672話 フォーゲルフライ

 服喪もじきに終わる。

 葬儀の後始末をせねばな。


 そう思っていると法務大臣エイブラハムが、俺に相談を求めにきた。

 収監している連中の処遇についてだ。

 法律的には禁錮刑が妥当。

 だが拘留期間はそこまで長くない。


 今のご時世も考え、相談に来てくれたようだ。

 この判断は、実に助かる。

 短い禁錮刑では、周囲も納得しがたいだろうな。


 俺に考えがあるので、キアラにも同席してもらう。

 悩むエイブラハムに、裏道的なルートを提示することにした。

 俺の回答に、エイブラハムは驚いた顔になる。


「彼らを追放刑にするのですか?」


「ええ。

彼らから市民権を剝奪し、ラヴェンナでの居住を認めません。

つまり法外人アウトローとなりますね。

葬儀の場を荒らして、自分たちの演説の場にしたのは頂けません。

主張したいなら、機会はいくらでもありますからね」


 エイブラハムは苦笑しつつ、肩をすくめる。


「そうですね。

他者の迷惑にならないなら、好きに主張して構わないとなっていますから。

それでも相手にされずじまいでしたが。

あげく主張がどんどん過激になって、さらなる孤立化を招いたのは皮肉なものです」


 思わず皮肉な笑いが漏れる。

 子供が駄々をこねて泣き叫ぶのなら、多少は同情されるかもしれないが……。

 大人の駄々は、誰も同情しないだろう。


「つまり彼らの主張は一方的すぎて、人々を納得させることが出来なかったのでしょう。

戦死者の意思を騙れば自分の主張を聞いてもらえる、と思ったようですね。

それを葬儀の場でやる必要はないでしょう」


「私が一族を治めていたときでも、葬儀はとても大事なものですからね。

それを邪魔する類いの連中は、一族から追い出されます。

ところがご領主は、他者の言動には無神経なほど寛大ですから……。

絶対に処罰されないと思い込んだのでしょうね。

小賢しいことに、連中は法律を結構勉強しているのですよ。

捕まってからも、ラヴェンナの法を盾に騒いでいますから。

市民権の侵害だとか騒いでいますよ。

ロンデックス殿も罰するべきだとか……」


 思わずため息が漏れた。


「ロンデックス殿を罰したら、それこそ暴動が起きますよ。

そもそもあの程度のことでは罪にならないでしょう?」


 エイブラハムはうなずいて苦笑した。


「公式行事の妨害をしていましたからね。

少々乱暴ですが、それを止めただけです。

それすら罪にすると言ったら、トウコ殿が暴れ出しますよ。

虎人族の殴り合いは日常茶飯事ですからね」


 虎人の慣習も考慮しての法だからな。

 あの程度では、暴行にもならない。


「ともかくです。

他者を尊重せず悲しむ人たちの気持ちすら考えない。

その癖に、自分を法で守れと騒ぎ立てる。

ラヴェンナの精神とは、相容れない存在です。

彼らのようなごく少数派のために、大多数が譲歩する必要はありませんからね。

それは少数への尊重でなく、少数による支配です。

彼らの存在を認めては、お互いを尊重する人たちが割を食いますよ。

大声で騒いだもの勝ちになりますからね。

そんな彼らは、他者との共存を意図した法の下で生きる人ではありません。

法外人アウトローになるのが相応しいでしょう」


 エイブラハムは腕組みをして考え込む。


法外人アウトローですか。

これは法務大臣としての判断を超えるものですね。

私はあくまで法の枠内で判断するのが役目です。

これはご領主さまにしか出来ない判断でしょう。

それでも懸念があります。

ご領主さまは、以前スザナ・ヘイダを野放しにしたことを後悔されたでしょう。

追放刑では、新たなスザナを世界に散らせるだけになりませんか?」


「そんなつもりは、サラサラありませんよ。

ですが現在の法律で、彼らを死罪にするのは無理筋なのでしょう?」


 エイブラハムは、渋い顔でうなずく。

 公的行事の妨害程度なら、数日収監される程度となっているからな。

 そして外部勢力と結託している、明確な証拠がない。


「ええ。

残念ですが……。

拡大解釈をしては、法が形骸化してしまいますから」


 この姿勢こそが、エイブラハムを信任している最大の理由になる。

 拡大解釈をする連中は、法を都合よく利用することしか考えない。

 そんな連中に、運用は任せられないからな。

 健全な考え方の持ち主であれば、拡大解釈は厳に慎むだろう。


「その判断は、とても健全で好ましいものです。

ではどうすべきか。

ここで先ほど言った法外人アウトローの話になります。

つまりは法外人アウトローの生命や財産を奪っても罪に問われません。

襲うことを推薦しないが、止めもしないでしょう。

他所の法にしても、法外人アウトローの生命や財産を尊重せよ、とは定めていませんからね。

他領の民を害すれば、他領と問題になるので禁じているだけです。

それだけですよ。

追放先には、こちらが船で連れていきますからね。

下船するまではラヴェンナ市民なので、身の安全は保証されます」


「つまり、下船した瞬間殺されるかもしれないと。

ですがそうそう狙われるのでしょうか?

野盗がそう都合よく居るとは思えませんが」


 俺は皮肉な笑みを浮かべ、キアラをチラっと見る。


「どうでしょうね。

私は信じますよ。

そんな人たちが待ち構えているとね」


 俺の視線に気がついたキアラは、口に手を当ててほほ笑む。


「そうですわね。

きっとお兄さまのお考えのとおりになりますわ」


 エイブラハムは引きった笑いを浮かべ、肩をすくめる。


「詳細は聞かないでおきます。

法外人アウトローとは、そこまで危うい身分なのですね」


 俺は小さく肩をすくめた。


「いやはや。

まったく世の中は怖いものですよ。

法外人アウトローになれば、自力ですべての危機に対処しないといけませんからね。

だからこそ法の庇護は有り難いのです。

以前、未成年の量刑について明言したとおりですがね。

それを悪用するものたちには、庇護を与える必要はないでしょう。

意図的に悪用する場合は、そのツケを払ってもらうべきだと思いますね。

これは昔から変わっていませんよ」


「彼らを待つ運命は野垂れ死にですか……」


 俺は小さく首をふる。

 どこかでこの死にざまは、噂になるだろう。

 これで軽々と外部に扇動されることもなくなる。

 ファッション感覚で、利敵行為に走ることは出来ないだろう。

 熱に浮かされるか、確固たる敵意を持っていない限りな。


「野垂れ死にしても埋葬すらされません。

法外人アウトローの行く末は、フォーゲルフライ鳥のついばみに任せられる刑です」


フォーゲルフライ鳥のついばみに任せられる刑ですか。

法律の制定時に伺いましたな。

野垂れ死んでも、埋葬すら許されない存在になる。

誰しもが避けたい刑でしょうね。

自分の遺体などどうでもいい、と思う人などそうそう居ませんから。

法外人アウトローの発想にしても……。

さすが制度の設計者です。

表向き死罪に出来なくても、実質死罪にするとは。

ご領主さまを本気で怒らせると怖い、と痛感しましたよ」


「これで少なくとも、市民権が行為によっては剝奪される前例も出来たのです。

害でしかなかった彼らを有効活用しようじゃありませんか。

ちゃんと法を守って生きている人たちが、割を食わないようにね。

今後は市民権剝奪のルールも決めないといけません。

これは閣議での議題にしましょうか」


                 ◆◇◆◇◆


 ポンシオをヴァード・リーグレに送り出す前に、ちょっとしたセレモニーを行うことにした。

 今までそんな式典をしなかったので皆驚いたが、これは絶対に必要なことなのだ。

 式典にはラヴェンナの重鎮のみならず、外部の協力者を含めて列席してもらう。

 式典の形式については、ソフィアに頼んで決めてもらった。

 プロが居るのだ。有効活用しよう。


 短期間で決めてもらったので、ソフィアが不満気だった。

 これを叩き台に正式な儀礼を定めてほしい、と改めて依頼して納得してもらった。

 さすがにプロだけてあって、不満の残る形での決定は不本意だったようだ。


 その話を閣議で通達したとき、キアラとマガリ性悪婆以外は不思議そうな顔をしていた。

 ミルはちょっと不機嫌な顔で、頰を膨らませた。


「皆がわからないならいいけど……。

なんでキアラとプランケットさんはわかるのよ」


 キアラはフンスと胸を張って無言。

 マガリ性悪婆は聞こえないふりというありさまだ。

 説明が必要か。


「ポンシオ将軍への権威づけです。

このようなセレモニーをして送り出すのですよ。

彼の指示に反抗することは難しいでしょう。

それはラヴェンナの決定に従わない、という意思表示ですからね。

ましてや人間でないからと、不満を表明することも認めません」


 ミルは納得した顔でうなずくが、少し寂しげにうつむいた。


「ああ……。

ガリンドさんだったらそんなことをしなくても、皆従ってくれたわね……」


 俺が払うツケを、ベルナルドに払わせてしまった。

 悔やんでも悔やみきれない。

 だが、ここで俺が顔に出すわけにいかない。

 気遣ってくれ、とせがんでいるようなものだ


「それでも明確な権威を与えなかったから、このような事態を招いてしまいました。

同じ過ちを繰り返すわけにはいきませんからね」


 チャールズは腕組みをしたまま、渋面を作っている。

 今回の件で、責任を感じているのだろう。


「明確に従ってもらうというわけですな。

それを知らせるためにも、外部の協力者にも参列してもらうと」


「それだけではありません。

あとちょっとした小道具を、ポンシオ将軍に託します」


 チャールズはけげんそうな顔で、首をひねる。


「それは何ですかな?」


「使っていませんが、私の剣ですよ」


 チャールズは納得顔でうなずいた。

 剣を託す意味は、騎士なら知っているだろう。


「ふむ……。

従わない者への処罰権を与えると。

ご主君がご自身の剣を渡したとなれば、他所の連中にもわかりますな」


「ええ。

これ以上なく目に見える形で、明確に示します。

必要なら迷わず使ってもらいましょう」


 プリュタニスは、渋い顔でため息をつく。


「本来なら私もヴァード・リーグレに赴きたいところですが……。

アラン王国の対処がありますからね。

とても残念です。

ガリンド卿には色々とお世話になりましたから……」

 

「そのアラン王国方面は、かなりの激戦になります。

プリュタニスを外すわけにはいきませんよ」


「わかっています。

ガリンド卿がこれを聞いたら、任務を放り出すな……と怒られますから」


 この話が終わって閣議も終了かと思ったが、クリームヒルトが挙手している。


「一つよろしいでしょうか?」


「構いませんよ」


「服喪が終わってからですが……。

『第2回領主さまと話そう会』が予定されています。

中止しましょうか?」


 ああ……。

 そんな予定があったな。

 クリームヒルトはやけに張り切っていた。


「子供たちは楽しみにしている……そうですよね」


 クリームヒルトは自信満々にうなずく。

 俺と話して何が楽しいのか……。

 とはいえ子供たちにとって楽しみなら奪う必要はない。

 ラヴェンナが攻撃を受けているなら、話は別だけどな。


「はい。

それは間違いありません」


「なら、やりましょう。

約束は守りましょう、と学校でも教えていますからね。

よほどの事情がない限り、領主がそれを破るのは良くないでしょう」


 クリームヒルトは、少しうれしそうにうなずいた。


「有り難うございます。

実は内容は前のままでいいのか、と教育省で相談しました。

前はテーマがなかったので、質問が出来ない子たちも居たんです。

それでキアラさまから、いいアイデアを頂きました」


 とっても嫌な予感がする。

 俺の危惧を知ってか知らずか、キアラはフンスと胸を張った。


「ええ。

読み書きのテキストに、私の著作を使う先生が多いのです。

それで子供たちにを読んでもらって、それに関する質疑応答をする形となりましたの」


 思わず吹き出した。

 待てや! そんな小っ恥ずかしい内容をテーマにするのか!

 しかも学から史になっているじゃないか!

 それに転生前の記憶がないから、ちゃんと答えられないぞ!


「昔に言ったことはかなり忘れていますよ……」


 するとキアラは、本を4冊重ねて俺の前に置いた。

 まさか……。

 キアラは天使のような笑みで俺の手をとった。


「大丈夫ですわ。

これを読み返して思い出してくださいな」


 かくして俺の細やかな抵抗は、無慈悲に踏み潰されたのである。

 こんなことなら、テーマなしのほうがいいよ……。

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