18章 違う、そうじゃない

657話 エルフ殺し

 5周年祭が迫りつつあるが、俺にはやるべきことが山積みである。

 まずクリスティアス・リカイオスの謀臣団の情報が届いた。

 モデストが、使節になっただけで右往左往する連中。

 それだけでは報告の価値が下がると思ったのか、将軍についても調べてくれた。

 リカイオス陣営の将軍で、トップはフォブス・ペルサキス。

 次はクリスティアス・リカイオスその人。

 やや格は落ちるが、あと2~3人いるようだ。


 いずれも、野戦は得意だが攻城戦は不得手。

 攻城戦だけなら損害無視のリカイオス卿がトップか。


 もし攻めてくるなら、その2~3人のどれかからだろうな。

 だが攻城戦は、短期決戦にならない。


 ヤンの直感に信を置けば、リカイオス卿の短気が響いているのかもしれない。

 現時点で攻城戦が下手と決めつけるのは危険だろう。


 やることは、次から次へとやってくる。


 ヴァイロン・デュカキスが再度、ラヴェンナにやって来た。

 王家との調印は、さすがにムリだった。

 商会との調印で今は満足せねばならない。

 かわりにリカイオス卿への対応は満額回答だった。

 ここはよしとしよう。


 ただディミトゥラ王女が『キアラと文通したい』と言い出したのには、目が点になった。

 侍従が申し出てきたのであれば、国王は承諾しているのだろう。

 探りを入れてみても、暗に断ってほしい……といった様子は見られなかった。

 文通する理由は、飼い猫の名前が同じこと。

 どうにも引っかかる。

 そしてクレシダにキアラの転生が知られたろうな。

 エテルニタの名前は、前世との因縁と知ってから伏せていたが……。

 時既に遅しだ。


 警備を少し強化すべきだろうか。

 と思ったのだがジュールはついこの前結婚したばかり。

 1週間ほど、俺が強制的に休暇をとらせていたのだった。

 休暇後に警備態勢の見直しを進めよう。 

 

 経済圏も動きだしたが、麻薬による治安の悪化が影をさす。

 安全保障のコストは、物価に上乗せされるからだ。


 さらにヴァード・リーグレの再建作業の足を引っ張っている。

 各領から人を集め、防衛体制を強化中。

 ところが応援できた騎士たちは、本領での変事あらば、そちらに出向く必要がある。


 ラヴェンナ兵の増派を考えたが、各領主たちの回答は消極的だった。

 ラヴェンナからの派兵があると、自分たちが埋没してしまうからだ。

 やむを得ず派兵は思いとどまったが、リカイオス卿が行動を起こすならここなのだ。

 いくら政治的に動けないよう周囲を固めたとしても……。

 決めるのはリカイオス卿なのだ。

 いささか悶々もんもんとしたまま、この件は注視するにとどまっている。


 経済圏では、ラヴェンナ通貨が使用可能。

 ラヴェンナ通貨の発行数を増やしてほしい、と要望があった。

 増やせば経済の活性化につながる。

 それは承知している。

 それでも却下する理由があった。


 現時点での鋳造数は限っている。

 それはラヴェンナ貯蔵の金貨の総額までだ。

 森林伐採のペースを心配したこともあるが、最悪の事態で金に交換できないと、信用貨幣として成り立たない。

 一斉に金貨に両替する動きがでると危険になる。

 仮にできないとなれば、一気に貨幣への信用が落ちてしまう。


 これはクレシダに、攻撃の機会を与えるようなものだからな。

 慎重すぎるかもしれないが、現時点で露骨な隙を見せる気になれない。

 

 そしてアラン王国の上流階級から、ソフィアに助けを求める手紙が届いている。

 当然検閲されているので、暗号としてだが……。

 求められても、直接介入などできない。

 かなり荒れていることだけは、よくわかるな。


 表向きはなんとか平穏のようだ。

 特殊な肥料のおかげで、アラン王国は空前の大豊作。

 ところが国中喜びで満ちたのは一瞬だけ。


 民の取り分は、割合でなく固定にされた。

 今まで100とれるから、50の税を納める。

 つまり5割の税率だったとする。

 今回は200とれるから、本来は100納めるはず。

 ところが納める額は150になる。

 そのあたりの姑息こそくさがロマン一味らしい、といえばらしいのだが……。


 肥料代とロマンのコンサート資金と称したらしい。

 次からは割合にすると。

 だがそれを信じる者は、誰ひとりいない。

 絶対に、別の理由をひねり出すのは明白なのだ。


 かくしてロマンだけが満ち足りた。

 だが作物を、ボッタクリ価格で売ろうとして総スカンされる。

 誰が相場の3倍で買うのだろうと。

 慌てて2倍に下げて、お得感を出そうとしたらしい。

 当然ガン無視されたまま。

 

 どうもロマン政権は、やるべきことをやらずに放置するらしい。

 自分たちがやりたいこと最優先。


 自分たちがやりたいことは、ささいなことでも我慢しない。

 民のために必要な施策は基本放置。

 あとでちょこっとだけ……やるべきことをやる。

 サクラがそれを善政と騒ぎ立てるようだ。


 情報操作にしては幼稚すぎる。

 かえって姑息こそくさが目立って、話の通じない連中だと自己宣伝をしているのだが……。

 気がつくことはない。

 彼らの鏡は実像を映さない。ただの醜い絵画だからだ。

 ここも、じきに荒れだすな。

 クレシダが揺さぶるならそこだろう。


 ユートピアも機能不全のようだ。

 隔離政策だけしかやっていない。

 状況が悪化し続けたときどうなるか。

 カールラ次第だろう。

 どこまで思い切った手を打てるかだな。

 

 それとは別件の報告も送られてきた。

 ランゴバルド王国について、警察大臣ジャン=ポール・モローからの報告。

 ネズミが急に増えていると。


 そして教会内でもロマン体制に見切りをつけて、分派として独立する動きが見られるともあった。

 世界主義からの情報なのだろうな。

 今のところ世界主義側に勝ち目がないと思っているから、ジャン=ポールはこちらに従っているが……。

 頭の痛い話だらけだ。


 ラヴェンナでは探偵業務も動きはじめた。

 なんというか……。

 割と目立つのが浮気調査にペット探しと、ほほ笑ましい内容だ。

 たしかにこれは警察に頼めない。

 代表者に頼むのも問題があるな。


                   ◆◇◆◇◆

 

 そんな俺の悩みと裏腹に、ニシン漁での副産物が生まれた。

 塩の消費が激しいので、なんとか塩を減らせないかと考えたそうだ。

 かくして樽の中で薄い塩水に漬ける保存方法を編み出したらしい。


 魔法でチェックしたところ腐敗していない。

 だから食べるには問題ないとのこと。

 だが……。

 とんでもなく臭いらしい。


 とあるエルフ女性は好奇心に負けて、その匂いをモロに嗅いで気絶したらしい。

 そのおかげか発酵ニシンの呼び名が、と決まったようだ。


 物騒な名前に似合わず美味しいらしい。

 匂いと塩辛ささえ……なんとかできれば。


 この話を聞いたミルは、遠い目をしていた。

 そのエルフは、ひとりしか心当たりがなかったのだろう。


 これが5周年祭で、試験的に売り出されるときたもんだ。

 俺は食わないからな。


 加えて王都のラヴェンナ領主邸の基礎工事が終わったと、報告があった。

 あと1年以内には完成させたいとのこと。


 それに合わせて、ラヴェンナでの新居も基礎工事が終わったらしい。

 王都と違って、人員や資材の取り合いもないからな。

 工事速度は結構早い。

 これは半年以内の完成を企図していると報告を受けている。

 大きな工事は、今のところ港の拡張と新居くらいだ。


 図面での説明は受けていて、ミルたちはやたら盛り上がっていた。

 俺としては自分の部屋があればいい。

 その程度だった。


 いろいろ詰め込んでいて……。

 あきれんばかりだった。

 これはこれで、皆が楽しみにしているならいいか。


 俺が、迷子にならなければいいさ。


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