648話 癒やしの力

 執務中だが、突然の目眩が襲ってきた。

 前にも経験したアレか……。

 前ほど酷くはない。


 だが仕事をするのは難しいな。

 普通なら部屋で眠りたいのだが……。


 今気がついた衝撃の事実。

 俺の部屋がなくなっていた!

 ミルたちの部屋を渡り歩いていたから、自分の部屋の必要性を感じなかったのだ。

 一生の不覚だ……。

 いくらなんでも自分に無頓着すぎだろ! 間抜けすぎだよ。

 新居では俺の部屋をつくろう。


 ともかくだ。

 休める場所はと……。

 あそこがあった。


「すみません。

席を外します」


 ミルとオフェリーが、顔を見合わせる。

 どっちかがついてきたそうにしていた。

 だが、今とても忙しい。

 ミルは小さくためいきをついた。

 今にも倒れそうではなく、だるい程度だからな。


「わかったわ。

どこにいくの?」


「ちょっと疲れたので、テラスで一休みですよ」


 億劫な体を引きずって、扉に向かう。

 不思議な感じがして振り返ると、エテルニタが俺の後をついてきた。


 珍しいな。

 ただの気まぐれだろうか。


 そのまま扉を閉めて、テラスに向かおうとする。


『ニャーン』


 珍しくエテルニタが鳴きながら、扉をひっかく。

 すると扉が開いて、エテルニタがやってくる。

 そして俺の足に体をスリスリしはじめた。

 扉をあけたのはオフェリーだった。


「アルさま。

エテルニタが一緒にいきたいみたいです。

連れていってあげてください」


「珍しいですね」


「アルさまの調子が少し悪そうだから……心配したのかもしれませんね」


 いつもならモフることはできた。

 ところが抱こうとすると逃げる。

 試しに抱き上げてみるか。

 予想通り、エテルニタは抵抗しなかった。

 抱いてみると、不思議とだるさが軽くなった。


「わかりました。

連れていきますよ」


 オフェリーは驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。


「エテルニタ。

アルさまをよろしくね。

……羨ましい」


『みゃぉ~う』


 突っ込む気力もない。


 エテルニタを抱いたままテラスに向かう。

 ちょうど日陰に椅子が置いてあるのでそこに座る。

 エテルニタをなでながら、軽く椅子を揺らす。


 俺の膝の上で、ゴロゴロと喉を鳴らすのははじめてだろう。

 そう思っていると、急に眠気が襲ってきた。


                  ◆◇◆◇◆


 気がつくとテラスだが、なにか雰囲気が違う。

 エテルニタは俺の膝で丸まっている。


 そして誰もいないはずの正面に、丸い物体にだらしなく埋もれたラヴェンナがいた。

 ラヴェンナは軽く手を振る。


「パパ。

久しぶり~。

この人をダメにするソファっていいわねぇ。

女神もダメになりそう」


 お前は元からダメだろう。

 ほんと女神らしくないな……。


「今日はいつもの広場じゃないのか?」


「ここに私の像が置いてあるもの。

だからできたのよ。

それにパパの負担も少ないからね」


 そういえばテラスにも、ラヴェンナ像を置いていたな。


「ああ、そういえばそうだった。

呼び出したってことは……。

それでなにか教えてくれることがあるのか?」


「そそ。

使徒が派手に力を使って悪霊がダウンしかかったわ」


 それは、この体の調子でわかっている。

 問題はなにをしたかだ。


「なんとなくそんな気がしていた。

一体なにをしたら……そうなるんだ」


「さすがによくわからないわ。

ただ、かなりムリをしたと思うわ。

使徒自身が自覚するほどね。

私にもハッキリわかるほどの変化だったわ」


 さすがにわからないか。

 ラヴェンナ領内なら把握できるのだろうが領外だからな。


「内乱で、ロマンに助力でもしたのかな。

敵の兵士を、直接ぶっとばしたとは考えにくいが……」


 ラヴェンナはますます溶けるように、ソファに埋もれていく。


「それだと逆に負担が少ないわ。

戦争かぁ……。

それなら味方の兵士を、ムリに強化したのかもね」


「そっちのほうが楽じゃないのか?」


 ラヴェンナはソファに埋まったまま、チッチッと指を振る。


「違うわ。

パパ考えてみて。

自分で壁を壊すのと、その猫ちゃんに力を与えて壁を壊させる。

しかも肉体強化の限界を超えさせるのよ。

どっちが大変かな?」


 なぜかエテルニタは、俺の膝の上で丸まっている。

 チラチラとラヴェンナを見ているが、あまり警戒していないようだ。


「エテルニタに壊させるほうが、難易度は高いな」


「それを大勢にかけると、かなりの負担よ。

もし悪霊の力が普通だったら、気にもならないでしょうけどね」


 なんとなく言いたいことはわかった。

 兵士に本来できないことをさせたのか。

 だとしたらその兵士の肉体はボロボロになりそうだ。


「詳しいことは情報まちかな……。

それで悪霊は消滅するのか?」


 いつの間にかラヴェンナは、手に猫じゃらしをもっていた。

 エテルニタに向けて振ると、エテルニタは敏感に反応した。

 猫じゃらしを適当に揺らしながら、ラヴェンナは眉をひそめた。


「どうかなぁ……。

私はアイツのことを、全部知っているわけじゃないからね。

でも悪霊が極限まで弱っていて、使徒を食べないと危険なのは感じ取れるわ。

そこで最後の手段をとったと思う。

パパにわかる?」


 餓死寸前ならば太る前でも食べるだろうな。

 しかし……。

 突然、俺の手にラヴェンナのもっていた猫じゃらしが出現した。

 仕方ない……。

 エテルニタと猫じゃらしで遊ぶことにする。


「もし可能なら、悪霊が直接使徒を殺すだろうが……。

それはムリなはずだ。

間接的なアプローチを狙うだろう。

使徒への力の供給を止めるかな」


 ラヴェンナは猫じゃらしと戯れるエテルニタを、楽しそうに見ていた。


「完全に供給を止めることはできないけど、極限まで絞ることならできるわ」


「そんな都合よくできるのか?」


 ラヴェンナは小さく肩をすくめる。

 可能だが簡単ではないのか。


「パパの予想通りよ。

簡単じゃないの。

神格存在にとっての最終手段だから」


「つまり隠し球をもっていたわけか……。

それをラヴェンナは知っていたのか?」


 普通に聞いたつもりだったが、変に問い詰める感じになってしまった。

 ラヴェンナは苦笑して手を振った。


「まさか。

パパの足を引っ張ることなんて、私の存在の否定になるわ。

今回悪霊がなにをやったか……。

それがわかる程度よ」


「すまない。

疑うような聞き方になってしまったな。

その最終手段はわかるのか?」

 

 いつの間にか猫じゃらしは、ラヴェンナの手に移っていた。

 ラヴェンナはエテルニタの前で、猫じゃらしを振りはじめる。

 エテルニタは夢中になって、それを捕まえようとした。


「推測混じりよ。

アイツの領域に入っていないからね。

悪霊は使徒に対して、強い力を分け与えている。

それにはパイプが必要になるのよ。

電波みたく飛ばせるものじゃないからね」


「電波ってなんだ?」


 ラヴェンナはペロっと舌をだす。


「あーそっか。

もう覚えていないものね」


 ラヴェンナがパチッと指を鳴らす。

 いきなりぼんやりしていた記憶が鮮明になる。

 多少頭が痛いが……。

 転生前の記憶が戻ったときより、ずっと軽い。


「あれ……。

急に思い出したぞ?」


「私と話すときだけ、パパからもらった記憶を共有するわ。

本当に移すのはできないの。

だから目が覚めたら、その部分だけ忘れちゃうわ。

あくまで例外措置よ。

じゃないと、パパに細かく説明を要求されて面倒なのよ」


 これで簡単に記憶が戻ったら苦労しないな。

 ある意味、俺にとって有り難いことだ。

 ズルをしている後ろめたさと、ズルをしてでも犠牲を減らすべきでは……と悩むことがなくていい。


「助かるよ。

記憶を失うのが自然なことなら、それを受け入れるべきだしな。

それをやったらラヴェンナの存在の否定になるだろ」


「そもそもできないのよ。

だからできたってことは、私にとっての許容範囲内ってことよ」


 制約があるとそもそもできないのか。

 できるイコール許容範囲内とは……。

 実にわかりやすい。


「わかった。

それで電波じゃないのはいい。

ケーブルみたいなものでつながるのか?」


「物理的じゃないけど、そんなものね。

霊的なパイプだと思って。

それで悪霊が使徒につなぐパイプは1本じゃないの。

何本も束ねているから、強力な力が使えるわ。

完全に切ったら、使徒が死んだときに食べられないからね。

パイプをたぐり寄せないと、魂の池に返っちゃうわ。

だから最低限だけ残したのよ」


 俺にもつながっていると思うと、気分のいい話じゃないなぁ……。


「加減はできるのか」


「ええ。

そしてそれは二度と戻らない。

だから使徒は、もう使徒でなくなりつつあるわ。

それでも地上最強で規格外であることは変わらないわね。

他人を操作する力が、極端に衰えたと思えばいいわ。

そのおかげで、悪霊は消耗を押さえられるのよ」


 機能制限があるってのも妙な話だな。

 思わず笑ってしまう。


「一つ聞きたいのだが、それって俺のも切ったのか?」


「いいえ。

パパのは切っていないわ。

切るだけでも消耗が激しいの。

2人分切ったら、悪霊は消滅しているわ。

そしてパパは力を使わないと確信して残しているのよ」


 一つの可能性に気がつく。

 聞くだけは聞いてみるか……。


「俺が力を使えば、悪霊は消滅するのか?」


 ラヴェンナは渋い顔で頭をかく。


「まあ……。

そうなんだけどね。

一つ大きな問題があるわ」


「それは?」


 ラヴェンナは急に、真顔になる。

 エテルニタは猫じゃらしと戯れるのをやめて、俺の膝の上で丸くなった。

 なにか怖い感じでもあったのかな。

 俺はエテルニタをなでることにした。

 エテルニタはゴロゴロ喉を鳴らして、目を細めている。

 ラヴェンナはペロリと舌を出す。


「消滅の余波を、モロにうけるわ。

消滅って自然と消えるわけじゃないの。

超新星爆発みたいな感じね。

それで発生するガンマ線バーストが直撃すると思って。

今だと力を使っていないから、悪霊が消滅しても倒れる程度ですむのよ。

押さえ込んでいた門が防波堤になってくれるからね。

もしつながっていたら……。

パパは死んじゃうわ。

魂すら残らない。

パパのことだから、それなら使ってしまえ……と思うかもしれないけど」


 神格は霊的存在だが、恒星のような原理で存在するのかなぁ。

 それはそれで興味深い。


 力を使うと相打ちになるわけだ。

 もし最初の使徒襲撃のとき、今と同じ条件だったら迷わず使っていた。

 今はどうするのか、と言われると……。


「さすがにミルたちを2回も悲しませたくはないな。

それに使ってしまっては、今までやってきたことが噓になってしまう。

だからその手は使わないさ。

少々シャクだけどな」


 今度命を投げ出したら、ミルたちは壊れてしまいそうな気がした。

 俺ひとりなら気にもしないが……。

 あのとき死に損なった以上、もう一度試す気にならない。

 ラヴェンナは安心した顔で、胸をなで下ろす。


「良かったわ。

ともかく悪霊としては使徒を死なせて、少しでも力を回収しようと企むのよ。

存在の維持を、第一にしたってところね」


 困った。

 アレを守る算段なんてついてないぞ……。


「つまり今使徒ユウに死なれると、悪霊が力をある程度取り戻すのか」


「残念ながらね。

それでパパが死んでから、新たな使徒を降ろせばいいと考えているかもね」


 消滅をまっているだけではダメか。

 オフェリーにも関わるから一応確認だけしよう。


「今まで気にしていなかったけど……。

悪霊が消滅すると、使徒とハーレムメンバーは死ぬのか?」


「消滅の仕方で違うと思う。

力を吸い出す感じで急激にトドメを刺すと、霊体を構成するバランスが崩れて爆発するわ。

それ以外でも消滅には色々なパターンがあるけど……。

探らないとわからないわね。

意識して調べたわけじゃないから」


 使徒やハーレムメンバーが死んでもなんとも思わない。

 オフェリーは悲しむだろうな。

 もし可能ならそれは避けたい。

 それを優先することはできないが……。


「悪霊にトドメを刺せる方法かぁ。

こいつを探さないとダメだな。

可能なら探ってくれないか?

それと使徒とハーレムメンバーを殺さずにすむ方法はあるのか?」


「わかったわ。

これは異物の排除だから……。

探ることに制限はかからないと思う。

でも……使徒たちを殺さずにって驚きね。

今まで考慮しないと思っていたもの。

だから悪霊を消して、パパに害が及ばない方法だけ話していたのよ。

考えがあるんでしょうから、詳しく聞かないわ。

簡単に思いつくのは、使徒と悪霊のパイプを切ることかな」


 パイプを切るのか。

 そういえば似たようなケースがあった。


「ある特殊な訓練をうけたものが、特殊な武器を使って殺害すれば……。

過去の記憶を見られなくする技術がある。

それで使徒を殺したら、どうなる?」


 ラヴェンナは両手でバツの字をつくる。


「原理はいいけど、そのままだとダメね。

魂の池のつながりと悪霊のパイプは別物だから。

地下都市の発見にでも期待して頂戴。

あそこは血の神子なんて生み出せる位よ。

もしかしたら、ヒントがあるかもしれないわ」


 それを期待するしかないか。

 しかし……。


「地下都市の話も知っているのか」


「ママたちがテラスで話しているもの。

盗み聞きしなくても聞こえるわ」


『みゃお~う』


 目を細めていたエテルニタが突然鳴いた。

 ラヴェンナは笑いを必死に堪えている。

 それが余計ムカツク。


 そういえば……。


「なんでエテルニタがここにいるんだ?」


 ラヴェンナは苦笑して、肩をすくめた。


「知らないわよ。

パパを呼んだら、一緒に来たんだもの。

まあ動物って呼びやすいからね。

巻き込まれたんでしょ」


「巻き込まれたってねぇ……」


 ラヴェンナは『よっこらしょ』と年寄り臭いセリフを吐いた。

 ゆっくり人をダメにするソファから、体を起こす。

 そしてエテルニタをなではじめた。


「この子はパパを助けようとしているみたいね。

抱いたら体が楽になったでしょ。

だから呼んだときに一緒にきちゃったと思うわ」


「助ける? そんな好かれていたと思わないが。

今日になって、突然スリスリしてきたからな。

そもそもそんな力があるのか?」


 エテルニタはラヴェンナになでられると、ゴロゴロ言いはじめた。

 ラヴェンナは、目を細める。

 こんな光景だけなら女神そのものだ。


「動物は苦しんでいる仲間がいたら寄り添うでしょ。

実はそれ自体に癒やしの力があるのよ。

肉体的には微量だけどね。

でもパパの症状は霊的なものよ。

霊的な癒やしの力は強いのかもしれないわ」


「それで体が楽になったのか。

癒やしているときに俺が呼ばれ、巻き込まれたと……。

思ってもいなかったよ」


 エテルニタがドヤ顔になった気がした。


『ニャーン』


「エテルニタだっけ。

この子はママのことを家族と思っているわ。

それでママが大事に思うパパも家族だと思っている。

パパはエテルニタが嫌がることをしていないでしょ。

だから助けたいと思ったんじゃないかな」


「なるほど。

それだと納得がいくな」


 ラヴェンナはエテルニタを優しくなでる。

 エテルニタはうっとりしながらゴロゴロと喉を鳴らす。


「今まで寄ってこなかったのは、悪霊とつながる力が怖かったんだと思うわ。

今でもパイプはつながっているけど、ほとんど力が流れていないからね。

前までは使わせようと、結構流れてきていたわ。

パパが門をあけないから、ムダに終わっていたけど。

エテルニタを触れるようになったタイミングって思い当たらない?」


「そういえば、ウェネティアにいたときはほとんど触れなかったな。

倒れてからは急に触れる機会が増えたと思う」


「猫は人に見えないものが見えるし、音も聞こえるわ。

もしかしたら、悪霊から流れてくる力の音が怖かったのかもね」


 猫全般なのか?

 それとも……。

 

「まさかエテルニタも転生してたりしないよな……」


 ラヴェンナは苦笑しつつ、エテルニタをなでている。


「さすがにわからないわよ。

していたとしてもね。

多分それはないと思うけど」


「そうなのか?」


 ラヴェンナは、小さくうなずく。


「転生って厳密には生まれ変わりじゃないの。

人は死んでも、魂の池とつながっていた道は消えないわ。

獣道みたいなものよ。

新たな生命が生まれるとき、たまたま同じ道を通ってしまう。

そのとき残っていた記憶が混じるだけよ。

強い感情をもつとその道は広くなるわ。

そして消えるまでの時間も長い。

広くなって長く残るってことは、それだけ再利用される確率が増えるでしょ。

夢も希望もないけど、単純な確率のお話よ」


「たしかに夢も希望もないな。

キアラには黙っておこう……」


 ラヴェンナは、小さく笑ってうなずいた。


「そうね。

ママにとって前世は辛いけど、とても大事なことだもの。

今はとくにね。

猫が転生に影響するほど強い感情をもつのか?

そう聞かれると……難しいとしか言えないわ。

感情って考えることで増幅されるから。

純粋な感情だけだと、ちょっと弱いのよね……。

ないとは言い切れないけど」


「なんにせよ……。

エテルニタには感謝しないとな。

俺に寄り添ってくれたのはうれしいよ」


 エテルニタは満足気に、尻尾を振った。


『にゃぁ~』

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