムメンバーのさらなる脱落は、あの使徒にとって耐えられないと思いますけど。

操縦どころか、さらに引き籠もるのではありませんこと?」


 カールラまで排除したなら、次になにをさせるつもりか。

 思いつくのはひとつだな。


「どんなことが起こっても何もさせない。

それだとちょっと特殊な操縦が必要になると思いますよ」


 キアラは納得顔でうなずいた。


「多くの血が流れても無視させるのですね。

それなら納得がいきます。

それでお兄さまは、どうされます?」


 俺がすべての事象を操作する必要はない。

 カールラによって使徒が暴走しないこと。

 これがなにより大事なのだからな。


「何もしないでいてくれるのは、大変結構ですよ。

ひとつ彼らに任せるとしましょう。

ただ注視だけは怠らないように。

私の予想が正しい保証は、どこにもありませんから。

オフェリーもそれでいいですか?」


 話をふられたオフェリーは、驚いた顔でビクっとした。


「あ、はい。

あの……。

カールラのことは、マリーに黙っていてもらえないでしょうか?

そんなことを知ったら、マリーはアルさまを恨むかも知れませんから」


 わざわざ伝えることもないと思う。

 だが必死に隠しても無意味だろう。

 俺がカールラを送り込んだのは、周知の事実だ。

 そしてカールラが危険な思想を持っている、と認識していたのもまた事実。

 隠しきれるとは思えない。


「私から積極的に教えることはありません。

でも……マリー=アンジュ嬢から、真実を聞かれたときは答えますよ。

確実に恨まれるとしてもです。

隠そうとしてムダな労力を重ねた揚げ句、結果知られるのがオチですから。

オフェリーも、私に文句を言いたいでしょう。

黙っていなくてもいいですよ」


 オフェリーはブンブンと首をふった。


「いえ。

悪いのはカールラです。

アルさまがマリーを陥れるつもりだったら、文句を言いたいですけど……。

少なくともマリーを助けるつもりで送ったのですから」


 俺に文句を言いたくないのか、本心でそう思っているのかわからないが……。

 だから自分が悪くない、というつもりはない。


「それがロマン王という存在を予測しきれずに、あんな有様です。

まさか王位継承レースの最有力候補だなんて、思いもよりませんでした。

よかれと思っても、結果が伴わなくてはね……」


 キアラは小さくため息をつく。

 そしてジト目で俺をにらむ。


「その反省は、もう結構ですわ。

何度も聞かされると、回答に困りますもの」


 そうだな。

 蒸し返されると、キアラたちも反応に困るだろう。


「そうですね。

ともかくアクイタニア嬢と世界主義のどちらが勝つのか。

見守るしかありません。

必要なら介入も考えますよ。

神聖な勝負事ではありませんからね」


                 ◆◇◆◇◆


 数日後に、急ぎの知らせが舞い込んできた。

 使徒がロマンの即位承認を取り消したというものだ。

 そしてトマが、ロマンに変わって即位する。

 さらには、ロマンを弾劾する檄文げきぶんまで送られてきた。


「予想のひとつが当たったと自慢する気にもなれませんね。

クララック氏が王とはねぇ……。

どんな統治をするつもりなのやら。

今わかるのは、人を非難することは一人前くらいですね」


 知らせを持ってきたキアラも苦笑している。


「人望ゼロですものね。

しかも食糧難や麻薬の蔓延。

問題山積ですわ。

そして他の王族は、決してトマを認めません。

幸い使徒の肩入れがあるから攻められないだけですもの」


 今日オフェリーは、治癒術の講義で不在。

 ミルが秘書業務を行っていた。

 そのミルが首を傾げる。


「ちょっと疑問なんだけどね。

トマって人は、ロマンと組んで好き勝手やっていたんでしょ。

それでああやって、ロマン王のことを非難できるものなの?

あれは痛烈な批判っていうのでしょうけど」


 普通の人であれば、自分が悪事をしつつ……他人を非難など出来ない。

 あくまで普通の人であればだ。

 だが普通の人という概念がある以上……そうでない人は存在する。

 自分が悪事をしても、他人を非難できるタイプの人間がな。

 皮肉な現実に、思わず笑みがこぼれてしまう。


「出来ますよ」


 ミルがため息をついて首をふる。


「ああ……。

そのアルの爽やかな笑顔。

絶対ろくな話じゃないわ」


 そんな爽やかな笑顔をしていたのか?

 それとろくでもない話はたしかだが、なぜ笑顔とつながるのだ。


「聞きませんか?」


 ミルが頰を膨らませる。


「意地悪しないでよ。

聞かないなんて言っていないでしょ。

アルは性格の悪さが戻ってきたわね……」


 戻ってきたってなんだよ。

 ところがキアラまで、満面の笑みでうなずく。


「大変結構じゃありません?

ただ優しくて人のいいだけのお兄さまは、ちょっと変ですもの」


 どうも劣勢だ。

 俺はわざとらしくせき払いをする。


「ともかく……。

他罰的な人ほど、批判や攻撃の言葉は鋭くなります。

だからクララック氏が、あんな批判をしても驚きませんよ。

それと一種の檄文げきぶんですからね。

大人しい内容では、意味がありません」


 ミルは不思議そうに首を傾げる。


檄文げきぶんについてはわかるけどね。

驚かないってどういうこと?」


 あの性格を見ると、簡単に想像できるだけの話だ。

 他罰的で自己顕示欲が強いタイプは、常に相手を攻撃し続けないと生きていけない。

 トマはかなり自己顕示欲が強いタイプに見えた。

 ロマンがすごすぎて……。

 並べるとマトモに見えるだけだ。


「彼のような人柄にありがちですけどね。

攻撃ばかりする人は、物事の1面だけを切り取るのです。

このケースでは、ロマン王がやった行為の是非だけを切り取りますよ。

荷担したなどの事情は、一切考慮しません」


 ミルはまだわからない感じで、首を傾げている。

 そのほうが幸せだと思うがな。

 正確には、そんな連中と関わらずに済むことはだが。


「是非だけを切り取っているのは、内容でわかるわ。

でも反論されるんじゃないの?」


 反論され、それに答えるのは普通の議論だな。

 トマは、そんなもの望んでいないからな。


「人格的に攻撃だけに特化して、防御を考えていません。

そのためには、攻撃に必要な材料だけを切り取るのです。

そして相手の反論など邪魔でしかないのですよ。

むしろ防御ゼロだからこそ、謝ったら死んでしまう病気にかかっているようなものです」


「その謝ったら、死ぬとか理解不能なんだけど……」


 こんな話をしていいものか悩むが……。

 そんなヤツもいる、と知ってもらったほうがいいか。


「その人の精神の根幹ですからね。

攻撃特化の人は、シロかクロで物事を決め付けます。

そうでないと攻撃し続けるなんて出来ませんからね。

そんな人は、僅かでも自分の非を認めると、全面的に自分が悪いことになります。

それは精神構成上耐えられないのです。

現実にそんな人はいないのですが、それは決して認めない。

認めなければ、自分に一切の非はないとなります」


 ミルは呆れ顔で首をふった。


「認めないにしても、非難はされるでしょ?」

 

「非難の声は、大声で打ち消すか無視する。

もしくは物理的にその人を消すでしょう。

認めない現実を突きつける相手は、その人にとって悪ですからね。

ゴミを捨てるかのように排除しますよ。

そうしたらバカバカしくて、誰も指摘なんてしないでしょう。

そして誰も反論しないから自分は正しい、と結論づけます。

だから謝ったら死ぬかのように、謝罪を拒否するのです」


 ミルはウンザリした顔でため息をつく。


「ああ……。

絶対に相手したくないわ。

でもね。

絶対に謝らない人なんて見たことがないわ。

あのロマンって人も、書面では謝っていたでしょ?」


 その前に散々口にしていたことがあるんだよ……。


「それは自分の非を認めた謝罪ではありません。

他人の非を謝ることには、その手の人たちは実に熱心です。

そうやって誤りを認める自分、というのは実は大事な要素でしてね。

人の過ちを謝罪できる自分は、道徳的に優れていると。

もしくは正しいことを言っているから、知性面で優れている……となります」


「ゴメン。

言っている意味がわからないわ。

なんで優れていることが前提なのよ」


「客観的な根拠なんてありませんよ。

願望こそが彼らの真実ですから。

彼らはすべて上下関係でものを考え、その上位に自分を位置づけるのですよ。

自分が優れているから、愚かな他者を指導する、というのが大前提です。

優れている自分は、決して過ちを犯さない。

それが基本的な考え方です」


 ミルは頭に手を当て、天を仰ぐ。


「なんだか頭が痛くなってきたわ。

でも、あの文章はそんなこと書いていなかったわね?」


「あの文章は、私が無理矢理書かせました。

彼らに文章を考えさせたら、意味がありませんからね。

ロマン王が口にしたのは、部下を守るため仕方なく謝るとかでしたよ」


「だから私たちを同席させなかったのね。

あのときは、今一ピンとこなかったけど……。

アルは本当に大変だったのね。

せっかくだから教えてほしいのだけど、防御ゼロってどんな意味?」


 ここまできたら、キッチリ答えないとダメだな。


「防御とは相手の言葉に対する反応ですね。

攻撃一辺倒とは相手の、反論や疑問を考慮しないってことですから。

言葉のやりとりを拒否しているのです」


「でも相手に賛同させるつもりがあるなら、言葉のやりとりは重要じゃない?

アルは一方通行の会話って、すごく嫌うでしょう?」


 たしかに言葉は通じるけど、話が通じない相手は大嫌いだな。


「それは会話でなくて強制ですからね。

彼らが望むのはひたすら攻撃して、相手をねじ伏せるといったところですかね」


「うーん。

今一ピンとこないわね……。

やっぱり理解できない人みたい。

そもそもだけど……そんなので人を説得できるの?」


 概念的なものだからなぁ。

 ここはアプローチを変えるか。


「そんな人たちなりの説得術があるのです。

では私がクララック氏の言葉を代弁しましょう。

一種のシミュレーションですね。

それでミルも理解してもらえると思います。

大勢いるところで、クララック氏が先ほどの檄文げきぶんを読み上げたとします。

話を聞いたミルが疑問を持った、というケースがいいでしょう。

一対一の話し合いは、絶対にしない人ですからね」


 ミルが引きった笑みを浮かべる。


「なんかとっても怖いけど……。

トマはロマン王と一緒に悪事を働いたんじゃない?」


 どう答えるかは、悲しいことに容易に想像できる。


「その話は、大事なことではない。

大事なのはロマンの行為の是非だ」


 ミルは一瞬目が点になって、すぐ頭をふる。

 そうじゃないと言いたいのだろう。

 わかっているよ。


「言っていることが正しくてもねぇ。

やっている人がそれだと……」


 そうなると回答はひとつだな。


「それではロマンの行為を、是とするのか。

私はロマンの不正を糺すために、声を上げている。

大事なのは賛成か反対か、だけなのだ」


 ミルの頰が引きる。

 確実にイラっとしたな。

 気持ちはよくわかる。


「ちょっと! 私の質問に答えていないでしょ!」


 やっている俺も不快だが、途中で止めても消化不良だ。


「私が主張している大義を、些細な揚げ足をとって否定しようとする。

大事なのは不正を糺すことだ。

さてはロマンの回し者だな

この人は隠れロマン派だ!

諸君たちの中でロマンの治世が善政だという人は、誰もいないだろう?

ならば今必要なのは、ロマンの不正を糺すべきではないか!

……とこの程度にしておきますか」


 ミルはウンザリした様子で手をふった。


「なんかすごいイライラしたし……。

とても疲れたわ。

正直相手にしたくないわよ。

でも、怖さも感じたわね。

不満を持っている人が多い場面だったら、ロマンを殺せって叫びが響き渡りそうだわ。

それにしても……自分の話だけを押しつけて、人の話は完全に無視しているわね。

でもこれだとマトモな人は逃げていくんじゃない?」


 その認識は正しい。

 だがトマはマトモな人を、相手にしない。

 違うな。

 出来ないのが正しい。


「この檄文げきぶんは、マトモな人を相手にしないのですよ。

悲しいことに、世の中多くの人が不満を持ちます。

とくにアラン王国での不満はものすごいでしょう。

そしてロマン王の失政は明らかです。

その不満に、火をつける意味がありますね」


 ミルは露骨に安堵あんどした顔をする。

 不毛な会話モードが終わったからな。

 あれが続いたら嫌だろう。


「不満に火をつけるの?

それになんの目的があるのかしら」


「アラン王国では、下層の平民や奴隷は反乱を起こしにくい体制になっています。

分断されていて、結束など出来ませんからね。

そこに結束する口実を提供した。

世界主義がその結束を手助けすると思います。

つまりクララック氏は、支持層を下層の平民と奴隷階級に絞ったのでしょうね。

人口は最も多いですからね。

さらに平民や奴隷階級にとって、クララック氏の名前はあまり知られていない。

しかも普段から情報に触れる機会もないから、容易に扇動されると思います」


 ミルは納得した顔でうなずく。

 アラン王国の統治体制については、ちゃんと勉強したからな。


「最初から上流階級を無視するのね。

人の悪口で扇動かぁ。

ラヴェンナだとムリだけど……よそなら可能だって、アルは言っていたわね。

それで食糧や麻薬の問題は、どうするのかしら?」


「食糧は粛正で口を減らすのでしょうね。

階層が上になるほど、消費と浪費の量は多いですから。

これでガス抜きが出来ます。

麻薬に関しても、中毒者を殺してしまう可能性が高いでしょう

そして多くの人が、逃亡を図ります。

他勢力に逃げ込むでしょう。

それを受け入れると、他勢力の弱体化は必須でしょうね。

拒否しても、必死に逃げ込んできます。

そして他勢力の下層の平民や奴隷に決起させる。

まあそんなところでしょうか」

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