674話 折居さま

 カールラへの対応として出来ることは限られる。

 だが座視は出来ない。

 ひとつだけ手を打っておいたが、これはジャブ程度のものだ。


 今後の手を考えるには、使徒とハーレムの情報がほしい。


 この件については、ラヴェンナに聞きたいところだ。


 最近エテルニタとセットで会っているが……。

 そのエテルニタは俺の体調が悪くない限りスリスリしてこない。

 ある意味、凄腕の俺専属体調管理猫だ。

 

 ミルたちはエテルニタを、アルフレード健康管理大臣と呼んでいた。

 俺は聞こえないフリをするのが精一杯だ。

 エテルニタは俺の不調を見抜く度に、ご飯におまけがついている。

 賢いというべきか……。

 しっかりとそれを理解したようだ。

 毎日俺はエテルニタに、体調をチェックされる羽目になった。


 誰もいないテラスに到着すると、ラヴェンナ像にささやく。


「ちょっと聞きたいことがある」


 大声で言ったら、危ない人になってしまう。

 ミルの憮然とした顔が頭に浮かんだが、それとは違うから。


 テラスの椅子に腰かけると、ものすごい早さで眠気が襲ってきた。

 なんだこの早さは……。


 気がつくと、いつもの広場だ。

 だが目の前は、霧に覆われている。


 突然、俺の横をなにかが飛んでいった。

 驚く暇もない。

 飛んでいった物体が飛んできた方向に戻っていく。

 

 パシっと音が鳴って、その物体は正面に現れた人物の手におさまる。

 投げたのはヨーヨーか?

 

 その人物は、見た目がラヴェンナなんだけど……。

 セーラー服を着ていて、ヨーヨーのキャップを俺に向ける。

 キャップには黒い縁の中に、桜の代紋が描かれていた。


 どっかで見たことあるなぁ。

 ラヴェンナはジト目で、俺を睨んでいる。


「パパ……。

私になにか……いうべきことがあるんじゃない?」


 虫の居所が悪いようだ。

 まったく、心当たりがない。


「随分乱暴な出迎えだな。

コスプレにでもハマったのか?

どっかで見たような格好だが……」


「パパの記憶から引っ張ってきたのよ。

ともかく……。

惚けるつもりね。

てめえら、許さねぇ!」


 この光景は……。

 子供が、なにかのアニメに影響されるアレだな。


って……。

俺ひとりだぞ」


 ラヴェンナは顔を赤くして、頰を膨らませる。


「う、うるさいわね。

決め台詞がそうなんだから仕方ないでしょ!」


 そこは変えようや……。

 だがそれを突っ込んでいては、きりがない。


「それでなにを許さないんだ?」


 ラヴェンナが振り向きもせずに、後ろを指さす。

 途端に霧が晴れて、辺りが鮮明になる。

 そこには、妖しげなオブジェが転がっていた。


「なんで木彫りのニシンがここに?」


 そう。

 全長2メートルくらいありそうな木彫りのニシン。

 パヴラが飾っているものと同じだ。

 縮尺は違うがな……。


「それは私が聞きたいわよ!

なんなのこれ?」


 なんなのと聞かれても困る。

 俺は苦笑して、肩をすくめる。


「商務大臣が木彫りのニシンを、祭壇に飾っていたなぁ。

流行っていたのか。

いやぁ初耳だよ」


 他人事のような俺の態度が気に入らなかったのか、ラヴェンナの額に青筋が浮かぶ。

 本当に女神なのか?

 もう少し神様らしく余裕をだな……。


「あのねぇ……。

そんなもの止めさせてよ!」


「ムチャをいうな。

本物を飾ろうとしたのを、木彫りで納得させたんだから。

別にいいだろ。

ただのオブジェだよ」


 ラヴェンナは腕組みをして、俺を睨む。


「パパ……。

ここに現れた意味を知らないの?

それとも惚けているつもり?」


 半分当たっている。

 この現実を認めたくないから……惚けたのは事実だ。

 だが現実は残酷である。


「え? まさか……。

神格化されちゃったのか?」


「そのまさかよ!

まだ何も喋っていないけど、意識は確実にあるの!

あの目が合ったと思ったときの、気まずさったらないわよ!」


「ただの木彫りだよ。

うん。

そうに違いない」


 ところが鎮座している木彫りのニシンが、ビクビクと動いたのだ。

 ラヴェンナは目を丸くして、口をOの字にあけている。


「ええっ!」


 見た目は木彫りなのだが、生きた魚のように動く。

 一瞬頭が、理解を拒否した。

 これが、柔らかい材質なら理解できる。

 木掘りだぞ? なんか気持ち悪いじゃないか。


 だが気になる。

 つい好奇心で、木彫りのニシン像に近寄ってみた。

 攻撃されることはないだろう。

 見た目は完璧に木彫りだ。

 不思議と視線があった感覚に囚われる。

 これは、たしかに落ち着かない。


「これって意識があるのかなぁ……」


 ラヴェンナも俺の隣にやってきて、木彫りのニシンをつつく。


「感触は木ねぇ……。

さっき動いたときは生き物のようだったわよ」


 またニシンが、ビクンと跳ねる。


『つつくのは止めてください』


 頭の中に、声が響く。


「声まで聞こえたぞ。

多分……気のせいだよな」


 ラヴェンナも引きった顔でうなずく。


「そ、そうね。

気のせいだったら良かったなぁ……。

ってパパの仕業でしょ!」


「俺のせいかよ!」


 木彫りのニシンが、ビチビチと音を立てて跳ねる。

 シュールすぎる。


『喧嘩は止めて!

僕のために争わないでください』


 ラヴェンナは複雑な顔で、俺とニシンを交互に見る。


「いや……。

あなたのために喧嘩したわけじゃないわよ」


 意識まであって、意思疎通も出来る。

 神のような存在だな。


 それにしても……。

 うっかり神が生まれてしまったのか。

 俺が何も知らない一般人なら良かったなぁ。

 神様のバーゲンセールじゃあるまい。


「娘の理不尽な言い掛かりに反論しただけだ。

それで君は、なんの神様になったんだ?」


 木掘りのニシンはまた、ビチビチと跳ねる。

 なにか嬉しいようだ。

 わかる自分が悲しい。


『漁師の守護神なので、豊漁と漁の安全を担っています。

あと最近商売繁盛の力もつきつつあります』


「一応聞くけど……。

あなたに名前はついているの?」


 今度は、木掘りのニシンがピクピクと痙攣した。

 なにか悲しいようだ。

 これもわかる自分が切ない。


『私はしがないニシンです。

皆さんに美味しく食べるられるだけの生贄なのです。

名前なんてそんなだいそれた……』


 テンションが低い……。


「えらく後ろ向きな神だな……」


 ラヴェンナは引きった笑顔を浮かべた。


「そ、そうね……。

なんか私が虐めているようで、気分が悪いわ。

じゃあニシンの神様だし……。

折居にしましょう」


「もしかして俺の記憶か?」


 ラヴェンナはフンスと胸を張った。


「ええ。

パパの記憶でニシンの神に近いものったら、それしかないもの。

転生前のパパの趣味って、ジジ臭いわよね。

各地で祭られた祭神を調べていたでしょ?

折居さまは老姥ろううばだけど、他にいないからね。

さすがにニシンとか木掘りだから、ウッディーとかは雑すぎでしょ?」


 木掘りのニシンは、ピクピクと激しく痙攣した。


『こんな僕に、名前をつけてくださって有り難うございます!

今から僕は、折居と名乗ります。

これで力も、ますます強くなるでしょう』


「よ、喜んでくれたなら何よりだわ。

それにしてもこんな早くに、神格化なんて予想外よ」


 折居はピクピクと小刻みに痙攣する。


『それは力の強い人が、熱心に祈られましたから……』


 パヴラか?

 一個人にそこまで、強い力があるとは思えないが……。


「そんな強く願う人がいるのか?」


『魔王さまの奥さまです。

胸が大きくて食べ物が大好きな女性ですよ。

それはもう熱心に、豊漁を祈られました。

他の食べ物より太りにくいだとか……。

ある意味で僕の母上です』


 オフェリーかよ!


「個人の力で、神なんて生まれるのか?」


 ラヴェンナは天を仰いで、顔に手を当てる。


「あ~。

ひとり強い人が願うと、神格化の近道よ。

1万人が漠然と祈るよりね。

ひとり魔力のとても強い人が願って、それを見た1000人が漠然と祈るのと、あまり変わらないわ。

あのボンキュッボンは、人としてかなり魔力の強いほうよ」


「そ……そうか。

なんでもホイホイと、神が生まれてもなぁ」


 ラヴェンナは顔を赤くして、頰を膨らませる。


「やめてよ!

なんか私が、軽い存在に思えてくるから。

普通は生まれないわよ。

塩漬けニシンの件は、あまりに革命的だったようね」


「まあ……。

神様同士、仲良くやってくれ」


 ラヴェンナは力なく、首を振る。


「こうなったら仕方ないわね……。

それでパパは、なにが聞きたいの?」


 折居のせいで、話がれまくった。

 本題に戻ろう。


「使徒関係でね。

ハーレムメンバーが使徒から追放される……。

いや遠ざけられると、どうなるんだ?

具体的には、性的被害に遭うとかだな。

使徒はその女性を愛し続けられないと思う」


「そうねぇ……。

人の領域でない話ね。

ならいいわ。

ハーレムメンバーの危機であれば、使徒は気がつくわ。

それでも間に合わなかったときは……。

どうかしらね。

心の奥底で拒否反応が出たら、その絆は切れてしまうでしょうね」


 絆は永遠ではないのが生々しいな。


「その場合は、どうなる?」


「10年くらいすれば、普通の人に戻るわね。

ただ……。

あの危険な食べ物を食べ続けて、体が変質しているなら大変よ。

使徒から発せられる自然魔力を吸収するようになっているからね……。

絆が切れただけでも、かなり魂に負担がかかるわ。

ほぼ確実に、命を落とすわよ。

聞かれる前に答えるけど……。

持って1年ね。

半年程度なら若いから生き延びられるわ」


 最悪のケースだな。

 思わず、ため息をついた。


「そうなると悪霊の養分か……」


「そうね。

結果的にそうなっちゃうかなぁ……」


 オブジェになっていた折居が、ビチビチと跳ねる。


『あのう……。

その件でしたら、僕がお力になれると思います』


「いきなりビチビチされると驚くわね……」


 そりゃそうだけどさ……。


「まさか手や足をつけるわけにはいかないだろう?」


 折居が、ピクンと跳ねた。


『僕に手と足ですか?

どんなイメージなのでしょう』


「パパの記憶で、そんな空想上の生物がいたわね。

こーんなかんじ」


 突然、魚に人間の手と足が生えた、シュールな映像が浮かび上がる。


『ああ……。

それだと便利そうですね。

……フン!!』


 なんの脈略もなく折居に手と足が生え、立ち上がった。

 思わず深いため息をつく。


「もう突っ込まないぞ。

悪夢にうなされそうだ。

それより何とか出来るとは?」


 折居は元気良く、手を挙げた。


『はい。

その人に、ニシンを食べさせてください。

力を分けてあげることが出来ます。

ただ条件があります。

まずラヴェンナにいることです。

次に祭壇の前で、母上に聖別してもらうこと。

そしてそれは、1日の最初に食べてください。

1年欠かさずに食べていただければ、この世のものに戻すことが出来ます』


 オフェリーの聖別か。

 そもそもマリー=アンジュを、ラヴェンナに連れてくるだけでも大変だぞ。


「使徒に変容させられた魂を戻せるのか?

凄い力だと思うが……」


『新神ですが、人々の健康を守ることも、僕の役目です!

あ、新しい人じゃないですからね。

新しい神のほうです!

名前もつけてもらえたので、恩返しをさせてください』


 表情は魚だから変わらないが、ドヤァという心の動きが感じられる。

 こいつは間違いない。

 陰キャだ。

 まあ色物だろうが、助けになるなら頼りたい。


「それは助かる。

聖別ってなにをすればいいんだ?」


『ニシンを手に持って食べる人の健康を、1分くらい念じてくれればいいですよ』


 それなら問題はないか。


『わかった。

そのときは頼むよ」


 折居は体を上下させる。

 どうやらうなずいたらしい。

 突然体をクネクネさせはじめる。


『交換条件ではありませんが……。

ひとつお願いがあります』


「言ってみな。

内容次第だよ」


 変なことは言い出さないと願おう。


『年に1回だけ……。

年の真ん中の日に、ニシン漁を祝う祭りがあると助かります。

それが僕の力になりますから。

そのひとを助けられる確率が増します。

あとは僕の御利益も大きくなりますよ』


 ラヴェンナは真面目腐ってうなずいている。


「その位ならいいんじゃない?

神にとって祭りって、とっても大事なイベントよ。

主食と言ってもいいくらいね」


 また祭りが増えるのか……。

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