673話 クレシダの火祭り

 ポンシオの任命式は滞りなく終わった。

 本人はガチガチで、俺が息子の晴れ舞台だから、と呼んだオラシオもあきれるほどだ。


 それでも息子が認められたのは嬉しいようで、頰が緩みっぱなしだった。

 俺はあえて気がつかないフリをしておこう。

 父親の喜びに、水を差すのは野暮ってものさ。


 ポンシオにはラヴェンナ兵2000を託すことにした。

 式典のあと、ゾエが小走りに俺の元にやってきた。

 肩で息をしている。


「ラペルトリさん。

どうかしましたか?」


「はい。

アラン王国から知らせが届きました。

内密にお話できますか?

あとはオフェリーさまに、一緒に聞いてもらうべき話もあります」


 マリー=アンジュ絡みか。


「では応接室で伺いましょう」


 ミルとキアラ、オフェリーにも同席してもらう。

 応接室でお茶を口にしたゾエは、ひと心地着いたようだ。

 あまり急いで話しても、要領を得なくなる。

 お茶を飲んで少し落ち着く時間は、ムダにはならないだろう。


「ラヴェンナ卿がおっしゃっていた肥料の副作用。

これが現実のものになったようです」


 予想通りか。


「やはりですか」


「それだけではありません。

ロマン王が巨大な倉庫を建てて、そこに作物を集めたのはご存じでしょう」


 その噂は聞いている。

 ロマンのやることに、論理性はない。

 ただ誰かが吹き込んだなら、話は変わってくる。

 俺自身は後者だと思っていた。

 クレシダの手は、そこまで伸びるのだろう。


「ええ。

一カ所に固めるのは、デメリットが多すぎる……。

と言ってもロマン王は止めないでしょうが」


「そこが火事になったそうです」


 言い終えたゾエは、小さくため息をつく。

 知り合いが、まだアラン王国にいるはずだ。

 他人事で済まないだろう。


 倉庫をつくらせて、それを焼くか。

 これ以上ない決定打だ。

 これを狙ったのはクレシダだろうな。

 クレシダの火祭りか。

 国をひとつ崩壊させるほどの派手な祭りだよ。


「タイミングが良すぎですね。

そもそも倉庫のアイデアは、ロマン王が思いついたのでしょうか?」


「おそらく取り巻きの誰かでしょう。

詳しい内情までは知り得ません。

それでも失火とは考えられませんね」


 ロマンはクレシダに消されるだろう。

 カウントダウンが始まったというわけだ。

 もうクレシダが直接手を下さなくても、勝手に殺される段階に入ったな。


「それが妥当でしょうね。

ロマン王は倉庫を建てて終わりですが、家臣たちは真剣に警備します。

それで火事など、かなり計画的にやらないとダメでしょうね。

しかし……これはとんでもない事態に発展しませんか?」


 ゾエは小さく苦笑する。

 楽しいのではなく、他に感情の表現方法がわからないといった感じだ。


「その通りです。

大豊作のあとに大凶作がくる。

そんな話が広まったところで、備蓄の消失です。

悲しいことに、今のアラン王国はそれで終わりではありません」


「小麦の値上がりでしょう。

それ以外でも?」


「いえ。

小麦の値上がりなのですが……。

ヴァロー商会が都市に売られる小麦を買い占めたのです。

突然流通の間に割り込んだ形ですね。

ロマン王をバックにつけているので、誰も反対できません。

買い占めた小麦を、5割増しの価格で売りつけているようで……。

餓死者がでるのは、時間の問題と言われています」


 マジかよ。

 自殺行為だろう。

 ヴァロー商会はロマンの道連れにならない自信でもあるのか?

 トマがそこまで、馬鹿だとは思えない。

 ミルは目を丸くしていたが、小さく首をふった。


「ちょっと待って……。

普通は商人がつり上げようとしたら、領主がそれを止めさせるでしょ」


 ゾエは処置なしといった苦笑顔だ。


「止めるはずの統治者と商人が結託しているので、誰も止められません」


「そんなことしたら暴動が起こるし、それどころでは済まないわよ」


 ゾエもこんなことをした動機がわからないようだ。

 小さくため息をつく。


「そこがわからないのです。

わかるのはアラン王国が終わりに近い。

それだけです。

ロマン王の首をすげ替えても立て直せるのか……」


「クララック氏がそこまで、愚かだと思えません。

ただの自殺行為でしょう」


 キアラも同感のようで、眉をひそめている。


「そうですわね。

ひとつあるとしたら、ヴァロー商会を名乗って、買い占めをした人たちがいる程度ですわ」


「その場合、買い占めをした商人たちは、見せしめに殺されるでしょうね。

これは続報を待つしかなさそうです」


 ゾエはうなずいた。

 そして同席しているオフェリーを見て、暗い顔になる。


「あとこれは噂程度なのですが……。

お伝えすべきかと思いました」


 噂でも知らせるほどの価値があるのだろう。

 仮に事実だった場合だが。


「なんでしょうか」


「オフェリーさまの妹。

マリー=アンジュ嬢のことです。

ロマン王が狙っていると、噂が出回っています」


 オフェリーは昔のような無表情にもどって、首をかしげた。

 最近は、滅多になくなったが……。

 感情の表現に困ると、無表情になる。


「マリーはロマン王を毛嫌いしていると思います。

それにあの人が、マリーを手放すとは思えません。

そうですよね。

アルさま?」


 俺に、そう聞いたオフェリーの声が、少し震えている。

 否定してあげたいのは山々だが……。

 カールラの打つ手がハッキリしてきたな。

 そこまでやるかと、内心驚いた。


「そう言ってあげられればいいのですが……。

アクイタニア嬢が仕掛け人だと思います。

その狙いは外道と言っても差し支えないですが……。

そこまで非道に、マリー=アンジュ嬢を始末するほど追い込まれたのでしょうかね」


 オフェリーは心配そうな顔になった。


「外道ですか?」


 オフェリーの視線に耐えきれず、思わず、頭をかく。

 こんな噂がでた以上、やることは明白なのだ。


「ロマン王とマリー=アンジュさんを、同時に排除できる方法です。

じつに簡単ですよ。

ロマン王に信じたがる現実を吹き込めばいいのですから。

マリー=アンジュさんが、ロマン王を思慕しているとね」


「それでも使徒のハーレムメンバーは、常人よりはるかに強いでしょう。

ロマン王が手を出そうとすれば、返り討ちに遭うと思います」


 使徒の力が弱まっているなら、ハーレムメンバーだって同じではないのか?

 その話はできないので、別の言葉で、必要があるなぁ。

 どちらにしても、マリー=アンジュの貞操は、かなり危険な状態だと思う。

 ラリっているロマンが、自分の欲望を抑えられるとは思わない。


「それなんですがね……。

今マリー=アンジュさんと使徒の関係は微妙でしょう。

そこで使徒に捨てられたとでも吹き込めば動揺します。

その隙に、意識を奪えば……」


 オフェリーは言葉もなく項垂うなだれる。

 ゾエは少し申し訳なさそうな顔で、ため息をつく。


「オフェリーさまのため、否定してあげられるといいのですが……。

残念なことに前科があります。

私がロマン王のものになりたがっていると、勝手に思い込んだことがありました。

私がそれを否定すると暴行されました。

それでは使徒さまに、ロマン王を消させるのでしょうか」


「ええ。

そして他人に抱かれた女性を、使徒は手放すでしょう。

その結果使徒を、王位につけるか……。

代わりを王にするといったところですね」


 修道院あたりに入れるだろう。

 ただ、マリー=アンジュが、それで、自死を選ぶ可能性だってある。

 そこまで、口にする気になれない。

 この場合、麻薬づけになったロマンの暴行が、未遂に終わることがいいのだろう。


 キアラは心底嫌そうな顔をしているが、すぐなにかに気がついてうなずく。


「そこでトマが、王を狙う可能性があるというわけですのね」


「あくまで可能性ですけどね。

どちらにしても、こちらが打てる手はありません。

下手に警告すれば、それ幸いと罪をでっち上げられます」


 オフェリーはうつむいたまま、顔を上げなかった。


「そうですよね……」


 自分の女だというなら、そんな場所に放置せず守れよ。

 とはいえ俺が、カールラを送り込んだことが、これを招いているのだ。

 知らぬ存ぜぬはムリだろう。

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