658話 命の水

 なんのかんので5周年祭が始まった。

 ミルと町を見て回っているが、ミルは誰かに気がついたようだ。


「シヴィ。

生きていたのね」


 ミルに気がついたシヴィ・リトラはあきれ顔だった。


「ミル……。

ホント口が悪くなったわね。

気絶しただけよ!」


 ミルは笑って、手を振った。


「冗談よ。

無事でなによりだわ」


「全然っ冗談に聞こえないのだけど……。

アルフレードさまの影響かしらね」


 たしかにミルは最初会ったときに比べて、随分変わったと思う。

 それについて……どうこう思わない。

 ミルが幸せなのかどうか。

 それだけだな。


「私は別に、人を死んだことにしませんよ。

ともかく体を張った匂い測定……ご苦労さまです。

あれでマトモに、匂いを嗅ぐ人はでてこないでしょう」


 シヴィはガックリと、肩を落とす。

 エルフは超然としている人が多い。

 そのなかでもシヴィは喜怒哀楽が激しいな。


「皮肉にしか聞こえないんですけど……。

あのエルフ殺しって名前は、ちょっと酷くないですか?」


「私がつけたわけじゃないですからね。

リトラさんの名前をつけてもいいですよ。

『シヴィのニシン』なんてどうですか?」


 シヴィはミルのようなジト目になる。


「それ……私がとっても臭いと思われるから嫌です。

それで嫁のもらい手がなくなったら……。

アルフレードさまが責任を取ってくれるんですか?

私はいいですよ。

ミルがそこまでベタ惚れする人に、興味ありますから。

少なくとも結婚してから不幸にならないなんて……。

超魅力的な男性ですよ」


 ミルが唐突に顔を真っ赤にして、シヴィに詰め寄った。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!

あの物騒な名前でいいから!」


 シヴィは冗談とも、本気ともつかない顔で笑った。


「冗談よ。

ミルってホント、アルフレードさまにお熱なのねぇ。

そういえばアルフレードさま。

アレンスキーさんが、新型トロッコの試作機をつくっていますよ。

できあがるまでは言わないつもりでしょうけど……。

行き詰まっているみたいだから、祭りが終わったら顔を出してあげてください」


「風で動くタイプとは違う動力を模索していましたね。

わかりました。

祭りの期間中は大忙しでしょうから、終わったら出向きますよ」


 シヴィはフンスと胸を張った。


「私も協力したすごいやつです。

期待していてください」


 どうなるのか楽しみだ。


「それじゃご褒美を考えないといけませんね」


 シヴィは満足気にうなずいた。


「あ~。

それならウオッカを欲しがると思いますよ。

あの臭いニシンの調理に、ウオッカがよく使われるようになって……。

ウオッカとジャガイモの消費量が、今回の祭りで跳ね上がっています。

お陰でアレンスキーさんが『命の水ウオッカが手に入りにくくなった』ってボヤいていました」


「なるほど。

では準備だけしておきましょう」


 あ……。

 いいこと思いついた。

 気がつくとミルがジト目で、俺を睨んでいた。


「アル……。

今ものすごく楽しそうな顔したわよ。

何をやるつもりなの?」


「いえいえ。

このエルフ殺しを、兄上たちにも食べてもらおうかなぁと。

アリーナさんも新しい食べ物を開発したら……。

ぜひ食べさせてほしいと言っていましたからね。

名案でしょ?」


「私はどうなっても知らないわよ。

そんな清々しいほど楽しそうな顔をしていたら……止めろとはいえないけど。

ほどほどにね?」


 シヴィは小さく苦笑して手を振る。


「お熱くて、背中がかゆくなるわ。

お邪魔虫は退散するとします」


                  ◆◇◆◇◆


 シヴィと別れてから、パトリックに教えられたコーヒー喫茶店に、ミルを連れて行く。

 なかなか連れて行く機会がなかったからだ。

 ミルひとりでなら、幾らでも時間があった。

 俺と一緒に行くことにこだわったので、この日になったのだ。


 ミルは出されたコーヒーに、恐る恐る口をつける。

 一口飲んで、顔をしかめた。


「苦いのね……」


「ミルクを混ぜるといいですよ。

飲みやすくなります。

ヴェスパジアーノ君がお気に入りですから。

妙に大人ぶって飲んでいますよ」


 ミルは微妙な表情をしたが、小さくため息をついた。


「比較対象が子供って……どうかと思うけど。

せっかくアルがお勧めしてくれたんだし、そうしてみるわ」


 俺は店員を呼んで、ミルクをオーダーする。


「砂糖は高いですからね。

ミルクなら高くないのでお勧めですよ」


「アルは入れないのね」


 本来なら付き合うべきなのだが……。


「入れてもいいのですが……。

私はおなかを壊しやすいのですよ」


 ミルは店員がもってきたミルクを入れて、コーヒーに恐る恐る口をつける。

 一口飲んで驚いた顔になった。


「ホントね。

すごい飲みやすいわ。

とっても美味しいわね」


 そこからは、他愛もない話をして過ごした。

 ミルはとっても上機嫌だったので、久しぶりのデートをした甲斐があったかな。

 

 コーヒー喫茶をでたところで、フォルトゥナート・サーラと出くわした。

 ホムンクルスの研究を任せていたな。


「サーラ殿ではありませんか」


 フォルトゥナートは驚いた顔をしている。

 慌てて、俺たちに一礼した。


「アルフレードさま。

ミルヴァさま。

ご無沙汰しております」


「研究はどうですか?

ああ催促しているわけではありませんよ。

純粋に好奇心です」


 フォルトゥナートは待っていました、と言わんばかりの表情になる。


「つい最近までは行き詰まっていました。

ですが地下都市の古文書から、ヒントが得られましたよ。

ただアルフレードさまの認可を得られるか、悩ましいところですが。

よろしければ研究所にお越しいただけないでしょうか」


                  ◆◇◆◇◆


 断る理由がないので、俺たちはその招きを受けることにした。

 研究所はあやしげなものが、いろいろそろっていた。

 かなりヤバイ場所というのがわかる。

 骸骨の標本まである始末だ。

 あとは何かの液体につけられた、手足、内臓まで陳列されている。


 たしか以前、ラヴェンナを襲撃してきた賊の死体から取り出した……と聞いたな。

 市民の墓を掘り起こすわけでないので許可した。

 遺体の引き取り手がいないからな。


 俺のどこか壊れている部分のせいだろうか。

 躊躇する感情をすこしも呼び起こさなかった。

 賊の体が市民のためになるなら、なんら問題はないと納得したのだ。


 ミルは、少し居心地が悪そうにしている。

 さっさと話を聞くとしようか。


「それで私の認可とは?」


「古代人は四肢再建をしていたのです。

着眼点はアルフレードさまのそれと似ておりますが……。

それには別の目的があったのです」


「それは?」


 フォルトゥナートは目を輝かせて、身を乗り出した。

 さすがパトリックの同類だ。


「古代人は出生率が低く、人口も多くなかったのです。

それでも魔物との戦いは多かったようでして……。

戦える者の減少は死活問題でした。

そこである術が編み出されたのです」


「それは?」


 フォルトゥナートは満面の笑みを浮かべる。


「四肢を失ったものの再建術です。

ただの再建ではありません。

魔術的特性をもった四肢になりますよ。

腕を硬くするとか、刃に一時的に変形させるなどです」


 ミルはドン引きしているが、俺は妙に合点が言った。

 ある種の魔物化だな。


「それだけだと……。

その特性を入れなければいいだけでしょう。

つまりそれ以外にも、問題があるのですね」


「その通りです。

まず四肢の再建には、骨が欠かせません。

ただ失われた四肢につけた場合、すぐに取れるなど実用性に欠けます。

これが今までの悩みの種でして……。

失われた四肢に近い骨を魔術的な方法で伸ばす、これが解決方法でした。

そして伸びた骨に、切断部分の組織を元にした手足を肉付けします。

古代人はトカゲなどから着想を得たようですね。

それによって元の四肢のように自由に動かせて、手足の感覚すら完全に取り戻せる。

一見すると、いいことずくめです」


「その術に問題が?」


 フォルトゥナートは渋い顔をして、頭をかく。


「そうですね。

骨をむき出しにする必要があり、まずこれが痛い。

これはまだなんとかなりますが……。

骨そのものを変質させる必要があるのです。

つまりは、ちょっと人から変質してしまうのです」


 なんか嫌な言葉だな。

 人から変質か……。


「変質したデメリットは?」


「本人ではありませんが、その人の子供は流産の確率が高くなります。

四肢すべてを再建すると、ほぼ100パーセントと書かれていました。

流産しなくても、子供は早死にするようですね。

あとは子供にそれをするのは危険です。

若いほど、死亡確率が跳ね上がるようですね。

成人であることが必須。

それと60を過ぎた老人に施しても、体が耐えきれないようです。

成人してから50代までが施術可能な範囲、と書かれていました。

人口について古代人は、かなり注意を払っていたようです。

だからこそ、このような記述も残っていたのでしょう。

ともかく……アルフレードさまの認可がいる話だなと思いました」


 これは、俺の許可が必要だな。

 ただ法令で禁止して済む話ではない。


「そうですね。

失った人からすれば、必ず取り戻したいと思うでしょうし……。

ちなみに義眼とか義耳なんかはどうですか?」


「義耳は四肢の再建と同じですね。

義眼はずっと楽です。

ただ義眼に薬のようなものを、定期的に投与しないとだめです」


 それならずっと、ハードルが低いか。

 オディロンの目を取り戻せるなら、これほどうれしいことはない。


「ちなみに四肢が残っている場合はどうでしょう?

怪我を負ったあと、何故か下半身が動かなくなる。

そんなケースはあるはずですから」


 傷病兵にそんな症状に苦しむ人たちがいる、と報告を受けていた。

 これも可能なら治療したい。


 ラヴェンナでは補償をして、一生面倒を見ることにしている。

 そして彼らを侮辱してはならない、とも定めていた。


 だが自分を社会のお荷物と思い込んで、健全な精神を保つのは難しいと思っている。

 名誉の負傷だと言われても、本人は納得できないだろう。

 それを特権階級のように思い込む人も一定数存在するが……。


 普通であれば、他の人と同じように扱ってほしいと思うだろう。

 これは接する側と接される側にとって、なかなかの難事だ。

 赤の他人であれば、腫れ物のように扱うだろう。

 それはされた側に敏感に伝わってしまう。


 解決が難しい社会の問題だな。

 辺境時代は見捨てられるケースが多かった。

 残酷なようだが、集団が生きるために必要な判断。

 そこまでケアする余裕がないからだ。


 単純な割り切りが慣習だった世界に、俺が違う論理を持ち込んだ。

 だから俺が解決策を考える義務がある。

 さらには解決策や結果に対する非難を受けること。

 これらも当然含まれるだろう。

 俺が非難から逃げてしまっては、結局形骸化して……やらない方がよかったとなっては目も当てられない。


 フォルトゥナートは腕組みをして、厳しい顔になる。


「そちらは解読待ちですけど……。

古代の治癒術で、なんとかできると思います。

昔はかなり人体に精通していたようでしてね……。

教会から禁じられている方法なんかで、調べまくったらしいです。

ただ翻訳が止まっていますからね」


 つまり人体実験か……。

 解剖あたりも平気でやったのだろうなぁ。

 生きている人も解剖したような気がする。

 そこまでやらないと精通できないと思う。

 突然、ミルが俺の腕をつかんだ。


「もしよかったら、エルフたちに翻訳をお願いしてみる?

その手の静かな作業って得意だから」


 ああ、そうか。

 たしかに適任か……。

 フォルトゥナートは期待に満ちた顔になる。


「それは助かります」


 翻訳作業での人手不足。

 ネックとなっていた問題がクリアされる。

 というか、すっかり忘れていたよ。


「それだと外部の人間と違って信用できますからね。

ではミルに、この件をお願いしましょうか」


 ミルは、うれしそうにほほ笑んだ。


「任せて頂戴。

エルフたちは、もっとラヴェンナに協力したがっているからね」


「それは助かります。

ではサーラ殿。

四肢再建については、アーデルヘイトと相談して決めてください。

その結果を、私は受け入れます。

可能性があるならば、どんな副作用があっても取り戻したい。

そう思うのは、当然の願いですからね。

可能な限りその願いは叶えてあげたいのですよ。

それに禁止されても取り戻したがるでしょう。

人の思いは……法令でどうこうできませんからね。

それなら認めて制御可能にするべきでしょう」

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