660話 想像を絶する生き物

 陸上輸送の効率化は、実に有り難い。

 とはいえ実用化には超えるべきハードルが多いだろう。

 長い目で見ようじゃないか。


 そんなことを思っていると、ゾエからアラン王国の話があると伝言があった。

 面会のアポの話が出たときに、俺から会いに行くと伝える。

 気分転換もあるが……。

 プリュタニスとヤンの仲を取りもつには、いい機会かなと思った。

 個人的に嫌っているというより、内乱終結時のわだかまりが残っているようだからな。


 キアラとプリュタニスを連れて、ゾエの屋敷に向かうことになった。

 オフェリーが一緒に行きたいと言い出したので、4人で会いに行くことになる。

 オフェリーはなんとか、マリー=アンジュと連絡する方法を探しているのだろう。


 ゾエは王族の手引きでラヴェンナに来たからな。

 そっち経由での情報かもしれない。


 ゾエの屋敷を訪ねたがヤンはいないようだ。

 空気を読まずにいるかと思ったが……。

 アテが外れたか。


 ゾエとプリュタニスはほぼ初対面だ。

 俺がゾエにプリュタニスを紹介する。

 アラン王国方面の担当なので同席してもらったとも説明しておいた。

 

 話題が話題なので、屋敷の食堂で話をすることになる。


 お茶が全員に出された。

 この場合、俺から聞かないと、話が進まないだろうな。

 とくにゾエはその辺りの礼儀はわきまえている。

 身分上の慣習ってやつだ。


「ラペルトリさん。

アラン王国の情報が入ってきたとのことですね」


「はい。

私がお世話になったサロモン殿下からです。

アラン王国で麻薬が蔓延している話は、当然ご存じでしょう」


「ええ」


 ゾエは謎をかけるようにほほ笑んだ。


「ロマン王は口では取り締まりますが……。

実際の取り締まりは、トマがやっています。

トマは取り締まると思いますか?」


「ないでしょうね。

利益を失いたくないけど、責任を負いたくない。

そんなところでしょうか。

一度しか会ったことはありませんが……。

偏見と言われても、仕方ないような目で見てしまいますよ」


 ゾエは苦笑交じりにうなずく。


「ラヴェンナ卿に偏見を持たせるだけ、かなりの逸材だと思いますが……。

罪人に罪をなすり付け、処刑を繰り返しているとのこと。

取り締まっているアピールを欠かさないようです」


「まあ……。

予想できる話ですね」


 トマに関する話をしたいのか?

 俺の見立てでは裏切る可能性が、かなり高いと踏んでいる。


「これだけでお呼びしては、ラヴェンナ卿から不興をこうむってしまいます。

ところでロマン王の好物をご存じですか?

ロマン王に限った話ではありませんけど……。

アラン王国上流階級でひそかな流行ですよ」


「いえ。

知らないですね」


 そう言ったが、麻薬の話題を出したのだ。

 上流階級では、元々麻薬が流行っているのだろう。

 とくに意外性はない。


「熟していないケシの実。

つまり麻薬ですよ。

だから麻薬を取り締まると、ロマン王の不興をこうむるのです。

蔓延している麻薬とは別物ですけど、それとは違うといきません。

実はケシの実も、表向き教会から禁じられています。

世俗の王だからこそ、なあなあで済ませられましたが……。

教皇も兼任しているから、そうもいかないかと」


 なるほど。

 ここで教皇も兼ねたデメリットが浮かび上がってきたわけか。

 教会の話題ならオフェリーだが……。

 オフェリーは、小さくため息をついた。


「そうですね。

内々で禁を犯した聖職者がいましたけど……。

さすがに教皇にはなれませんね」


 古巣の悪口は、なかなか言えないな。

 たとえ事実であったとしてもだ。

 それにしても、なんとも情けない話だな。


「枢機卿までならいいのですか……。

なんとも中途半端な腐敗っぷりですね」


 ゾエも同感らしく苦笑して肩をすくめる。


「教皇がケシの実にご執心なのは、教会的に大問題なのです。

そんな教会を抜けて、新たな宗派を立ち上げる動きが強まっているとのこと。

原理主義的人たちに多く見受けられるようです。

それがロマン王の対抗馬の方々に取り入ろうとしていますね」


 黙って話を聞いていたプリュタニスが、首をかしげる。


「一応確認しますが……。

教会がロマン王の好物など、当然知っているでしょう。

それで今更タブーと騒ぐのは、おかしな話ではありませんか?」


「知っていたようですね。

それでも緊急事態だったので仕方なく……。

隠れて食べている分には黙認するつもりだったようです」


 プリュタニスがあきれ顔で頭を振る。


「つまり……」


 ゾエの苦笑は、皮肉な笑みへと変わっていた。


「はい。

枢機卿たちを招いた晩餐会でも食べています。

中級以下の聖職者の前でもお構いなしですね。

事前に説明して、本人も『わかった』と言ったらしいのですが」


 そこまではわかるが……。

 キアラは冷笑を浮かべつつ、お茶に口をつける。

 カップを静かにカップ受けに置くが、冷笑は深まっていた。


「教会とアラン王国を崩壊させそうな勢いですわね。

麻薬の取り締まりがいい加減だと、使徒が怒り出すと思いますが……。

それはさすがのロマン王も回避しませんこと?」


 ゾエは小さく首を振る。


「そのふたりの関係ですが……。

どうも良好とは言えないようです。

むしろロマン王が、使徒への不満を漏らすなどしていますね。

不思議なことに、使徒はそれでも動きません。

それにロマン王は増長して、自分の方が偉いなど言い出して……。

教会の人たちも、目を疑うほどの不遜さだそうです」


 ロマンが俺の想像を絶する生き物に思えてきた。


「それだと孤立して、敗北が待っていると思いますね。

使徒とのつながりだけが彼の命綱でしょう」


「決定的な破局だけは避けていますね。

前回の戦いで使徒が助力したことは、周知の事実です。

なので決定的に破局しない限りは、誰も動けません。

さらにロマン王はコンサートツアーのことしか考えていないそうです」


 プリュタニスは怪訝な顔を浮かべている。

 なにか引っかかる話があるようだな。


「気になるのですが……。

ロマン王の動向や態度は、そこまで明確にわかるのですか?

それとも見切りをつけた内通者が、情報を流しているのですか?」


 ゾエは満足気にほほ笑んだ。

 プリュタニスの明敏さが気に入ったようだ。


「鋭いですね。

身分を偽っていますが……。

ヴァロー商会の手の者が、情報を漏らしています。

ロマン王に先がないと見たトマが、保身のために内通した可能性が高いと考えています」


 プリュタニスは少し考え込んだが、まだ眉をひそめたままだ。


「それだとロマン王に密告されて、トマが処刑されそうなものですよ」


「ところがロマン王に伝わる情報は、すべてトマ経由です。

そして実務や処罰も、すべてトマが取り仕切っていると聞きました。

ロマン王は自分のやりたいことだけに専念している感じですね。

なので密告すら無意味です。

なによりロマン王が即位してから、ケシの実中毒になっているのはトマが原因ではないでしょうか。

正常な判断ができなくなっていて、トマを讒言したものは処刑されたと聞きます。

元から正常な判断ができていたかは謎ですけどね。

少なくともケシの実で、正常な方向には転がらなかったようです」


 プリュタニスは小さくため息をついてから、天を仰ぐ。


「そんな人物を配下に加えると、組織が病理に冒されそうですね。

内通にしても、そのあとの保身にならないと思います。

そんな危険な人物を抱え込む人がいるとは思えませんが……」


 イポリートはトマを小馬鹿にしたが、ただの馬鹿があの位置にいれるとは思えない。

 別の方面の才能はあるのかもしれない。

 トマの実態はわからないことだらけなのだ。


「クララック氏は保身に関しては有能でしょう。

なにか算段があると思いますよ」


 話が一段落したと思ったのだろう。

 オフェリーが身を乗り出した。


「ラペルトリさん。

使徒関連の話は聞いていませんか?」


「そうですね……。

今まで対外的な話は、すべてルグラン嬢が対応していました。

ここ最近は、すべてアクイタニア嬢が対応しています。

あと……。

麻薬関係でロマン王の摘発を監視する名目として、ルグラン嬢が教皇庁に出向いています。

途端にロマン王は、教皇庁に顔を出さなくなりました。

国事多忙につき……と言い訳をしながらですけど」


 姑息こそくすぎる……。


「マリー=アンジュさんが、王宮に出向いたら逃げそうですね」


「その通りです。

今度は視察と称して、何処どこかに姿をくらまします。

マリー=アンジュさんには気の毒ですが……。

端から見る分には、ロマン王の小物ぶりは滑稽そのものです」


 逆にオフェリーとマリー=アンジュが、接触を持てるチャンスでもあるのか。

 カールラはそれを承知で遠ざけたのだろう。

 こいつはオフェリーと相談しないとダメだな。

 確実に罠を仕掛けていることは、間違いない。


「有り難うございます。

これは今後の方針を検討する際の、いい材料になりますね」


 ゾエは、少し楽しそうな笑みを浮かべている。

 まだ何かあるのか?


「まだもう一つあります。

こちらがメインディッシュです。

先ほどの話だけであれば、伝言だけで事足りますから」


「もっと大きな話があると」


「上流階級で妙な噂が流れているとのことです。

『ロマン王と使徒が共謀して、麻薬を広めている』

そんな噂ですね。

不思議と下層には広まっていないようです」


 違和感満載だな。

 これは一体どうしたことか……。

 思わず腕組みをしてしまう。


「事実無根すぎると思いますね」


「どうでしょうか。

ユートピアで麻薬中毒患者は、隔離して放置ですし……。

誰も有効な手を打てていません。

現状の改善を望む人たちは信じたいのかも知れませんね。

使徒へのプレッシャーにもなるでしょう」


 ただの自然発生した噂なのだろうか。

 それなら上層だけで閉じるのも不自然だ。


「なるほど……。

非常にキナ臭いですね。

誰が何の目的で流しているのか……」


 キアラは眉をひそめつつ、首をかしげる。


「普通に考えれば、ロマン王と敵対している人ですわね」


「その場合は階級問わず広めないと無意味です。

使徒は下層の話なら信じますからね。

上流階級の話はまず疑ってかかります。

ところが上流階級にのみこんな噂が広まっている。

つまり中流以下には情報統制をしている……と考えるべきでしょう。

敵対勢力が流した確率は低いと思いますね」


「そうなんですの?」


 キアラは首をかしげているが、目は笑っていた。

 俺から言葉を引き出すときのいつもの手だな。

 キアラは自分の答えを出しているようだ。

 それなら話してもいいか。

 なにせキアラは、口に出した答えが違ったら、目に見えて落ち込むからなぁ。


「仮にですよ。

ロマン王は信用できないから、使徒が即位するなんて言い出したらお手上げです。

自分たちより使徒の年齢は下。

寿命で死を待つこともままならない。

統治能力は貨幣騒動でお察し。

最悪の選択肢です」


 キアラは満足気にほほ笑む。

 どうやら、答えは一致していたようだ。


「ああ……。

使徒不介入の原則を破っているから、なおさら不信感が湧きますわ。

関係がこじれても困るのですね」


「しかもその原則にこだわるマリー=アンジュさんは、露骨に遠ざけられています。

その状況で、使徒不介入を期待する馬鹿はいないでしょう」


 プリュタニスが興味深そうに、身を乗り出してきた。


「それではアルフレードさまは、どうお考えですか?」


 ただ聞きたいだけではダメだな。

 答えるわけにはいかない。


「まずプリュタニスの見解を聞かせてください」


 プリュタニスは苦笑しつつ頭をかいた。

 キアラの質問には答えたから、同じノリで質問してきたな。

 俺はケースバイケースで、人への対応を変えることは知っているだろう。


「ああ、そうでした。

前はそれで答えてくれていたから、つい聞いてしまいましたよ」


 今や一方面を任せている。

 任せる以上、自分の考えを持ってくれないと困るからな。


「プリュタニスはもう1人前ですから。

まず自分なりの答えを用意してくれないと、ただ私のいうことを、うのみにしますよ」


「そうですね。

実は何を目的にしているのか、ちょっとつかみかねています。

どう考えても、敵側が流したとしか思えないのですが……。

それにしては、整合性がとれない。

なので私の答えは、今のところ保留なんです」


 答えが出なかったから、俺に聞いたといったところか。


「なるほど。

プリュタニスの欠点は、なまじ頭がいいだけに、人の理性に重きを置きすぎることですね。

不合理への理解も深めてくれれば、もっと高みに登れますよ。

私の考えですが……。

可能性なら幾つかあります。

ですが……まず一息いれてから、続きを話しましょうか」


 ゾエは小さくため息をついた。


「はじめてラヴェンナ卿が、部下に指導している光景を目の当たりにしましたけど……。

こうやって皆さんの能力を伸ばすよう、配慮されているのですね。

個人の力量が多くを決める従来の社会とは、明らかに違います。

そして強さの一端が垣間見えますね」


 自分たちで考えろ、と常々言っているからな。

 それでいて、頭ごなしに押しつけるのは矛盾してしまう。

 簡単に言えばそれだけなんだがな。

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