649話 魔王は健在

 アラン王国で始まった内戦の情報が流れてきた。

 なんのことはない。

 ロマンが大々的に宣伝したからだ。

 しかも情報統制ができていないので、戦勝以外の情報も入ってくる。

 むしろ戦勝の情報がワンパターンなので、数だけ流しても他の情報を埋め尽くせない。


 そのあたりは、トマがやっているはず。

 知恵も想像力もないが、保身に関しては小動物のように敏感だ。

 そこにも、なにか動機が隠れていそうだな。

 内心でロマンに見切りをつけて、保身に入った可能性も高い。


 流れてきた情報を精査して、今後の対応を決めるべきだろう。

 アラン王国と教会への対応なので、キアラ、オフェリー、プリュタニスの4人で話を進めようと思った。

 だがちょっと気になる情報もある。

 カルメンとモデスト、ライサも交えて話をすべきだろうな。


 応接室では手狭になるので、いつも閣議をしている会議場に集まることになった。

 夜型のライサには悪いが、アイオーンの子がからんでいると考えたからだ。


 かくして全員がそろった。

 ライサは眠そうな顔だが、特段文句をいうわけでもない。

 長引かせるのは悪いな。

 無駄話などカットして本題に入ろう。


「アラン王国から気になる話が、色々と集まりました。

対策を協議したいので、皆さんを呼んだわけです」


 ライサが欠伸をしながら、首をポキポキと鳴らす。


「私を呼んだってことは、アイオーンの子の影を感じたってことだね」


「ええ」


 ライサは伸びをして、欠伸をかみ殺す。


「私は構わないけどさ。

いいのかい?

いわば……これは作戦会議だろう。

ラヴェンナの機密だと思うよ。

シャロ坊とカルメンはわかるけどさ。

私に聞かせるのは危ないと思うけどね」


 まあ、当然の疑問だよな。

 移住して間もなく……ましてや市民ですらない。

 いきなりそんな人物を呼んで作戦会議など、普通有り得ない。

 そのあたりプリュタニスも同感らしい。

 呼んだ理由を説明しておく必要があるな。


「アイオーンの子に詳しいのはライサさんです。

それにキアラから、強く推薦されましたし。

私も疑ってかかる必要はないと思いました。

そもそも口が軽ければ、とっくにシケリア王国で死んでいたでしょう」


 キアラはニッコリほほ笑む。

 あの話を聞いて以来、キアラとカルメンは暇を見つけてはライサと会っている。

 なにか思うところがあるのだろう。


「ライサさんは信用に足ると思っていますもの。

しかもアイオーンの子の手口に、一番詳しいでしょう。

ぜひお呼びしたほうがいいかと」


 ライサはキアラとカルメンを見て、肩をすくめる。


「ふーん。

そう言われて断るのも、失礼な話だね

わかった。

参加させてもらうよ」


 プリュタニスは苦笑しつつ納得したようだ。


「アルフレードさまが決めたのであれば、私からいうことはありません。

少なくとも人を見る目は、私などよりずっとありますから」


 そう無条件に信頼されても困るのだが……。

 プリュタニス自身、俺に抜擢されたこともある。

 あとは賢者サマで半泣きになっていたな。

 あれがトラウマなのかもしれないが……。

 あっさり納得したのは、取りあえず常識的な疑問を呈しただけか。


 出席者の問題は、これでいいだろう。


 そこでまず、アラン王国ではじまった内戦のことを話した。

 兵士が不可解な動きをして勝利したこと。

 そのあと、兵士が使い物にならなくなった。

 最後に、不思議な肥料がでまわっているという話だ。


「まず初戦で、ロマン王が勝ったことは事実でしょう。

宣伝として『自分の威光で兵士が鬼神の如き活躍をして、敵をほふった』と言っていますが……。

ロマン王以外、信じる人などいないでしょう。

使徒が兵士を、意のままに操ったと思います。

副作用として兵士が使い物にならなくなった。

だから、追撃ができなかったのではないでしょうか?」


 オフェリーが困惑顔で挙手する。


「アルさま。

あの人が、非介入の原則を破ったとお思いですか?

マリーは反対すると思いますが……」


 オフェリーは使徒のルールに関して、一番詳しい。

 だが、その疑問は……既に無意味なものになっている。


「でしょうね。

ですがロマン王の護衛をした時点で、その原則を守る気などなかったでしょう。

つまりはアクイタニア嬢の影響力が強いと思います。

そうなってくると、マリー=アンジュさんは孤立している可能性が大きいでしょうね。

だからこそ、不介入の原則を無視しているのでしょう」


 オフェリーは、目に見えて不安そうな顔になる。

 なんのかんので、妹のことを気にかけているからな。


「どうしたらいいでしょうか……?」


 酷な見解だが……。

 いくらオフェリーが心配してもどうにもならない。

 こちらからできることは、ほぼないのだ。

 だが、オフェリーの心配を一蹴する気にもなれない。


「こんなときマリー=アンジュさんは、どうすると思いますか?」


「私経由でアルさまに相談したいと思います」


 手紙のやりとりからも明白だな。

 だがそれは難しい。

 カールラの監視が強くなるからだ。


「でもできないでしょうね。

なにかのルートで話ができれば、もう少し考えられますが……」


 オフェリーは、力強くうなずいた。


「あの人に悟られない方法を考えてみます」


「そうですね。

それよりアクイタニア嬢のほうに、注意を払うべきでしょう。

彼らの手が及ばないルートを考えてみてください」


 教会の内部であれば、使徒とカールラの手は及ばない。

 だが危険もある。

 世界主義がかなり侵食しているからだ。


「はい。

頑張って考えてみます」


 オフェリーの件は、これでいいだろう。


「ここからが問題です。

我々が使徒米の噂を流してから、それに呼応するようなことが起こっている。

不思議な肥料がでまわっているそうです。

収穫量が倍になり、収穫までの時間も大幅に減る。

そして収穫物は、使徒米と違って従来のものと変わらない。

あくまで宣伝文句ですが……。

そんな魔法のような肥料など聞いたことがありません」


 カルメンが少し考え込む。

 元々、薬学や毒物に精通している。

 加えて、錬金術にも関わりはじめた。

 その見識はとても頼りになる。


「そうですね。

そんなものがあったら、とっくに広まっていますよ。

ですが……実際に効果はあるのでしょう。

そうでなければ、いくらロマンでも使わないと思います。

実際の効果などは、入手してみないとわかりませんね」


 実に率直かつ常識的な見解だな。

 これを基点にして話を進めよう。


「さらに広まった場所が怪しいのです」


 プリュタニスがはっと気がついた顔になる。


「たしかアラン王国は、チェルノーゼムが多い。

そんなことをする必要はなかったですね。

これが農地の少ないシケリア王国だったら、まだ理解できますけど」


 このような研究は、必要があるところでなされる。

 趣味ではやれない。

 それに技術革新などは、教会が嫌う。

 加えてアラン王国では、文化芸術にのみ力を注ぐ。

 教会から睨まれるリスクを抱えて、農業など軽視されるからリターンは小さい。

 費用と時間のかかる研究はできないだろう。


「そのとおりです。

出どころはシケリア王国でしょう。

そこで問題です。

そんなものを開発したのは誰なのか? 誰が必要にかられて?

そもそも漁業で、食は満たせていました。

不足したのは内乱になってからです。

内乱になってから研究をはじめたとして……。

そんなすぐに完成しますかね」


 カルメンが首を振った。


「絶対にムリです。

研究にはかなりの時間がかかります。

それこそ10年単位で」


 だよな。

 作物が育つサイクルを考えると、毎日試せるものではないからだ。

 ライサは納得顔でうなずく。


「なるほど。

それで私を呼んだわけか。

合点がいったよ。

たしかに連中なら研究してそうだ。

生きていくためと、金が欲しいなら食糧を売るのが確実だからね。

ただ……そんなもの本当に実現するのかい?

できるなら連中の先祖が、とっくに実現していると思うけどね。

1000年以上前からやっているなら、できるだろ?」


 ライサのその言葉が欲しかった。

 そしてひとつの考えに思い至る。


「私もそう思います。

ただ……。

ならもっていませんか?」


 俺以外が、全員息をのんだ。

 キアラの視線が鋭くなる。


「お兄さま。

まさか……それを、ばら撒いたとでも?」


 ここで、もうひとつの計算要素。

 クレシダがでてくる。

 世界の破滅とは物騒ながらメルヘンチック。

 そんなメルヘンを実現するために、徹底的かつ現実主義的な対応を貫いている。

 皮肉な意味で、行動が信頼できる。


「普通なら有り得ない話です。

ですがクレシダ嬢という世界の破滅を願う人物がいます。

ただ戦争だけで、世界を壊せると思うほど楽観的でしょうかね。

そんな甘い期待で満足する人だと思えません。

徹底して破壊する方法を考えるでしょう」


「ではその失敗作って……。

副作用が大きすぎて、使い物にならないパターンですの?

使徒米の話を考えると、その場しのぎはできるけど、その代償を払わされますよね」


 それは、この世界の原理原則だと思っている。

 やるだけプラスなど存在しない。

 元ある形をゆがめれば、必ずしわ寄せが来る。

 そもそも可能なら、穀物自体がそのような形で成長していると思う。

 この世界は、とくに変化が激しいのだ。

 イノシシの繁殖スピードにしてもそう。

 種の保存のために、大量かつ短期間に成長するのは必然だ。

 今の形が、限界に近いと思っている。

 環境が変わればまた違うが……。


「それが妥当だと思いませんか?

どこかにつけが回ります。

使徒米であれば……食べた人。

肥料はどうか。

土地ではありませんか?」


 カルメンが興奮気味にうなずく。

 理論的に辻褄が合ったのかな。


「もしかしてチェルノーゼムだから……。

普通の土地より、効果が大きくでるかもしれません。

その分副作用も激しいでしょう。

一度収穫すると、次から収穫できないかもしれません。

土地の自己回復を超える分の栄養を吸い上げるからこそ、短期間で大量の収穫が得られると」


「私はそう思っています。

普通ならこんなものは、段階的に確認して問題なければ広めるでしょう。

ところが……」


 モデストが珍しく、苦笑を漏らした。

 目は笑っていないが……。


「ロマン王は自分が見たい現実こそすべて。

そんな御仁でしたな。

思わぬ幸運と考えて、肥料があるだけ使うでしょうね。

つまり被害を受けないのは勢力圏外のみ。

優しい世界とやらは、飢餓の世界と化すわけですな」


 ライサは頭をかきながら、眉をひそめた。


「シャロ坊はアラン王国に行ったことがあったね。

ロマンの勢力圏には、どれだけ農地があるんだい?」


「ロマン王の勢力圏は、都市圏と王家直轄の穀倉地帯です。

その穀倉地帯が壊滅すると、国全体で5割以上の食が不足します」


 不幸中の幸い。

 他の後継者の領地には、ロマンがばら撒く肥料は使われない。

 ただそれによって巻き起こされる惨劇がなぁ……。


「結果として生きるために……。

食糧のあるところから奪おうとするでしょうね。

クレシダ嬢の狙いはそれだと思います。

本能の赴くまま、腹を満たすしか生きる道はありません」


 オフェリーはため息をついて、首を振った。


「そうなると、いわく付きの使徒米でも、口にせざる得ないでしょうね。

農地の開墾だけで手一杯になって……。

あの人は動けなくなるのでしょうか」


 次は、ロマンと密接に関係する使徒ユウの話がでてくるな。

 ここまでくると、カールラの意思は関係ない。

 まず、使徒ユウの現状を確認しよう。


「そこでひとつ……。

あの戦いの大勢が決したあと、追撃をせずに使徒は帰ってしまいました。

そんなことしますかね」


 オフェリーは即座に首を振った。


「あの人がやめるとは思いません。

敵を全滅させるまでやめないと思います」


 キアラは静かに、冷笑を浮かべる。

 当然いい感情などもっていないからな。


「子供は遊んでいる途中でやめたりはしないでしょうね。

飽きれば話は別だと思いますけど。

敵を全滅させるのは、クライマックスですもの。

やめる理由などありませんわ」


 逃げ散った敵の追撃であれば、興味を失うだろう。

 そこに至る前にやめている。

 カールラも絶対隣にいたはずだ。

 それならばロマンの力を盤石にするために、敵を皆殺しにするまでやらせるだろう。

 そうでなくては、主目的の復讐ふくしゅうにたどり着けないのだ。


「アクイタニア嬢も一緒ならなおさらでしょう。

つまり……できないほどの変化が起こったのでは?

その後もユートピアに引きこもって、なにもしなくなったようですから。

兵士たちを殺した自責の念とは考えられません」


 ここからは、根拠のない想像の世界に入ってしまう。

 俺は女神ラヴェンナから聞いている。


 ただ、女神ラヴェンナの情報をそのまま話せない。

 俺は預言者やシャーマンでない。

 皆に披露するには論理という服を着せる必要がある。


 キアラは俺に探るような視線を向けてきた。


「さっぱりわかりません。

お兄さまは、どのようにお考えですか?」


「力の減少を自覚したと思います。

今まで自分を守ってきた足場が崩れた、というべきでしょうか。

だからおびえて引きこもっていると思います。

そんな状態で開墾作業をしますかね?」


 オフェリーは驚いた顔をしているが、すぐ納得したようにうなずいた。

 使徒ユウの性格と行動から、俺の見解が正解に近いと考えたようだ。


 誰か俺の問いに答える人がいるかと思ったら……。

 意外にもプリュタニスが、皮肉な笑いを浮かべた。


「したくないでしょうね。

使徒は大きなジレンマに陥ると思います。

力の減少を決して悟られたくない。

でも開墾を頼まれたら、決して断れないでしょう」


 キアラは難しい顔で頭を振った。


「現状がものすごく混沌こんとんとしていることは……わかりましたわ。

今までの話は状況の整理ですわね。

なにも決めていませんもの。

これにも意味があるのですよね?」


「状況を整理しておけば、これからの行動を間違わないでしょう。

各人が考えて任務を遂行するための指針ですよ。

今回の指示は、大まかにしかできませんから。

やるべき事は一つです。

教会から存在を否定された、救済派とアイオーンの子。

彼らがまだ生きていて、今回の騒乱を巻き起こしたという噂を流したい。

どこも機能不全に陥った今だからこそ、打てる手です。

せっかくのお祭りですからね。

クレシダ嬢にも参加してもらうのが筋というものでしょう」


 ライサは苦笑して、頭をかいた。


「なるほど。

過去のコネを使って、裏社会に噂を流すのは私の役目か」


 モデストは静かにほほ笑む。


「となると私はランゴバルド王国内で、噂を操作する必要がありますな」


 キアラがニッコリと笑う。


「ではシャロン卿のお手伝いを、耳目が担当しますわ」


 プリュタニスは、力強くうなずく。


「アラン王国に流すポイントを考えるのは私ですね」


 オフェリーだけは首をかしげていた。


「アルさま。

教会にはどうしましょうか」


 教会に対してどうするか考えていたか。


「流す必要はありません。

ただ何者かの意思が動いているのでは……と示唆してもいいでしょう」


 認めていないものを匂わせても、確実に拒否される。

 だから想像力の翼を羽ばたかせてもらおう。


「たしかに、既に滅んだことにしている人たちの話をしてもムダですね……。

あっ! 世界主義もドサクサまぎれに引きずり出す算段ですね!」


 教会は外部からの噂に反応するはずだ。

 世界主義とアイオーンの子は、協力関係にあると思えない。

 お互いの存在を知れば、食い合いをはじめるだろう。

 うまく行けば……だが。


「あくまで……ついでですよ。

少なくとも状況が悲惨になれば、犯人捜しが行われます。

それだけで彼らの行動は、かなり阻害されるでしょう。

我々のような表の存在が、裏の存在と戦うとき、こちら側に引きずり出すのが1番ですから」


 キアラは何故か、メモをとる姿勢になる。

 前と違って、今の俺にはバックボーンがない。

 だから俺の考えが正しいかなんて、俺が1番疑っている。


「お兄さま。

ひとつ疑問があります。

この噂を広めるのは、肥料の副作用が判明してからのほうが、効果は大きくありませんか?」


「いいえ。

そのときは、目先のことに必死になりすぎて、噂を聞く余裕がなくなります。

以前耳にしたことを思い出すと……。

人ってそれを信じ込むでしょう?」


 キアラは、目を輝かせてペンを走らせる。


「やっぱり、お兄さま学は奥が深いですわ。

魔王は健在といったところですわね。

つまり今は、仕込みの段階なのですね」


 健在というか、そもそも魔王じゃないからさ。

 ただの領主だよ。


「ええ。

そのとおりです」


 プリュタニスが珍しく、照れ笑いを浮かべる。


「アルフレードさまが、仕込みの段階から意図を明かし、相談してくれるのはうれしいですね。

以前なら意図を隠されていましたから。

我々の成長を認めてくれた、といったところでしょうか?」


「そんなところですよ」


 実は違う。

 俺自身に信用がおけないから、皆の知恵を頼っているだけだ。

 あえていう必要はないがな。

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