650話 爽やか系肥満体

 シケリア王国に派遣していた職員が、全員戻ってきた。

 それを見届けたペイディアス・カラヤンは、俺に挨拶をしてから帰国の途に就く。

 彼には無事でいてほしいものだ。

 祈ることしかできないが……。


 皆もなにかが変わった、と感じたらしい。

 不安に思う人たちもいるだろう。

 幸い情報公開を徹底しているので、デマが広まってパニックは起こらない。

 ただ人が急激に増えたことによって、トラブルが増えていた。

 耳目でもなかなか捉え切れておらず、調査を進めている。

 この不安と共鳴して、変な騒動に発展しなければいいのだが……。


 そこばかり心配する暇もなく、以前投げた質問の回答が、相次いで届いた。

 アイオーンの子について、モローからの回答は『聞いたこともありません』だ。

 まあ知っていたら敵視する組織だからな。


 石版の民からの返事は興味深かった。

 『書面では語ることがはばかられます』だった。

 例外ながらベンジャミンが、ラヴェンナを訪問して直接説明をしたい、と記されている。


 彼らにとってのろわれた地なのに……いいのかとも思ったが。

 来るといったのであれば、なにかあるのだろう。


 もうひとつの宿題であるゼウクシス・ガヴラスへの返答。

 これは送ることを見合わせた。

 クリスティアス・リカイオスの諜報能力を軽視する気はない。

 むしろ戦争を仕掛けようと、こちらを徹底的に観察しているはずだ。

 代わりに噂という形で返答とする。

 彼なら気がつくだろう。

 

 ところがシケリア王国は、まだ俺に絡んでくる。

 

 ある人物からの使者が、俺に面会を求めてきたのだ。

 最初は信じられずに、思わず聞き返した。

 だが返事は同じ。


「シケリア国王ヘラニコスの使者って……。

正気ですかね。

紋章などの確認は?」


 この話を取り次いだキアラも困惑顔だ。


「プランケットさん、ライサさん、シャロン卿に確認しました。

全員が本物だ、と回答されましたわ。

公式ではなく、国王の私的な文章を送るときの刻印だそうです」


 キアラも本物だと信じられずに、3人に確認をとったわけだ。

 本来ならベルナルドにも確認したかったろう。

 ベルナルドはヴァード・リーグレの再建で出払っているからな。


 ここにきて予想外のプレーヤー登場だよ。


「ともかく会いましょう」


 俺とミル、キアラで会うことになる。

 本来なら、ライサにも同席してほしかったが……。

 相手の身分が高い場合、非礼に当たる。

 国王の使いが、平民のハズはないからな。


 応接室に入ると、小太りで愛想の良さそうな中年男性が起立した。

 身なりはとてもよい。

 光る坊主頭が印象的。

 言葉にできない、爽やかな印象がある。

 爽やか系肥満体。

 無理に表現するとこうなるか。


 着席を促して、まず俺たちが挨拶をした。

 中年男性は俺たちの自己紹介が終わると、丁寧に一礼した。


「このたびは突然の訪問に関わらず、お目通りをお許しいただき……。

感謝の念に堪えません。

小生は陛下の侍従を拝命しているヴァイロン・デュカキスと申します。

以後お見知りおきを」


 国王の侍従ともなれば……。

 多分貴族だな。


「デュカキス卿。

シケリア国王陛下ともあろうお方が……。

ランゴバルド王国の1貴族にすぎない私に、書状を出すものですか?

あまりに格が違いすぎると思われます。

シケリア王国内で問題になるのではありませんか?」


 ヴァイロンは、ゆったりとした動作でうなずく。


「ラヴェンナ卿の疑問はもっともなことです。

陛下の深いお考え故のこと、曲げてご納得いただければと思う次第。

シケリア王国の問題は、こちらで対処いたします。

ご安心いただきたく。

またランゴバルド国王陛下に、今回のことを説明されるそうです。

ラヴェンナ卿の立場を悪くすることは、陛下の本意ではありませぬ」


 対応はそちらがすべてやる、と言っているのか。


「承知しました。

まずは書状を拝見しても?」


 手渡された書状の封を解く。

 書状に目を通して、ミルに手渡す。


此度こたびの婚約が滞ったことへの陳謝など恐れ多いことです。

シケリア国王陛下のお考えのとおりで、私が第5拠点の襲撃に関与したなど、根も葉もない噂です。

いずれ誤解も解けましょう」


 まずシルヴァーナとフォブス・ペルサキスとの婚約が止まったこと。

 それについての陳謝が述べられていた。

 そして俺が関与したなどの噂は事実無根だ、と思っていることも書かれている。

 ただ国王が他国の貴族に、こんな文章を送るのは普通有り得ない。

 だが……それを口にしても、意味はないだろう。

 もう送ってきた事実が存在する以上はな。


 ヴァイロンは、目を細めてうなずく。

 愛想がいいというべきか。

 そのような演技にけているのか。

 判断はできない。


「そうおっしゃっていただければ、陛下もご安心されるでしょう。

誠にラヴェンナ卿の、寛大なお心には感謝するばかりです」


 次の文章が問題だ。

 本題とも思える内容だったからだ。


「それとリカイオス卿との交易は停止しましたが……。

このオムロウ商会との交易を、新たにはじめてほしいとは?」


 ヴァイロンは生真面目な表情になったが、愛想のいい雰囲気は変わらない。

 なんとも捉えどころのない人だな。


「ラヴェンナとの交易で、我が国の食は安定しております。

ある有力者の意見だけで、その安定が揺らぐことを陛下は望んでおられません。

その有力者は『アラン王国との交易ルートが新たに作れる。問題はない』とおっしゃりましたが……。

その話は、一向に進まないままです」


 ぼかす必要もないのにぼかすとは。

 保身とは違うな。

 名指しで問題が起こることを避けたのだろう。

 仮にリカイオス卿と名指しすれば、俺に武器を与えると思ったのかもしれないが。

 これを追求しても、たいした成果は得られない。

 ひとつ乗せられておくか。


「アラン王国は内戦状態ですしね。

食糧を輸出したくてもできないでしょう」


「だからと……。

国として正式にラヴェンナと交易を再開しては、とある有力者の面子が丸つぶれになります。

そこで民間の商会が交易を肩代わりするのであれば、そのお方の面子は然程傷つかない。

そう陛下はお考えです。

民間と言っても、オムロウ商会は600年の歴史を誇る王家御用達の商会です。

ラヴェンナ卿の格を侮辱することにはならないかと」


 リカイオス卿が交易を停止したが、公式に始まっては面子丸つぶれだな。

 成り上がりの貴族だけに、面子には人一倍こだわるだろう。

 その理屈はわかる。

 だが……。


「それなら……。

わざわざシケリア国王陛下の書状でなくとも、他の貴族が仲介すればよろしいかと思いますが」


 ヴァイロンは重々しくうなずくが、どこかコミカルな印象を受ける。

 こんな状況の使者としては、ある意味うってつけなのだろうか。

 毒気を抜かれることは、間違いない。


「本来であれば、ミツォタキス卿こそ適任なのですが……。

病らしく、にあれ以降、姿を見せないのです。

他にラヴェンナ卿に、お話を聞いていただける人物がいなかったのです」


 なるほど。

 リカイオス卿の決定を、有耶無耶うやむやにするのは国王でないとムリか。


 アントニスははたして死んだフリをして、国王に助言したのか。

 もしくは国王からアントニスに下問したのか……。

 後者だろうな。


 前者では国王に、その気がなければ、アントニスは、致命傷を負う。

 死んだフリでやり過ごすのに、死体が動いてはとどめを刺されるだけだ。

 仮にその場でうなずいても……。

 リカイオス卿と衝突した国王が、日和ひよってしまえば簡単に切り捨てられる。

 

 国王から聞かれたのであれば『聞かれたから答えた』と言って逃げられるだろう。

 どちらにしても、一度絶たれたシケリア王国へのパイプが持てるのは、こちらにとっても有益だ。


「わかりました。

シケリア国王陛下の申し出を断るなど、非礼の極みです。

喜んでお受けしましょう」


 ヴァイロンは、莞爾かんじとしてほほ笑む。


「誠に感謝いたします。

それと婚約についても破談ではなく……。

保留とされていること。

ラヴェンナ卿の真意は、陛下もよくご存じであります。

陛下も同じ思いであると、お考えいただければと」


 正式に破談ではないから、いつでも復活させられる。

 そういうことだな。

 しかし意外だった。

 国王がここまで、積極的に動くとは。

 熱に浮かされたリカイオス卿に、不安があるのだろうか。


「ふと疑問なのですが……。

今リカイオス卿はどうなさっているのですか?」


 ヴァイロンは、少し含みのある笑みを浮かべた。


「私は陛下のおそばはべっております。

なので子細は存じ上げません。

ただ……。

大変とだけは、風の便りで聞いております」


 この御仁、なかなかの食わせものだな。

 油断しているといいようにやられそうだ。

 気をつけなくてはな。

 敵ではないが、味方でもない。

 

 ヴァイロンは、シケリア王国の利益を最優先に考えて動くだろう。


                  ◆◇◆◇◆


 面会を終えて執務室に戻った。

 商務大臣にオムロウ商会が訪ねてきたら、条件をすりあわせるようにと指示を出す。


 ミルが俺の隣に、わざわざ椅子を持ってきて座った。

 オフェリーの眉がピクっと動いたが、大人しく仕事をしてくれている。


「ちょっと驚いたわ。

国王ってお飾りだと思っていたけど……」


 今までの認識ではそうだな。


「お飾りなのはたしかでしょう。

ただ人形ではなく生きているわけです。

リカイオス卿は仰天するでしょうね。

まさか国王が、自分の言葉を喋るなどと、思いもよらなかったでしょう」


 ミルがしきりに、首をひねっている。


「えっ? ちょっと、意味がわからないのだけど」


「お飾りというのは、腹話術の人形だと思われがちです。

誰かが喋らせることはあっても、人形自体が喋るわけではない。

ところが突然人形が自分の意思で喋った。

そんな感じですよ」


 一緒に、執務室に戻ってきたキアラまで、椅子を持ってくる。


「お兄さま。

リカイオス卿は国王の動きを止めるでしょうか?」


 オフェリーの羨ましそうな視線は、敢えて気がつかないフリをしよう。

 よりにもよって、今夜はオフェリーの部屋で寝る日だよ……。

 寝られるのかな……俺。


「そんなことより開戦して、全員を巻き込む方が手っ取り早いでしょうね。

もしリカイオス卿が、国王を直接黙らせると、さらに周囲の反発が増します。

リカイオス卿が国内第一人者となること。

このことなら、実力として周囲も受け入れました。

ところが、成り上がりに国王を従わせることまでは受け入れないでしょう。

これを許せば行き着く先は、王位簒奪さんだつです。

そこまでリカイオス卿は、実績を積んでいませんから」


 キアラは皮肉な笑みを浮かべる。


「むしろ戦争に前のめりで、周囲の評判を下げていますわ。

どうやらアラン王国と密約を結んだからこそ、こちらとの交易を打ち切ったようですわね。

その頼りにするはずのアラン王国は、ロマンが怪文書をばら撒いて、見事に内乱一直線。

哀れリカイオス卿は、ハシゴを外されたわけですね」


「リカイオス卿を責めるのは酷でしょう。

ロマン王があんな怪文書を、いきなりばら撒くなんて誰が予想できるんですか?

私も想像だにしていませんでしたよ」


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