661話 ふたりの関係

 一息ついたところで再開しよう。


「可能性の一つは、クララック氏の裏切りでしょうか」


 プリュタニスは首をひねっている。


「どう考えても共倒れするような気がしますけどね。

あそこまで運命共同体だと、王が代わっても無罪放免とはいかないでしょう」


「ええ。

ただ噂が広がっているのは現実です。

クララック氏の黙認なしで広まらないでしょう。

保身にけているのです。

ヴァロー商会を掌握している、と考えるべきだと思いますね。

それでもこの噂を流したのはクララック氏でない可能性が高いでしょう。

氏は黒幕たりえないでしょうね。

保身にけた人物は追い込まれない限り、博打に打って出ませんから」


 プリュタニスは腕組みをして考え込む。

 答えが出なかったのか、小さく首を振った。


「黒幕は誰とお考えですか?」


 ただ可能性を列挙しているだけだが……。

 誰かがなにか、気がつくかもしれないからな。

 思いつくだけ挙げてみるか。


「まず動向が、まったく聞かれなくなった前王妃。

この場合はロマン王が余りに酷すぎて、王家の存続を目指しての路線変更です。

クララック氏の命と財産を保証し、協力させるでしょう」


「可能性としてはあり得ますね」


「次に使徒を王にしたいアクイタニア嬢。

その次は、アラン王家に恨みをもつ誰か。

この場合クララック氏も恨みがあり、捨て身の覚悟で計画に加わっていると思います」


 プリュタニスは納得したような顔でうなずいた。


「たしかに……。

恨みには困らないでしょうね。

でもトマがそんな殊勝な性格だとは思えません。

可能性は低いでしょうね。

演じていたなら大した物ですが」


 その点は俺も同感だよ。


「最後は前言を翻しますが、クララック氏が王位を狙う……でしょうか」


 皆が驚いた顔になる。

 トンデモ陰謀論の類いだからな。

 だが可能性はゼロと断言できない。


 キアラはいつの間にかメモをとっていた。

 顔を上げたが、少し興奮気味だ。

 ホント飽きないなぁ……。


「ま、まず、順番に……。

根拠を教えてくださいませ。

前王妃がムリにロマンを、王に即位させましたわよね。

今更……方針転換ですの? そこまで短絡的だとは思えませんけど……」


「補佐さえよければ何とかなる、と考えていたでしょう。

そんな次元で済む話でなくなった場合、どうしますかね。

王家と一族の安泰を図ると思います」


 キアラは今一納得できないような顔だ。


「使徒と仲違いさせて、どうするつもりですの?」


「他の王族を即位させるように、影で動きます。

クララック氏も協力して、失政の責任はすべてロマン王かトカゲの尻尾に押しつける。

まあそんなところでしょうか。

ほとぼりが冷めたときに、今回の働きに報いるといった感じですね。

あくまで可能性の話ですよ」


 ゾエが手元のティーカップに、目を落とす。


「そういえば、前王妃の話はまったく聞きません。

既にこの世の人ではないかもしれませんね。

そんな動きを察知されたのか……。

ロマン王にとって母の存在が邪魔になったかは謎ですけど」


「その可能性は否定できませんね」


「ロマン王はマザコン気味ですが、干渉を疎ましく思う人です。

殺せと命じてから、心を病んだのかもしれません。

もしくは周囲が、勝手に殺したか……。

なにせ好物のケシの実は、心が落ち着く効果のある薬品です。

私も一時期処方されました。

ロマン王は未熟果を食べているから、効果は薄いのですが……」


 効果が薄いのは、量が限られる場合だな。

 依存性も強いはずだ。

 どんどん、深みにはまるだろう。


「摂取量はどんどん増えていると思いますよ」


 キアラはメモをとりながら苦笑する。


「たしかカルメンの部屋でも育てていますわ。

未熟果を傷つけると乳液が染みだしますの。

それがアヘンの原材料になると。

乳液はちゃんと精製しないと、効果が薄いと言っていましたわ。

突飛な話のようでも、こう考えると……。

色々と出てきますのね」


「飛びつくには、まだ材料が足りませんけどね。

情報が少ないときは、あらゆる可能性を排除すべきではないでしょう」


「王妃の件はここまでですわね。

次のカールラはわかります。

使徒を王にすれば、自分が王のような権力を振るえますものね」


 ゾエが難しい顔をして、首をかしげていた。


「ちょっと話についていけないのですが……。

使徒を王にしたいとは?」


 俺は思わず頭をかいてしまう。

 カールラの件が絡むからなぁ。

 つまり俺の失態だ。


「アクイタニア嬢は、ランゴバルド王国に深い恨みをもっています。

恨みを晴らすために、使徒とアラン王国の力を欲しているのですよ。

ロマン王が即位しなければ、まったく実現性はない。

そう高をくくっていたのですが……。

御覧の通りです。

使徒と権力者が結びついてしまいましたから。

そのツケを、今まさに払わされています」


「なかなか迷惑な話ですね」


 キアラはなにか言いたそうにしていたが堪えたようだ。

 しつこくなる、と自覚しているのだろう。

 有り難い反面、なんとも居心地が悪い。


「前王妃かアラン王家に恨みをもつ誰か。

これも特定はできませんが、納得はできます。

ただ、こっちもトマの保身癖を考えると……。

ちょっと弱いと思いますわ」


「私はまだクララック氏の性向について、最終判断を下していません。

なので一つの可能性として考えただけですよ」


 キアラは納得したようだ。

 ほほ笑みながらメモをとり続ける。


「いつもの検討したって話ですわね。

最後のトマが王位を狙うって、どういうことですの?」


 普通はトンデモ話で片付けられる。

 結局、鍵となるトマの性向がハッキリしていない。

 だからこそ出てくる話なんだけどな。


「これも可能性は低いですが……。

ロマン王のご乱行で、王家への信頼はなくなりました。

でも民にすれば、王政以外の統治形態は考えもつかない。

王の首をすげ替え続ければ、そのうちマシなのが王になる、とでも思うでしょう。

クララック氏は他の王位継承者に即位されると、自分が粛正される。

生き延びるには……ロマン王を殺害して、使徒の後援を得る。

もしくは教会と共同統治のような形を模索するでしょう。

氏の即位は正当性の欠片もありません。

傭兵が王を目指したときと同じですから。

他の王族と違って、教会との協調は欠かせない。

これは氏の発想でなく、教会上層部あたりの発案になると思います」


 キアラは少し興奮気味に、ペンを走らせていた。

 書き終えて、小さなため息をつく。


「説得力があると思いますわ。

以前教会に教えた『正当性を与える追認組織』としての生き方ですわね。

使徒にしても、制御不能なロマンよりはマシと。

そこまで視野を広げると、ホント色々考えられますのね」


「現時点で絞り込む条件が不足しています。

なので思いつくままを列挙してみました。

一つだけ確実なのはロマン王の生存ルートがない。

そうなると、誰がその後釜に座るか……。

問題はロマン王を退場させる時機。

これを間違えると、後釜は破滅確定です。

すぐに動いては、ロマン王の後始末をする羽目になりますね」


 キアラは皮肉な笑いを浮かべる。


「あの食糧危機ですわね」


 ゾエが突然の話に、目を丸くしていた。


「アラン王国は空前の大豊作と聞きましたけど……」


 俺は小さく肩をすくめる。

 影響力を考えると、明るく笑えない。

 アラン王国民の生活を気にしたわけではない。

 ランゴバルド王国に波及して、スカラ家や経済圏に影響が及んでは困るからだ。

 他国民の生活を気にする余裕がないからな。


「私の予想が外れなければ、豊作は1度きりです。

農地は不毛の大地へと変貌します。

そして半永久的な飢饉ききんが待っているでしょう。

どちらにしても、注視しかできませんけどね」


「ロマン王の頭だけなら笑い話ですけど……。

農地ならとんでもない惨事を招きますね。

この話を、サロモン殿下にお伝えしてもよろしいでしょうか」


 サロモンが情報を伝えたのは、なにかの助言が欲しかったのだろう。

 注意を促すのは、こちらにとってもメリットは大きい。


「構いませんよ。

アラン王国全土が荒れ地になっても困りますからね」


                  ◆◇◆◇◆


 数日後の夜。

 俺はオフェリーの部屋にいるが……。


 あの話以降、今ひとつオフェリーの元気がない。

 ミルたちも気がついており、気にかけてくれているが……。

 励まされたからと言って、どうこうなる話でもない。


 今は後ろから抱きつかれている。

 バリエーションは豊富になっていて、その日の気分でご指名コースは変わるようだ。


 オフェリーは俺の肩にあごを乗せながら、ため息をつく。


「アルさま……。

どうしたらいいでしょうか?」


 マリー=アンジュのことしかないだろうな。


「今連絡をとると、アクイタニア嬢の思うつぼでしょうね」


「そんな気はしました。

でもどんな罠なのでしょうか?」


 わりと単純な罠だろう。

 カールラはとくに凝ったことをする力がないからな。


「マリー=アンジュさんはラヴェンナと内通している、と決め付けますね。

そして使徒にマリー=アンジュさんとの離縁を要求します。

使徒にマリー=アンジュさんを殺す度胸はありません。

ただ……」


 オフェリーは俺に抱きつく力を強めた。


「わかっています。

カールラさんならやりかねないと」


「すみません。

私の甘さがこんな事態を招くとは、思いもよりませんでした」


 さらに抱きつく力が強くなった。

 痛くならないような絶妙の力加減だな。


「謝らないでください。

悪いのはカールラさんです。

アルさまではありません」


「そう言ってもらえるのは……とても嬉しいですよ。

ですがアクイタニア嬢に関する決断をしたのは、他の誰でもない私ですからね。

困ったことに曖昧な危険性だけで対処できないのは、私の弱点です。

直そうと思っても直らない。

私の悪い癖ですよ。

キアラに怒られましたからね」


 オフェリーは軽く俺に寄りかかる。

 見えないが、少し頰を膨らませたようだ。


「私は弱点じゃなくて個性だと思っています。

それがなかったら、大勢の人に好かれていませんよ。

……この話は止めましょう。

それより未来の話がいいです。

マリーを助けられるでしょうか」


 今のところ、保証はない。

 だがクレシダの爆弾が炸裂したときに、カールラに待つ余裕はなくなる。


「今は待つしかないですね。

飢饉ききんは、アクイタニア嬢にとって想定外になるはずです。

そのときに、隙ができます。

そこまで辛抱してください」


 クレシダとカールラがつながっているのか。

 これだけ見ると敵対関係に思える。


 だがクレシダがユートピアを訪ねた。

 仲間になる誘いをかけたろうが、どう考えても協調している様子がない。

 クレシダが、カールラに敵対関係を宣言するとは思えないが……。

 あのふたりの関係は謎のままだな……。

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