659話 ペナダレン号

 無事祭りも終わったので、オニーシムの工房に向かうことにした。

 今回もミルが俺についてくる。


 工房にはシヴィがいるからだろう。

 友達に会いに行くという理由ではないな。


 シヴィは冗談で言ったんだから、気にすることもないと思うが……。

 疚しいことなどないので、一緒に行くことにした。


 俺たちが工房につくと、別棟の大きな建物に案内される。

 木造だが……結構でかい。

 いつの間に、こんなでかいのを建てたのだ。


 ミルもあきれ顔だ。

 中に入ると、大きな空間が広がっていた。

 これなら、すぐつくれるか。


 そして空間の真ん中に、なんとも形容しがたい物体が鎮座している。

 物体の上で、オニーシムとシヴィがあれこれ相談しているようだ。


 トロッコではない。

 ヘンテコな部品を乗っけた荷車のようなものだ。

 これがトロッコの改良品とは思えない。

 結構でかいなぁ……。


 車輪の外側に歯車がついており、その歯車が大きな歯車とかみ合っている。

 その大きな歯車とかみ合っているのは、小さな歯車。

 その歯車は備え付けられている棒で回転するようだ。

 棒は短い棒と長い棒を組み合わせている。

 なんか複雑でパッとは理解できない。

 この棒を前後に動かせば、歯車が回転して前に進むことは理解できた。

 それが限界だな。

 この仕組みは、転生前であれば理解できたと思う。


 ただ……。

 転生してから、何処どこかで見たことがあるような。

 思い出せそうで思い出せない

 俺が首をひねっていると、ミルが俺の腕をつかんだ。


「アル。

これってなにかな? 何処どこかで見た気がするんだけど……」


「私も同じです。

何処どこでしたっけねぇ……。

ミルもなんとなく覚えているなら巡礼街道でしょう。

私は展示物より、それ以外の出来事が印象深くて……」


 ミルは懐かしそうに目を細めた。


「そうね。

私は展示物に全然っ興味がなくて、安全に旅がしたかっただけだし……」


 俺たちに気がついたオニーシムは、謎の物体から梯子を伝って降りてきた。


「おう、ご領主」


 シヴィは梯子を使わずに、軽やかに物体から飛び降りた。

 奇麗に着地して、笑顔で手をふる。

 工房にいるときは、スカートでなくズボン姿なので一安心だよ。

 スカートだとミルに肘鉄を食らう。


「アルフレードさまにミル。

こんにちは」


 この物体の説明を聞かないと落ち着けないなぁ……。


「おふたりともこんにちは。

これは……なんですか?」


 オニーシムが口ひげをいじりながら、肩をすくめた。


「風圧で動かない動力を考えていたらなぁ。

気がついたらこうなった」


「どんな動力なんですか?」


 オニーシムが紙を差し出した。

 スケッチのようだ。

 部分的に、構造が似ているな。

 注釈には『第4使徒がつくった蒸気機関車。 ペナダレン号』と書かれていた。

 たしかに見た気がする。

 軽く流していたから、記憶になかったわ。

 ミルも思い出したようだ。


 オニーシムはニヤリと俺に笑いかける。


「使徒巡礼で、使徒のつくった乗り物が展示されていたろう。

シヴィがヒントになるんじゃないか……と言ってな」


 シヴィが自慢気にうなずいた。


「使徒のつくったペナダレン号って、空も飛んだらしいけど……。

一応地面も走ったって聞いたんです。

それで地面を走らせるときは、なにか仕組みがあるのかなって思ったんです」


「それである程度形にしていったときに、問題がでてきてな……。

ちょっと来てくれ」


 部屋の隅っこに案内されると、さっきの物体を小さくしたようなものが置いてあった。

 ただ車輪は地面に接しておらず、胴体が台の上にのっている。

 あとは握るようなのだろうか。

 鉄の棒が垂直に立っていた。サンプルか試験機かな。


「これは一体?」


「ああ。

まあ見ていてくれ」


 オニーシムが鉄の棒を握ると、前面の棒が前後に動く。

 そこから歯車に動きが伝わり……。

 連動して車輪が回りはじめる。

 こりゃすごい。


「歯車をここまで、見事にかみ合わせるのって大変じゃないですか?」


 なにか視線を感じた。

 そちらを見ると職員の兎人族が、ドヤ顔で親指を立ててきた。

 ああ……。

 共通化の鬼がいたわ。

 オニーシムはニヤリと笑って、兎人族の職員に親指を立てる。

 俺に向き直ったオニーシムは、生真面目な顔になった。

 まだまだ、大きな問題があるときの顔だ。


「ああ。

巡礼地の展示物をスケッチしたものがあると聞いてな。

フロケ商会に取り寄せてもらった。

外見から構造を推測して、こうすれば動くとわかったぞ」


「これなら大型化しなくても良さそうですが」


「いや。

この仕組みだと、常人の魔力では動かせないのだ」


 仕組みが複雑であるほど、力は大きくなるのか。

 やはり魔力増幅は、大きな課題なのだろうなぁ。


「風のほうが楽なんですねぇ」


「ああ。

単純なだけにな。

それでも荷物を載せては動かせないだろ。

上り坂では致命的だ」


 自走トロッコが趣味の領域をでないのは、重たい荷物を運べないからだ。

 馬車などに及ぶべくもない。

 自走トロッコで坂を登るときの必要魔力は、未解決のテーマだったな。


「たしかにそうですね」


「それでシヴィが、あの石炭を使えばどうかと言い出したのだ」


 シヴィが自慢気に、胸を張った。

 すっかり研究助手だな。


「石炭は燃やすと体内魔力が発生します。

その魔力は、とても強いのですよ」


 オニーシムが頭をかく。


「ただ燃やすとなると、木製ではダメだ。

全部鉄でないといかん。

そうなると重たくなる。

それに負けないように……」


「あの大きさになったわけですね」


「んむー。

まだ最適解を探している最中だがな。

ただ代わりに、馬30頭分の力が出せる。

荷物を運べるわけだ」


 それはとんでもない力だろう。

 馬はデリケートな生き物だけに、細心の注意が必要になる。

 馬の健康を心配しなくて済む運搬が可能になれば、非常に大きなメリットを生み出す。


「それはすごいですね。

早さも結構でるのでは?」


 オニーシムは渋い顔で肩をすくめた。


「残念ながら人の小走り程度だ。

そこは今後の課題で、後々解決できると思う。

それ以外に大きな問題があってなぁ……」


 問題か。

 これって人を余裕でひき殺せそうだな。


「衝突したら人は余裕で死にそうですね……」


 オニーシムははじめて気がついた顔になった。

 どうやら外れか。


「それもある。

もう一つの問題は……。

重すぎて曲がれないのだ」


 それもそうか。

 トロッコですらハンドルさばきには、力が必要になる。


「ああ……。

たしかにそれは悩ましいですね」


「曲がれなくては役に立たん。

それで悩んでいたのだよ」


 話を聞いていたミルが、首をかしげる。


「ねぇ。

飲酒トロッコ……じゃない。

オニーシム」


「なんだ? 植物フレンズ」


「ちょっと! その呼び名は止めなさいって!

それってトロッコのように、向きを変えられないのよね」


「お前から言い出したんだろうに。

ともかくそうだ」


 ミルは不服そうだが……。

 この件については、オニーシムが正しい。

 さすがに、ミルの肩を持てないぞ。


「鉱山でトロッコを使っているじゃない。

あれも車輪が曲がらないのよね。

でも鉱山って真っすぐじゃないわよね」


 オニーシムの目が、カッと開く。

 これは、スイッチが入ったな。


「あああああ! そうか!

あの鉄の棒の上を走らせればいいのか!

自走トロッコの改良にはならないが……。

ついこっちに夢中になってしまった。

トロッコの改良は、部下任せで問題ないからな。

陸路で重たい荷物を運べるから役に立つと思うぞ」


 とんでもない技術革新だな。

 使徒でも役に立つことがあるようだ。


「恐れ入ります。

このまま改良を続けてください。

ウオッカを優先して差し入れできるようにしますよ」


 オニーシムは満面の笑みでうなずいた。


「そいつは助かる。

ご領主以外からヒントがもらえるとはなぁ。

さすがはだ」


 ミルはギョッとした顔で、オニーシムの肩をつかむ。


「ちょ、ちょっとなにそれ!」


「ん? シヴィが言っていたぞ。

植物フレンズはひとりのとき、隣にご領主がいるかのように、ブツブツと会話をするってな。

アレは痛い……と笑っていたな」


 ミルは首まで真っ赤になっていた。

 体はプルプル震えるが、まったく表情がない。

 これは……マジギレだ。

 はじめて見たわ。


「シヴィ! あ……逃げられた!」


 ミルの向いた方向には誰もいなかった。

 いつの間に逃げたんだ。

 逃げ足が速いなぁ……。

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